41.周囲殲滅戦①
廃坑の入口前にいた不死族を殲滅した翌日。
移動と連戦による疲労もあり、セルフィたちは一夜の休息を取っていた。
廃坑の内部は薄暗く、どこか閉鎖的な空気に満ちている。だが、不死族や魔族が入り込んだ形跡はなく、とりあえずの安全は確保されていた。
「ひとまず、廃坑の確保は無事に成功したな」
「そうだね。この後は、ここを拠点にするんだよね?」
「そうだ。持ち込んだ物資はおよそ一週間分ある。その間に拠点を整備しつつ、周辺の不死族の殲滅まで進める」
「了解」
簡単な打ち合わせを終えると、廃坑内の様子を改めて見て回る。
もともと魔物の出没が多い大森林の中に築かれた施設だけあって、この廃坑には見張り台や防壁といった防衛設備がしっかりと残されていた。
セルフィは正面入口近くにある見張り台へと上る。
高所から見渡せば、周囲の地形がよく分かる。視界を遮るものは少なく、接近してくる敵の動きも捉えやすい。
「うん。ここからなら射線もよく通る。これなら問題なさそうだ」
持ち込んだ矢筒を足元に置き、射撃のための立ち位置を細かく調整していく。
「セルフィ、そろそろ始めるよ! 準備は大丈夫かい?」
見張り台で最終確認をしていると、エルナの声が防壁の方から届いた。
「問題ないよ! いつでもいける!」
「了解!」
セルフィは短く応じると、弓を構えた。
すると、廃坑を囲む防壁の上に陣取ったエルナの傍らで、ヴァルガとヴォルグが低く唸りを上げる。
「「アオォオオオ!!!!」」
二体の守護獣による遠吠えは、空気を震わせながら森の奥深くへと響き渡る。
その余韻が消えた瞬間――周囲の気配が、ざわりと揺れた。
「っ!来た!!」
「「「ガァアアアァアァァァ!!!!!」」」
一瞬の静寂の後、森のあちこちから応じるように咆哮が響き返る。
四方から押し寄せる気配が、確実にこちらへと収束していく。
そして――
「骨刃人が八体、こちらに向かってくる!!」
木々の合間を縫うように、不死族の群れが姿を現した。
その先頭には、見覚えのある異形――骨刃人の姿がある。
集まった彼らは一直線に、廃坑を目指して迫ってくる。
それを見据え、迎え撃つためにセルフィたちは静かに構えた。
「光球」
「風刃 (シル・ザルム)」
「炎球 (メラ・レイ)」
三つの魔法が、ほぼ同時に放たれる。
セルフィの放った矢が先頭の骨刃人へと突き刺さった瞬間、光が炸裂。
膨れ上がった閃光が周囲を巻き込み、近くにいた個体ごと一気に消し飛ばす。
間を置かず、ルシウスの放った風刃が一直線に走る。
目にも留まらぬ速度で骨刃人の首を断ち、そのまま背後の個体まで切り裂いていった。
次に、エルナが双剣の片方を掲げると、その刃が炎に包まれる。
振り下ろす動きに呼応して、圧縮された炎の塊が前方へと撃ち出された。
防壁に取りつこうとしていた骨刃人へと直撃し――次の瞬間、激しい炎がその身を包み込んだ。
三人の連携によって、骨刃人の群れは瞬く間に殲滅される。
だが、森の奥では、すでに新たな気配が蠢いている。
セルフィには、次の群れがこちらへ向かって駆け出しているのが見えた。
「さあ、次が来るぞ!!」
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「クァアアア!!!」
防壁すれすれをかすめるように、アルファが低空を駆け抜けた。
鋭く翼を打ち下ろした瞬間、叩きつけるような突風が壁面を薙ぎ払う。
防壁に取りついていた不死族たちは、その衝撃に耐えきれず次々と体勢を崩した。
「風球!」
間髪入れず、ルシウスが魔法を放つ。
圧縮された風が一気に解き放たれ、崩れた体勢のままの不死族たちをまとめて吹き飛ばした。
壁面から引き剥がされ、宙へと投げ出されていく。
「ガァアアアア!!!」
「炎球!」
その軌道を狙い澄ましたように、エルナが防壁の上から魔法を放つ。
放たれた炎塊が空中の不死族を飲み込み、激しく燃え上がった。
逃げ場を失ったまま、不死族たちは次々と焼き尽くされていく。
廃坑の周囲には大木がなく、一帯は岩場が広がっている。
そのため、延焼の心配が少なく、本来なら扱いに慎重さを求められる炎も、この場では存分に力を振るっていた。
なかでも火属性のヴァルガは、その制約から解き放たれたかのようだ。
咆哮を上げながら、次々と炎の魔法を撃ち放ち、不死族の群れを焼き払っていく。
その猛攻を横目に、セルフィも弓を引き絞る。
森の奥から新たに現れた一団へと狙いを定め、放つ。
放たれた矢は閃光のように走り、先頭の個体を正確に射抜く。
その一撃で隊列が乱れ、後続の動きが大きく鈍った。
――殲滅戦を開始してから、すでに二時間が経過していた。
その間も不死族は途切れることなく現れ、その都度こちらで撃退している。
だが、流れが止まる気配は一向にない。
現状、戦況そのものに問題はない。
防壁をうまく活用することで、消耗を最小限に抑えながら数を削れている。
疲労も集中力も、まだ十分に維持できていた。守護獣たちはもちろん、セルフィたちにも乱れはない。
――問題は、別にあった。
防壁の麓に、山のように積み上がり始めた不死族の死体だ。
すでに何百体にも及ぶそれは、もはや単なる障害物ではない。
その“山”を足場に、不死族たちが防壁へと取りつき始めている。
このまま高さを稼がれれば、防壁は意味を失う。
ひとたび乗り越えられれば、数に任せた包囲を許すことになるだろう。
下級とはいえ、相手は不死族だ。
数の暴力で大量の瘴気に侵されれば、耐瘴薬を飲んでいても油断はできない。
≪ルシウス、防壁の傍に積み上がった死体を吹き飛ばせない!? このままだと防壁を越えられる!!≫
途切れることなく矢を放ちながら、セルフィが念話で状況を伝える。
≪分かっている! だが、あの質量を一度に吹き飛ばせる魔法では、防壁そのものに負荷がかかる! 下手をすれば破損しかねん!≫
≪エルナ! お前たちの方で焼き払えないか!? 燃え広がっても、水魔法で鎮火できるだろう!≫
≪無理だよ! 骨まで焼き切るなら、かなりの時間燃やし続ける必要がある! こんな至近距離でそんな火力を維持したら、熱と煙でこっちが先にやられる!≫
≪それに、そこまでの火力と、それの消火なんて、消費する魔力も馬鹿にならない!≫
≪……これ、思ったよりまずいね≫
押し寄せる状況の重さに、思わずそう漏らした。
≪ああ。中級個体はまだ現れていない。だからこそ、奴らが来る前に後手に回るのは避けたい≫
≪中級個体が一体も確認できていないのは……不死領域の外に溢れ出た個体数が少ないのかな?≫
≪いや、おそらく違う。中級ともなると身体能力が高く、行動範囲も広いはずだ。単に距離があるだけで、まだこちらに到達していないだけと考えるべきだろう≫
つまり、ここで手間取れば、この物量に加えて中級個体まで合流する、ということであり――それは、決定的な不利を意味していた。
対応が遅れた瞬間、押し切られる可能性が高い。
「(……これは、本当にまずいな)」
セルフィの思考がそこまで至った、その直後――
「「「――っ!!」」」
森の奥から、地響きとともに気配が一気に押し寄せてきた。
木々の合間を埋め尽くすように不死族の群れが姿を現す。
数は、ざっと見積もっても五十体以上。
あの規模の群れに防壁へ取りつかれれば――突破されるのは、時間の問題だった。
≪……仕方ない!! エルナ、セルフィ、作戦変更だ! 門を開けろ!!≫
≪≪――っ了解!≫≫
ルシウスの判断に、セルフィとエルナは瞬時に意図を察知した。
エルナは防壁を離れ、門の内側に広がる空間へと移動する。
双剣を構え、その傍らにはヴァルガとヴォルグも低く身構えていた。
セルフィは弓に矢をつがえ、静かに引き絞る。
狙いは――門を固定している閂。
放たれた矢がそれを正確に弾き飛ばす。
次の瞬間――
「「ガァアアアァアァァァ!!!」」
支えを失った門が、内側へと弾けるように開いて、不死族の群れが雪崩れ込む。
不死族たちは目の前にいるエルナへと引き寄せられ、我先にと殺到してきた。
そこへ――
「風圧!」
「光球!」
ルシウスとセルフィの魔法が、間髪入れずに叩き込まれる。
上空から叩きつけられた風の圧力が、不死族たちを地面へと押し潰した。
縫い付けられるように動きを封じられたその群れへ、光を帯びた矢が容赦なく降り注ぐ。
――ドドドォン!!!
炸裂した閃光が、押し寄せていた不死族をまとめて呑み込み、跡形もなく消し飛ばした。
だが、それでも――後続の群れが、止まらない。
次から次へと流れ込む不死族に対し、セルフィとルシウスはさらに魔法を重ねる。
しかし、わずかに討ち漏らした数体が、そのままエルナへと迫る。
だが――
「魔法もいいけど……やっぱり私は双剣の方が向いているね!」
エルナは迫り来る不死族を見据え、不敵に笑った。




