39.激励
旧フィリナ領解放へ向け、セルフィたちはすぐに動き出した。
最初に取りかかったのは物資の調達だ。
不死領域では常に不死族が発生し続ける。
討伐数が補充を下回れば、戦線は膠着する。
つまり、攻略が終わるまで毎日戦闘漬けだ。
だからこそ、消耗を少しでも抑える必要がある。食料、寝具、武器の予備――特にセルフィにとっては矢の備蓄が生命線だ。撃ち尽くした瞬間、戦力は半減する。
幸い、人数は少ない。
セルフィとエルナ、ルシウス。それぞれの守護獣を含めても小隊規模だ。大軍を養うほどの物資は必要ない。
族長に全面協力してもらいながら、村人たちも総出で物資の準備をしてくれていた。
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準備が整い、いよいよ攻略前日を迎えた。
その夕刻、セルフィたち三人は族長に呼ばれ、彼の家を訪れていた。
「よく来てくれたな! セルフィ、エルナ、ルシウス!」
扉を開けると、そこには族長であるソレインだけでなく、ミレイユやヨルシカの姿まであった。
「いや、問題ないよ。それよりもどうしたの? 巫女様やヨル爺まで揃っているけど」
炉の火が静かに揺れる室内。
全員が穏やかな笑みを浮かべている。悪い話ではなさそうだが、セルフィたちに心当たりはなかった。
「うむ! 実はお前たちに贈り物をしたいと考えていたのだ!」
「贈り物?」
「お前たちは明日、我らの故郷を取り戻すために出立する!」
「故郷を奪還できれば、あの地に残された者たちを、ようやく弔うことができる! だが本来、それを成すべきは族長である私だ!」
「しかし……私の魔晶石が満ちるには、まだ時間がかかる!」
「直接手を貸せないのが情けない! だが、それでも何かしてやれぬかと、ずっと考えていたのだ!」
ソレインの訴えにセルフィは思わず顔の前で手を横に振った。
「情けないなんて言わないでよ。族長や村のみんなには、ずいぶん助けられてきた」
「ははは! これは大人の意地というやつだ! 気にするな!」
「巫女様やヨルシカにも相談したところ、二人も同じ気持ちだったのでな。せめて戦いに向かうお前たちに、我ら三人で装束を用意しようと思ったのだ!」
ソレインの言葉と同時に、ミレイユが布に包まれた衣を静かに広げる。
並べられた三着の戦装束は、淡く光を帯びていた。
「こちらは鋼鉄蜘蛛の糸を紡いで編んだ布で仕立てたものです」
ミレイユは穏やかに続ける。
「そして、ご存じの通り、鋼鉄蜘蛛の糸で織られた衣服には魔法効果を付与できます。この装束にも、それぞれに適した魔法を施してあります」
「「えっ!?」」
「何だと?」
思わず三人の声が重なる。
鋼鉄蜘蛛の糸は魔力伝導性に優れた希少素材だ。
単一素材で仕立てた衣服には魔法付与が可能――それは全員が知っている。
だが。
その技術はエルフ族が確立した門外不出のものだ。
フィリナ族は鋼鉄蜘蛛を育て、採取した糸を取引していただけ。付与工程には一切関わっていない。
「一体どうやって? いえ、そもそも守護獣を得ていない族長たち三人では魔法は使えないはず……」
「はい。私たちだけでは不可能でしたので、アウレイン様をはじめとした、お三方の守護獣のみなさんに手伝っていただきました」
「「「――っ!?」」」
再びの衝撃に三人は息を呑む。
三人とも、自身の守護獣たちが関わっているとは考えていなかった。
だが、確かに守護獣たちは村の中を自由に散歩していたりと、常に主人と一緒にいるわけではない。
村人と談笑し、子どもたちと遊び、時には守護獣同士で交流を深めていることもある。
だから、その時にソレインたちと協力していても、おかしくなかった。
「待て、手段は分かった。だが最初の疑問が解消されていないぞ。なぜ巫女様が門外不出のエルフ族の秘術を知っている?」
「それはだな! 実はこの衣服に魔法を付与する技術の開発には、巫女様自身も深く関わっているからだ!」
「……何?」
族長の言葉にルシウスが固まった。
「この技術は、ただ鋼鉄蜘蛛の糸で織っただけでは意味がないのだ! 付与する魔法に対して特殊な編み方をする必要があるのだが、その手法を開発されたのが巫女様なのだ!」
「ふふっ。とはいえ、私たちは鋼鉄蜘蛛の育成に専念する必要がありましたので、現在はその手法を含め、加工はすべてエルフ族の皆さんに委ねております」
「……ですが、開発に関わった者の一人として、その後の工程――魔法付与の理論についても理解しております」
セルフィたちにとって、それは初耳だ。
だが、衝撃的ではあるが、同時に納得もしてしまった。
ミレイユはフィリナ族の中で最長寿。
フィリナ狩りの時代すら経験してきた、生き証人だ。
正確な年齢は誰も知らない。
だが少なくとも千年以上を生きていると言われている。
それほどの年月があれば、エルフ族と新技術の共同開発をする時代があっても不思議ではない。
「なるほど……。巫女様の知識とアルファたちの魔法、それらを組み合わせることでエルフの秘術を再現した、ということか」
「そういうことだ! 明日からお前たちは戦場に向かうのだからな! これ以上ない贈り物と思っている。ぜひ受け取ってもらいたい!」
三人は互いに視線を向け、見合わせる。
全員が同じ気持ちなのだろう。静かに頷くのを確認して、セルフィが代表して装束を受け取った。
「では……ありがたく受け取らせてもらいます」
「うむ!」
ソレインたちは満足そうに頷いていた。
それに気づいて、セルフィは胸の奥が、少しだけ熱くなる。
照れくささを誤魔化すように、受け取った装束を広げて確かめていく。
「セルフィさんの装束は、心視石に合わせ、白地に翠を差したものです」
「基本的に騎乗戦を想定しておりますので、乗り降りの際に動きを阻害しないよう、下半身の可動域を重視しております。弦を引く指を守る弓懸や、矢を素早く取り出せる改良型の矢筒も用意いたしました」
布は滑らかでありながら芯がある。白に差された翠が、光の加減で淡く揺らいだ。
弓を扱うことを前提に、肩から背にかけての可動域は広く取られ、全体も驚くほど軽い。
腰に装備する矢筒も、以前より無駄が削ぎ落とされている。
この細かな気配りは、狩人であるヨルシカの工夫だ。
セルフィが目礼すると、彼は薄く笑い、静かに頷いた。
「付与した魔法は“姿勢制御”です。身体強化の一種で、騎乗時の衝撃や振動を緩和し、体幹を自動的に補助する魔法となっています」
「急旋回や加速時でも照準がぶれにくくなるはずです。アウレイン様に騎乗して戦うなら、有効に働くでしょう」
「おおっ!」
セルフィは思わず声が弾んだ。
疾走しながらの射撃で、体勢が崩れない――それだけで命中率は格段に上がる。
「次にエルナさんの装束ですね。こちらもセルフィさんと同様、心視石に合わせ白地に紅を差した意匠となっています」
「双剣を扱う以上、手数と機動力が命です。できるだけ軽装にし、動きの速さを損なわないよう設計しました」
「付与した魔法は“衝撃分散”。受けた打撃を面で受け流し、威力を広範囲へ逃がす魔法です。前衛として敵の攻撃に晒される危険を考慮し、この魔法を選びました」
「ありがとう、父さん、巫女様、ヨル爺! 本当に嬉しいよ!」
笑顔で装束を抱えるエルナ。
鋼鉄蜘蛛の糸で織られた衣服は、刃や魔法への耐性が高い。だが衣服である以上、衝撃までは完全には防げない。
その弱点を補うこの魔法は、彼女の戦い方と噛み合っている。
明日からの相手は不死族。
瘴気を帯びた攻撃は、かすり傷一つでも命取りになりかねない。
だからこそ、この備えは大きいだろう。
「ルシウスさんの装束は白地に蒼を配した意匠です」
「唯一の飛行型守護獣であるアルファさんに騎乗されるとのことですので、風圧や高高度の寒気に耐えられるよう、生地を厚く仕立てております。袖口や裾も絞り、空気の流れを乱さぬ構造にしてあります」
「付与した魔法は“気配遮断”。気配を拡散し、敵の意識を逸らす術式です。装束を着ているルシウスさんだけでなく、騎乗するアルファさんにも効果が及びます」
「ほう、素晴らしいな。ありがたく受け取らせてもらおう」
ルシウスも穏やかに笑い、装束を受け取った。
明日からの戦いは、フィリナ族にとって大きな意味を持つ。
だが、三人の胸の奥にあった張り詰めた重さが、わずかに和らいだ。
この装束には、この場にいる者たちだけでなく、村人たちの希望も込められている。
セルフィたちはその重みを自覚し、静かに息を整えた。




