38.作戦会議
「よし。集まったな」
新たな戦術を編み出してから数日。セルフィたちは再びルシウスの家に集まっていた。
「それぞれ報告は受けている。ここにいる全員が、新たに戦術を編み出し中級の魔物を討伐している」
「戦力は十分に整ったと判断できる。……ならば、いよいよ旧フィリナ領解放に向けて動くときだ」
その言葉に、自然と二人の背筋が伸びる。
セルフィも二人の戦いぶりは聞いていた。
前衛に特化し、真正面から魔物を叩き伏せるエルナ。
騎乗によって機動力を最大限に引き出し、魔法を器用に扱うルシウス。
連携が噛み合えば、中級どころか、それ以上にも通用するだろう。
これなら、不死領域の攻略も現実味を帯びる。
「……だが、その前に無視できない情報がある」
そう言いながら、ルシウスはエルナの方へ視線を向けた。
「先日、村の近辺で瘴牙獣と遭遇し、これを討伐。間違いないか?」
「そうだね、数は一体だけだったけど、間違いなく瘴牙獣だったよ」
エルナの肯定にルシウスは一つ頷くと、話を続ける。
「現在、旧フィリナ領の不死領域は飽和状態に入っている。そのため、内部に溜まりきった不死族が、外へ押し出されている状況だ」
「だから、瘴牙獣が外で確認されたこと自体は不思議ではない。問題は――瘴牙獣が中級であることだ」
「それは……内部に詰まっている個体が、最低でも中級以上になっている、ということだよね」
セルフィの声が、やけに静かに響いた。
ルシウスは、ゆっくりと頷く。
「そうだ。以前も言ったな。飽和状態となった不死領域から溢れ出るのは、力の弱い個体から順番にだ」
「すでに中級の不死族――それも受肉体が外に出ている。ということは、内部に残っているのは、それ以上の個体ということになる」
ルシウスの言葉に部屋の空気が、音もなく沈む。
「……ちなみに、旧フィリナ領の不死領域には、どの程度の数の不死族が存在すると見ているのかな?」
「ふむ……。旧フィリナ領の不死領域は、小規模だからな。まぁ、およそ百体といったところだろう」
「中級が百体、か」
ルシウスの予想にセルフィは群裂主との戦いを思い出す。
結果的に無傷で勝ったが、決して弱い相手ではなかった。
そんな個体が百体。
「それに加えて、不死領域の中心部には“主”がいる可能性が高い」
「主?」
「ああ、これも以前言ったと思うが、不死領域は中心に近づくほど瘴気が濃くなる」
「不死族にとって瘴気は力そのものだ。濃ければ濃いほど活動は活発になり、強くなる。ならば当然、最も瘴気の濃い中心部には、その領域で最強の個体が陣取る――それが“主”だ」
ルシウスは淡々と告げた。
「なるほどね。そして不死領域を消滅させるには、その領域に存在する全ての不死族を殲滅する必要がある。……主の討伐は避けられない、ということだね」
「そういうことだ」
「なら、問題はその主の実力だけど。……まさか、上級ということはないよね?」
その質問にルシウスは腕を組み、視線を落とす。
「必ずしも上級とは限らん。主は、その領域で最も強い個体を指すに過ぎない。同じ中級でも力には幅があるため、他の個体よりも強い中級、という可能性も十分ある」
「なるほど……でも、最悪を前提に動くべきだろうね」
真剣な表情をしたエルナが静かに言う。
「主は上級。その想定で作戦を練ろう」
「そうだね。エルナの言う通りだ」
セルフィが同意すると、ルシウスも頷く。
「では、具体案に入る」
ルシウスが机に置いた地図へ視線を落とす。
「作戦の第一段階は、廃坑の確保だ」
「えっと……廃坑?」
前回の目的地が出たことに、セルフィは思わずルシウスに聞き返した。
「最終目標は不死領域の攻略だ。だが、その前に周辺に散らばった個体を一掃したい」
「それは、攻略中に外から挟撃されるのを防ぐためかい?」
「それもあるが……。以前、不死領域の攻略は短期間で一気に行う必要があると言ったな」
ルシウスは地図の中心部を指でなぞる。
「それは、領域内で不死族が絶えず発生し続けているからだ。下手に長引けば数は増える一方になる」
「だが、」
「必ずしも一度の突入で終わらせる必要はない。重要なのは殲滅速度だ。不死族の補充を上回る数を討伐し続ければ、理論上、時間をかけても攻略はできる」
「ああ、なるほど。何度か撤退と休息を挟みたいから、その拠点として廃坑を確保したいってこと?」
「そうだ。その際に周辺の不死族が廃坑に集まらないように、事前に排除しておかなければならん」
「確かに、外が不安定じゃ落ち着いて休めないね」
エルナが腕を組みながら同意する。
「うむ。そして何より、周囲の生態系への影響が拡大する前に安定させたい」
その言葉に、セルフィは喰裂猿の群れが村の近くに来ていたことを思い起こす。
あの魔物の縄張りは、もっと森の奥のはずだった。
それが村の近くまで現れた原因が不死族だとしたら――。
エルナも同じことを思い至ったのか、表情を曇らせる。
「……生きているなら、魔物も例外じゃないってことか。不死族にとっては」
「ああ。おそらく間違いない」
ルシウスは頷く。
「耐瘴薬を持たない魔物にとっては、下級であろうと不死族は脅威だ。傷を負えば、そこから瘴気が侵食する。肉体が腐り、精神が歪む」
「放置すれば、森の奥から逃げ出す魔物は、今後も増えていくだろう」
「なるほど……確かに攻略前に片付けるべき問題だね」
エルナが納得したように静かに言った。
「廃坑は岩壁に囲まれていて、出入り口は二つだけだ。籠城しながら戦えば、数の差はある程度緩和できる」
ルシウスは地図の裏口を示している箇所を指先でコツコツと叩く。
「裏口側が不死領域に呑まれているが、前回の遠征で内部に不死族が湧いていないことを確認している。奪還はそう難しくない筈だ」
「まずは廃坑の確保、その後に廃坑を活用して周囲の殲滅戦だ」
「そして三段階目――不死領域への攻略を開始する」
「突入後、まずは主以外の不死族を削る。想定される脅威は中級個体、およそ百体。正面から挑めば敗北は確実だ。ここは別途策を講じる必要があるだろうな」
「そして最後に主の討伐だ。上級だった場合でも、死に物狂いで叩くぞ」
ルシウスの説明を聞いていたエルナがふと思いついたように質問する。
「そういえば……上級の不死族って、どのくらいの強さなのかな?」
「ああ。不死族には脅威度を示す等級がある。これは魔物と共通していて、最下級から最上級までの五段階だ」
「中級はお前たちも経験しただろう。一般的に、訓練を受けた兵士五人で囲めば、安定して討伐可能な水準だ。……まぁ、あくまで単体の相手に対してだが」
「……あれ? なら、私たち今でもそこそこ強いってこと?」
「守護獣込みとはいえ、中級個体を単独討伐。それも無傷の完勝だ。一般兵よりは頭一つ抜けている」
「へぇっ」
最弱種族と呼ばれてきたフィリナ族が、鍛えられた兵士以上。
その事実にエルナも思わず声が漏れる。
「そして上級となれば、街ひとつが総力を挙げて当たる相手だ。単体に対して数百人規模で挑むことになる」
「想像以上だね……。そんな相手に私たちだけで戦うのか……」
「ああ。しかも不死領域という、奴らが最も力を発揮できる環境でな」
「……腹を括るしかないね」
淡々と言い切るルシウスにエルナは小さく息を吐いた。
そして、ふと思い出したように問いを重ねる。
「ねぇ。もし主が上級で、しかも複数いたら?」
その問いに、セルフィとルシウスは同時に固まった。
それは現実にならないでほしい想定だ。
一体でも勝てるか怪しい相手が複数など、想像するだけで背筋が冷える。
「……いや、それはないだろう」
だが、その想定はすぐに否定された。
「小規模の不死領域では、主は中級個体までと過去の記録にある。今回が異常事態であることを考慮しても、上級は単体が限度だ」
「でも、異常事態だからこそ、複数になる可能性もあるんじゃない?」
「いや。記録だけが根拠ではない。この不死領域は面積的に小さい。中心に上級が複数存在するなら、押し出される形で中級個体がもっと溢れていなければ理屈に合わない」
「……なるほど」
論理は明快だった。
セルフィとエルナは、ほっとしたように息を吐いた。
「よし。まとめるぞ」
ルシウスは地図の端を指で叩く。
「準備が整い次第、旧フィリナ領に発生した不死領域を攻略する」
指を一本立てる。
「第一段階、廃坑の確保」
次に二本目の指を立てる。
「第二段階、周囲に溢れた不死族の殲滅」
続いて三本目。
「第三段階、不死領域へ突入。中級個体の殲滅」
最後に四本目を立てる。
「第四段階、主の討伐だ」
「この順で攻略し、旧フィリナ領を解放する」
「「了解!」」
セルフィとエルナの声が重なる。
胸の奥で、静かに火が灯る。
いよいよ、故郷を取り戻す戦いが始まる。




