表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
守護獣の誕生秘話  作者: 海名津たくや
旧フィリナ領解放編
42/63

36.新たな戦術(エルナ)


 ――シャリ……シャリ……。


 加工前の魔晶石や魔物の牙、鋭利な爪、彫刻用の刃物が無造作に散らばる工房に、刃を研ぐ乾いた音が規則正しく響いていた。


 部屋の中央。砥石の前に座り込んだエルナは、額から滴る汗を拭おうともせず、魔物の牙から削り出した刃を黙々と研いでいる。石と刃が擦れるたび、細かな粉塵が空気中に舞い、かすかな焦げ臭さが漂った。


 やがて手を止めると、彼女は小さく息を吐く。


「……ふぅ。こんなものか」


 視線の先には、研ぎ上げられた二振りの剣。刃は淡く光を帯び、獣の牙のような冷たい鋭さを宿している。


「さて、あとは仕上げ」


 呟くと、彼女は抜き身の刃に鍔と柄を慎重にはめ込んだ。

 柄の留め具が静かに収まり、乾いた音が小さく鳴る。


 刃には繊細な彫り込みが走り、柄には緻密な細工が施されている。指先で柄をなぞると、柄頭から伸びた飾り紐がさらりと揺れて垂れた。


 そして彼女は腰に差していた一本の杖へと手を伸ばす。

 紅と蒼、それぞれの宝石を静かに抜き取ると、鍔の中央へとはめ込んだ。

 宝石が嵌まった瞬間、わずかに光が揺らぐ。


「よしよしっ、良い感じにできたね」


 完成した双剣を掲げる。


 紅は燃え立つ炎のように。

 蒼は緩やかな流水のように。


 対を成す二振りは、互いを映し合いながら静かに輝いていた。


「いやぁ、やっぱり身体強化魔法は便利だなぁ」


 フィリナ族の細い腕では、重い素材を扱うことは難しい。

 森で朽ちた魔物の牙や骨を拾えても、せいぜい小ぶりな刃物へ削り出すのが限界だった。たとえ剣を形にできたとしても、それを振るう力がなかったのだ。


 だが今は違う。


 身体強化の魔法を得たことで、その制約は消えた。

 先日の喰裂猿たちとの戦いで彼女は悟った。属性魔法を無理に絡めるよりも、既に習得した身体強化魔法を活かした近接戦――その方が自分には向いていると。


 そう思い、試しに木を削って木剣を作り、振るってみた。確かな手応えを感じ、今度は本格的に形にしてみたのだ。


 双剣の作成も、それを振るう戦い方も初めての試みだ。

 本来なら長い鍛錬が必要だったはずだ。だが、剛体魔法という高等技術を初見で扱ってみせるほどの器用さを持つ彼女にとって、その壁は高くなかった。


「さて、と。ヴァルガ、ヴォルグ!」


 双剣を手に部屋を出ると、外で遊んでいた二頭の狼が顔を上げた。

 次の瞬間、土を蹴って駆け寄ってくる。


「よしよしっ、ようやく双剣が完成したよ。少し休憩したら森へ狩りに行こう」

「「ヴォフッ!!」」


 身体を摺り寄せてくるヴァルガとヴォルグの頭を撫でる。

 二頭は尾を大きく振り、弾んだ声を上げた。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 村を出発してから数分後。

 エルナはヴァルガとヴォルグを伴い、森の奥へと足を進めていると、不意に違和感を覚える。


 ――静かすぎる。


 風に揺れる葉擦れの音はある。だが、魔物はもちろん、小動物の気配もない。


「……どういうことだろうね。心視石にも反応がない。……本当に、近くに何もいない」


 エルナの心視石による索敵は半径数百メートルに及ぶ。

 それでも何も捉えられない。


 日常的に森へ潜るわけではない彼女でも、この異様さには気づいた。

 不信を抱いたまま歩みを進めると――


「「――ッ!」」


 ヴァルガとヴォルグが同時に耳を立て、一点を睨みつける。低い唸りが喉の奥から漏れた。

 遅れてエルナもその方向へと視線を向ける。


 森の奥から、何かが一直線にこちらへ迫っていた。

 枝をへし折り、地面を踏み砕きながら。


 腰の双剣を抜き放ち、構えると同時に違和感に気づいた。


 音の発生源はかなり近い。

 ――なのに、心視石は沈黙したままだ。


「――っ!」


 反射的に地を蹴る。

 次の瞬間――


「ガアァアアァァアア!!!!!」


 凄まじい雄叫びとともに、巨大な影が大木をへし折りながら突っ込んできた。

 砕けた木片が弾け飛ぶ。


「――くっ!」


 衝撃波に足を取られるが、素早く体勢を整える。

 視線を上げた先に、そいつはいた。


 大木をへし折って現れたのは、中級の不死族――“()()()”だった。


 四足の獣。

 だが、その大きさは虎や狼とは比べものにならない。

 体高は三メートル近く、折れた巨木の残骸すら、その背に届かない。


 全身は光を吸い込むような漆黒。

 濃密な瘴気が目に見えるほど立ち上り、周囲の空気を濁らせている。

 足元の草が、じわりと黒く変色していく。


 ゆっくりと、その顔がこちらを向く。

 闇の奥で、濁った光が灯った。


 次の瞬間、牙が覗く。

 異様に長く、刃のように鋭い。

 肉だけでなく、骨さえ断つための形。


 黒き怪物は地面を踏み砕き、低く唸った。



「まさか、こんなところに不死族が現れるとはね」


 エルナと瘴牙獣が対峙する。

 張り詰めた空気があたりを支配する。


 次の瞬間――


「ガアアアァァァ!!!!!」


 大地を砕き、巨体とは思えぬ速度で瘴牙獣が駆ける。

 土煙を引き裂きながら迫る姿にエルナは――迎え撃つように地を蹴った。


「はあぁぁっ!!」


 互いに一直線。

 距離が一瞬で消し飛ぶ。


 瘴牙獣が牙を突き立てんと大口を開く。

 エルナも双剣を交差させ、全力で振り抜いた。


 ――ガキィイィィンッ!!!


 凄まじい衝撃が森を震わせる。


 牙と双剣が噛み合う。

 火花が散った。


 腕に伝わる、岩塊を打ち据えたかのような重圧。

 それでもエルナは踏み込む。

 瘴牙獣もまた、押し潰さんと力を込める。


「ガアアアッ!!」

「はあああっ!!」


 刃と牙が軋む。

 足元の土が割れ、衝撃が地に沈む。

 だが――この拮抗は長くは続かない。


「――すぅ」


 エルナが短く息を吸う。

 一瞬、力の流れを止め――


「――はぁッ!!」

「ガッ――!!」


 次の瞬間、溜め込んだ膂力を爆ぜさせた。

 衝撃で瘴牙獣の頭部が大きく仰け反る。


 エルナは間髪入れず踏み込んだ。

 双剣が閃く。


 しかし――


「ガアァァ!!」

「――ッ!!」


 刃を無視し、瘴牙獣は牙を突き出す。

 防御も回避も捨てた、喰らいつくためだけの一撃。


 エルナは即座に刃を引き、身体を沈める。

 牙が頭上を掠めた。


 地を蹴り、間合いを切る。


「……なるほど」


 短く息を吐く。


「セルフィの言っていたのは、このことか」


 振り向きざま、瘴牙獣がこちらを睨む。

 その濁った光を見て、脳裏に声が蘇る。


『痛覚もなければ、自我も感情もない。あるのは生者を殺すことだけ。そのためなら、自らの生死すら考慮しない』


「目の前に刃が迫っても、一瞬たりとも躊躇しない……。実際に相対すると、相当厄介だね」


 双剣を握り直す。

 その瞬間、瘴牙獣が動いた。


「ガアァァ――」


 全身から立ち上っていた瘴気が、急速に収束する。

 黒い霧が渦を巻き、瘴牙獣の周囲に球状となって浮かび上がった。


「――ッ!」


 危険を察し、エルナは即座に後退する。

 そして――


「――ガアアアァァァ!!!」


 咆哮とともに、瘴気の塊が弾丸のように放たれた。

 空気が焼けるように濁る。


 エルナは身を翻し、次々とそれを躱す。

 躱しきれぬものは双剣で叩き払う。


 ――だが。


「――くッ!」

「ガアアアァァァ!!!!」


 次の瞬間、巨体が目前にあった。

 振り下ろされた前足を、双剣で受け止めるも衝撃に弾き飛ばされる。


「――とっ!」


 地を転がり、即座に跳ね起きる。

 エルナは双剣を構え直し、怪物を見据える。



 ――不死族に心視石は効かない。


 感情を読む力は、感情を持たぬ相手には通じない。

 喜びも、怒りも、恐怖もない。

 ただ生者を殺すという機能だけを宿した存在。


 そしてその行為にさえ、殺意は伴わない。

 人が歩くことに感情を挟まぬように、彼らにとって生者を殺すことは、ただの動作に過ぎない。


 エルナは思い出す。

 三か月前の遠征の時、不死族の接近に気づかずにやられそうになったこと。

 そして、そんな彼女を救うために、セルフィが危険な目にあってしまったことを。


 ――失態をそのままにしておくほど、彼女は愚かではない。



「……ヴァルガ、ヴォルグ。そのまま警戒だけして、手は出さないでね」


 自らの守護獣に指示を出し、エルナは瘴牙獣を見据える。


「――さあ、汚名返上といこう」

「ガアアアァァァ!!!」


 咆哮とともに、瘴牙獣が再び瘴気弾を放つ。

 黒い塊が一直線に迫るが、エルナは動じない。


 一つ。

 二つ。

 三つ。


 迫る瘴気弾の間を、舞うようにすり抜ける。

 合間に差し込まれる牙と爪を視線すら向けず、僅かな動作だけでかわす。


「ガァアア!!!」

「ふっ!」


 踏み込みざま、双剣が閃き、斬撃が黒い体表を裂いた。

 次の瞬間、もう一閃。


 瘴牙獣の肉体に、次々と深い傷が刻まれる。


「ガアアアァァァ!!!!!!」


 咆哮とともに、さらに多くの瘴気が渦を巻く。

 黒い塊が幾重にも生まれ、エルナへと殺到した。


 ――しかし、彼女の微笑みは崩れない。


 自我も感情も持たない不死族に心視石を有効にするためには、どうするか。

 彼女はこれに対し、単純な答えを出した。


 それが、心視石の精度をより上げること。


 不死族にも意識は存在する。

 相手に嚙みつこうとする、爪を叩きこもうとする。これらの行動に感情を抱くことはなくとも、行動に移すためには相手を意識する必要がある。


 ――感情を読み取れないのなら、意識を読み取ればいい。


 そんな、思い付きのような発想だ。

 だが彼女にとっては、それで十分だった。


 エルナは瘴牙獣に対し、心視石の焦点をさらに絞る。

 感情ではなく、行動の直前に生じる“意識の揺らぎ”へ。


 生者を殺すという機能を実行に移す、その瞬間。

 そこに生じる微細な偏りを捉える。


 結果として、彼女は相手の意識を先取りする。

 まるで未来を視ているかのように、攻撃の兆しを察知することができた。


「ガア……アァ…」


 瘴牙獣の瘴気と爪は、そのすべてが空を裂くだけに終わる。

 エルナの斬撃だけが、確実にその身を刻み、黒い体表に、傷が増えていく。


 ――ダンッ!


 地を踏み砕くと同時に、エルナが一気に踏み込む。


「ガァアアアア!!!!」


 瘴牙獣は、迎え撃つように前足を振り下ろす。

 だが――そこに彼女の姿はない。


 ――トンッ。


 振り下ろされた瘴牙獣の肩を踏み台に、軽やかに跳ぶ。

 宙へ舞い上がったエルナは、真下の怪物を見据えた。

 そして――


「ガァ――」


 瘴牙獣が見上げようとした、その瞬間。


「――はぁっ!!」


 双剣が交差され、瘴牙獣の首が宙を舞った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ