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守護獣の誕生秘話  作者: 海名津たくや
旧フィリナ領解放編
40/63

34.守護獣の戦い②

 喰裂猿の群れと交戦を開始してから、すでに数十分が経過。

 予想していた通り、百体を超える喰裂猿に周囲を取り囲まれ、戦いは完全な乱戦へと変わっていた。


「カァアッ!!」


 鋭い鳴き声を上げながら、アルファがセルフィたちの頭上を旋回。

 大木の枝に掴まり、枝から枝へと飛び移って移動する喰裂猿たちを狙い、空中から攻撃を仕掛けていた。


 魔法で圧縮した風が解き放たれ、暴風となって木々を揺らす。

 叩きつけられた風に耐えきれず、喰裂猿たちは落下していく。

 さらに、かぎ爪に捕らえられ、そのまま勢いよく地面へ叩きつけられる個体もいた。


「「ガルルルゥゥッッ!!」」


 地面へと叩き落とされた喰裂猿たちに、間髪入れずヴァルガとヴォルグが襲いかかる。

 地上を駆け回りながら、立ち上がろうとする個体をすれ違いざまに切り裂き、鋭い牙と爪で確実に仕留める。


 距離を取った個体には、足を止めることなく魔法を放つ。

 放たれた火球と水球が次々に命中し、逃れようとした喰裂猿たちを容赦なく打ち倒されていった。


 だが、喰裂猿たちもただ狩られるだけの存在ではない。

 木から木へ、枝から枝へと飛び移り、ときに大木の幹を盾にしながら縦横無尽に駆け回る。


 そして隙を見つけては、次々と石を投げ放ってきたが――この投石が厄介だった。


 下級とはいえ魔物。その身体能力から繰り出される投擲は、どれもが剛速の一撃となる。

 まともに受ければ骨は砕け、急所に当たれば命すら危うい。


 しかも、それが四方八方から絶え間なく飛んでくるのだ。

 一体一体は脅威ではなくとも、百を超える数が連携すれば話は別だ。


 格上の中級魔物すら狩れる――というのは、誇張ではなく。

 圧倒的な物量は、ときに力の差そのものを踏み潰していく。



 だが――こちらもまた、物量の差を覆す力を持っていた。


「クゥアアッ!!」


 アウレインの咆哮と同時に、セルフィたちの周囲を覆うように光の結界が展開された。

 四方八方から飛来する投石が、硬質な光に弾かれて砕け散る。


 そして、次の瞬間。

 結界は役目を終えたかのように霧散し、入れ替わるようにセルフィたちの魔法が放たれた。


 セルフィの放った貫光球(ルーラ・ルクス・レイ)が一直線に走り、数体の喰裂猿をまとめて貫く。

 ルシウスの風の刃は周囲の木々ごと切り裂き、枝に潜んでいた個体を叩き落とす。

 エルナの水球は着弾と同時に炸裂し、喰裂猿たちをまとめて吹き飛ばした。


「ふぅーっ」


 相手の攻撃が一瞬途切れ、セルフィは思わず息を漏らした。


 反撃の魔法に喰裂猿たちは動揺していた。

 攻撃は防ぎ、こちらの一撃だけが確実に通る――状況だけを見れば一方的と言える。


 だが、数が減らなかった。

 押し返してはいるものの、包囲は狭まりつつあり、危うい場面も目に見えて増えてきていた。


 守護獣たちは問題ない。

 このままなら、群れが尽きるまで戦線を維持できるだろう。


 現に、アルファは木々の間を縫うように飛翔し、空中で飛びかかってきた数体を軽やかに躱していた。


 すれ違いざまにかぎ爪で一体を掴み上げ、そのまま勢いを殺さず他の個体へ叩きつける。

 衝突の衝撃で数体がもつれ合い、まとめて地上へと落下する。


 ヴァルガとヴォルグもまた、周囲から次々に投げつけられる投石を躱しながら地上を駆け抜け、足を止めた喰裂猿たちを次々に仕留めていった。


 さらに、大木の幹へ爪を引っかけて一気に跳躍。

 枝から枝へと移動していた喰裂猿に空中から襲いかかり、そのまま地面へと叩き落としていく。


 アウレインは言うまでもない。

 攻撃は最低限に留め、常にセルフィたちの守護を優先。遠距離からの投石だけでなく、接近しての飛びかかりも、ことごとく防ぎ切っていた。


 ――だからこそ、問題なのはセルフィたちの方だった。


 セルフィは自主練習の段階で、このままでは魔法は戦闘の役に立たないと結論づけた。

 そして戦闘が長引くにつれ、その問題が少しずつ表面化し始めていた。


「キキィッッ!!」

「くっ!!」


 一体の喰裂猿が、セルフィめがけて石を投げつける。

 セルフィは咄嗟に、準備していた魔法の発動を中断し、横へと身を躱す。


 空気を切り裂く鋭い音とともに、先ほどまでセルフィが立っていた場所を石が通り過ぎ、そのまま地面へとめり込んだ。

 直撃していれば、ただでは済まなかっただろう。


 魔法を武器にできないと判断した理由の一つが、これだった。

 未熟なセルフィの制御能力では、魔法の発動までに時間がかかりすぎるのだ。


 光魔法の基本技となる光球(ルーラ・レイ)を生み出すまでに必要な時間は、わずか数秒。

 だが、戦場における数秒という時間は、あまりにも致命的な隙になっていた。


 最初の交戦からその兆候はあった。

 体勢を崩した喰裂猿たちに向けて、セルフィとエルナ、そしてルシウスは同時に魔法の準備を始めた時。


 最初に魔法を完成させ、放ったのはルシウスだった。

 セルフィとエルナは、そこからさらに数秒遅れてようやく魔法を完成させていたのだ。


 セルフィの魔法がエルナよりも先に喰裂猿へ命中したのは、単純に放った魔法そのものの速度が速かったからに過ぎない。

 発動の速さという点では、セルフィたちは明らかにルシウスに後れを取っていた。


 最初のときのように、仲間の援護があり、相手が体勢を崩している状況であれば問題はない。

 だが、今のように乱戦へと移行した場合、魔法の発動に数秒を要する現状は、あまりにも危険だった。


 実際、セルフィたちが魔法の準備に入った瞬間、それを察知した喰裂猿たちが一斉に動き、攻撃を集中させてくる。

 そのせいで発動を妨げられ、魔法を放つことができていない。


 さらに、もう一つの弱点――魔法を同時に複数、発動できないこと。


 これも先ほどと同じく、原因はセルフィの制御能力の不足にある。

 だが、この欠点は先ほどのものより、さらに深刻だった。


 魔法を同時に扱えないということは、光魔法を発動している間、身体強化魔法を維持できないということを意味している。

 つまり、魔法の発動に集中している時、セルフィの身体能力は本来のフィリナ族のものとなるのだ。


 これが致命的だった。


 身体強化魔法がかかっていれば、多少の投石程度なら弾き返せた。身体そのものの強度も引き上げられるからだ。

 だが、強化のない状態では話が違う。魔物の膂力で投げられた石は、それだけで命に関わる凶器になる。


 だからセルフィは、魔法の完成よりも回避を優先して、必死に身を躱すしかなかった。


 アウレインが先ほど行ったように、彼らの周囲を結界で覆い、その間に魔法を準備する。

 そして結界が解かれると同時に反撃すれば、確かに通用はした。


 だが、それを繰り返せば、いずれ相手も学習する。

 結界が張られた時点で攻撃を止め、回避に徹されれば、反撃の命中率は確実に落ちていく。


 それに――戦場で足を止めたままの相手など、ただの的でしかない。


 可能な限り、自力で躱し、隙を作り、反撃に転じられなければならなかった。

 でなければ、本当に足手まといになる。


 そんなことは、ごめんだ――と。

 セルフィは喰裂猿たちを睨みながら、胸の奥で静かに決意を固めた。



「ちっ!」


 思わず舌打ちを漏らしたルシウスの前には、複数の喰裂猿たちが一斉に殺到してくる光景が広がっていた。

 どうやら、的確に魔法を放ち続ける彼を危険と判断し、集中的に接近戦を仕掛けてきたらしかった。


 ルシウスはセルフィやエルナとは違い、すでに魔法の扱いに慣れていた。

 魔力制御の精度も高く、魔法使いとしては十分に実戦に耐えうる技量を備えている。


 迫り来る喰裂猿たちを冷静に見極めると、ルシウスは一瞬で魔法を組み上げ、発動。

 生み出された複数の風の刃が、接近してくる個体だけでなく、後方で投石の構えを取った個体にまで襲いかかった。


 迎撃は鮮やかだった。

 だが、ここで想定外の事態が起きる。


 一体の喰裂猿が、魔法によって身体を切り裂かれながらも止まらず、そのままルシウスの懐へと飛び込んできたのだ。


「くそっ!!」


 毒づきながら、ルシウスはその一撃を紙一重で躱す。

 彼は複数の魔法を同時に扱えるため、風魔法を放つ間も常に身体強化魔法を維持している。

 ゆえに、この程度の攻撃を回避すること自体は難しくなかった。


 だが、問題はここからだ。

 強化率の高い剛体魔法を扱うエルナや、狩人として身体を鍛えてきたセルフィとは異なり、魔法によって強化された身体能力は、ルシウスが三人の中で最も低かった。


 身体強化によって下級魔物と同等の動きは可能だったが、それは裏を返せば――今まさに相対している喰裂猿と、ほぼ同じ土俵に立たされている、ということでもあった。


 身体能力が拮抗している以上、接近戦では経験と本能に優れる野生の魔物に分がある。


「キッキィィィッッ!!!」


 雄叫びを上げながら、喰裂猿がこん棒を振り上げる。

 一撃目を躱した直後で体勢を崩しているルシウスには、回避は間に合わない。


 次の瞬間。


 上空から急降下してきたアルファが、喰裂猿へと襲いかかった。

 不意打ち同然の一撃を受けた喰裂猿は体勢を崩し、そのまま地面へと叩きつけられる。


「すまん、アルファ! 助かった!!」


 礼を叫びながら、ルシウスはすぐさま体勢を立て直す。

 地上へ降りたアルファを狙い、接近してきた数体の喰裂猿へ向けて魔法を放ち、まとめて仕留めた。



「おっとぉ!!」


 魔法の準備に入った瞬間を狙われ、エルナは咄嗟に身を捻って投石を躱す。

 そのまま距離を取りながら、舌打ち混じりに息を吐いた。


 先ほどから、思うように魔法を発動できていない。

 攻撃に転じようとするたびに妨害され、後手に回らされていた。


「困ったなぁ。このままじゃ、どうしようもない」


 エルナの扱う魔法は火と水。

 水球なら森の中でも比較的安全に使えるが、火球は違う。


 未だ魔力制御が未熟なエルナでは、威力を誤れば周囲の木々に燃え移る危険があった。

 森という環境そのものが、彼女の火魔法の使用を制限する。


 そのため、水球だけで戦うしかないが、そもそも発動前に妨害されていては意味がなかった。


「ふーむ……」


 最終的には勝てるだろう。

 この戦場には、自分だけでなく頼りになる仲間が揃っているのだから。


 勝利に大きく貢献できていないことに悔しさはある。

 だが、そもそも今回の戦いは守護獣たちの実戦経験が主目的であり、自分たちの魔法はあくまで改善点を探るための試し撃ちのようなものだ。


 そう考えれば、無理に攻撃へ転じず、相手の攻撃を躱すことに専念していても問題はなかった。

 だが、このままでは結局、「実戦では魔法は使えない」という結論に行き着いてしまう。


 どうしたものかとエルナが思考を巡らせていると――


「おや?」


 その間隙を突くように、一体の喰裂猿が彼女へ向かって突進してきた。

 あっという間に間合いを詰めると、喰裂猿は頭上高くこん棒を振りかぶり、エルナに向かって全力で叩きつける。


 しかし、振り下ろされた一撃は、空を切る。

 まるで最初からそこへ攻撃が来ると分かっていたかのように、エルナはすでに半歩外側へと身を滑らせていたのだ。


「っっ!!?」


 あまりにも鮮やかな回避に、喰裂猿は思わず動きを止める。


 その隙を逃さず、エルナは身体強化魔法を発動。

 流し込んだ魔力は淀みなく全身を巡り――剛体と呼ばれる域へと到達した。


「……すぅ――はぁっ!!」


 一瞬の溜めの後、全身を捻り込むように放たれた蹴りが、喰裂猿の腹部へと叩き込まれた。


 剛体を発動した彼女の身体能力は、中級相当まで引き上げられていた。

 細い脚からは想像もできない衝撃が炸裂する。


「――っ!!」


 声にならない悲鳴を漏らし、喰裂猿の身体が宙を舞う。

 そのまま巨体は地面を跳ねながら、凄まじい勢いで森の奥へと吹き飛ばされていった。


「なるほど……これか」


 自身の蹴りで吹き飛ばされた喰裂猿を見つめながら、エルナは静かに呟く。

 喰裂猿との戦闘が終了したのは、それから数十分後のことだった。

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