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守護獣の誕生秘話  作者: 海名津たくや
旧フィリナ領解放編
39/63

33.守護獣の戦い①

 翌日、セルフィたちは村の入り口に集合していた。


 すでに朝日は昇り、淡い光が村と森の境を照らしている。

 冷たい朝の空気が頬を撫で、吐く息はわずかに白かった。


 エルナとルシウスも、それぞれの守護獣を伴って姿を見せていた。

 最後に荷物の確認を終え、装備を整える。革紐を締め直し、武具の位置を確かめると、不思議と気持ちも引き締まった。


「よし。こっちの準備は完了だ。そっちはどうだ?」


「こちらも問題ないよ」


 最終確認を終え、いよいよ出発することになった。

 今回は、迅脚鳥に騎乗してはいかない。というのも、今回の任務は喰裂猿の調査と討伐だからだった。


 下級とはいえ、群れを成して襲ってくる喰裂猿が相手では、自衛能力を持たない迅脚鳥では守り切れず、戦闘に巻き込まれて倒されてしまう可能性が高い。

 そのため迅脚鳥は連れて行かず、身体強化魔法を使って目的地まで走って向かうことになっていた。


 身体強化魔法は、教わったその日に発動できるほど習得難易度は低いが、長時間維持するには少しコツがいる。


 今回の任務は訓練も兼ねているため、移動そのものを実践練習とし、身体強化魔法を維持したまま目的地まで走ることになっていた。


「それじゃあ、出発しようか」


 軽く準備運動で身体をほぐしてから、セルフィはエルナとルシウスに声をかけた。

 二人が頷くのを確認し、杖を取り出す。


 聖気を巡らせ、身体強化魔法を発動した。身体の内側から力が満ちていく感覚とともに、視界がわずかに澄んだ。


 準備が整うと、セルフィたちは一斉に走り出し、村を出発した。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 森を走り始めてから数分。


 地面から露出した太い木の根が行く手を遮り、ところどころぬかるんだ地面が足を取ろうとしていた。

 足場は決して良くない。わずかに踏み外しただけでも、勢いのついた身体は簡単にバランスを崩し、転倒してしまうだろう。


 身体強化魔法の維持だけでなく、こうして森の中を走るという行為は、それだけで危険を伴う。

 だが、セルフィたちはこの短時間で身体強化魔法を長時間維持するコツはすでに掴めている。

 このまま目的地まで走り続けるのに問題はなかった。



 魔法の維持になれ、余裕が出てきたことで、セルフィは周囲を走る仲間たちの様子へと意識を向ける。


 まずは守護獣たちだ。

 アウレインやヴァルガ、ヴォルグは、もともと牡鹿や狼といった森に高い適性を持つ生き物の姿をしているだけあって、起伏のある地面をものともせず、危なげなくセルフィたちの周囲を駆けている。


 鷲の姿をしたアルファも問題はなさそうだ。

 太い幹を持つ大木がひしめき合う森の中を、枝葉の隙間を縫うように滑空。迫りくる幹を器用に躱しながら、飛行速度を彼らに合わせ、上空から周囲を警戒していた。



 守護獣たちに問題がないことを確認し、セルフィは次にエルナとルシウスへと視線を向けた。


 二人もまた、安定した足取りで森を駆けている。


 身体強化魔法を維持しながら、露出した木の根やぬかるみを的確に避けている。

 強化率の高いエルナは当然として、ルシウスも涼しい顔でついてきていた。


 セルフィの胸の奥で安堵が広がりかけた、その瞬間――


「――止まれ!!」


 鋭い叫びが森を裂いた。


 セルフィは反射的に足を止め、周囲への警戒を最大まで引き上げた。守護獣たちも即座に身構える。

 前方を睨んだまま、エルナが低く告げた。


「どうやら目的地についたようだね。およそ三百メートル先――木々の上に、二十から三十体ほど。まとまっている」


「まだ村を出て数分だというのに……こんなに近くまで来ているのか」


「こっちには気づいているのか?」


「いや、私の方が先に気づいた。こちらを気にしている様子はないね」


「よし。なら――陣形を組んで、有利な形で仕掛けよう」


 セルフィの提案に、その場の全員が頷くと、それぞれが無言で持ち場へと散開する。

 枝を踏む音すら抑えながら、静かに戦闘準備を整えていく。


 配置はこうだ。


 魔法による遠距離攻撃を担うセルフィとエルナ、ルシウスの三人は、互いに巻き込まれないよう間隔を取りながら後方に陣取る。

 そのすぐ前にアウレインが控え、前衛にはヴァルガとヴォルグ。

 そしてアルファは、大木の枝に止まり、上空から周囲を警戒していた。



≪よし、はじめよう≫


 セルフィは念話で合図を送る。

 直後、ヴァルガとヴォルグが大地を震わせるような雄叫びを放った。


「「アオォォォオオオンッ!!」」

「「「キキィッ!!!」」」


 喰裂猿たちが一斉にこちらへ顔を向ける。

 こちらを認識した瞬間、枝から枝へと飛び移りながら、怒涛の勢いで突進してきた。


 狙いは、雄叫びを上げた二頭。

 一直線に、迷いなく。

 だが、それこそがセルフィたちの狙いでもあった。


 まず動いたのは、大木の枝で様子をうかがっていたアルファだった。


 迫り来る喰裂猿の群れへ向かって、ためらいなく滑空する。

 その飛翔と同時に魔法を発動。アルファの頭上で風が唸りを上げながら渦を巻き、やがて球状へと圧縮されていく。


「クァアアッ!!」


 鋭い鳴き声が森に響く。

 喰裂猿たちが跳びかかろうとした、その直前――アルファは翼を大きく打ち上げ、一気に上空へと跳ね上がった。


 そして、すれ違いざま。

 圧縮された風の塊を、群れの中心へ叩き込む。


 次の瞬間、耳をつんざく破裂音が森に炸裂した。


 解放された風は一気に膨張し、暴風となって周囲を薙ぎ払う。枝が軋み、葉が舞い上がり、体勢を崩した喰裂猿たちが次々と吹き飛ばされていく。


 空中に投げ出された個体は木々に叩きつけられ、あるいは地面へと落下していった。


「「ガルルルルッ!!」」


 続いて暴風が収まるよりも早く、ヴァルガとヴォルグが地を蹴る。


 叩き落とされ、体勢を崩した個体だけを瞬時に見極めると、瞬時に襲い掛かった。

 迷いなく踏み込み、鋭い爪が肉を裂き、牙が喉元へ食い込む。


「ッキキィィ!」

「ホアァッ!!」


 血飛沫と悲鳴が交錯。

 突然の攻撃に、喰裂猿たちは明らかに統制を失っていた。

 互いにぶつかり合い、枝へ逃げようとする個体、地上で立て直そうとする個体と、動きが完全に乱れた。


 その瞬間。


 後方で待機していたセルフィたちが、一斉に魔力を解放した。


「「ギィィィッ!」」


 まず、無数の風が唸りを上げる。


 放ったのはルシウスだ。

 圧縮された風が刃へと変じ、空気を裂いて奔る。


 複数の風刃が交差しながら喰裂猿へと叩き込まれた。

 命中すると、肉が裂ける鈍い音とともに、鮮血が飛び散る。

 深々と刻まれた傷口から噴き出し、喰裂猿は絶叫とともに地面へ崩れ落ちた。



「キッ――」


 その声が終わるより早く、閃光が走る。


 セルフィは圧縮した光を解き放った。

 一筋の残光を引きながら一直線に奔ったそれは、喰裂猿の頭部へと吸い込まれるように命中すると、次の瞬間――光が膨張。


 爆ぜるように広がった白光が頭部を包み込み、輪郭を塗り潰した。


 悲鳴は、最後まで響かなかった。

 光が収まった後、そこに残っていたのは――頭部を失った骸だけだった。



「キキィィィッ!!」


 続いて、エルナの魔法が放たれる。


 空中に形成された水球が、唸りを上げながら喰裂猿の群れへと叩き込まれた。

 圧縮された水は、もはや液体というよりも質量の塊と言える。


 直撃を受けた喰裂猿の身体がそのまま後方へと吹き飛ばされた。

 骨の軋む鈍い音が響くとともに、巻き込まれた個体もろとも地面を転がり、木の幹へ激突。


 致命傷には至らない。だが、体勢を完全に崩された喰裂猿たちは、もはや戦列を維持できない。


 その隙を、ヴァルガとヴォルグが襲い掛かる。

 低く唸りながら一気に距離を詰め、牙と爪が次々と喰裂猿へ突き立てられた。


 逃げ場を失った個体が悲鳴を上げると、上空から影が落ちる。

 次の瞬間、急降下してきたアルファが、鋭いかぎ爪で喰裂猿を掴み裂き、そのまま地面へ叩きつけた。




「キッキキィィィィィッッ!!!」


 仲間が次々と倒れていく中、初撃を免れた数体の喰裂猿がセルフィたちを標的にする。

 枝を蹴り、地面を跳ねると、瞬く間に距離が詰まる。


 その速さにセルフィたちは反応できない。

 だが、目前へと迫るその前に。

 セルフィたちを庇うように、アウレインが一歩前へ踏み出した。


「「キキィィィッッ!!」」


 喰裂猿たちは迷いなく襲い掛かった。

 こん棒が唸り、岩が空気を裂いて振り下ろされる。


 しかし――


「クゥアアッ!!!」

「ホワッ!!」


 アウレインの咆哮が森に響いた瞬間、その前方に光の障壁が展開された。


 振り下ろされた岩とこん棒が、激しい音を立てて障壁へ叩きつけられるも、障壁は揺るがない。

 衝撃はすべて弾き返され、逆に反動を受けた喰裂猿たちの身体が大きくよろめいた。


 ――魔法の中には“結界”と呼ばれるものが存在する。


 身体強化と同じく無属性に分類される魔法であり、魔力を極限まで圧縮・固定化することで、半物質的な障壁を形成する技術だ。


 その扱いは高等技術に位置づけられている。


 理由は単純で、実戦に耐えうる強度を持たせるには、魔力を極限まで圧縮し続けなければならないからだ。当然、その維持には極めて高度な魔力操作技術が要求される。


 さらに、この魔法は構造そのものは単純である一方、応用範囲が非常に広い。

 前方に盾のように展開することもできれば、周囲を包み込むように広域へ張り巡らせることも可能だ。


 そして今回、アウレインが展開したのは――前方を広く覆う障壁だった。


「クゥアアッ!!」

「「ウキィッ!!」」


 攻撃を防がれた反動で、喰裂猿たちは体勢を崩す。

 その隙を、アウレインは見逃さなかった。


 大地を踏みしめると同時に巨体を振り抜き、枝分かれした巨大な角が横薙ぎに振るわれた。

 角に打ち据えられた喰裂猿たちは、皮膚をズダズダに裂かれながら地面を転がっていく。


 その直後――

 大木の枝に取り残されていた数体の喰裂猿が、示し合わせたように一斉に叫び声をあげた。


「「「ホワアアアアアッ!!!」」」


 耳をつんざく金切り声が、森の奥へと響き渡る。

 そして次の瞬間――それに応えるかのように、周囲の森のあちこちから、別の叫び声が重なり始めた。


「む、仲間を呼んだな。アルファたちに襲われても逃げず、増援を選んだか……これは、群れの規模は百体を上回っていそうだな」


 周囲から重なって聞こえてくる叫び声に、ルシウスが低く唸るように言った。


「なら、囲まれるのは時間の問題だね」


「了解、気を付けるよ。君たちも、心視石で常に相手の位置を把握しなよ」


 互いに短く言葉を交わし、セルフィたちは意識を戦闘へと戻した。

 どうやら――本番は、ここからになりそうだった。

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