4.成人式
ルシウスの家での作業が終了し、日が暮れ始めた頃。
「ふむ。そろそろ移動するか。
向こうも準備が出来る頃合いだ」
「了解。う~ん、いよいよだなぁ」
成人式は村の中央の広場で行われる。
ルシウスと移動していると、まだ準備をしているのか、賑やかな声が聞こえてきた。
その中には料理をしているエルナもいた。
「セルフィ、ルシウス!
ちょうど良かった。そろそろ準備が整うところでね、呼びに行こうと思っていたんだ」
「やぁエルナ。
話をしていきたい所だけど、忙しそうだし、先に族長に挨拶かな?」
「それが良いだろうな」
「うん、わかった。
父さんは広場の中心付近でヨルシカさんと話をしていると思うよ」
「ありがとう。それじゃ、また後でね」
「ではな」
「はーい。また後で話そう」
広場は既にいくつものテーブルや椅子が置かれ、その上にはご馳走が並べられていた。普段は不足している肉も今日は村人全員に行き渡る程に用意されており、食欲をそそる匂いが広がっていた。
そうして広場の中心に移動していると、恰幅が良い男性と狩人風の男性が話しているのを見つけた。
「こんばんは、族長、ヨル爺。
今日はお祝いしてくれて、ありがとう」
「おおっ!セルフィか!
礼など要らんさ!いよいよ成人だな、おめでとう!」
はっはっはと笑いながら族長、ソレインが大きな声で祝ってくれる。その横で狩人風の男性、ヨルシカも静かに頷いていた。
「いや、しかし!
セルフィが成人とは、時が経つのは早いな!
そうは思わんか、ヨルシカよ!」
「ん……」
「うむ!エルナの時も思ったが、村の若者たちが立派に成長した姿を見れるのは、この上ない程の幸せだ!」
「ん……」
「寂しくもある…か。分かるぞ!
いつまでも我らの腕の中で、その元気な姿を見ていたい!だが、父として、族長として、自らの足で歩く者の背中は押さねばな!」
「ん……」
「ふはははは!そうだろう!そうだろう!」
「相変わらず謎だな、こいつらの会話は」
「あはは、狩りの時はちゃんと喋るんだけどね、ヨル爺」
「はぁ……ああ、ヨル爺よ。
セルフィには既に言っているが、以前採取していた青い花の薬草を今後も定期的に採取して欲しくてな。負担にならない範囲で頼めるだろうか?」
「ん、……問題ない」
「そうか。助かる」
「おお!以前に報告してくれた傷薬の原料の代用品だったな!
傷薬はとても重要だからな!大変だろうが、よろしく頼むぞ!ヨルシカ、セルフィ!」
「ん……」
「うん。任せて」
「おーい。
料理も準備できたし、そろそろ始められるよ」
「おお、了解した!
では、始めるとしようか!全員そろっているな!?」
「大丈夫だよ。準備万端!」
「よし、では宴の始まりだ!!」
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「それでは皆の衆!
忙しい中、よく集まってくれた!
今日という日は、実に喜ばしい日だ。
我らが愛し、共に生きる同胞――セルフィが成人を迎えた!
これまで彼は、我らに見守られる存在であった。
だがこれからは、我らと肩を並べ、共に未来を築いていくこととなるのだ!
その行く道が光に満ちている事を、さぁ祈ろう!
我らが太陽に!」
『我らが太陽に!!!!』
太陽への祈りと共に宴が始まり、皆が思い思いにご馳走を食べ、歌を歌い、踊りを踊る。同時にセルフィの所にも人が集まり口々にお祝いの言葉を述べていく。
セルフィもまた、集まってきた人々にひとしきりお礼を言うと、目の前にあるご馳走に手を付けた。
「お疲れ様、ようやく食事にありつけるようだね」
「さっきぶりだね、エルナ。
こんなご馳走は、次にいつ食べれるか分からないからね。いっぱい食べなきゃ」
「ふふ、ならこっち兎肉のスープを食べてみるといい。おすすめだよ」
「どれどれ。
……ん!美味しいね、これ!あっさりしているのに、しっかりと味わい深い!
もしかして、これエルナが作った?」
「よく分かったね。
そうだよ、そのスープは私が作ったんだ。口に合ったようで何よりだよ」
「うん、本当に美味しい。
他にもエルナが作った料理はあるの?」
「残念ながら。私が単独で作り上げたのは、そのスープだけだよ。
後は他の人の手伝いとして下拵えなんかをやってたかな」
「なるほど。
少し残念だけど、他の料理はまたの機会に取っておくとするよ。
それにしても、これだけの量の料理となると下拵えだけでも大変そうだね」
「まぁね。
でも、今日はセリーヌさんとイカルさんが張り切ってたからね」
「ああ、なるほど。
だからこんなにたくさんのお酒が用意されているのか。さっきからみんながパカパカと飲んでいるのに、まだまだ余っていそうだ。今、族長が飲んでいるのは新作かな?」
「うん、新作の告知も含めているらしいよ。
この間も“新たな味覚の開発だ!”って張り切っていたのに、もう新しいお酒を造ったらしい。本当にあの二人の熱意には頭が下がるよ」
「あはは!
まぁ、お陰でこうして美味しいお酒が飲めるんだから、いいじゃないか」
「ははっ、それもそうだね」
ちなみにセリーヌとイカルというのは、村の酒場を経営している夫婦のことだ。
例によって二人とも幼さの残るような見た目の為、違和感が物凄いのだが、さすがに百年も経つと慣れてきた。
そうやってエルナと二人で、食事を楽しみながら他愛のない話を続けていると、ふと昼間にしたルシウスとのやり取りを思い出した。
『同胞の決意を無下にする者など一人もおらん』
ルシウスのこの言葉は、根拠のない言葉ではない。
何故なら、この世界では「誠実」や「真摯」を表すとき、「フィリナ族のように」と言われるほど、僕たちフィリナ族の清廉さは広く知られているからだ。
その理由は、心視石によって相手の感情を読み取るという力に起因する。
一般に、他人に迷惑をかける者というのは、相手に無関心である場合が多い。自分の言動や振る舞いが相手にどんな影響を及ぼすかを知らないからこそ、気にも留めないのだ。
だが、フィリナ族は違う。
心視石を通して相手の感情の変化を肌で感じ取るからこそ、相手の心を傷つけるようなことをすれば、それは自身の痛みとなって返ってくる。だからこそ僕らは、嘘をつかず、騙さず、たとえそれが自分にとって不利になることであっても、隠さず堂々としている。
逆に、相手が困っていたり悲しんでいたりすれば、全力で助けようとするし、感謝の言葉も素直に受け取ることができる。
このような生き方を貫いてきたからこそ、「最弱種族」と呼ばれることがあっても、フィリナ族は決して軽んじられることはないのだ。
「よぅし!
そろそろセルフィに成人になった感想と今後の意気込みでも語ってもらうか!
準備は良いか!?」
「あ、はい!」
族長に呼ばれ、みんなの視線を集めながら広場の中央へと進む。
全員の意識がこちらに向いたのを確かめてから、まずは通常通りの抱負を述べる。
「今日は僕のために集まってくれてありがとう!
みんなへのお礼に、これからも沢山のお肉が食べれるよう、狩りを頑張るよ!」
「おおっ!」という歓声が広場に響く。
僕の弓の腕や狩りの実績はみんな知っているからか、微笑ましさの中にもどこか期待のような気配が混じっていた。
通常ならここで感謝の言葉を述べて終わりだが、今回はもう少しだけ付き合ってもらう。
「そして、今日はもう一つ、みんなには聞いてほしいことがある」
「僕にはどうしても、やり遂げたいことがある。
それは決して容易なものじゃない。けれど――何よりも大切なことだ。
だからこそ、それをみんなにも知ってもらいたい」
広場がざわつき始めた。
僕が何を話そうとしているのか分からず、戸惑っているのが伝わってくる。
「八十年前――
突然の襲撃によって、僕らは多くを失った。苦楽を共にした同胞たちも、僕らを守ってくれた恩人たちも、理不尽な暴力に奪われた。
それでも、この場にいる全員の奮闘のお陰で、僕らは再び平和を取り戻すことができた。こうして子供だった僕の成人式を迎えられるほどに」
「だからこそ――今度は、彼らに報いるために戦いたい」
僕の言葉を、村のみんなは固唾をのんで聞き入っていた。
「やるべきことは二つ。
一つは、あの地に残された同胞たちを取り戻し、きちんと弔うこと」
「そして」
「エルフの王族にして、フィリナ族の大恩人。
英雄ルフェイル様と、その仲間たちの魂を――故郷に還してあげることだ」
後から振り返っても、僕が本当の意味で一歩を踏み出せたのは、この瞬間だった。




