3.相談役
エルナと別れてから数分ほどで、目的地であるルシウスの家が見えてきた。
ルシウスの家は住居の隣にも建物があり、こちらは書庫として活用されている。……そして一日の大半の時間をルシウスは書庫で活動している為、訪ねるならこっちだ。
ちなみにフィリア族の住居は、いわゆる竪穴式住居となっている。
これには周囲の環境が関係しており、フィリナ族の村は“大森林”と呼ばれる大陸の半分を覆う巨大な森の中に存在する。
大森林は奥地に行くほど強力な魔物が縄張りをつくっているが、フィリナ族が居るのは表層の広場で弱い魔物しかおらず、村の周囲を強力な結果が囲っている為、村が魔物に襲われることは無い。
……しかし前述の通り、フィリナ族は非力な種族である。
ゆえに、建築のような力を必要とする作業は大きな壁となっていた。
まず、周囲に生える木を切り倒すことができない。
大森林の木々は、そのほとんどが樹齢数百年を超える大木であり、幹の太さも硬さも、フィリナ族の力ではどうにもならない。
朽ちた大木を見つけて加工したとしても、内部はすでに腐って脆くなっていることが多く、さらにフィリナ族の力では硬い部分を十分に切り出せないため、得られる木材はごくわずかだ。
そのため、得られた木材も柱や梁といった建材には向かず、せいぜい簡単な家具や小物に加工するのが限界だった。
住居を建てるには強度も量もまったく足りず、必要な木材を揃えることはできなかったのだ。
幸い、村の周辺は有用な資源が豊富だった。
結界内の一画には、黎竹と呼ばれる植物が存在する。黎竹は、丈夫でしなやか、軽くて加工が容易な上、成長速度にも優れた万能素材。
さらに、川幅が百メートル以上ある巨大な川の一部も結界内に入っている。この川は、底は深いが流れが緩やかな為、簡単な漁ができる他、川底からは粘土質の土が大量に手に入る。
これらの素材と鋼糸蜘蛛の糸も活用することによって、何とか村を再建することができた。
「お~い。ルシウスいる~?」
扉を軽く叩きながら声をかけると、すぐに返事がやってきた。
「ふむ、来たか。
おはようセルフィ。今日から成人だな、おめでとう」
「おはよう、ルシウス!
うん。今日から僕も一人前になったよ」
扉から顔を出したのは、眼鏡をかけた細見の男性――ルシウスだった。
淡い茶色の髪は後ろでまとめられ、几帳面さと実用性を兼ね備えた形に整えられている。
額の中央には、深い蒼の心視石。
その色は、彼の瞳とよく似ていて、冷静さの奥に確かな知性を宿しているように見えた。
「今ちょうど、資料の整理をしていたのだ。
今日は夜まで暇だろう、良かったら手伝ってくれるか?」
「うん、いいよ。
あ、ちょっと相談したいこともあるからさ。整理ついでに聞いてもらえる?」
「うむ、ありがとう。相談は勿論かまわないぞ」。
そうして案内された書庫には、ところ狭しと本が並べられており、ルシウスの几帳面な性格がよく表れていた。
「お茶を入れてくるから、座って待っていてくれ」
「わかった」
ルシウスの後ろ姿を見送りながら、改めて思う。
彼は、村一番の知恵者だ。幼い頃より知識欲と好奇心が強く、そして行動力も凄かったらしい。なんと成人前の段階で村を飛び出し、行商人の真似事をしながら旅を続け、最終的にヴェリタス族という種族の元で20年以上働いていたそうだ。
ヴェリタス族を一言で表すなら「なによりも知識を尊ぶ種族」である。あらゆる時代、あらゆる種族、あらゆる分野の知識を蒐集し記録する、そんな種族だ。つまりルシウスとの相性が抜群だった。
ある程度、満足したことで村に戻り、以降は村の相談役としてその経験と知識を存分に発揮している。
ふと、机の上に置いてある研究レポートや設計図が目に入る。そこに書かれている緻密で丁寧な文章を見て「やっぱり凄いなぁ」と感心する。
実際、僕はルシウスを天才だと思っている。
元々住んでいた場所が襲われ、この村を再建する際に、どう考えても乗り越えられないような課題が何重にも立ち塞がっていた。状況は悪く、フィリナ族は全滅の危機に陥っていた。
当時の僕は、前世の知識で何とか現状を変えられないか必死に考えた。……だけど、そんな都合の良い知識なんて持っていなかった。
当然と言えば当然だ。現代日本で普通に暮らして得られる知識に“森の中で村を建てる為のQ&A”なんてものが有る訳もない。
それでも何か役に立てないかと考えた結果、ルシウスに転生のことを打ち明け、知識や発想の礎になれないかと考えた――が、結論から言うと、その必要はまったくなかった。
当時、彼の元を訪れた時に目にしたのは、地面に向かってひたすら計算を続ける姿だった。行商人の経験、そこで培った技術、目にしてきた街の姿、そしてヴェリタス族の元で得た知識の集大成。
彼は己の経験から必要な知識や技術を抜き出し、その上で、それらを現状の環境、労働力、資源で実現可能な範囲にまで落とし込むことにより、村の再建に大きく貢献した。
異世界転生あるある“現代知識チート”が敗北した瞬間だった。
しかし、不思議と嫉妬のようなものは湧き起らず、ひたすらに感動した。村の一員として泥だらけになりながら動き回ったこの日のことを忘れることは無いだろう。
村の生活が安定した頃にルシウスの元へよく訪れるようになり、様々な事に相談に乗ってもらった。
僕にとってルシウスは、“近所の頼りになるお兄さん”であり“憧れの人”だ。
「お茶を持ってきたぞ。
……ん?何だか随分と喜んでいるな。そんなに成人が嬉しかったのか?」
「あははっ……うん。まぁ、そんなところ。
それより資料の整理だったよね、何からすれば良い?」
「……?まぁ、いいか。
そちらの棚にある資料をまとめ直して一冊の本にしたくてな。各種データの関連付けを頼みたい」
「了解。任せてよ!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……ああ、そういえば」
資料を整理していると、ふとルシウスが顔を上げてこちらを見た。
「どうしたの?」
「いや、以前お前が狩りに出かけた際、見たことの無い青い花をつけた薬草をここに持ち込んだことがあっただろ?
あれの報告をしていなかったと思ってな」
「ああ、あの……。
何か分かった?」
「うむ。
まぁ結論から言うと、あれは傷薬の原料の一つに利用できる事が判明してな」
「傷薬って……いつも使っている、あの傷薬?」
「その傷薬だ」
「あれ?……ならあんまり意味なかったかな?
あの薬草を使う事で効能が高くなったりはしないんだよね?」
「しないな。だが原料の代用品を見つけた事は大きいぞ。
一部の薬草の群生地が、天候や動物に荒らされても傷薬の調合ができるんだからな」
「なるほど。
なら、次回からはあの薬草も採取対象にしとく?」
「そうだな。
そうしてくれると助かる」
「了解。
ヨル爺にも伝えておくよ」
「次の狩りは三日後だから、しっかり準備しないとね。
成人してから初めての狩りなんだし、気合い入れなきゃ」
「そもそも成人前に狩りに出られるのが異常なんだが……。
さすがは村一番の弓使いだな」
「弓は小さい頃から頑張ってきたからね。
……ほんとは魔物も倒せればいいんだけど」
「俺たちが引ける弓だと威力も相応だからな。
兎や狐を仕留められても、魔物の毛皮には弾かれる」
「やっぱり“狩り”が限界だよねぇ。
つくづく“戦闘”が出来ない種族だよ」
そうして雑談を交えながら作業を進めていき、ひと段落した所で少し休憩することにした。
「それで?
何か相談したい事があるんだろう」
「ああ、うん。
実は、夜になったら宴が始まって、その時に本人が抱負を述べるよね?その内容について相談がしたくてね」
「うん……?
普通に“これからも狩りを頑張る!”とかじゃないのか?」
「まぁ、それでも良いんだけどね。
ほらタイミング的には丁度いいでしょ?……僕の“目標”を皆に伝えるには」
「………なるほど」
ルシウスは少し考える素振りを見せると、小さく頷いた。
「確かにタイミングとしては悪くないな。
成人すれば、結界の外に出るのにも大人たちの許可や同行は必要なくなる。そうすればお前は本格的に“目標”に向けて取り組むことが出来るからな。
その前に皆に伝えておけば色々と動きやすくなるだろう」
「でしょ?だから話すことは決定で、どこまで話すべきかを相談したかったんだよね」
「………」
「ん?どうしたの?」
「いや、お前の“目標”を話すんだよな?」
「え?うん。そうだよ」
「いいのか?」
「何が?」
「………“目標”に対して、達成の目途が全く立っていないよな?」
「うっ」
「お前の“目標”の重要性は理解しているが、しかし、あまりにも困難な“目標”だ」
「ううっ」
「正直、現状は夢物語と言われても仕方ない状態だぞ」
「うううっ」
正論という名の暴力に晒され、がっくりと肩を落とすが、すぐに顔を上げる。
「それでも今夜、話したいかな」
「………ふむ。
何故、そこまで今日に拘るのだ?別に目途が立ってからでも遅くはない」
「確かに、今のまま話しても笑われるだけかもしれない。
無駄に皆を心配させるだけかもしれない」
「でも、僕は僕の行動や想いが間違っているとは思わない。
胸を張って堂々と、この道を進んでいきたい」
真剣な表情で見つめてくるルシウスに、僕も真剣に言葉を紡ぐ。
「だから今夜、みんなに伝えたいんだ」
少しの時間、僕らの間に沈黙が流れ、
「………そうだな。お前の想いに恥ずべき所など存在しない。
わかった。今夜みんなに話そう」
「ありがとう!なら、どこまで話すかだけど………」
「全部だ」
「ん?」
「全部話せ。お前の“目標”もその想いも全部な」
「えっ、でも」
「相手を納得させようと言葉を選ぶ必要はない。お前はただ想うがまま語れば良い」
「心配するな。フィリナ族の中に、同胞の決意を無下にする者など一人もおらん」




