2.幼馴染
「やぁ。おはよう、セルフィ」
諸々の準備と朝食を終え、家を出て友人の家に向かっていると声をかけられた。
そこにいたのは近所に住んでいる幼馴染の女性――エルナだった。
こちらが気づいた瞬間、エルナの顔がぱっと明るくなる。
その表情は、爽やかで、嘘がなくて――昔から何ひとつ変わらない。
金色の髪は後ろでひとつに結ばれ、結び目から零れた髪束が肩口をくすぐっている。
動くたびに揺れるその髪が、彼女の感情をそのまま写しているようで、目が離せなかった。
「おはようエルナ。
手に持っているのは迅脚鳥たちの餌?」
「そうだよ。最近新しい卵が孵ったから準備が大変でね。
でも、そんなことより――成人おめでとうセルフィ!」
「今日から大人だね」と笑いながら話す彼女の腕には、箱が抱えられており、中には乾かした実や細かく砕いた穀物が入っていた。
この村にはフィリナ族と共存している魔物たちがおり、彼らから採取される素材は、村の特産品として取引されていた。
4年前に成人したエルナは彼らの世話をする仕事に就いており、朝から晩まで楽しそうに働いている。
「今から餌やりの時間?なら、僕も一緒に行ってもいいかな?」
「勿論いいけど、どこかに向かっていたんじゃないのかい?」
「ルシウスの家に行く予定だけど、まだ時間はあるからね。
久しぶりに迅脚鳥たちにも会いたいし……あ、荷物持つよ」
「いやいや、だめだよ。今日の主役に、そんなことさせられないさ」
「いいからいいから」
そう言ってエルナの腕にあった餌箱を受け取ると、戸惑いながらも「ありがとう」とお礼を言われ、感謝の気持ちが伝わってくる。
そのことに嬉しく思いつつ、しばらく一緒に歩いていると目的地に到着した。
そこは簡単な柵で覆われただけの広場で、柵の中では魔物たちがゆっくりと休んでいるのが目に入った。
体高が2メートルあり背中の甲羅からクリスタルがいくつも生えている亀の姿をした魔物、宝甲亀。
足が6本あり警戒心を持たないかのようにのんびりしている山羊の姿をした魔物、柔山羊。
糸でできた蟻塚のような巣を地上に作る蜘蛛の姿をした魔物、鋼糸蜘蛛。
二足歩行で風を切るように素早く移動するダチョウの姿をした魔物、迅脚鳥。
「着いたね。運んでくれてありがとう、セルフィ」
「このくらいお安い御用だよ。
ここに来るのは久しぶりだけど、みんな元気かな?」
「ん~………ちょっと待ってね」
そう言うとエルナは集中するように目を閉じる。すると額にある紅い宝石の輝きが増し、その存在を主張し始めた。
そう、フィリナ族はみんな額に宝石を持っている。
この宝石には特徴があり、それこそがフィリナ族の種族特性とも呼ばれている。
――その特徴とは「相手の感情を読むことができる」こと。
周囲にいる生物の感情を読み取ることで、自身にとって危険かどうかを判断する。
戦う力を持たないからこそ事前に危険を察知し、回避するように進化したのがフィリナ族だ。
読み取れるのはあくまで感情のみであり、嘘を見抜いたり、思考を読んだりといったことはできないが、経験豊富なフィリナ族は会話をしながら相手の感情を細かく読み取ることで、疑似的にそれを成すことができる。
その為、フィリナ族の額にある宝石は「心視石」と呼ばれている。
「うん、今確認したけど、みんな元気なのが視えたよ」
「もう視えたの?相変わらず凄いなぁ、エルナの心視石は」
フィリナ族の持つ心視石の性能には個人差が存在する。
感情を読み取ることを「視る」と表現されるが、感覚的には音を聞くことに近い。それは、周囲にいる複数の人間が同時に声を発した時、「誰が」「どんな内容」を話したかを聞き分けられるかには個人差があるように、フィリナ族が心視石を使って読み取れる範囲、速度、人数など、その精度はフィリナ族によって異なる。
僕の場合、半径10m以内に5人までの感情なら間違えることなく読み取ることができるが、それ以上に範囲を広げると、途端に精度が落ちてしまう。これはフィリナ族にとっても平均的な性能と言える。
しかし、エルナは生まれつき心視石の性能が非常に高く、半径100m以内に30人までなら完璧に読み取ることができるのだ。
「よし!餌やりをして行こうか。セルフィはどうする?」
「もちろん手伝うよ」
「ありがとう。じゃあ、宝甲亀の方をお願いしてもいいかな」
「わかった、餌はこっちの箱で良かったよね?」
「うん。お願いね」
餌箱を持って宝甲亀たちのいる場所まで近づくと彼らも気づいたのか、こちらに近づいてきた。
自分の身長よりも大きい生物が近づいてくるのは、なかなかの迫力だが、心視石によって彼らに敵意が無いことが分かる為、怖がる必要はない。
宝甲亀の餌はキャベツのような野菜であり、一玉丸ごとを口に入れて食べ始めた。
どんどん餌が無くなっていく様を眺めながら一体一体に集中して感情を読んでいく。そうして体調が悪かったり、ストレスを貯めていたりしないかをチェックしていくと――
「――あれ?」
一体の宝甲亀が他の個体と違っていることに気づいた。
一見、同じように黙々と餌を食べているように思えるが、僅かに“窮屈さを感じている”ことに気づく。そしてこの反応には覚えがあった。
「エルナ!この子は“到来期”に入っているみたいだ!」
「本当かい!?」
「うん!間違いないよ!」
「わかった!なら明日には採取できるように準備が必要だね!
教えてくれてありがとう!」
宝甲亀の背中のクリスタルは、魔力を蓄える性質を持っている為、動力源や緊急時の魔法媒体として高い需要がある。
そして、宝甲亀は到来期と呼ばれる時期になると、背中のクリスタルの性能が大幅に上がる。このタイミングで採取されるクリスタルを“魔晶石”と呼び、最高品質として取引される。
しかし、この到来期は数か月の内、僅か数日しか訪れず、さらに到来期に入ったことを示すような前兆が一切ない。
体調にも行動にも表れない為、魔晶石の採取は非常に難易度が高いのだ。
その問題を解決したのがフィリナ族である。
心視石によって宝甲亀本体から到来期を確認することができる為、フィリナ族だけが魔晶石の安定した供給を可能としている。
この村で共存している他の魔物たちも似たようなもので、柔山羊の乳は味も栄養も満点な上、飲めば魔力を回復するが、異常にストレスに弱くそれが乳の品質に直接現れる。
鋼糸蜘蛛の糸は丈夫で魔法にも強く、この糸で出来た衣類には一部の魔法を付与することができるが、警戒心が強く人前には出てこない。
どちらの魔物もフィリナ族でないと共存できないと言われている。
「ふぅ……よし。餌やりは終わったね。手伝ってくれてありがとうセルフィ。
この後はルシウスの家に行くんだったっけ?」
「うん。ほら、成人した人は夜の宴で抱負というか、一言述べるよね?
あれの相談がしたくてね」
「ああ、あれか。
でも、そこまで気負わなくても大丈夫だと思うよ。私の時なんて『一人で十人分働いて、あの子たちを幸せにしてみせる!』…って言っただけだからさ」
「あはは!実際にエルナは10人分働いているよね。
うん、でも僕はちょっと……皆に聞いて欲しいことがあってね」
そう言ってエルナを見ると彼女はハッとした後、真剣な顔をしてこちらを見ていた。
きっと僕の決意を読み取ったのだろう。
「……うん、わかった。なら夜を楽しみにしておくよ。
でも、あまり無茶をしちゃ駄目だよ?」
「大丈夫だよ。
まぁ、無茶も………するかもしれないけど、何とかなるよ」
「不安だなぁ。
ルシウスだけじゃなく、私にも相談してくれていいんだよ?」
「うん。多分、明日から沢山お願いすることになるから……よろしくね?」
「あはは。うん、任せてよ」
そのままエルナは魔物たちの方へ移動し、僕はルシウスの家へと向かった。




