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守護獣の誕生秘話  作者: 海名津たくや
守護獣誕生編
1/36

1.プロローグ

 ――それは、燃えるように赤く染まった夜のことだった。


 炎が空を舐め、赤黒い光が辺りを照らす中、悲鳴と怒号が入り混じって響き渡る。

 恐怖と混乱の感情が渦のようにその場を支配し、息を吸うたびに焦げた匂いが喉を刺した。


 僕は指一本動かすこともできず、凍りついたように立ち尽くしていた。

 目の前では、助けを求める声とともに、人々が次々と地面に崩れ落ちていく。

 それでも僕には、叫ぶことすらできず、ただその光景を見つめることしか許されなかった。


 やがて、煙の向こうから黒ずくめの人物が現れた。

 その手に握られた剣が、炎の光を鈍く反射する。


 人影は無言のまま剣を振りかぶり――

 次の瞬間、その刃は、まっすぐに僕へと振り下ろされた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「……ひどい夢を見たな」


 カーテンの隙間から漏れた朝日に照らされながら、僕は最悪の気分で目を覚ました。


 ――なぜ今日という日に限って、こんな目覚めなのか。


 胸の奥に残った嫌な感覚を吐き出すように、深く息をついてから、ゆっくり呼吸を整えた。きしむ身体を起こすと、草を敷いただけの簡素なベッドから足を下ろした。


 水瓶に溜められた水で顔を洗う。

 冷たい感触が肌を打ち、指の隙間からこぼれ落ちる水音が、ようやく朝を実感させた。何度か水をすくい、深く息をついてから、ゆっくりと顔を上げる。

 

 目の前にあるのは、黒曜石を磨き上げただけの簡素な鏡。

 そこに映っているのは――僕自身の姿だ。


 淡い銀色の髪は、正面から見ると、頬の横に流れる部分が肩に触れるほどの長さだ。

 その髪束が、洗顔の名残の水を含み、ゆっくりと雫を落としている。


 だが、鏡越しに首を少し傾けると、その印象は変わる。

 後ろへ流した髪は背中を伝い、腰のあたりまで届いていた。

 普段は外衣の下に隠れているせいか、こうして改めて見ると、その長さを意識させられる。


 そして、前髪の隙間から覗く額の中央には、ひとつの宝石が存在していた。

 翡翠のように澄んだその石は、光を受けるたび、静かに淡く輝いていた。


「それにしても、祝いの日に夢見が悪いなんて……。

 前世は、普通にいい子だったと思うんだけどなぁ」


 そう、僕は転生者だ。

 詳しく説明しなくても伝わるくらいにベタな方法で転生した元日本人。

 神様には会わなかったけど、気づいたらこの世界で、フィリナ族のセルフィとして生を受けていた。


 この世界に転生して色々あったけど、一番初めに「喜怒哀楽」の「喜」と「哀」を同時に味わう事となった。


 「喜」は、憧れの剣と魔法の世界に転生したこと。

 「哀」は、僕が転生したのは、剣も魔法も使えない種族だったこと。


 僕が転生した種族「フィリナ族」は、自他共に認める「最弱種族」だ。

 外見・体格は十代半ばで成長が止まり、身体能力は見た目通り、持っている魔力も生きる上での最低限しか無い。


 もう完全に行動の選択欄に「戦う」が存在しない種族だった。

 そのことに少し肩を落としたが、平和な日本で育った価値観から、それでも良いと思っていた。


 しかし、住んでいた場所が襲われた時、その考えを後悔した。

 戦う力も、立ち向かう覚悟も持たなかった僕は、なにもできずに、ただ自分の無力さを思い知らされた。



 別に、復讐がしたいわけではない。

 失った故郷を取り戻したいわけでもない。


 ――だが、あの地には今でも、同胞と恩人たちが取り残されたままだ。


 理不尽に命を奪われた同胞たち。

 僕らを守るため、命を賭して戦ってくれた恩人たち。


 彼らは誰にも救われないまま、あの赤い夜に置き去りにされた。


 せめて――

 せめて彼らを弔い、その無念に報いるだけの力が欲しい。


「……その為にも、今日は頑張らないとな」


 そう呟いてから、僕は気持ちを切り替えるように、もう一度水を顔にかけた。


 今日は僕がこの世界に転生してから、ちょうど百年目。

 百歳の誕生日であり、フィリナ族にとっての成人の日なのだから。


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