29.ルシウスの守護獣
「ああ、そうだった。実はエルナに聞きたいことがあって来たんだった」
「うん?」
守護獣たちと駆けまわる子供たちを眺めながら、セルフィはエルナに会いに来た理由を思い出した。
そして受肉体となったアウレインから世界樹の琥珀を渡されたことを、さっそく彼女に話す。
「なるほど。それなら私のほうも……ほら」
セルフィの話を聞いたエルナは小さく頷き、懐から二つの宝石を取り出した。
紅と蒼。陽の光を受けて淡く輝くそれは、紛れもなくエルナの守護獣――ヴァルガとヴォルグの額に存在する宝石と同じものだった。
「やっぱり、エルナも今朝に渡されたの?」
「そうだよ。ヴァルガとヴォルグも、受肉体となったタイミングで渡してきたね」
「なるほど。ということは、ルシウスの方も同じだろうな」
「そうだろうね。守護獣が魔力体でいる期間は三か月。その後、体内に残った核を取り出す、ということなんだろう」
エルナの言葉にセルフィは頷き、手の中の琥珀へと視線を落とした。
「ただ、これが何の役に立つかは分からないんだよね」
「そうだね。このサイズだと、貯められる魔力も少ない。魔晶石として使うには意味がないだろうね」
「ルシウスに聞いてみようか?」
「それがいいだろうね。ただ、ルシウスもこれを渡されたのは今朝だろうから、しばらくしてから行こう。ある程度調べた状態で聞きに行ったほうが、お互いに話も早いだろうしね」
「分かった。そうしようか」
エルナの提案に乗ったセルフィは、ひとまず考えるのを後回しにして、守護獣たちと走り回る子供たちの元へと駆け寄った。
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「バイバーイ!」
「またねー!」
子供たちと全力で遊んでいるうちに、気がつけば昼近くになっていた。
手を振る子供たちにセルフィたちも手を振り返して別れ、ルシウスの家へと向かう。
「アウレインたちが受肉体になったのなら、これから本格的に旧フィリナ領の不死領域を攻略していく必要がある」
「そうだね。三か月前にはすでに飽和状態になっていたんだから、今では不死領域の外で活動している不死族も多いだろうし」
「ルシウスの見立てだと、守護獣は全員“中級”相当らしいから、勝率は高いらしいけど」
「……あの不死領域に関しては、ルシウスの予想も当てにならないからなぁ」
エルナのぼやきに苦笑しながら、セルフィは頷いた。
確かに、あの不死領域は異常すぎるため、従来の知識がまるで当てにならないところがある。現に三か月前は、その認識の甘さで死にかけたのだ。
「そういえば、守護獣はみんな中級相当だって話。魔物や不死族の等級って、具体的な基準ってあるのかい?」
「ああ、それなら聞いたことがあるよ。下級と中級を分ける基準は、ずばり、“魔法を使えるか否か”らしい」
エルナの質問に、セルフィは以前ルシウスから聞いた話を思い出しながら答えた。
「へぇ、だから魔法が使用できる守護獣たちが中級相当って話なんだね」
「そう。ちなみに不死族は魔法ではなくて、瘴気による遠距離攻撃なんかを仕掛けてくるらしいよ」
「なるほど……って、あれ?」
そうしてエルナと話しながら道を歩いていると、彼女がふいに足を止め、ある一点を見つめて声を上げた。
視線の先を追うと、ルシウスの家の前にある開けた場所で、ルシウスが自身の守護獣であるアルファと並んで立っているのが見えた。
ルシウスの守護獣であるアルファは、鷲の姿をしている。
まず目を引くのは、その巨大さだ。地面に立っているだけでルシウスの倍ほどの背丈があり、ひとたび翼を広げれば、その姿は圧巻の一言に尽きる。
爪は鋭いかぎ爪となっており、その脚に掴まれれば逃れることはできないだろう。猛禽類特有の強い握力は、獲物を容易く握り潰すに違いない。
鋭い眼光は高い知性を感じさせ、その額の宝石は翠色に淡く輝いている。
ルシウスの魔法の適性は風属性であり、アルファはまさにそれにふさわしい守護獣だった。
「ふむ。ようやく来たか」
エルナと守護獣たちという目立つ顔ぶれだったためか、ルシウスはすぐにセルフィたちの存在に気づいた。
「やぁ、ルシウス。その言い方だと、私たちが来るのを知っていたのかい?」
「まぁな。今朝、アルファが受肉体となり、核となっていた魔晶石の一部を受け取った。お前たちもだろう?」
「うん。僕らも宝石を受け取って、ルシウスに聞きに来たんだよ」
「ちなみに、何か分かったかい?」
「ああ、かなり興味深かったぞ」
そう言ってルシウスは、手にしていたものをこちらへ差し出した。
それは三十センチほどの棒で、持ち手の近くに翠の宝石がはめ込まれていた。
「これは? この宝石がアルファの核の宝石なんだろうけど……」
「まぁ、見せた方が早いだろうな」
セルフィの質問に、ルシウスは答える代わりに別の方向へ顔を向けた。
視線の先には、的のようなものが立てられている。
ルシウスはそちらへ向かって、手に持っていた棒をゆっくりと構えた。
「よく見ていろよ」
そう言った直後だった。ヒュッ、と空気を裂く鋭い音が走る。
何の音かと理解するよりも早く――
――ボンッ!!
重低音が響き、次の瞬間、的が吹き飛んだ。
「「なっっ!!」」
セルフィとエルナは揃って口を大きく開け、愕然としていた。
それは、今ルシウスが何をしたのか分からなかったからではない。
むしろ、理解できてしまったからこそ、開いた口が塞がらなかったのだ。
たった今、ルシウスが行ったこと――それは間違いなく、魔法だった。
「どうだった?」
そうルシウスが聞いてくるが、セルフィは答える余裕がなかった。
何故なら、今の魔法をフィリナ族が行うには、三年分の魔力を貯めた魔晶石を使うしかないはずだ。
だが、ルシウスの持っている宝石が嵌められた棒――否、魔法の杖へとセルフィは視線を向ける。
杖に嵌められている核の宝石は小さすぎて、とてもではないが魔晶石の代わりになるとは思えない。
つまり――ルシウスは、魔晶石を使わずに魔法を発動したのだ。
まるで、他の種族がそうするように……。
「ルシウス……今、君は魔法を使ったのかい? それも、魔晶石を使わずに」
「ああ、そうだ」
「その杖に嵌められた宝石のお陰なんだろうけど。一体、どうやって……?」
「ふむ。セルフィなら分かるんじゃないか? お前が発見したものなんだからな」
「えっ!?」
エルナの疑問に答える代わりに、ルシウスはそう言ってセルフィへ視線を向けた。
だが――己が発見した、とはどういうことなのか。
混乱したまま記憶を探っていると、不意に、ある光景がセルフィの脳裏をよぎった。
「あっ……!」
思わずセルフィの口から声が漏れた。
「まさか――共振っ!!」
「正解だ」
セルフィの答えに、ルシウスが満足そうに頷いた。
どうして気づかなかったのか。
考えてみれば、核の宝石と守護獣の額の宝石は大きさも形状も一致していた。
これは、確かに共振の条件を満たしている。
「共振……?」
エルナが首を傾げる。
自分で発見した技術だというのに、今まで結びつかなかったことに小さな悔しさを覚えながら、セルフィは共振について説明し始めた。
――かつて、戦力不足を補うために様々な試みを行ったこと。
――その過程で、魔晶石を同一形状の二つの宝石へと加工することで、“共振”と呼ばれる現象を発見したこと。
――そしてその共振によって、二つの宝石の間で双方向に魔力のやり取りが可能になると分かったこと。
「なるほど……」
全て話すと、エルナは顎に手を当てて一度頷き、考えをまとめるように口を開いた。
「つまり、共振によって核の宝石を通じて守護獣の魔力を引き出せるようになった。そして、その魔力は私たちと同質だから、そのまま魔法として扱えた……そういうことだね」
「そういうことだ」
エルナのまとめに、ルシウスは満足そうに頷いた。
だがセルフィの意識は、すでに手の中の世界樹の琥珀へと向いていた。
手のひらに乗るほどの小さな琥珀。
その奥から滲み出すわずかな聖気を感じ取り、糸を手繰るように意識を伸ばし、さらに奥にある力を引き出そうとする。
次の瞬間――
「お、おおっ!」
小さな琥珀からは想像もできないほどの、大量の聖気が溢れ出した。
「すごいっ! これなら、僕でも魔法が使えるのかっ!」
諦めていたはずの魔法に手が届き、セルフィは思わず歓声を上げる。
どこまでできるのか、さらに聖気を操って確かめようとする。
だが――
「待て、セルフィ。エルナもだが、お前たちは魔法についての知識が浅いだろう。そんな状態で迂闊に試そうとするな」
鋭い制止の声に、セルフィは我に返る。
慌てて聖気の流れを断ち、深く息を吐いた。
確かに、素人――それも興奮したままの状態で試すのは、あまりにも危険だ。
「落ち着いたな? では、これを渡しておこう」
そう言ってルシウスが差し出してきたのは、二本の杖だった。
彼が先ほど使っていたものと同じ形状で、三十センチほどの長さ。持ち手の近くには、宝石を収めるための窪みが作られている。
セルフィとエルナは顔を見合わせ、小さく頷いてからそれを受け取った。
そして、それぞれが持っていた核の宝石を、慎重にはめ込む。
「よし。では、これから魔法についての講義といこうか」




