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守護獣の誕生秘話  作者: 海名津たくや
旧フィリナ領解放編
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28.エルナの守護獣

 世界樹の琥珀を贈られるという、朝からあまりにも衝撃的な出来事の後。

 セルフィはこめかみに走る鈍い頭痛を堪えながら、アウレインに事情を聞いていた。


「なるほど……」

「クルゥ」


 アウレインとは念話が可能だ。

 直接イメージや思念を共有できるため、言葉を話せないアウレインからでもかなり詳しく事情を聞き取ることができた。


 どうやら、渡された世界樹の琥珀は、新しく生成されたものではないらしい。

 アウレインを誕生させるために核として用いた琥珀――その一部を取り出しただけのようだ。


 てっきり琥珀は、アウレインの肉体を構成するために使われ、残ったものが額に宿ったのだとセルフィは考えていた。


 だが実際には、核となった琥珀がすべて消費されたわけではなく、体内にはまだ一部が残っていたらしい。今回渡されたのは、その残っていた分をまとめて取り出したものだという。


 では、なぜこのタイミングだったのか。それは、これまでのアウレインの状態に関係していた。


 アウレインが誕生してから三か月。

 その肉体は、つい先程まで完全な実体ではなく、魔力体のままだった。魔力体は非常に繊細で、不意の衝撃や思わぬ怪我が致命傷に繋がる恐れもある。


 そのため、この三か月の間は結界の外へ出すことを避け、能力面の確認も最低限に抑えていた。


 そして今回、魔力体だった身体が徐々に受肉し、ついに完全な受肉体へと至ったことで、体内に残されていた核を取り出した――ということらしい。


「でも、これで受肉体になったのなら、良かったよ。結構ハラハラしていたからね」

「クォン」


 安心したように鳴くアウレインの頭をもう一度撫でながら、セルフィはふと思い出したように顔を上げる。


「あ、そういえば。エルナとルシウスの守護獣たちも、アウレインと同じ日に誕生したんだから……同じタイミングで受肉したのかな?」


「クルル?」


「うーん。せっかくだし、エルナたちのところに行ってみようか」


 首を傾げるアウレインにそう声をかけながら、セルフィは軽く伸びをする。

 この時間帯なら、エルナたちは礼拝所で子供たちと遊んでいるはずだ。朝の仕事が一段落した頃合いでもある。


 こちらを見上げるアウレインと視線を合わせて小さく頷き合い、セルフィたちは一緒に礼拝所へ向かうことにした。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「あら、おはようございます。セルフィ、アウレイン様」


「おはようございます。巫女様」


「クゥルル」


 礼拝所の前へと差しかかったところで、セルフィたちはちょうど巫女――ミレイユと顔を合わせた。

 柔らかな朝の光を背にした彼女は、いつものように穏やかな笑みを浮かべている。


 裏庭の方からは、子供たちのはしゃぐ声が絶え間なく響いていた。

 楽しそうな笑い声や駆け回る足音から、今日も元気に遊んでいる様子が伝わってくる。


「エルナは裏庭の方ですか?」


「ええ、子供たちと遊んでもらっています。セルフィの方は、どうしましたか?」


「僕も子供たちと遊びにきました。あと、エルナにもちょっと用事がありまして」


「そうでしたか。いつもありがとうございます」


「クゥルル」


 ミレイユはそう言って柔らかく微笑みながら、隣にいるアウレインの頭を優しく撫で続けていた。撫でられるたびにアウレインは気持ちよさそうに目を細め、小さく喉を鳴らしている。


 顔を合わせてから三か月――彼女は、かなりアウレインのことを気に入っているらしい。


 ミレイユと別れ、礼拝所の裏庭へと回り込むと、先ほどまでとは違う、弾んだような賑やかな声が一層はっきりと耳に届いてきた。


 笑い声と駆け回る足音が重なり、静かな礼拝所の裏とは思えないほどの活気に満ちている。


「あ! アウレインだ!」


「おー! 触らせて!」


「撫でたい、撫でたい!」


 気づけば、あっという間に子供たちが集まり、アウレインの周りに小さな輪ができていた。無邪気な手が次々と伸び、歓声が重なっていく。アウレインも嫌がる様子はなく、されるがままに囲まれている。


 その隙を逃さず、セルフィはその場を離れ、今の今まで子供たちの相手をしていたエルナの方へと移動した。


「やぁ、おはようセルフィ」


「おはよう、エルナ」


 柔らかな笑顔を浮かべ、爽やかに挨拶をしてきたエルナに、セルフィも軽く挨拶を返す。子供たちの相手をしていた名残か、彼女の頬にはわずかに上気した色が残っていた。


 そして彼女の足元には、先程まで子供たちと一緒に裏庭を駆け回っていたのだろう、二頭の狼が静かに腰を下ろしている。

 まだ遊び足りないのか、尾をゆったりと揺らしながらこちらを見上げていた。


「おはよう。ヴァルガ、ヴォルグ」


「グルゥ」

「ガアァ」


 二頭の狼はそれぞれ顔をこちらへ向け、低く喉を鳴らすようにして応えた。その声には警戒よりも、親しみを含んだ穏やかな響きがあった。


 この二頭の狼こそが、エルナの守護獣である。


 守護獣が二頭となっているのは、エルナが二属性持ちであるためだ。

 基本的に、魔法の属性に適性を持つのは一人につきひとつだけである。しかし、稀に複数の属性に適性を持つ者も存在する。


 そしてエルナは、火と水の属性に適性を持つ魔力の持ち主だった。そのため、核とした魔晶石から、それぞれの属性に対応した守護獣が誕生することとなったのだ。


 火の属性を持つのがヴァルガ。

 額の宝石は紅く、白い体毛の中に赤い毛が混ざり、まるで模様のようになっている。


 水の属性を持つのがヴォルグ。

 額の宝石は蒼く、白い体毛の中に青い毛が混ざり、こちらも模様のように見えた。


 どちらも通常の狼と比べて一回りは立派な体躯をしている。鋭い爪は一本一本がナイフのようで、口に並ぶ牙は獲物の肉を容易く食いちぎるだろう。

 だがその佇まいは荒々しいだけではなく、とても賢く理性的だ。双子の守護獣らしく、その顔つきは瓜二つだった。


「相変わらず守護獣は子供たちに大人気だね」


「当然だよ。普通なら狼をこんなに撫でるなんて考えられないよ。触れることはもちろん、こんな近くで見ることだって、本来ならありえないんだ」


 セルフィの言葉に、エルナは嬉しそうに頷いた。

 その視線の先では、アウレインと一緒に近づいてきた子供たちに囲まれ、ヴァルガとヴォルグがされるがままに撫でられている。


 尻尾をゆったりと揺らす様子からも、二頭が子供たちを警戒していないことが分かった。


 狼のような肉食獣――それも魔物ともなれば、遭遇した時点で命の危機に直結する。

 近づくことなど論外で、無事に逃げ延びられるかどうかを祈るしかない存在だ。


 だが、彼らが子供たちに危害を加えることはありえない。

 その根拠となるのが、彼らの額に宿る宝石。そこに宿る力は、フィリナ族が持つ心視石と非常によく似た性質を持っている。


 それは――相手の感情を読み取ることができる、というものだ。


 これだけ聞けば、心視石そのもののように思えるが、実際には少し異なる。

 同調と念話を通じて、主人である者に限定して働く力であり、周囲にいる者の心を読むものではない。


 だが、主人を介して人の理性や感情の在り方を学んだ彼らは、本能を完全に制御することに成功していた。


 事実、この三か月のあいだ、魔力体であったために狩りはもちろん、結界の外へ出ることすらできなかったにもかかわらず、目立った苛立ちや暴走は一度も見せていない。


 本能に従うことが当たり前の魔物であれば、まずありえないことだ。

 それはつまり――彼らが単なる魔物ではなく、人の理性を理解し、受け入れた存在であることの何よりの証だった。


「守護獣に夢中になっているのは、子供たちだけじゃない。むしろ、大人たちの方が張り切っているだろう?」


「確かにね」


 エルナの言葉に、セルフィは思わず苦笑を漏らした。

 なにせ守護獣は、フィリナ族であれば誰もが誕生させることのできる存在だ。目の前でその姿を見せられれば、自分にも――と、そう思ってしまうのは無理もない。


 問題があるとすれば、守護獣を誕生させるには核となる魔晶石が必要であり、その魔晶石を魔力で満たすには、およそ十年という長い年月がかかることだろう。


 それでも今では、村中の大人たちが毎日のように魔晶石へ魔力を込めている。

 仕事の合間や夕食後、誰からともなく守護獣の話題が上がり、「自分の相棒はどんな姿になるのか」「どんな力を持つのか」と、期待に満ちた想像が尽きることはなかった。


 守護獣が誕生して以来、村の雰囲気は明らかに変わった。

 これまで漂っていた、どこか重く先の見えないような空気は薄れ、今では笑い声や他愛のない会話があちこちで聞こえる。


 村全体が、以前よりもずっと明るく、楽しげな空気に包まれていた。

 その変化をこうして実感できることが――セルフィにとって、思わず笑みがこぼれるほどに嬉しかった。


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