30.見習い魔法使い
「セルフィ、エルナ。お前たちは、魔法についてどれくらい知っている?」
突然の問いに、セルフィとエルナは一度顔を見合わせた。
「残念ながら、ほとんど知らないかな」
「僕も同じだね。興味はあったけど、自分で使えないと分かってからは、調べることもなかったな。この辺りには、魔法を使う中級以上の魔物もいなかったからね」
答えを聞いたルシウスは、小さく頷く。
「では、まずは魔法の定義から解説していこう。魔法とは、“意思によって魔力を行使することで生じる現象”を指す」
「つまり、魔物が使うものも、人が使うものも、本質的には同じ魔法だ。ただし、魔境の中で起きる環境変化のように、誰の意思も伴わず発生するものは自然現象として扱われ、魔法には含まれない」
セルフィとエルナは言葉を挟まず、ルシウスの説明に耳を傾ける。
「そして、魔法を発動するうえで、重要なのが“魔力制御”と“魔力量”だ」
「魔法を発動するだけなら、魔力を変換するだけで十分だ。だが、より精度の高い魔法を扱うためには、この二つの要素が欠かせない」
ルシウスが持っている杖の先に、小さな風の渦が生まれる。渦は乱れることなく、その場で静かに回り続けていた。
「魔力制御は、そのまま魔法の制御に繋がる。先程は風へ変換した魔力を球状に集め、的にぶつけただけだ。だが、これを刃の形に変えれば攻撃力を高められるし、竜巻のように変化させれば広範囲への攻撃も可能になる」
説明と同時に、風の形が目まぐるしく変化する。
球状に集められていた風が一瞬で鋭い刃へと変わり、的を音もなく切り裂く。
次の瞬間には別の場所で竜巻が巻き起こり、木製の的を軽々と宙へ巻き上げた。
生まれた風の余波が、遅れてセルフィたちの髪と服を揺らす。
ルシウスもこの状況を楽しんでいるらしい。
ここまで自在に魔法を扱えるのは、これまで魔晶石を使って何度も行使してきた経験があるからだろう。
だが、本来なら一度の魔法に三年もの準備を要する。
軽々しく扱えるものではなかったはずであり、今の状況は相当に嬉しいのだろう。
さっきから心視石を通して、静かな高揚がセルフィにまで流れ込んできている。
「他にも、複数の魔法を同時に発動したり、放った魔法を自在に操ったりすることもできる」
次の瞬間、球状の風がいくつも現れ、的を次々と打ち抜いた。
それらは一直線に飛ぶのではなく、複雑な軌道を描きながら正確に的へと命中していく。
「すごいな……」
「本当だね。自分の目が信じられないよ」
思わず漏れたセルフィの言葉に、エルナも頷きながら同意した。
「と……まぁ、こんな感じだな。さて、次は魔力量についてだ」
「当然ながら、魔法の威力は魔力量に比例する。同じ魔力量で構成された魔法であれば、相性や工夫によって相手の魔法を打ち破ることも可能だ」
「だが、魔力量で大きく劣る場合は、属性や形状に関係なく、正面からではまず勝てない」
ルシウスの断言に、セルフィは思わず息をのんだ。
「例えば、十の魔力量で構成された魔法が一つある。これに対し、一の魔力量で構成された魔法を十個ぶつけても意味はない。結果は同じだ。ただ十回、魔法を撃ち破られるだけになる」
なるほど、とセルフィは内心で頷く。
突っ込んでくる車に対して、発泡スチロールの壁を十枚並べても止めることはできない。止めるために必要なのは枚数ではなく、衝撃に耐えられる強度なのだ。
「だから、相手の魔法を防ぐなら、同等の魔力量で構成された魔法を用意するしかない」
「まぁ、正面から受け止めず、上手く逸らせば、多少劣っていても対処は可能だ。だが、それでも相手の魔法を崩せるだけの最低限の強度は必要になる」
「――この原則があるため、魔物の強さ=魔力量という理屈になるんだ」
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「講義はこれくらいでいいだろう。あとは実際にやってみるか……だが、今回は属性魔法を使用しない」
ルシウスの言葉に、期待していたセルフィは思わず首を傾げた。
「え? そうなの?」
「ああ。正直、魔法はかなり感覚的な部分が大きい。監督者が必要なのも、指導のためというよりは、暴走した魔力への対処のためだ」
セルフィは、なるほどと頷く。
「もっとも、それも守護獣がいれば大きな問題にはならない。核の宝石を介した魔力の操作は双方向だ。お前たちが制御を誤っても、守護獣たちが魔力を抜いて止めてくれる」
確かに守護獣たちは既に魔法を扱える。
アウレインと一緒に練習するなら、安全は確保されているというわけだ。
「だから、属性魔法に関しては各自で練習だ。今回は、無属性魔法の一種である“身体強化魔法”を試すぞ」
「身体強化魔法?」
「そうだ。その名前の通り、身体能力を強化することができる魔法だ」
そう言うとルシウスは軽く息を整え、魔力を巡らせた。
次の瞬間、近くに転がっていた木製の的へと歩み寄り、片手でひょいと持ち上げる。
「おおっ。その的、結構な厚さがあるから、かなり重いはずなのに……」
「軽々と持っているね。なるほど……思ったよりも強化されるんだね」
「そういうことだ。体内に魔力を巡らせるだけでいい。難易度は低いから、初心者のお前たちでも発動できるだろう」
ルシウスの言う通りに魔力――セルフィの場合は聖気――を巡らせると、セルフィの身体がふっと軽くなったような感覚がした。
確かに難易度はかなり低いようだ。
だが、属性魔法は魔力を体外へ放ち、それを操るものだ。
体内で魔力を巡らせるという発想は、こうした魔法の存在を知らなければ、気づくことすらなかったかもしれない。
そう思いながら、セルフィは近くにあった的を片手で持ち上げてみる。
「っと!……ふぅ、危ない危ない」
予想以上に的が軽く、持ち上げた瞬間に力が余ってしまい、セルフィは思わずバランスを崩した。
「どうやら、ちゃんと発動したようだな」
「うん。いやぁ、すごいね、これ」
セルフィは片手で的を軽々と持ち上げたり下ろしたりしながら、ルシウスに質問を投げかけた。
「今って、どのくらい身体能力は強化されているのかな?」
「そうだな。おおよそ、以前おまえが戦った下級不死族の骨刃人と同等、といったところか」
「おおっ! だいぶ上がっているね!」
前回戦うことになった骨刃人は、その身体能力の高さに相当苦戦させられた相手だ。
それと同等の力を得たと聞き、セルフィは思わず歓声を上げてしまう。
「身体強化魔法の強化率は、加算ではなく乗算だ。つまり、元の身体能力が高いほど、効果も大きくなる」
「俺たちやエルフ族のように基礎的な身体能力が低い種族だと、せいぜい下級相当。だが、素の身体能力だけで下級に匹敵する獣人族が使えば、中級以上にまで引き上げられる」
「そうなの?」
「ああ。獣人族は属性魔法を使えない代わりに、生まれつき身体能力に優れているからな」
「へぇ、なら――」
「あっはっはっはっは!!! いいね、これ!! 最高!!」
強化された身体能力についてセルフィとルシウスが話していたとき、向こうのほうからエルナの弾けるような笑い声が聞こえてきた。
思わずそちらへ顔を向ける。
視線の先では、エルナがヴァルガとヴォルグを相手に、子供のようにはしゃいでいた。
だが――その光景には、明らかに違和感があった。
エルナはヴァルガの巨体を軽々と持ち上げ、続けてヴォルグと全力で駆け回る。その動きは、下級相当ではとても収まらない身体能力を示していた。
「え、どういうこと? エルナの身体能力って、僕より低かったよね?」
セルフィの問いに、ルシウスもすぐには答えなかった。どうやら理由が分からないのは同じらしい。
そこで、素直にエルナ本人に聞いてみることにした。
「ああ、最初は体内に魔力を巡らせていたんだけどさ。試しに、身体の表面にも魔力を巡らせてみたらどうなるかなって思ってやってみたんだ。そしたら――」
「……さらに強化された、と。お前、それ“剛体”と呼ばれる魔法だぞ」
「剛体?」
「ああ。身体強化魔法は、基本的に強化率そのものを上げることはできない」
「練習によって消費魔力を減らしたり、持続時間を延ばしたりといった効率化はできるが、より強化するためには、素の身体能力を上げるしかない」
「だが、身体強化魔法に優れた一部の者たちは、体内で操作していた魔力を肉体の表面にも巡らせることで、さらなる強化を可能にする」
「それが剛体魔法、と」
ルシウスの解説を聞きながら、セルフィが試してみる――が、上手くはいかない。
「……全然上手くいかないな」
「当然だ。一部の優れた者たちが、何年も修行してようやく使えるようになる魔法だからな」
「エルナは初めてで使えているけど?」
「…………凄まじい才能だな。心視石といい、こいつの素質の高さは何なんだ」
「え、えーと……あはは」
思わず僕とルシウスがジト目でエルナを見つめると、彼女は視線を逸らしながら、曖昧な笑みで誤魔化した。




