閑話5.英雄の最期②
本日は三話(閑話2+登場人物紹介)更新しております。
お見逃しなく
<三人称視点>
ルフェイルがその少年と出会ったのは、偶然だった。
フィリナ領で開かれていた祭りに招かれ、暇を見つけて散歩していた時のことだ。
どこからともなく、弦を引き絞る音が聞こえてきた。
気になって足を向けると、そこにはフィリナ族の少年が一人、弓の練習をしていた。
ただの練習風景――そのはずだった。
だがルフェイルは、思わず足を止め、その光景に見入った。
フィリナ族にも狩人はいる。
エルフたちが村の周囲の魔物を排除しているため、比較的安全に狩りができるからだ。
おそらく少年も、狩人を目指しているのだろう。
まだ拙さは残るものの、様になった構え。
その一挙手一投足には、確かな素養が感じられた。
ルフェイル自身、弓の腕は達人の域にある。
だからこそ分かった。
――ほんのわずかな動きだけで、少年の中に眠る才能が際立っていることが。
『……ん?』
しばらく少年の練習風景を観察していると、視線に気づいたのか、ふとこちらを振り向いた。気づかれてしまったルフェイルは、せっかくだと思い、彼に弓を教えることにした。
それがきっかけとなり、少年――セルフィとの交流が始まった。
見立てた通り、セルフィには弓の才能があった。
少し教えるだけで、乾いた土が水を吸うように次々と技術を吸収していく。
その様子は、見ていて愉快ですらあった。
そして彼と関わるうちに、ルフェイルは一つの違和感を覚えるようになる。
セルフィの考え方や価値観は、どこか他のフィリナ族とは異なっていた。
まるで、全く異なる常識が紛れ込んでいるかのような――そんな感覚だった。
だが、それは決して不快なものではなかった。
むしろ心地よく、彼と語らう時間は、ルフェイルにとっていつしか楽しみの一つとなっていった。
ある日、ルフェイルは彼に自身の悩みを打ち明けた。
他のフィリナ族とはどこか異なるこの友人なら、何かしらの答えを示してくれるのではないか――そんな期待があった。
『誇り高く生きられているか、ですか……』
『君たちを見ているとね、ふと不安になることがあるんだ。これまでの私の行いは、すべて“力があること”に支えられてきたものだったから』
言葉にしてみて、改めてその事実の重さを実感する。もしその前提が崩れたなら、自分に何が残るのか――。
『なるほど……』
セルフィは小さく呟くと、顎に手を当ててわずかに視線を落とした。だが考え込む時間は長くはなかった。すぐに顔を上げ、まっすぐにルフェイルを見据える。
『僕は、気にしすぎだと思いますよ』
『気にしすぎ……?』
『はい。“力がなかったら”なんて仮定に、あまり意味はありません。事実として、ルフェイル様がその力を持っていることは揺るぎませんから』
あまりにもあっさりとした言い切りだった。だが、その口調には妙な確信があった。
『それより大事なのは、“今のあなた”が誇り高いかどうかでしょう?』
遠慮のない言葉だった。だが、それゆえに飾り気がなく、まっすぐ胸に届く。
ルフェイルは言葉を返せず、ただ黙り込む。
『でも、それなら心配はいりませんよ。これまでの交流で、十分に分かっていますから』
セルフィは柔らかく続ける。
『ルフェイル様は、その生まれ持った力に見合うだけの誇りを、きちんと持っています』
そう断言した彼は、安心させるように微笑んだ。
『フィリナ族である僕の、人を見る目は確かですよ』
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「……ああ、そうだった」
過去の記憶に沈んでいたルフェイルは、ゆっくりと瞼を持ち上げた。重く霞む視界の中で、かろうじて首を横へと動かす。
セルフィをはじめとするフィリナ族たちが、地に伏している。
誰一人として立ち上がることはできず、微かに身じろぎする者すらいない。
周囲には、じりじりと距離を詰める魔物たちの気配――このままでは、ほどなくして彼らは蹂躙され、命を奪われる。
ルフェイルは、震える腕を持ち上げた。
指先は思うように動かず、意識も今にも途切れそうだった。それでもなお、彼は手を彼らの方へと向ける。
――まだ、終わっていない。
残された力のすべてを掻き集めるようにして、ただ一つの魔法を紡ぐ。
『聖域をここに』
その言葉が発せられた瞬間、空気が変わった。
それは最も古く、そして最も強力と謳われる魔法。
かつて古の時代、世界樹を守護するために編み出された究極の結界である。
魔物や不死族はもちろん、悪意を持つあらゆる存在を拒絶し、侵入を許さない。触れようとするすべての脅威を退け、内側にあるものを絶対的に守り抜く――そのためだけに存在する力。
魔法の発動と同時に、近くに倒れていた“厄災”の死体が、音もなく崩れはじめた。
肉も骨も境目を失い、溶けるようにほどけていく。そして次の瞬間には、それらすべてが淡い光へと変わり、空中へと解き放たれた。
死してなお、その内に宿していた莫大な魔力が解放されていく。
光は粒子となって漂い、やがて意思を持つかのように収束し、倒れているフィリナ族たちを中心に円を描きはじめた。柔らかな輝きが幾重にも重なり合い、空間そのものを塗り替えるように広がっていく。
やがて――結界は、完成した。
すべての外敵を拒絶する、絶対の領域がそこに築かれる。
それを見届けたルフェイルは、静かに息を吐いた。
もはや指先の感覚すら曖昧で、意識もゆっくりと遠のいていく。それでも、不思議と焦りはなかった。ただ、自分の役目が果たされたという確かな実感だけが、胸の内に残っている。
彼は力なく視線を上げ、空を見上げた。
「ああ、セルフィ。君の目は確かだったよ」
その声はかすれていたが、どこか満ち足りていた。
そこに、迫りくる死への恐怖は微塵もなく。
ルフェイルの顔には、穏やかな微笑みが浮かんでいた。




