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閑話4.英雄の最期①

本日は三話(閑話2+登場人物紹介)更新しております。

お見逃しなく

<三人称視点>


「ああ……いい天気だな」


 視界いっぱいに広がる青空を見上げながら、仰向けに倒れた男はぽつりと呟いた。

 だが、そののんきな感想とは裏腹に、周囲の光景はあまりにも不釣り合いだった。


 森の中だというのに、周囲の木々は一本残らず消え失せている。

 見渡す限りの地面は無残に抉られ、ところどころ黒く焦げていた。

 空気には土と焼けた木の匂いが濃く漂っている。


 それもそのはずだ。

 彼はつい先程まで、“厄災”と恐れられる存在と死闘を繰り広げていたのだから。


 男から少し離れた場所には、一体の巨大な狼が倒れていた。

 見上げるほどの巨体はすでに命が尽きていたが、それでもなお、見る者を震え上がらせるほどの威圧感を放っていた。


 そして、言葉を零した彼自身もまた、惨たらしい有様だった。


 左腕は肩口から失われ、右目は無残に潰れている。

 腹部には何かに貫かれたかのような大きな穴が穿たれていた。

 さらに、全身を覆う深い火傷。


 無傷と言える箇所はほとんど残っていない。


「はは……せっかく勝ったのに、これじゃあ助かりそうにないな」


 力の抜けた声で、男は自嘲するように呟いた。

 この瀕死の男こそ、英雄と謳われたエルフ――ルフェイル・ユグドラシルであった。


 彼は、自らの命がすでに限界に近づいていることを悟ると、ゆっくりと目を閉じる。

 そして思い出すのは――やはり、自分の人生を変えた幼少期のことだった。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ルフェイルは、幼いころから天才だった。


 魔法でも武術でも、一度試せばすぐに使いこなしてしまう。

 その才覚は群を抜いており、周囲のエルフたちからは神童と呼ばれてもてはやされていた。


 そして、彼自身もまた、その評価を当然のものとして受け止めていた。


 そんなある日。

 彼は父親に連れられて、自分たちと友好関係を築いている種族に会いに行くことになった。


『フィリナ族……ですか?』


『そうだ。お前は一度、彼らに会っておくべきだろう』


 フィリナ族について知識として知っていた彼は、特に疑問を抱くこともなく、父親の後について歩き出す。



『おおっ!あなたがルフェイル様ですか! 話に聞いていた通り、神童って感じがしますな! わはははは!』


 初めて会ったフィリナ族は、底抜けに明るい人物だった。

 年上のはずなのに、自分よりも幼く見えるその男に少し戸惑いながら、ルフェイルは挨拶を返した。


 その後も村を見て回り、何人ものフィリナ族と顔を合わせる。

 誰もが明るく、気さくで、誠実な種族だという前評判は間違っていないように感じられた。


『どうだった? 彼らと会ってみて』


『ええ、とても好感の持てる方たちばかりでした』


『そうか。実はこれから、お前には彼らと交流を深めてほしいのだ』


『交流? それは、いずれ王になった時のために……ということでしょうか?』


『それもある。だが、一番は彼らから学んでほしいからだ』


『学ぶ?』


『ああ。彼らの誇り高さをな』


 この時のルフェイルには、父の言う誇り高さというものがよく分からなかった。

 何となく、誠実さのことだろうかと考えながら返事をしたのを覚えている。




 それからルフェイルは、父の言う通りフィリナ族との交流を深めていった。

 祭りや祝い事があれば村を訪れ、彼らと対話を重ねる。

 そうして少しずつ、互いの関係は深まっていった。


 その一方で、彼は戦うことも多かった。


 エルフ族やフィリナ族を狙う盗賊や奴隷商人は、後を絶たなかった。

 世界樹の素材を求める者もいれば、長命で容姿端麗な彼ら自身を目的にした者もいた。


 そうした者たちは、自分の利益のために他人を食い物にすることに罪悪感などなく、どこまでも残酷で醜い者たちだった。


 ――そんな連中に嫌気が差していた彼は、ある時ふと疑問を抱いた。


 他人を助けることを当たり前とするフィリナ族。

 他人を陥れることを当たり前とする者たち。


 この差は、一体どこから生まれるのだろうか。


 そう考えていた彼は、あることに気づいた。


 ――彼らの違いは、自分を裏切っているかどうかだと。


 人は、成長とともに妥協を覚える存在だ。

 子供のころは何でもできると信じ、理想を胸に抱いている。

 だが大人になるにつれて、嫌でも現実を見ることになる。


 力や才能、環境――様々な要因によって、理想が所詮は理想に過ぎないと知った時、人は妥協する。


 ”この程度はみんなやっている”

 ”現実を受け入れているだけだ”


 そんな言い訳を重ねながら、いつしか人はかつての自分が抱いていた理想を裏切り、理想から遠く離れた存在になっていく。


 ……それは、仕方のないことかもしれない。

 誰であろうと現実に向き合う必要はあるのだから。


 ――だが。フィリナ族は違った。


 戦う力を持たない彼らにとって、現実はあまりにも過酷なものだった。

 現にフィリナ狩りが行われた過去を思えば、彼らほど現実に打ちのめされた存在はいないと言っても過言ではない。


 それでも――彼らは妥協しなかった。

 現実を言い訳にして、他人を――何より、自分を裏切ることをしなかった。


 ルフェイルはそのことに気づいたとき、ようやく理解した。


 父がかつて言った彼らに学べという言葉。

 そして、彼らの誇り高さとは何なのかを。


 そして同時に、彼は一つの疑念を抱くようになった。


 ――自分は本当に、誇り高く生きているのだろうか、と。


 もちろん、彼は他人を陥れるようなことを考えたことはない。

 むしろ、幼いころからフィリナ族の価値観に触れていたこともあり、他人を助けることを当たり前のようにしていた。


 ――だが、それは単に自分が恵まれていただけではないのか。

 そう思えてしまったのだ。


 王族という立場。

 神童と呼ばれるほどの才能。

 そして、長命であるエルフという種族。


 もし、これらを持たずに生まれていたなら。

 果たして自分は、フィリナ族のような誇りを持つことができただろうか。


 そんな思いが、胸の内で渦巻いていた。




 ――そんな折のことだった。


 彼は、一人の少年と出会こととなる。

 フィリナ族の中でも、特に風変わりな――セルフィという名の少年と。


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