閑話2.巫女の祈り
<三人称視点>
正午――それは、太陽が最も姿を現す時間。
雲一つない空から降り注ぐ光が、村の家々の屋根や石畳を柔らかく照らしていた。
暖かな陽光に包まれ、村はどこか穏やかな静けさに満ちている。
村の中心地には、小さな礼拝堂が建っている。
白い壁と赤い屋根を持つその建物は、長い年月を経ながらも、村人たちの信仰を静かに受け止め続けてきた場所だった。
その礼拝堂の一室で、ひとりの女性が祈りを捧げていた。
部屋の奥には、太陽を模した黄金色の偶像が据えられている。
その前で女性は両膝をつき、胸の前で静かに両手を組んでいた。
差し込む陽光が窓から斜めに伸び、偶像と祈る彼女の姿を静かに照らしている。
まるで、その祈りを太陽そのものが見守っているかのようだった。
彼女の名前はミレイユ。
太陽信仰の巫女を務める女性である。
「――♪」
祈りとともに捧げられる聖歌が、礼拝堂の静寂の中へゆっくりと溶けていく。
長命なフィリナ族の中でも、彼女は最も長く生きた存在だった。
その年月は、すでに千年を超えている。
フィリナ狩りが横行していた時代に生まれた彼女は、壮絶な人生を歩むことになった。
理不尽な迫害に晒され、安住の地を求めて旅を続ける日々。
一人、また一人と同胞が欠けていき、恐怖に怯えながら眠れぬ夜を過ごすことも少なくなかった。
数えきれない不幸と悲劇に襲われながらも、それでも誰一人として諦める者はいなかった。
彼女たちを支えていたのは、ただ一つ。
太陽への信仰だった。
『太陽の光は天地を照らす。
光あるところに道はあり、
闇あるところに迷いがある。
もし汝が道に迷うならば、空を仰げ。
太陽は常に同じ場所より昇り、
変わらぬ光で世界を照らす。
穢れを祓い、心を清めよ。
清き者は光の中を歩む。
太陽の恵みによって生命は育つ。
ゆえに人よ、天地の恵みに感謝せよ。』
太陽信仰の教義を通して培われた道徳心。
それが彼女たちの人生を、不幸だけのものにはしなかった。
貴重な果物を見つけたときは、みんなで分け合って食べた。
怖くて眠れない夜は、互いに身を寄せ合って眠った。
そして祈りを共にすることで、心を通わせた。
襲い掛かる不幸に比べれば、それらはあまりにも小さな幸せだった。
しかし、その小さな幸せを見逃さずに感じ取れたからこそ、彼女たちは人としての優しさを失わずにいられた。
エルフ王に出会い、過酷な旅はついに終わりを迎えた。
安住の地を与えられたことに、彼女たちは涙を流して感謝を捧げた。
それからも彼女は、祈りとともに生きてきた。
心視石を活かした魔物の育成。
得られた貴重な素材を使った加工品の作成。
すべてが手探りで、苦労も多かった。
それでも皆で力を合わせ、一つずつ乗り越えてきた。
生活が安定し、子供たちの笑い声が増えていく。
その光景に、彼女は喜びに胸を震わせた。
彼女は知っている。
不幸が永遠ではないことを。
どんな悲劇でも、いつか必ず乗り越えられると。
だからこそ、八十年前の悲劇のあとでも、彼女は立ち上がることができた。
数百年かけて築いてきた幸せが崩れ去り、一度は心が折れかけた。
それでも彼女は、再び立ち上がり、同胞たちを支え続けた。
そして今――フィリナ族は守護獣という、新たな一歩を踏み出した。
「ああ、母なる太陽よ」
――彼女は祈る。
「助けは求めません。恵みは乞いません」
「ただ一つ、願うことがあります」
――どこまでも純粋に。
「どうか我らを見守っていてください」
「光があれば、人は立ち上がれる。
孤独でなければ、人は歩いていける」
「ゆえに、その変わらぬ光で
どうか我らを見守り続けてください」




