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守護獣の誕生秘話  作者: 海名津たくや
守護獣誕生編
26/39

26.エピローグ

 太陽の光が降り注ぐ、雲一つない晴天の日だった。

 遮るもののない空から、淡い光が均等に広がり、辺りは明るく澄んだ空気に包まれている。

 その日、僕たちは完成した実験場の前に集まっていた。


 その実験場は、一見するとどこにでもある普通の住居と変わらない。

 だが、よく目を凝らせば違和感はすぐに浮かび上がる。窓は一切設けられておらず、分厚そうな扉には外部と完全に遮断するための細かな仕掛けが施されていた。


 建物全体から、中で扱われる魔力を一滴たりとも外へ漏らさない――そんな強い意志が感じ取れた。


「よし、始めよう」


 僕がそう小さく呟くと、エルナとルシウスも無言のまま頷きを返した。その表情には、それぞれの緊張と覚悟がにじんでいる。


 僕は世界樹の琥珀を確かめるように握りしめ、実験場の扉へと歩み寄った。そして重みのある扉を押し開き、そのまま中へ足を踏み入れる。


 実験場の内部は、壁から床、天井に至るまで魔防銀でコーティングされており、淡い銀色の光に満ちていた。滑らかな金属面がわずかに光を反射し、空間全体が無機質な輝きに包まれている。


 背後で扉を閉めると、外の気配は一切遮断され、音という音が遠ざかった。静寂が耳に張りつくのを感じながら、僕は一度息を整える。

 そして余計な思考を振り払い、心視石へと意識を集中させた。


 すると――始原体が一体、すぐ近くに存在していることが、はっきりと知覚できた。


「よしっ」


 小さく気合を入れ直し、僕は始原体と、手の中の琥珀へと意識を向けた。心を澄ませ、二つの存在をなぞるように、慎重に同調を試みる。


≪……≫


 しばらくの沈黙のあと、始原体と琥珀、その両方と確かにつながった感覚が伝わってきた。拒絶はなく、わずかながら反応が返ってくる。


 僕はその感触を確かめるように、ゆっくりと琥珀を始原体へ近づけた。

 すると――すっ、と始原体は抵抗することなく、静かに琥珀の中へと宿った。


「ふぅ……」


 魔晶石の代わりに世界樹の琥珀でも、無事に始原体を宿すことができた。

 大丈夫だとは思っていたものの、実際に成功を確かめた瞬間、胸の奥に張りつめていたものがほどけ、思わず息が漏れる。


 そうして、わずかな安堵に身を委ねた、その時――


「っ!!」


 ドクンッ、と。

 脈打つ鼓動に呼応するように、手の中の琥珀の存在感が急に増した。

 さらに、琥珀の内側から淡い聖気が滲み出し、実験場の空間へと静かに広がっていくのを感じた。澄んだはずの空気が、別の性質を帯びていく。


 僕は慌てながらも、極力慎重に琥珀を両手で支え、床に設えられた台座の上へと置いた。そして一歩、また一歩と距離を取り、すぐさま実験場の外へと出る。


「セルフィ!」

「大丈夫! 始原体が宿って、肉体の構成が始まったんだ!」


 急いで外へ出てきた僕に、ルシウスは少し慌てた様子で声をかけてくる。僕は短く状況を説明し、問題ないことを伝えた。

 その言葉に、エルナとルシウスもひとまず安堵した様子を見せる。


 そうして、実験場から一定の距離を保ったまま、数分ほど様子を見ていた、その時だった。


≪……っ!≫

「っ!!」


 これまでとは比べものにならないほど、はっきりとした念話の気配が、実験場の内部から伝わってきた。断片的だった意識が、明確な意思としてこちらへ向けられている。


 そして、扉の向こうから、静かな気配が溢れ出した。

 ゆっくりと開かれた扉の隙間から、まず差し込んだのは、外の太陽光を受けて柔らかく輝く白だった。


 姿を現したのは、立派な体躯を備えた牡鹿の守護獣。

 全身を覆う真っ白な体毛は、陽光を受けるたびに淡く反射し、まるで光そのものをまとっているかのようだった。


 その頭上には、天を衝くかのように伸びた二本の角がそびえている。角は根元から太く、そこから幾重にも枝分かれしながら空へと広がっていた。まるで荘厳な大樹の枝を思わせるその姿は、守護獣が宿す力の源を象徴しているかのようだ。


 こちらへ向けられたその瞳には、魔物特有の荒々しさはなく、深く澄んだ知性の光が宿っていた。


 そして額には、世界樹の琥珀が存在していた。

 かつては手のひらに収まるほどの大きさだったそれは、今では一回りも二回りも小さくなり、守護獣の額に無理なく納まっている。


 それでも内部には、凝縮されたかのようなあたたかな輝きが宿り、守護獣の存在を静かに支える核であることに変わりはなかった。


 守護獣は一歩、また一歩と外へ歩み出ると、太陽の下で立ち止まり、ゆっくりと周囲を見渡す。


 やがて、その視線が僕へと向けられる。守護獣は身じろぎひとつせず、まるで僕の出方を待つかのように、静かに佇んでいた。


 僕はゆっくりと歩み寄る。

 危険は無いと分かっていた。心視石を通して、守護獣の心が伝わってきたからだ。


 一歩、また一歩と近づき、やがて目の前まで来ると、守護獣は静かに頭を垂れ、その額をこちらへ差し出してきた。

 僕はためらうことなく、そっとその頭に手を伸ばす。


≪……!≫

「ははっ」


 守護獣は気持ち良さそうに目を細め、撫でる手の感触を確かめるように、頭を軽く擦り付けてきた。その素直な仕草に、思わず笑みがこぼれる。


 すると、何かに気づいたように守護獣は顔を上げ、じっと僕を見つめてきた。


 そして――


 守護獣の身体から、淡く光る粒子が静かに立ち上り、流れるように集まってくる。それらは風に乗ることもなく、まっすぐに僕の身体を包み込んだ。


「ああ…」


 この感覚は、よく知っている。

 八十年という歳月の中で、何度も、何度も馴染ませてきた――聖気そのものだった。


 すると、身体にまとわりついていた痛みが、すっと引いていくのを感じた。

 不死族に付けられた背中の傷も、骨折していた左足も、それ以外の細かな損傷も――意識する間もなく、次々と癒されていく。


 僕は守護獣の目をじっと見つめ、はっきりと感謝を伝える。


「ありがとう。身体を癒してくれて。

 そして何より――生まれてきてくれて、ありがとう」


 守護獣は静かにその言葉を受け止めるように、瞬きを一つ返した。


 ――この日、世界に初めて守護獣という存在が刻まれた。

 ――それは同時に、最弱と呼ばれたフィリナ族が新たな一歩を踏み出した瞬間でもあった。


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