24.戦いを終えて
<エルナ視点>
「どうかな?
薬は塗り終えたけど、痛みはまだ残ってる?」
「いや、もう大分よくなったよ。
ありがとう。エルナ」
合流したセルフィの背中の傷は、思っていた以上に酷かった。
左足も腫れているが、それ以上に背中の傷が目に付く。
急いで治療が必要だと判断して、その場で手当を始めた。
背中を向けたまま礼を言うセルフィに、私は手を止めずに返す。
「このくらい、どうってことないさ。
それより、崖の上で襲われそうになった時……助けてくれてありがとう」
「それこそ、なんでもないよ。
まぁ、お互いこうして無事なんだから、一件落着ってことで」
そう言ってくれたセルフィの言葉に、胸の奥が少しだけ軽くなる。
それでも――あの時の光景を思い出すと、やはり悔しさが残った。
あの場面で、私がもう少し上手く骨刃人を躱せていたら。
そうすれば、セルフィが崖から落ちることもなかったはずだ。
不死族には心視石が効きにくいとはいえ、あそこまで接近を許してしまったのは、正直なところ不甲斐ない。
本当は、まだお礼も言い足りない。
けれど、これ以上言葉を重ねても蛇足だろう。
大事なのは反省して、次に活かすことだ。
……さしあたって、不死族にも心視石が通じるよう、頑張ろうかな。
「そういえば、ルシウスはどうしてるかな?」
「そうだな……。
彼のことだから、魔防銀の回収に向かったんじゃないかな。
受肉体が現れた場合は、セルフィが囮になって、私たちが回収する手筈だったし」
ルシウスなら、きっと最悪の状況を想定して動いているはずだ。
「早めに合流しよう。
心配もかけてるだろうしね」
そう伝えると、セルフィも静かに頷いた。
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「さて、これで完了だよ。
立てそうかい? 難しそうなら、迅脚鳥を連れてくるけど」
「大丈夫。これなら移動できそうだ」
セルフィの手当が終わり、私は足元に置いていた弓を手に取った。
「立てそう?」
私はそのまま肩を貸し、ゆっくりとセルフィを立ち上がらせる。
一瞬だけ身体が揺れたが、彼は歯を食いしばり、しっかりと踏みとどまった。
「……大丈夫そうだね」
そう声をかけながら手を離すと、改めて周囲に視線を巡らせた。
確認すると、そこは壮絶としか言いようのない光景だった。
二度の落石であたり一面に岩が転がり、砕けた破片が突き刺さっている。
それだけじゃない。
地面や周囲の岩の表面には、鋭い爪痕が幾筋も刻まれていた。
この光景を前にするだけで、骨刃人という存在の恐ろしさが嫌というほど伝わってくる。
「本当に凄いね、セルフィは……。
不死族相手に正面から、それも一対一で戦って、あそこまで追い詰めるなんて」
混じり気のない賞賛だったが、セルフィはどこか不満そうに肩をすくめた。
「最後の最後で、詰めが甘かったけどね。
魔力体みたいに、最初から攻撃が通じさえすれば、もっと戦えるんだけど……」
確かに、魔力体と受肉体では、最も大きな違いは肉体の強度にある。
受肉体の硬い甲殻を貫けるだけの力があれば、他の魔力体と同じように、片手間に対処できただろう。
それが分かっているからこそ、セルフィは人一倍、悔しさを感じているのだろう。
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セルフィの迅脚鳥を弔ってから、私たちは移動を開始した。
私が手綱を取り、迅脚鳥に跨る。
その後ろにセルフィを乗せ、二人乗りのまま森を駆けていった。
セルフィの傷に触れないよう、できるだけ振動が伝わらないよう気を配りながら迅脚鳥を操っていると――背後にいるセルフィの変化を、心視石が捉えた。
「おや?
どうやら、気持ちの切り替えが上手くいったみたいだね」
――あと一歩のところまで追い詰めていたにもかかわらず、仕留めきれなかった。
その事実がよほど悔しかったのだろう。
先程まで、彼の胸中には重たい感情が渦巻いていた。
だが今は――それが、すっと消えている。
「まぁね。
特に、自分の攻撃が原因で怪我をしたのは致命的だったよ。
……でも、いつまでも悔しがっていても仕方ないし。
経験として積み上げて、次に繋げることにする」
「うんうん。
切り替えが早いのは、君の美点だね。
落ち込んでいる君を見ると、村のみんなまで気持ちが沈んでしまうから」
「んん…?
村のみんなって、そんな大袈裟な話でもないでしょ」
「おっと、自覚が無いのかい?
私たちにとって、君の存在は非常に大きいよ」
「存在って…。
いや、まぁ村に対して、低くない貢献はしていると思うけど…」
そう言って首を傾げるセルフィを見て、
何となく――このまま本人が無自覚のままでいるのも、どうなのだろうと思った。
私は、少しだけ言葉を選びながら語ってみることにする。
「貢献というよりも、その在り方だよ」
「在り方?」
「そう……私たちは、八十年前の襲撃で多くを失った。
いや、失いすぎた。
だからこそ、襲撃が終わり、安全な結界の中にいても――しばらくの間、私たちは動くことすらできなかった」
セルフィは何も言わず、ただ静かに耳を傾けている。
きっと、思い当たる節があるのだろう。
実際、あの日のことは、今でも忘れることができない。
起きた出来事があまりにも現実離れしていて、頭の中では、過去の日常と、目の前に広がる惨劇とが、いつまでもぐるぐると巡り続けていたことを覚えている。
「でも、父さんが最初に立ち上がった。
絶望に暮れていたみんなを、そのまま死なせないように――誰に頼ることもなく、たった一人で抗い始めた」
「次に、巫女様が続いた。
どうしていいか分からなかった私たちに、太陽への祈りと感謝という“行動”を与えてくれた。それで、私たちはもう一度、一つにまとまることができた」
そう、あの二人がいてくれたから、私たちは、あの日を乗り越えることができた。
「……だが、立ち上がるのが精一杯だった。
村を再建しても、結界の外には出ず、いつ来るとも知れないエルフの援軍を待ち続けていた」
「――それが変わったのは、君が無断で狩りに行ったときだ」
そう言いいながら、ちらりと後ろを振り返ると、セルフィはばつが悪そうに視線を逸らした。
「誰にも告げずに、ふらっと姿を消したと思ったら、仕留めた兎を抱えて帰ってきた」
「めちゃくちゃ怒られたよ。
それと同時に、めちゃくちゃ心配もされた」
「けれど、それは分かっていたんだろう?
怒られることも、心配をかけることも。
……それでも君は、狩りに行った」
「それは……必要なことだと思ったからだよ」
「そう。私たちには、それが必要だった」
失うことを恐れていた。
失わせることを恐れていた。
無茶をして、悲しい思いをさせたくなくて、誰もが立ち尽くしていたから。
「そんな中、二十そこらの子供だった君だけが、前に歩き続けていた」
父さんのお陰で――私たちは絶望に俯かず、顔を上げることができた。
巫女様のお陰で――私たちは再び支え合い、立ち上がることができた。
そして――
「君が最初の一歩を踏み出してくれたから、私たちも前に進むことができたんだよ」
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<セルフィ視点>
それからしばらく迅脚鳥に乗って森を進み、ようやく廃坑の入り口まで戻ってくることができた。
視界が開けたその先に、こちらを見つけてほっと息をついたような表情のルシウスが立っていた。
「セルフィ、エルナ!
無事だったか……っ!」
ルシウスはそう言いながら駆け寄ってくると、肩の力が抜けたように安堵の表情を浮かべた。
「心配したぞ。
……む、セルフィ。怪我をしているな。大丈夫か?」
視線が自然とこちらの背中や足に向いたが、手を振って心配ないことを伝えた。
「大丈夫だよ、ルシウス。
怪我ももう手当ては済んでるし、問題ない」
そうして、囮となってルシウスと別行動した後の出来事を、一通り話した。
「そんなことになっていたのか……。
落石の轟音は、こちらにまで響いてきていたからな。
何にせよ、命があって本当に良かった」
「ルシウスの方は、その後どうしてたの?」
「俺か?
俺は当初の予定通り、お前が囮に動いた段階でここに戻って、魔防銀の回収に取りかかった。
ほら、そこにあるだろう?」
ルシウスが指さした先には、地面にまとめて置かれた、鈍く光る鉱物――魔防銀がいくつも積み上げられていた。
「あ、もう回収作業は終わっていたんだ。
随分と仕事が早いね……」
「元々、捨てるには惜しいということで、一か所にまとめられていたからな。
純度の高そうな鉱物を選別して運んできただけだ」
「守護獣を誕生させるのに、ここにある分だけで足りるかい?」
「ああ。これだけあれば、問題ない」
「よし、ならすぐに迅脚鳥に載せて村へ戻ろう。
夜になったら、さすがに危険だからね」
こうして、夜が訪れる前にすべての魔防銀を回収し、僕たちは無事に村まで運び終えることができた。




