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守護獣の誕生秘話  作者: 海名津たくや
守護獣誕生編
22/37

22.遭遇戦③

「かはっ……!」


 身体を襲う浮遊感は、思ったよりも長くは続かなかった。

 代わりに全身を打つ鈍い衝撃が走り、肺の中の空気が強制的に吐き出される。


 ――だが、それにしては、軽い。


 崖から落ち、地面に叩きつけられたにしては、あまりにも衝撃が弱かった。

 違和感を覚えながら、呻くように息を整える。


 身体を起こした瞬間、その理由はすぐに分かった。


 僕の下には、迅脚鳥が横たわっていた。

 力なく脚を投げ出し、胸元は大きく潰れている。――彼の身体が、そのままクッションになったのだ。


 急いで様子を確かめる。

 だが、呼吸はなく、胸も動かない。


 既に息絶えているのは、誰の目にも明白だった。


「……くっ」


 ……悲しみを胸の奥に押し込み、周囲を見渡す。

 危険が迫っているかもしれない。今は、少しでも状況を把握する必要があった。


 まず、崖を確認する。

 高さはおよそ三十メートル。落下の衝撃でさらに崩れたのか、岩肌は不安定で、今にも上から岩が落ちてきそうだ。この高さでは、登り返すのは現実的ではない。


 次に、足元へ視線を落とす。

 周囲には崩れた岩が無秩序に転がっていた。位置が少しでも違っていれば、押し潰されていた可能性もある。


 この一帯は比較的開けているが、少し先には森が広がっている。

 崖の上へ戻るには、森を回り込む形になるだろう。


 迅脚鳥を失った状態で森を移動するのは危険だ。

 だが、このままここに留まるのも、同じくらい危険だろう。


 急いで移動しようとした、その時――岩陰から、わずかに瘴気が漏れ出ているのが目に入った。


「っ!!」


 反射的に岩から距離を取り、身構える。

 しかし、気配もなければ、動きも感じられない。


 慎重に回り込み、様子を確認する。

 だが、そこに骨刃人の姿はなかった。


 おそらく、先程エルナを襲った個体のものだろう。

 崖からの落下で致命傷を負い、魔力体が霧散した――その残滓が、今もわずかに漂っているのだ。


 敵がいないことに、思わず息をつきかけた――その瞬間、違和感が走る。


 ――なら、ここまで誘導してきた受肉体は、どこへ消えた?


「ガアアアアアアア!!!!」

「ぐっ……ぉお!」


 次の瞬間、近くの岩陰が内側から吹き飛ばされ、弾け飛んだ。

 砕けた石片が周囲に散る。


 骨刃人が自身に覆いかぶさっていた岩を力任せに押し退け、咆哮とともに飛び出してきたのだ。

 視界に捉えた時には、既に距離はほとんど残っていない。


 反射的に身体を投げ出す。

 地面を転がりながら、間一髪でその突進を躱した。


 身をひるがえし、弓を構え――ようとして、異変に気づく。


 ――弓が、真ん中から折れていた。


 認識した瞬間、迷いはなかった。

 僕は折れた弓を投げ捨て、腰に差していた大振りのナイフを引き抜く。


 このナイフは、森で回収した鋼牙猪の死骸から作ったものだ。

 本来は獲物の解体用だが、刃は厚く、頑丈で、切れ味も申し分ない。緊急時の武器としては十分に使える。


 問題は――

 ただでさえ身体能力が低く、近接戦の適性がない僕が、間合いの短いナイフ一本で受肉体と相対しなければならない、という点だった。


「……ふーっ」


 息を整え、目の前の骨刃人を注意深く観察する。

 落下と落石の影響だろう。全身を覆っていた甲殻はあちこちで剥がれ落ち、ひび割れた骨片が不自然に突き出している。その隙間から覗く皮膚は裂け、黒ずんだ血が粘つくように流れ落ちていた。


 特に左腕の損傷は酷い。

 肩口から肘にかけて大きく裂け、骨が半ば露出している。関節は本来の角度を保てず、ぶら下がるように揺れていた。今にも千切れ落ちそうだというのに、それでも腕としての形だけは保っている。


 見て分かるほど、満身創痍。

 仮に相手が魔物であれば、その激痛だけで既に行動不能になっているはずだ。


 だが、油断はしない。

 不死族が恐れられる理由の一つが、どんな状態にあっても、生者を攻撃することに一切の躊躇がない点だ。


 この骨刃人は、まだ僕を殺せる。

 だからこそ、油断など――できるはずがない。


「ガルルッ」


 骨刃人が、ゆらりと身体を揺らした。

 その一挙手一投足を見逃さないよう、意識を極限まで研ぎ澄ませる。


 おそらく、最初の一撃だ。

 最初の一撃で、この戦いにおける僕の勝敗が決定する。


 そこで狙い通りの結果を引き出せなければ、たとえその一撃を生き延びても、続く二撃目、三撃目の攻撃で僕は殺される。


 不死族には、心視石が効かない。

 魔物であれば、動きそのものを読めなくとも、敵意や殺意の揺らぎから、次の攻撃のタイミングを掴むことができる。


 だが、自我も感情も極めて薄い不死族には、それが通用しないのだ。


 ――集中しろ。


 相手の姿勢から、次の動作を読み取れ。

 ほんの僅かな動きも、決して見逃すな。


「っ!!」

「ガアア!!」


 骨刃人の腕が、ほんの僅かに持ち上がった瞬間――僕は、前へと飛び込んだ。


 躱すだけでは、駄目だ。

 勝つために動かなければ、生き残れない。


 前に出ながら、身体を低くする。

 骨刃人がこちらを切り裂こうと伸ばした腕を潜り抜け、踏み込んだ先――目の前に現れた脚へ、ナイフを突き立てた。


「ガアアア!!」

「はあっ!」


 落石により、既に血を流していた箇所へ刃が食い込む。

 さらに、相手の突進の勢いを利用するように、体重を乗せて深く押し込んだ。


「ガァア!!」


 骨刃人が、勢いよく地面へと倒れ込む。

 巻き込まれないよう、咄嗟に距離を取ろうとして――背筋に悪寒が走った。


「グガアア!!」

「う……ぉおお!」


 立ち上がろうとした身体を、反射的に押し沈める。

 次の瞬間、先程まで僕の頭があった空間を、骨で形成された長い尻尾が薙ぎ払った。


「ガアア!!」

「……っ!!」


 間髪入れず、鋭い爪が振り下ろされる。

 上から叩きつけられる一撃を、身を転がして辛うじて躱した。


 岩場の上を何度も転がったせいで、肌が擦れ、全身に細かな傷が増えていく。

 それでも、止まるわけにはいかなかった。


 骨刃人から繰り出される攻撃は、どれも大振りで、攻撃の直後には必ず体勢が崩れる。

 それは片脚を動かせなくなり、踏ん張りが利かなくなったせいだろう。


 その隙を突いて、なんとか致命打を躱せてはいる。

 だが、一撃でもまともに食らえば――その瞬間に、全てが終わる。


「はぁ……はぁ……」


 次々と繰り出される攻撃を躱すたびに、確実に消耗していく。

 息が荒れ、脚に力が入らなくなってきた。


「ガァア!」


 ――なんとか隙を作らないとアレ(・・)を取りに行けないな。


 骨刃人と睨み合いながら、じりじりと間合いを調整する。

 足運びは慎重に、だが後退ではない。狙いを悟らせないよう、少しずつ場所を移動していく。


 目当ての岩の前で足を止めた瞬間――骨刃人が、飛びかかってきた。


 その動きに合わせ、手にしていたナイフを全力で投げつける。

 身体を捻り、腕だけでなく全身の力を投擲へと変える。


 結果を見届けることなく、即座に身を投げ出す。

 直後、背後で骨刃人と大岩が激突する、重く鈍い音が響く――どうやら上手くナイフは相手の顔面に当てれたようだ。


 そのまま振り返らずに、落ちてきた崖へ向かって全力で走り出した。


「ガアアア!!!」


 背後から迫る咆哮を背中で感じながら、意識だけを前方へ切り替える。

 僕の視線の先――崖下の岩場に落ちているのは、一張の弓だった。


 崖下から頂上まで、およそ三十メートル。

 登るとなれば手も足も出ない高さだが、単純な距離として見れば、決して遠くはない。


 つまり――念話自体は何の支障もなく繋げられるのだ。


 落下直後、そして骨刃人に襲われた段階で、既にエルナとは連絡を取っていた。

 その際、彼女に伝えた指示は一つだけだ。


 ――弓を、崖下に落としてくれ。


 僕の弓が折れてしまった今、それだけが唯一の勝機だった。


「ガアアア!!!」

「…っおお!!」


 背後から、すぐそこまで迫ってきているのを肌で感じながら、僕は落ちている弓へと飛びついた。

 次の瞬間、骨刃人の爪が背中を掠め、焼けつくような痛みが走る。

 それでも、必死に伸ばした手が弓を掴み取った。


 そのまま地面を転がり、体勢も整わないまま矢を引き絞る。

 視界いっぱいに迫る影――真上から覆いかぶさる骨刃人に向けて、反射的に一射を放った。


「ガァア!!」


 放たれた矢は、骨刃人の鎖骨付近に突き立つ。

 ひび割れていた甲殻を砕き、鈍い音を立てながら肉体を貫いた。


 衝撃に弾かれるようにして骨刃人の巨体が一瞬宙に浮かび、そのまま勢いを殺せぬまま、僕の頭上を掠めて通り過ぎていった。


「ふぅ…」


 疲労と緊張で乱れきった呼吸を、意識的に整えながら身を起こす。

 これでようやく――生き残るための最低条件が揃った。


 迅脚鳥を失った時点で、逃走という選択肢は切り捨てていた。

 囮をローテーションで回すしかなかったように、たとえ片脚を負傷させていたとしても、持久力の差でいずれ追いつかれていただろう。


 ――僕が生き延びるためには、戦って、勝つしかないのだ。


 こちらを睨みつける骨刃人に対し、僕は静かに弓を構えた。


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