21.遭遇戦②
――それを確認した瞬間、意識を戦闘へ切り替えた。
頭部に命中した矢が弾かれた――その反応は、この骨刃人が受肉体であることを示している。
即座に手綱を引き、迅脚鳥を急停止させる。
反動を殺しながら進行方向を変え、素早く弓を構え引き絞った。
――二射。
一射目は、受肉体の腕の関節へ。
今まさに、囮役を交代したエルナを追おうと踏み出した瞬間だった。
貫くことはできなかったが、肘を強制的に曲げられた骨刃人は、勢いのまま前のめりに地面へ倒れ込む。
二射目は、残る一体の頭部へ。
放たれた矢は頭蓋を貫き、そのまま崩れ落ちた。
「(よしっ……受肉体は一体だけだ!)」
状況を即座に把握し、そのまま迅脚鳥を走らせる。
倒れ込んだ受肉体の骨刃人を追い越し、前方を走るエルナ――その背後につくように追走した。
「ガアアアアアアア!!!!」
背後から、耳を裂くような咆哮が響く。
受肉体が身体を起こし、こちらへ向かって突進してきていた。
狙いは、より近くにいる僕だ。
「(よし。エルナから、完全にターゲットを移せた)」
骨刃人たちの中に受肉した個体が存在した。
やはり、ルシウスの予想を超えて不死領域が飽和状態へと至ったように、何らかの異常事態が起こっているらしい。
しかし、今の状況は最悪ではない。
受肉体が一体のみであれば、以前の狩りで鋼牙猪と遭遇した時と同程度の危機だ。
それこそ、鋼牙猪の時と同じ方法で対応できる。
「(もっとも、ただ逃げるだけで良かった前回と違って、全て同じという訳にもいかないけど……よしっ)」
≪エルナ、聞こえる?≫
≪セルフィか。聞こえているよ。
後ろの個体……受肉体みたいだね。どうする?≫
≪うん。それなんだけど、一体だけだからさ。
廃坑に近づけないよう、崖から落とそうと思ってる≫
≪崖から?
それは難しいって、作戦を決める時に言ってなかったかい?≫
≪相手が複数いる場合はね。
それだと最後は力押しになるから。
でも、一体だけなら――ギリギリまで引き付けてから躱せば、落とせるはずだ≫
≪分かった。君の判断を信じよう≫
≪ありがとう。
それじゃあ悪いけど、崖まで案内してくれないかな。
ルート決めの時に、ルシウスから聞いていたよね?≫
≪お安い御用だよ。
それじゃあ、ついてきて≫
そうして、エルナの誘導で崖へ向かうことになった。
先へ進むにつれ、足元は岩場が増え、地形は急速に荒れていった。
迅脚鳥の脚を取られないよう細かく手綱を調整しながら進む。
背後から迫る骨刃人は、速度を一切落とさない。
この程度の悪路では、向こうの踏破能力の方が明らかに上だ。
≪見えてきたよ!≫
しばらくして、エルナから到着の合図が届く。
辿り着いた先は、岩がむき出しになった断崖だった。
前方へ伸びるにつれて、地形が外へ張り出すように細くなっていく。先へ進むほど道幅は削られ、逃げ場は確実に減っていく形状だ。
迅脚鳥を走らせたまま、進路を中央に取る。
左右どちらかに寄れば、足を踏み外す危険が跳ね上がる。
そのため、崖下の様子は視界に入らない。落ちればどうなるかを確かめる余裕もない。
前方の先端までは、まだ少し遠い。
だが背後では、岩を踏み砕く足音が重なり、受肉体との距離が確実に縮まっていた。
先端付近で身を躱し、そのままの勢いで崖下へ落とす――想定していたよりも、かなり際どいタイミングになりそうだ。
≪エルナ!
案内ありがとう。君は先にここを離れろ!≫
≪分かった!
セルフィも、気を付けて!≫
返事と同時に、前方を走っていたエルナが進路を変えて右へ逸れる。
その姿が視界から外れたのを確認してから、僕は意識を前方へ戻した。
前にある崖の先端までの距離。
そして、背後から迫る受肉体との距離。
残された猶予は、わずかだ。
気を引き締め直した、その瞬間――
「なっ!!」
「グワァ!!」
エルナと彼女の乗る迅脚鳥の悲鳴が、ほぼ同時に響いた。
反射的に視線をそちらへ向ける。
すると、彼女たちのすぐ目前に――別の骨刃人が立ちはだかっていた。
「っ!!」
迷わず進路を切り替え、エルナたちの方へと迅脚鳥を走らせる。
離脱しようとした進路の先に、偶然潜んでいたのだろう。
大岩が視界を遮り、直前まで気づけなかったに違いない。
骨刃人の体勢は、大きく崩れている。
おそらく、飛びかかってきたところを、エルナが迅脚鳥を巧みに操って躱したのだろう。
だが、問題が二つある。
無理に躱した反動か、迅脚鳥が骨刃人の目前で完全に動きを止めてしまっていること。
そして、骨刃人の方はすでに体勢を立て直し、今にも飛びかかろうとしていることだ。
――どうする?
思考を高速で回転させながら、必死に打開策を探る。
反射的に矢筒へ手を伸ばし、矢を引き抜いて弓を構えた――が、その動きが止まる。
射線上に、エルナがいる。
この位置関係では、骨刃人を直接狙うことはできない。
――どうする?
エルナを掠めるようにして、骨刃人を狙うか。
――不可能ではない。位置だけを見れば、ギリギリで急所を狙える。
だが、悪路を全速で走っている。
揺れは大きく、僅かなブレでエルナを射抜く危険がある。
――どうする?
そもそも、この個体は魔力体か?
――もし受肉体なら、たとえ運良く急所に当てても意味はない。
判断材料が、足りない。
そして、考える時間も――もう残されていない。
このままでは、エルナが死ぬ。
何を撃つ。
何を撃てば、彼女を救える。
感覚が研ぎ澄まされ、時間が圧縮される。
動いているのは、思考だけだ。
「ハッ!」
そんな極限の中で、僕が放った矢は――エルナの乗る迅脚鳥の右膝を正確に捉えていた。
「グワァッ!!」
「うわっ!!」
迅脚鳥は下級の魔物だ。
僕の矢で傷を負うことはない。
だが、膝を強制的に曲げられたことで、バランスを完全に失った。
迅脚鳥は崩れ落ちるように横転し、背に乗っていたエルナも投げ出された。
――その直後、骨刃人の爪が、先程までエルナのいた空間を切り裂いた。
上手く躱すことができたが、その結果に満足する暇はない。
僕はそのまま、全力で目の前の骨刃人へと突っ込んだ。
こちらを認識した骨刃人が咆哮を上げる――
――その直前、ぶつかる寸前で手綱を操り、紙一重で回避する。
すれ違いざまに身体を捻り、即座に弓を構え、矢を引き絞った。
「ガァ!」
放たれた矢は、背後から迫っていた骨刃人の顔面に命中し、その衝撃を余すことなく叩き込んだ。
次の瞬間――
「ガァア!!」
「ゴォア!!!」
ドンッ、と腹の奥に響く重低音。
二体の骨刃人は、勢いのまま正面衝突し、そのまま崖下へと転落していった。
「…ふぅ。
なんとか上手くいった……」
骨刃人を無事に排除できたことに、ほっと胸を撫で下ろす。
そして、倒れたエルナに声をかけようとした――その瞬間だった。
――ガラッ。
「なっ?」
踏みしめていた岩の一部が、音を立てて崩れる。
反射的に体勢を立て直そうとするが、遅かった。
「グァア!!」
迅脚鳥の脚が、完全に宙へと投げ出された。
視界が揺れ、傾く。
咄嗟に周囲を見渡すと、少し離れた場所で、エルナが倒れたまま目を見開き、こちらを見ていた。
「セルフィ!!!!」
その絶叫と同時に、身体を掴んでいた感覚が失われる。
内臓が持ち上げられるような浮遊感。
そして――
骨刃人たちの後を追うように、僕は崖下へと落ちていった。




