20.遭遇戦①
<エルナ視点>
息を殺して身を潜める。
目の前には、私たちの目的地である廃坑の入り口。
そして、その前に――八体の下級不死族、骨刃人がいた。
匂いで位置がバレないように風上から観察する。
骨刃人は人型の不死族だ。
細身の体躯は猫背で、だらりと伸びた腕の先が地面を擦っている。
皮膚は煤を塗り込めたように黒く、その上から、骨でできた真っ白な甲殻が全身を覆っていた。
背中には、脊髄のような形状の甲殻が走り、そこから延長する骨の尻尾が長く伸びている。その先端は凶悪な刃のように尖り、近づく者を拒むかのようだ。
手足の指は爪と同化し、鋭く歪んだ刃と化している。
あれで引き裂かれれば、肉など紙切れ同然だろう。
退化した目を覆うように甲殻が張り付き、獣のように突き出した口の奥からは、白く光る牙が覗いていた。
……緊張に喉が鳴る。
浅くなりかけた呼吸を意識的に整え、心臓の鼓動を押さえ込む。迅脚鳥の手綱を握り直し、タイミングを見極め――
――勢いよく飛び出した。
「さあ!
こっちだ! ついて来い!」
腹の底から声を張り上げる。
音で、存在で、骨刃人たちの意識を無理やりこちらへ引き寄せた。
一斉に振り向いた八体の視線が、こちらを射抜く。
「「「ガアアアアアアア!!!!」」」
こちらを認識すると、骨刃人たちはあらん限りの咆哮を上げた。
次の瞬間、地面を蹴り砕く音と共に、一斉にこちらへ飛びかかってくる。
私は即座に手綱を引き、迅脚鳥に指示を出した。
追いつかれないよう、しかし離れすぎないよう――距離を計りながら速度を調整し、一定の間合いを保つ。
背後から、骨刃人たちの咆哮と、地面を叩く重い音が迫ってくる。
奴らは走るとき、腕を使って四足歩行になる。
勢いを増す気配が背中を撫で、思わずヒヤリとするが――その感覚を意志で押さえ込み、迅脚鳥の背の上で冷静さを保った。
しばらくの間、事前に決めていたルートをなぞるように駆け続け――ようやく、目的の場所が視界に入った。
「よし!」
私は迅脚鳥の横腹を素早く三度蹴る。
合図を理解した迅脚鳥が唸るように加速し、地面を蹴る感触が一段と軽くなる。
これまで一定に保っていた骨刃人たちとの距離が、みるみるうちに開いていく。
背後の咆哮が遠のくのを感じながら、さらに加速する。
すると、視界が一気に広がり、遮蔽物のない開けた空間に出た。
そのまま速度を落とさずに駆け抜けていく。
次の瞬間――
鋭く張り詰めた弦の鳴る音が響き、一本の矢が、先頭を走っていた骨刃人の頭蓋を正確に射抜いた。
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<セルフィ視点>
僕の視線の先で、一体の骨刃人が崩れ落ち、霧のように散って消えた。
どうやら最悪の予想は外れ、相手は魔力体だったらしい。
その事実に胸を撫で下ろしながら、すぐに視線を前方へ戻す。
残る骨刃人は七体。
だが、数を減らしても勢いは衰えず、前方を走るエルナを殺さんと、全力で地面を蹴っていた。
このままの状況が続けば、いずれ追いつかれる――だが、そうはならない。
待機していたルシウスが動いた。
迅脚鳥を巧みに操り、エルナと骨刃人の間を横切るように、一気に駆け抜ける。
すると次の瞬間、骨刃人たちの動きがはっきりと変わった。
それまで追っていたエルナから視線を外し、目の前に現れた新たな獲物――ルシウスへと、迷いなく標的を切り替えたのだ。
そして、そのまま開けた空間を駆け抜け、今度はルシウスを追っていった。
「ふぅ……」
囮が問題なく切り替わったのを確認し、胸の奥に溜めていた息を静かに吐く。
すると、囮役を終えたエルナがこちらに合流してきた。
「お疲れ様、エルナ。
上手くいったね。このまま作戦を続けよう」
「セルフィもお疲れ。
――急所に一撃、さすがだね」
多少、緊張しているようだったが、普段と変わらないエルナの様子に胸をなでおろす。
互いに労いの言葉を交わすと、すぐにポジションを入れ替える。
エルナはそのままこの場所に残り、今度はルシウスが引き連れてくる骨刃人を弓で迎え撃つ。
そして僕は、先ほどまでルシウスが潜んでいた遮蔽物の影へと移動した。
僕の考えた作戦は、ローテーションだ。
囮となって、骨刃人たちを遮蔽物のない開けた空間まで引き出す役。
姿を現した骨刃人を、弓矢で削る役。
そして囮と交代し、外周を回り込んで再びこの地点へ連れてくる役。
役割を循環させることで、迅脚鳥への負担を最小限に抑える。
走行ルートも事前に確認済みで、足場の悪くない経路を選んである。
短時間であれば、骨刃人たちに追いつかれることはない。
この作戦が成立している理由は、不死族の習性にある。
不死族の特徴として、自我や感情が極めて薄いことが挙げられる。
これは、等級に関わらず全ての不死族に共通していることだ。彼らは常に生者への攻撃を優先させる。
痛覚が無いから怯まない。
疲労を感じないから止まらない。
すぐ隣で同族が倒れようと意にも介さず、自らの身体に矢が突き立っても振り返らない。
ただひたすらに、視界に捉えた生者へ殺到する――それが、不死族だ。
そこまで考えたところで、ルシウスが骨刃人たちを引き連れて戻って来た。
思考を即座に切り替え、迅脚鳥の手綱を握り直す。
エルナが放った矢が骨刃人の腕に刺さったのを確認してから、次の囮になるべく駆け出した。
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作戦は、順調に進んでいた。
今は僕が囮となって骨刃人たちを引き連れているが、背後から追ってくる数は、すでに二体まで減っている。
「(あと数巡、繰り返せば終わるな)」
想定以上に上手くいっていることを認識し、胸の内で小さく息を吐いた。
だが同時に、気を引き締め直す。
攻撃地点は、もうすぐそこだ。
迅脚鳥の速度を維持したまま、視線だけを前へ固定する。
次の瞬間、弦の鳴る乾いた音が響いた。
ルシウスの放った矢が、一体の骨刃人の頭部を正確に捉え――
――ガンッと鈍い衝撃音が周囲に反響した。




