表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
守護獣の誕生秘話  作者: 海名津たくや
守護獣誕生編
19/38

19.異常事態

 廃坑の入り口で不死族を発見してから、僕たちは少し引き返した場所で円を作るように腰を下ろしていた。

 想定外の事態に、張り詰めた空気がその場を支配している。


 互いに無言で視線を交わした後、最初に口を開いたのはエルナだった。


「さて、ここまで離れれば、ひとまず奴らに見つかりはしないだろう。

 何にせよ、まずは確認しないといけないね」


 そう言ってから、エルナはゆっくりとルシウスの方を向いた。

 その口元には穏やかな笑みが浮かんでいる。


「君、後でビンタね」

「待て」


 その笑顔に、慈悲というものは一切含まれていなかった。

 あまりにも即座な宣告に、ルシウスは思わず声を上げて制止した。


「落ち着け。というか、最初に確認するのはそれじゃないだろうっ」


「いや、それだよ。

 あと三十年は問題ないっていう話は、どこに行ったのさ」


 少し慌てた様子のルシウスに対し、エルナはジト目になって追及の手を緩めない。


「確かに。

 すごい自信満々というか、ドヤ顔で語ってた割には、思いっきり予想外してるよね」


「ほんとにね。

 入口が見えて、ようやく着いたって思ったら、不死族がこんにちはっだよ」


「めちゃくちゃビビったよね」


「叫び声を上げなかったの、奇跡だと思う」


 僕とエルナの止まらない追及に、さすがに堪えきれなくなったのだろう。ルシウスはこめかみに青筋を浮かべ、わなわなと肩を震わせていた。

 しかし、そのまま爆発するかと思いきや、大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせる。


「……はぁ。

 もういいだろう。とっとと本題に入るぞ」


 その言葉に、僕とエルナも顔を見合わせて笑った。


「ふふ、ごめんよ。

 でも、これでみんなの肩の力も抜けただろう?」


「うん。

 さっきまで心臓がバクバクいってたからね」


 僕たちの言葉に、ルシウスは小さく息を吐いた。

 張り詰めていた空気がふっと緩み、場に漂っていた緊張が霧のように消えていくのが分かった。


「それじゃあ、今度こそ確認といこう」


 エルナは真剣な顔でルシウスの方を向いた。


「ルシウス。

 不死族が既に不死領域の外で活動している理由に心当たりはあるかい?」


「……正直に言うと分からん。

 だが、本来なら残り三十年の猶予があったのは間違いない。

 これは調査をした時に、念入りに確認した。記録も計算も、見落としはない」


 その口調には、言い訳や動揺は一切なかった。

 ルシウスの言葉からは、研究者としての揺るぎない自信がはっきりと伝わってくる。


 実際、これまで彼の有能さを嫌というほど見てきたのだ。

 今さら、その判断を疑う理由など僕にはなかった。


「つまり……?」


「異常事態、だな。

 俺の知らない何らかの要因で、想定していた猶予が失われた」


「だが、今やるべきは原因の追及じゃない。

 問題なのは――既に旧フィリナ領の不死領域が、飽和状態に入っているという事実だ」


 そう言ったルシウスの表情は、苦々しく歪んでいた。

 予測が外れたことへの苛立ちではない。

 事態の深刻さを、誰よりも正確に理解している者の顔だった。


 それを見て、エルナもまた表情を曇らせる。


「それって……まずい、よね?」


「……ああ。

 幸い、現時点で確認できたのは下級の“骨刃人デスリム”が八体のみだ」


「不死領域がすぐ近くにある状況を考えれば、飽和状態に達してから、まだ数日といったところだろう」


 ルシウスの言葉を聞いて、今日の内に確認できたのは幸運だった、と内心で胸をなでおろす。もし何も知らずにいたら、より状況は悪くなっていたろう。

 三人の間で、状況の共有をできたことで、これからの対応を決める必要がある。


「まず、これからの方針を決めていこう。

 この状況から選べる行動は、大きく分けて“撤退”、“回避”、“戦闘”の三つだと思う」


 僕の言葉に二人とも頷く。


「最初に“撤退”について、

 前提として、今回の目的は魔防銀の回収であり、この状況は想定していない。

 だから一度村まで戻り、態勢を立て直した上で改めて対応する、という案だね」


「この案のメリットは、戦力を増強できるという点。

 人手も集められるし、魔晶石を使えば安全性も格段に上がる」


「デメリットは――」


「――時間をかけてしまう、だろう?」


「うん。

 ルシウスの言う通り、事態が悪化する可能性がある」


「いや、間違いなく悪化するぞ。

 これからは時間経過によって敵の数と質が上がり続ける。溢れている連中だけでなく、不死領域に突入してある程度数を減らさない限り、それが止まる事はない」


「つまり、今日の内に魔防銀を回収して、早急に守護獣を誕生させなければ、私たちは“詰む”、というわけだね」



「次に“回避”について、

 骨刃人をやり過ごして魔防銀だけ回収し、そのまま村に帰還する、という案だけど。

 正直、これが最も現実的だと思う。二人はどう思う?」


「うん。私もそう思うよ。

 骨刃人は廃坑の正面入口に集まっている。戦闘を避けるなら、別の侵入経路を探す必要があるね。心当たりはあるかい?」


「一応、反対側にもう一つ入り口が存在するが――そちらは不死領域に呑まれているな」


 ルシウスの言葉に思わず顔をしかめてしまう。

 別の入り口から入れるなら、それが一番安全で確実だったんだが。


「なら、骨刃人を入り口から引きはがすのどうかな?

 迅脚鳥に乗って囮になれば、適当な場所に誘導できると思うけど」


「いや、それは難しいだろうね」


 僕の提案をエルナは即座に否定した。


「場所が悪い。

 迅脚鳥は元々、草原を主な生息地とする魔物だ。

 森の中、それもこの辺りは地面が荒れていて、足場が安定しない。

 これじゃあ、本来の機動力を発揮できないだろう」


 確かに、周囲を見渡せば、木の根が地表を這い、岩も多い。

 迅脚鳥が全力で走れる環境とは言い難かった。


「それでも、純粋な速度だけを比べれば、まだ負けてはいないだろうけどね。

 問題は、その差が“短時間で引き離せるほど”じゃないってことだ」


「ふむ。となると、体力勝負になるな。

 先に体力の尽きた方が負けるが、不死族は物理的に動けなくなるまで止まる事は無い」


 そこでエルナは肩をすくめた。


「結果は見えてる。

 囮になった迅脚鳥が消耗して、すぐに追いつかれるだけだよ」



「なら、残る選択肢は“戦闘”か。

 この場合、問題になるのは奴らが受肉体かどうかだね」


「魔力体なら、肉体がまだ安定していない分、強度は低い。

 矢も通じるし、下級が八体程度なら討伐も不可能じゃない。でも相手が受肉体ならお手上げだね」


 僕の言葉にルシウスが難しい顔をして続ける。


「飽和状態から溢れ出してくるのは、いわば“縄張り争いに負けた個体”だ。

 だから出てくる順番も決まっている」


 ルシウスは指を折りながら淡々と続ける。


「下級の魔力体。

 次に下級の受肉体。

 それから中級の魔力体……と、弱いものから外に出てくる」


「理屈の上では、飽和状態から数日程度なら、出てくるのはまだ下級の魔力体のはずだ。

 だが、想定より早く飽和状態になったことといい、どこまで通常の法則が通じるか分からん」


 ルシウスは感情を交えず、淡々と懸念事項を挙げていく。

 並べられるのは、僕らにとって不利な事実ばかりだ。


 だが――必要以上に怯えても仕方ない。


「最悪、受肉体が確認できた時点で、僕が囮になって廃坑から引きはがす。

 だから今は、魔力体である前提で動こう」


 エルナも、ルシウスも、露骨に顔をしかめる。

 否定したいのに、論理的には否定できない――そんな表情だった。


 本当に受肉体が、それも複数現れた場合、囮になった僕の生還は絶望的だ。


 それでも。

 この中で一番生存率が高いのが僕であることも、また事実だった。


 僕が囮になり、二人が魔防銀を回収する。それが最善であることを分かっているから、止めることが出来ないのだ。

 僕を心配してくれて、その上で意思を尊重してくれる二人に嬉しく思いながら、話を続ける。


「僕らは全員、弓を装備している。

 だけど、迅脚鳥に乗っていてもいずれ追いつかれる。

 つまり――ただ射るだけじゃ、距離を詰められて終わりだ」


 言葉にしながら、頭の中で戦闘の光景を思い浮かべる。

 最初の数本は当たるかもしれない。

 だが、その間にも骨刃人は迫ってくる。

 そして一度、間合いに入られれば――終わりだ。


「大事なのは、こちらが一方的に攻撃できる状況を作り出すこと」


 自分に言い聞かせるように、考えを整理する。


「例えば罠。

 相手の動きを封じて、こちらが安全圏から攻撃する」


「あるいは地形。

 高所から攻撃できれば、近づかせずに優位を保てる」


 どう戦えば勝てるのか、いくつものパターンを考える。


「……でも、罠は厳しい。

 下級八体を足止めできる罠を即席で用意するには準備不足だ。

 なにより、罠の設置に時間がかかって夜になれば、勝ち目が無くなる」


 月光が降り注ぐ夜は、不死族が最も力を発揮する時間帯。

 そこまで考えると、罠は現実的ではなかった。


「となると、残るのは地形だけど……。

 この辺りは狩場から外れてる。正直、地形を把握してなくて」


 僕の視線を受けて答えてくれたのは、この地に何度も調査に来ているルシウスだった。


「それなら、ここから少し先に崖があるぞ」

「おおっ」


 その一言に、胸が僅かに高鳴り――


「ただし、こちらが崖上になるため、高所に位置するには骨刃人を全て崖から突き落とす必要があるな」


 ――すぐに肩を落とした。

 それができる身体能力があるなら、多分弓はいらない。


 いくつもの考えが頭に浮かび上がっては、形になる前に霧散していく。

 どれも決定打に欠け、同時に時間だけが無情に削られていった。


 骨刃人は今も、廃坑の入口に留まっている。

 だが、それがいつまで続く保証はない。

 日が傾けば、状況は一気に悪化する。


 胸の奥に、じわじわと焦りが広がり始めた、その時だった。


 ――ふと、一つの考えが浮かぶ。


「これなら……でも…いや」

「セルフィ?」


 エルナの声に顔を上げる。

 こちらの様子を伺う二人にはっきりと答えた。


「作戦を思いついた」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ