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守護獣の誕生秘話  作者: 海名津たくや
守護獣誕生編
17/37

17.新たな力

 フィリナ族の新たな可能性を見出してから、数週間後。

 僕らはその可能性を“仮説”のままに終わらせぬよう、確かなものとするための準備に追われていた。


 最初に取りかかったのは、結界外での実験場の設置である。

 族長にこれまでの経緯と目的を説明し、許可を取りつけた後、手の空いている村人たちにも協力を仰いだ。


 危険性を伴う実験である以上、場所選びから建物の構造、緊急時の退路の確保に至るまで、可能な限りの安全対策を講じた。

 結果として、簡易的ではあるものの、実験を行うには十分な環境を整えることができた。



 次に行ったのは、これまでに判明した事実と仮説を研究レポートとしてまとめる作業だ。

 主にルシウスが担当したが、今回は“魔物の発生”という極めて危険な現象を扱う以上、想定されるあらゆる事態を洗い出し、対処法を明文化する必要があった。


 暴走した場合の対策、実験の即時中断条件、最悪の場合の殲滅手段――どれも軽々しく扱えるものではなく、準備は自然と慎重にならざるを得なかった。


 そうして今日。

 幾度もの確認を経て、ようやくすべての準備が整った。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 僕とエルナ、そしてルシウスの三人は、新たに設けられた実験場の前に立っていた。


 結界の外ということもあり、僕は完全装備の状態で身を固め、いつでも動けるよう神経を研ぎ澄ませていた。

 一方のエルナは、並んで待機している三頭の迅脚鳥の手綱を握り、落ち着かせるように優しく声をかけている。


「よし、それでは始めるぞ」


 ルシウスが短くそう告げ、場の空気が一段と引き締まる。


「セルフィは、そのまま周囲の警戒を頼む。

 エルナは、いつでも迅脚鳥に乗り移れるよう準備しておいてくれ」


「了解」

「分かったよ」


 実験を行うのは、ルシウス一人だ。

 とはいえ、用意された実験場は天幕に近い簡素な造りで、壁らしい壁も存在しない。

 そのため、彼が何をしているのかは、離れた位置からでもはっきりと確認できる。


 これは、万が一の事態に備えた判断だった。

 下手に囲いを設けて退路を狭めるよりも、異変が起きた瞬間に距離を取り、即座に撤退できる方が安全だ。


 結界の外とはいえ、ここは村から百メートルも離れていない。

 もし魔物が出現、あるいは暴走した場合でも、迅脚鳥に乗って一気に村まで退避するのが最善の策となる。


 実験場の中央には、透明な素材でできた容器が設置されていた。

 大きさはルシウスの背丈の半分ほどで、魔力を外へ散らさないために用意された密閉空間だ。

 本来は浄化草を栽培するための容器だが、今回の実験の重要性を鑑みて、こちらに転用されることになった。


 三人とも魔力観測眼鏡を装着しているため、容器の内部に始原体が一体存在しているのがはっきりと確認できる。

 淡く揺らぐ魔力の濃淡が、容器の中央付近に留まっていた。


 懐から魔晶石を取り出したルシウスが、慎重な動作で魔力を解放する。

 すると、容器の内部はみるみるうちに高濃度の魔力で満たされていった。

 その魔晶石には、およそ三年分に相当する魔力が蓄えられている。ルシウスの計算では、最下級の魔物を構成するのに必要な魔力量だ。


 そして、同じ魔晶石をもう一つ、ルシウスは懐に忍ばせている。


 万が一、発生した魔物が暴走した場合に、即座に仕留めるための切り札である。

 この魔晶石に蓄えられた魔力量があれば、最悪でも下級の魔物程度なら、一撃で沈める魔法を放てる。


 ……並の魔法を一発放つために三年もの準備期間が必要だという事実が、この魔晶石があくまでも緊急時の手段であることを強く実感させていた。


 そうこうしているうちに、始原体に変化が現れた。

 容器内の魔力が、始原体を中心に渦を巻くように集まり始めたのだ。

 このまま凝集が進めば、魔物が発生する――


 ――はずだった。


 しかし、十分、十五分と時間が経っても、魔物が生まれる気配はなかった。

 容器内の魔力は依然として始原体へと引き寄せられているが、それ以上の変化が起こらないのである。


「ルシウス?」


「うむ。少し待て。調べよう」


 ルシウスは慎重に容器へと近づき、魔力観測眼鏡越しに内部の変化を確認する。

 しばらく無言で観察した後、彼は腑に落ちたように小さく声を漏らした。


「ああ……なるほど」


「何か分かった?」


「うむ。単純な話だ」


 ルシウスは容器から視線を外し、淡々と告げた。


「凝集自体は順調に進んでいる。このままいけば、予想通り魔物は発生するだろう。

 問題は――想定よりも、はるかに時間がかかりそうだという点だ」


「……どのくらい、かかりそうなの?」


 嫌な予感を覚えつつ尋ねると、ルシウスは少し考え込むように顎に手を当ててから答えた。


「数か月……場合によっては、数年かかるかもしれん」


「……はい?」


 思わず、間の抜けた声が口から漏れた。

 だが無理もない。この状態のまま、何年も待つなど――想定外にもほどがある。


「え、魔物の発生ってそんなに時間が必要なの?」


「うぅむ。

 過去の研究データには、魔境が形成されてから数日以内に最初の魔物が発生したという報告も残っていたんだがな……」


 ルシウスは眉をひそめ、再び始原体へと視線を戻す。


「原因として考えられるのは、始原体そのものの“吸引力”の弱さだろうな。

 もしかしたら、魔境の中では、それが何らかの要因で強化されているのかもしれん」


 淡々としたルシウスの言葉を聞きながら、僕は小さく唸った。

 仮にそれが事実だったとしても、今この場で魔境と同じ環境を再現することなど不可能だ。


 どうにかして、時間を短縮できないか。

 そう考えて頭を悩ませていると、不意にエルナが口を開いた。


「魔力を凝集するのに、時間がかかってるんだよね?」


 独り言のように呟きながら、エルナは顎に指を当てる。


「だったらさ……逆に、始原体を魔晶石の中に入れられないかな?

 大量の魔力を魔晶石に込めるって、それ自体が“魔力の凝集状態”ってことだろう?」

「あぁっ!」


 その逆転の発想に思わず声を上げる。

 確かにそれなら凝集という工程そのものを省略できるかもしれない。


 そうと決まれば、さっそく始原体を魔晶石に入れられないか、試行錯誤を重ねた。


 まず試したのは、ごく単純な方法――

 始原体をそのまま魔晶石に近づけ、内部へ取り込ませるというものだった。


 だが、結果は失敗。

 どれだけ近づけても、始原体は魔晶石に弾かれるように留まり、内部へ入る気配はまったくない。


「やはり、無理か……」


 ルシウスが低く呟き、すぐに理由を説明する。


「魔晶石に込められている魔力は、俺自身のものだ。

 一方で、始原体は周囲に存在する魔力が自然に集まって形成されている。

 魔力の“質”が異なる以上、拒絶反応が起きるのも当然だろう」


「……待って。だったらさ」


 ふと、ひらめいたようにエルナが言う。


「魔晶石と始原体、両方に“同調”した状態ならどうかな?」


「……なるほど」


 エルナの案を採用したルシウスが、魔晶石と始原体、両方に意識を向け、同調する。

 その状態で、ゆっくりと近づけると――


 す、と。

 抵抗らしい抵抗もなく、始原体は魔晶石の内部へと溶け込むように宿った。


「「「おおっ!」」」


 思わず三人そろって声を上げた。

 誰が言い出すまでもなく、これで大きく前進したことは明らかだった。ルシウスはさっそくとばかりに始原体の宿った魔晶石を手に取り、容器へと設置した。


 三人そろって一歩距離を取り、固唾を呑んで様子を見守る。

 すると、数分もしないうちに変化が現れた。


 魔晶石の内部で渦巻いていた魔力が、表面から滲み出すように溢れ出し、淡い光を放ちながら周囲へと広がり始めたのだ。


「ルシウス!

 魔力が漏れだしたけど、これって大丈夫!?」


 思わず声を張り上げる。

 視界いっぱいに広がる魔力の奔流に、嫌な予感が背筋を走った。


「問題ない!

 魔力で肉体を構築し始めたのだ!」


 即座に返ってきたルシウスの声は、緊張を孕みつつも確信に満ちていた。

 その言葉通り、魔力はさらに勢いを増し、容器の内側を満たしていく。


 そして――


「っ!!」


 バキッ、と。

 耳に残る不快な音とともに、容器の表面に一本のひびが走った。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 実験場を後にした僕たちは、族長への報告を済ませたあと、ルシウスの家に集まっていた。

 後片づけに思いのほか時間を取られたこともあり、外に出る頃には空はすっかり色を変え、山の向こうから差し込む夕日が村を朱に染めていた。


 窓から差し込む橙色の光が室内を静かに照らし、昼間の緊張が嘘のように、家の中には少し気の抜けた空気が流れている。


「いやぁ、まさか容器が壊れるとはね」


 エルナが肩をすくめるように言い、苦笑いを浮かべた。


「仕方あるまい。元々は浄化草を栽培するための容器だ。

 内側から圧がかかるような使い方は、想定されていない」


 そう言ってルシウスは、疲れたように椅子にもたれかかる。


 ――実際、あの後だった。

 最初の一本だったひびは、まるでそれを合図にしたかのように次々と広がり、やがて容器は耐えきれずに崩れた。

 割れた箇所から魔力が一気に漏れ出し、密閉されていたはずの魔力は霧散するように周囲へと拡散していった。


 結果として、実験は失敗。

 魔物の発生を確認することはできなかった。


「別の容器を用意して、また実験する?」


 そう提案するエルナの言葉に、ルシウスは少し考え込むように視線を落とし、やがてゆっくりと首を横に振った。


「いや。最低限の情報は得られた。これ以上、魔晶石を消費したくない」


 今回の実験に使った魔晶石は、本来であれば村の防衛用に備蓄されているものだ。結界があるとはいえ、無計画に消費できる余裕はない。


「なら……次は本番か」


「でも、また容器が壊れたら困るよ。

 本番に使う魔晶石は替えが効かないからね」


 本番に使うのは大型の魔晶石だ。

 僕ら三人が十年以上かけて魔力を込めたもので、それぞれ一つずつしか存在しない。


「大丈夫だ。

 本番には“魔防銀”を使った設備を準備するつもりだ」


 ――ルシウスの話によると、魔防銀とは銀の一種で、魔法に対して強い抵抗力を持つ鉱物だ。等級の高いものを用いた防具は、戦士たちの間でも人気が高いらしい。


 新しく実験用の建屋を用意し、その内側に魔防銀を薄くコーティングすれば、魔力の圧にも耐えられるだけの強度を持たせられるという。


「その魔防銀は、ルシウスが持っているのかい?」


「いや。旧フィリナ領の近くに坑道があるのを覚えているか?

 あそこから回収しようと思う」


 ルシウスの言う坑道とは、かつてフィリナ族が所有していた銀鉱脈のことだ。今ではすっかり放棄され、誰も立ち入らなくなっている場所である。


「へぇ、あそこから魔防銀なんてものが採れるなんて、初めて聞いたな」


「ああ。等級が低く、量も多くは採れなかったらしい。

 販売するには、利益よりも手間の方がかかるから、採掘したものはそのまま捨て置かれていたようだな」


 等級が低いといっても、強力な魔法を完全に防げないというだけで、今回のように魔力を押さえつける用途であれば、十分に役立つらしい。


 という訳で、明日は廃坑まで行って魔防銀の回収を行うこととなった。


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