16.可能性
ルシウスの仮説を聞き終え、部屋の空気は少しずつ緩やかなものへと変わっていった。
魔物と“なにか”の関係性についても、少なくとも現時点では僕らの生活に直接影響する話ではない。張りつめていた緊張が、ゆっくりと溶けていくのを肌で感じた。
エルナは凝り固まっていた身体をほぐすように、大きく伸びをしながら息を吐く。
「んーっ!
…でも、面白い話だったな。これまで本当に正体不明な存在だったから、ちゃんとした仮説を聞けて良かったよ」
エルナの言葉にルシウスも満足げに頷いた。
「俺としても、ひとまず納得のいく結論だ。
魔物の発生というのは謎が多かったからな。この後は研究レポートとしてまとめておこう。出すところに出せば、相当な価値のある研究成果になるだろう」
「……」
安堵と達成感が滲む二人の様子を横目に、僕は一人、頭を悩ませていた
先程の仮説を聞いたときから、ある考えが頭の片隅に引っかかり続けているのだ。
「ん?どうしたんだい、セルフィ」
エルナが不思議そうに首を傾げ、こちらを覗き込んでくる。
「ああ、ごめん。
ちょっと気になることがあって」
「うん?
今話した仮説の事か?」
「ああ、いや。
仮説そのもの、というよりは……ええっと……」
言葉を探して視線を彷徨わせる僕に、二人は揃って小さく首を傾げる。
「まず確認したいんだけどさ。
二人は、自分の魔力を込めた魔晶石に同調できることは知ってる?」
「え?いや、初めて聞いたな。
ルシウスは知ってる?」
「俺も初耳だ。
というか……そんなことを、お前はよく知っているな?」
ルシウスの問いかけに、無くした魔晶石を同調することで見つけたことを話した。
すると二人は少し興味を引かれたような顔をしてこちらを見つめていた。
「へぇ、そんなことがあったんだ。
折角だし、私たちも試してみようよ。幸い、この家には私たちの魔力を込めた魔晶石もあるんだし」
エルナは楽しそうにそう言い、期待に満ちた視線を僕とルシウスに向けてきた。
「そうだな。俺も気になる」
ルシウスも否定することなく頷く。
研究者としての好奇心が、はっきりと顔に出ていた。
――というわけで。
三人でそれぞれ、自分の魔力が込もっている魔晶石に向けて、意識を集中させる。
普段の同調と同じ要領で、心視石を介し、静かに感覚を研ぎ澄ましていく。
「おおっ……本当にできたね」
最初に声を上げたのはエルナだった。
驚きと感心が入り混じった声で、自分の魔晶石がある方向を見つめている。
「うむ。確かに、ここからでも位置が特定できるな」
ルシウスは少し離れた棚の方へ視線を向け、確信を持った様子で頷いた。
「これは……何かに利用できそうだな?」
「例えば、物を隠すときに一緒に入れておけば、自分にだけ分かる、って使い方もできそうだね」
二人が少しはしゃいでいる様子を横目に見ながら、僕自身も改めて魔晶石へと意識を向けた。
するとやはり、ここから離れた位置にある魔晶石の存在が、輪郭を伴ってはっきりと知覚できる。
僕の魔力を込めた魔晶石はこの家の中に複数あるが、そのすべての位置を、迷いなく把握できていた。
「……自分以外の魔晶石の位置が分からないのは、同調の対象が“自身の魔力”だからってことで合っているよね?」
考えを言葉にすると、ルシウスは顎に手を当てて、少し考えてから頷いた。
「ああ、そうだろうな。
普段は心視石という繋がりを強化しているが、今回は魔力という繋がりを強化しているのだろう」
「でも、できるのは同調までで、念話までは無理だよね?」
僕の問いに、ルシウスは訝し気に眉をひそめながら頷く。
「それはそうだろう。
念話というのは、相手の思念やイメージを共有するものだぞ。無機物にそんなものがあったら、それこそ怪奇現象だ」
もっともだ、と内心で頷きながらも、僕の胸の奥では別の思考が静かに形を成していた。
先ほどから頭の中で組み立てていた考え――それが、今のやり取りによって裏付けられたように感じられたのだ。
「なら、さっきの仮説に戻るんだけど」
唐突な切り出しに、ルシウスとエルナの視線がこちらへ向くのを感じる。
一度息を整え、頭の中で言葉を選びながら、僕は続けた。
「僕ら自身の魔力を利用して“なにか”を魔物に進化させたら、その魔物とは――同調や念話による意思疎通が、可能になるんじゃないかな?」
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現状、僕らが抱えている最大の問題――圧倒的な戦力不足。
それが解決するかもしれないという可能性に、ルシウスは大きく目を見開いてこちらを見つめていたが、一方でエルナの方は、困惑した表情で僕を見ている。
「ん…っと、話が見えないんだけど。
セルフィは、魔物と意思疎通をしたいのかい? どうして?」
その様子を見て、僕はようやく気づいた。
――そういえば、不死領域を攻略するための具体的な相談は、これまでルシウスにしかしていなかったのだ。
つい先程、魔物を発生させることへの危険性を共有したばかりなのに、いきなりこんな話を持ち出せば、確かに困惑する。
この話を続ける前に、まずは前提を伝える必要があった。
そう思い直し、僕は一度言葉を切ってから、改めてエルナへと向き直った。
成人式の時に伝えた目標――恩人たちの魂を故郷に還すこと。
その目標を達成するためには、不死領域の攻略が避けて通れないということ。
そして――現状の僕らには、それを実行できるだけの戦力も手段も存在しないこと。
その打開策として、心視石を利用し、戦闘用の魔物を調教・使役できないかと考えていたことまで、順を追って説明した。
話し終えるころには、エルナの表情から困惑は消え、代わりに真剣な色が浮かんでいた。
「なるほど……。
確かにこれは重要な話だね。私たちの今後を左右するほどの」
エルナはそう呟くと、静かに視線をルシウスへ向けた。
「それで、ルシウス。
どうかな? セルフィの言った通り、私たちの魔力から発生した魔物とは、念話が通じると思うかい?」
腕を組み、真剣な表情でしばし考え込んでいたルシウスは、やがて一つ頷いて答えた。
「ああ。実際に確かめてみなければ断言はできないが……。
少なくとも、セルフィの仮説を否定する材料は見当たらない。上手くいく可能性は、十分にあるだろう」
その言葉に、僕は思わず拳を握りしめた。
ただの勘にすぎない。だが、これが――フィリナ族の新しい力になると確信していた。
「それと……名前を付けるぞ」
不意に放たれたルシウスの言葉に、僕は顔を上げる。
「いい加減、“なにか”では分かりづらい。
それに、これから生み出す存在も、ただの魔物とは明確に区別したい。何かいい案はあるか?」
それから三人でいくつか候補を出し合いながら話し合った。
なかなか苦労したが、最終的には全員が納得する名前を付けることができた。
僕らが発見した“なにか”を “始原体”。
そして、僕らの仲間となる生物を――“守護獣”と呼ぶことが決まった。




