15.魔物とは
「順序立てて説明しよう」
朝食を食べ終え、一息ついた僕らは、改めてルシウスの口にした仮説について、詳しい説明を求めた。
「まず、前提として知っておく必要があるのが、“地脈”と呼ばれる存在だ。
地下には、大規模な魔力の大河とでも言うべきものが存在していてな。これは星の表面を覆うように張り巡らされている」
ルシウスは机に指を置き、見えない地図をなぞるような仕草をしながら続ける。
「本来であれば、地脈が地上に直接影響を及ぼすことはない。
だが稀に、複数の地脈が重なり合う地点が存在する。そうした場所では、魔力の密度が異常なほど高まり、地上へと溢れ出すことがある」
「その結果として生じるのが、“魔力溜り”、あるいは“魔境”と呼ばれる場所だ」
魔境――それは、強力な魔物が蔓延る世界屈指の危険地帯だ。
「魔物の出現方法には、大きく分けて二つある。
一つは、この魔境からの“発生”。
もう一つは、同種の魔物同士による“繁殖”だ」
そこで一度言葉を区切り、ルシウスは視線をこちらに向けた。
「後者は今回の話には関係ないため省略する。
これから説明するのは、魔境から魔物が“発生”する仕組みについてだ」
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「といっても、そんなに複雑な話ではない。
“なにか”が様々な場所に存在しているのなら、当然、魔境の内部にも存在しているはずだ。
そして、その“なにか”を核として、高濃度の魔力がさらに凝集した結果として生まれるのが、魔物ではないか――という仮説だ」
「この仮説を推す理由は二つある。それは――
“魔境から発生した直後の魔物は、体内が魔力のみで構成されているということ”
そして“魔境から発生する魔物の種類や生態が、周囲に生息する生物と類似しているということ”、だ」
ルシウスは淡々と、しかし確信を込めて語る。
「まず前者だが、魔境から発生した直後の魔物は“魔力体”と呼ばれる。
これは、不死族と同様に外見こそ生物の形をしているが、その内部は臓器や骨ではなく、凝集された魔力で構成されている」
「このあたりの知識は、セルフィには以前に話していたな?」
「うん。聞いたことがあるよ。
魔力体の状態だと、身体に傷がついた瞬間、そこから魔力が漏れ出して霧散するから、比較的簡単に倒せるんだよね」
僕の言葉に、ルシウスは満足そうに頷き、話を続けた。
「その通りだ。
だが、時間が経過すると、魔力体は徐々に物質化を進め、通常の生物と同じような肉体構造を持つようになる。
この段階に至った魔物を“受肉体”と呼ぶ」
「重要なのは“魔力体”だ。
魔力を凝集した体という性質は、先程話した“なにか”の性質と非常によく似ているだろう?」
「確かに似ているね。
魔力を引き寄せる性質の行き着く先が魔力体なら、魔物の発生につながるのも納得できる」
エルナは一つ頷きながら、頭の中で情報を整理するように言葉を続けた。
「でも、吸引力が低くて、一定以上は凝集できないって言っていたよね?
密閉した空間でもなければ難しいって……そこはどう説明するの?」
「うむ。それについても問題ない。
確かに魔境そのものは密閉空間ではない。だが“高濃度の魔力で満たされた空間”ではある」
「周囲すべてが濃い魔力で満たされていれば、多少の吸引力しか持たなくとも、余剰分の魔力が拡散することもない。
結果として、高濃度の魔力が“なにか”の周囲に留まり、凝集が進む条件を自然と満たしている、というわけだ」
「なるほど。
というか、もし密閉空間が用意できて、あのまま実験を進めていたら、僕ら結構危なかったんじゃ…?」
今さらながら思わず口にしてしまった僕の言葉に、ルシウスは「うむ」と短く頷き、肯定した。
「危なかっただろうな。調子に乗っていれば、村の中で魔物が発生する、なんて事態も十分にあり得たわけだ。
密閉空間が用意できていれば、段階は踏んだだろうが、最終的には内部を大型の魔晶石を使った高濃度魔力空間にしていたはずだからな。場合によっては、中級以上の魔物が出現していた可能性もある」
その返答を聞いた瞬間、思わず顔から血の気が引くのを感じた。
現状、下級の魔物にすらまともに太刀打ちできていないというのに、中級以上の魔物が――しかも結界内で発生したと考えると、背筋がぞっとする。
「もしこの実験を行うなら、相当慎重にならねばならん。
実験の場所も、村の結界外で行う必要があるだろう」
「そうだね。間違っても、村に被害を出すわけにはいかない」
ルシウスと二人で今後の実験についての意識を共有していたところで、その様子を見守っていたエルナが、ふっと息をつくようにして声をかけてきた。
「うん。二人なら大丈夫だろうけど、安全には最大限の注意を払ってくれよ?
もちろん、村だけじゃなくて、君たち自身の安全もね」
そう言ってこちらに柔らかな微笑みを向けてくるエルナに、少し照れくさくなりながら僕はルシウスと顔を見合わせた。そして、言葉の代わりに二人そろって大きく頷いた。
その様子に満足げな笑みを浮かべたエルナは、今度はルシウスの方へと視線を向け、ふと浮かんだ疑問を口にした。
「ところで、やっぱり魔物の強さと魔力の濃度には関係があるのかい?
さっき、大型の魔晶石なら中級以上になり得るって言ってたけど」
「ああ、一般的には“魔物の強さ=魔力量”と考えていい。
もちろん例外はあるがな。だが、基本的にはその図式に則っていると言っていいだろう」
「魔境では、中心地に近づくほど魔力は濃くなり、それに比例して魔物の強さも上がっていく傾向にある。
推測になるが、中心地ほど、高濃度の魔力を大量に凝集できるからだろう。
実際、中心地に生息する魔物は、巨大な体躯の内側に高濃度の魔力を詰め込み、桁違いの魔力量を有している」
「なるほど……。
それは確かに怖い。魔境に入ったら、二度と出てこれないと恐れられる訳だ」
その言葉を聞いて、僕も思わず小さく息を吐き、心の中で同意した。
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「次は、発生する魔物の種類と生態についてだ」
そう前置きして、ルシウスは僕らへと視線を向けた。
まるで講義を続ける教授のような口調に、僕とエルナは自然と背筋を伸ばす。
「実は、魔境から魔物が発生する場合、その種類は周囲の環境に強い影響を受ける。
周囲に既存の魔物がいれば同種の魔物が、動物がいれば、その姿を模した魔物が発生するのだ」
「これについては様々な説があり、未だに解明されていない」
ルシウスはそう言って、指先で眼鏡の位置を直した。
「例えば、周囲の環境に適応するように生まれた結果、姿が似通っただけだという説。
あるいは、魔境が発生した直後にその場に存在していた動物や魔物を取り込み、それらが魔力体として再構築されて発生するという説もある」
それらの説は、過去にルシウスから聞いた覚えのある話だった。
僕は小さく頷きながら、黙って続きを待った。
「だが、過去に起こった“ある出来事”と今回の実験結果から、別の可能性がでてきた」
そう前置きして、ルシウスは少し言葉を選ぶように間を置いた。
「その“出来事”なんだが……。
当時、ヒューマン族の間で一つの宗教が問題を起こした。
この宗教は“楽園に到達するために人々を救う”という教義を掲げていたんだが……」
ルシウスは一度そこで言葉を切り、僕とエルナの反応を確かめるように視線を走らせた。
「この“救い”というのがな。
“死によって肉体に縛られた魂を解放する”という意味だったそうだ」
それを聞いた瞬間、僕とエルナは思わず顔をしかめた。
その宗教が起こした問題というのが想像できたからだ。
「まぁ、お前たちの想像通りだ。
こいつらは手当たり次第に虐殺を初めてな。それで邪教認定され、討伐隊が組織された。
だが、追い詰められた邪教徒たちが一発逆転を狙って地脈に干渉しようとしたんだ。地脈のエネルギーを利用して討伐隊を返り討ちにするために」
「それは……どうなったんだい?」
「…まぁ、結論から言えば失敗した。
そして失敗の反動で魔境が発生したんだ」
「その時、その魔境から発生した魔物というのが――ゴブリン、オーク、オーガといった“人型”の魔物だった。おまけに性格は残虐で、異様に“人間に対する殺意”が高かった」
その言葉に、僕もエルナも顔をこわばらせる。
「本来、魔物の生態というのは、通常の動物と同じく、生存競争に則っている。
空腹だから狩る、縄張りを守るために争う――それが基本だ」
「だが、こいつらは違う。
食料が十分にあろうと、明らかに劣勢であろうと、関係なく人間を襲う。
生きるためというより“殺すこと”そのものを目的としているかのようにな」
「このことから、俺は新たにこう考えている」
そこでルシウスは一度言葉を切り、僕たち二人の顔を順に見た。
「魔物の発生には、周囲の生物の“思念や感情”が大きく影響している、という説だ」
「エルナの話によれば“なにか”は周囲の感情に反応する性質を持っていることが分かっている」
ルシウスはそう言いながら、視線をエルナへと向ける。
エルナは小さく肯定の頷きを返した。
「言い換えれば、それは周囲の感情や思念から強い影響を受ける存在だということだ」
椅子の背にもたれかかり、ルシウスは話を締めくくるように続けた。
「ならば、魔境で“なにか”を核にして発生した魔物が、周囲に存在する生物と似た姿や行動になるというのは、決しておかしな話ではないだろう」




