14.さらなる検証
「おはよう、ルシウス!
頼まれていた荷物を届けにきたよ!」
夜通し実験を続けているうちに、いつの間にか太陽は昇り、部屋の中にも朝の光が差し込んでいた。
すると、家の入口の方から、エルナのよく通る声が聞こえてきた。
「む?もうこんな時間か。
夢中になると、どうにも時間を忘れてしまうな」
「そうだね。少し休憩しようか」
「そうしよう。
俺は朝食の準備をする。悪いが、エルナから荷物を受け取ってきてくれ」
「了解」
ルシウスが台所に立ち、手慣れた様子で朝食の準備に取りかかるのを横目に、僕は家の入口へと向かった。
徹夜の実験で頭は少し重いが、窓から差し込む朝の光と、静かな村の気配が、不思議と気持ちを落ち着かせてくれる。
扉を開けると、ちょうどそこにエルナが立っていた。
「あれ?おはよう、セルフィ。
もしかして、ルシウスの実験に付き合っていたのかい?」
「おはよう、エルナ。
うん。昨日話していた謎の念話の件でね。ルシウスにも相談していたんだよ」
「そうなんだ。何か分かることはあったかい……って、その前に、こっちの用事を終わらせようか」
そう言ってエルナは、胸の前に抱えていた箱を床にそっと下ろすと、蓋を開けてこちらに見せてきた。
中には、小型の魔晶石が、衝撃を防ぐためか一つひとつ布に包まれ、整然と並べられていた。
「これ、セルフィが手伝ってくれた時に教えてくれた宝甲亀から採取した魔晶石だよ。
ちゃんと均一になるように加工してあるから、確認してくれる?」
「おお、ありがとう」
箱の中の魔晶石を一つずつ確認していくと、どれも角がきれいに整えられ、寸法もほぼ揃っていた。
これなら、込められる魔力量にも大きな差は出ないだろう。加工の精度から、エルナの手先の器用さと丁寧な性格がよく伝わってくる。
「うん、問題ないよ」
「よかった。それじゃ、ルシウスに渡しておいてね」
そう言って安堵したように微笑んだあと、エルナは気を取り直したようにこちらへ顔を向けた。
「ところで、さっきも言っていたけど、謎の念話について新しく分かったことはあったかい?」
昨日は「気にしても仕方ない」と笑っていたものの、幼い頃に同じ現象で散々苦労した経験があるからか、やはりどこか引っかかっている様子だった。
「そうだね。よかったら、エルナも実験に参加しない?」
「いいのかい?」
「うん。心視石の性能が高いエルナがいれば、僕やルシウスだけじゃ気づけないこともあるかもしれないしね。
ルシウスも、きっと嫌とは言わないでしょ」
「そっか……なら、お邪魔しようかな」
そう言ってエルナは小さく頷き、僕の隣に並んで家の中へと足を踏み入れた。
「ルシウス、小型の魔晶石を受け取ったよ。品質にも問題なかったから、倉庫に置いておくね」
台所の方を向いたまま作業を続けていたルシウスに声をかけると、短く返事が返ってきた。
「ああ、ありがとう」
「それと、エルナを招いたんだけど、よかった?
この後の実験に協力してくれるそうだよ」
そう付け加えると、ルシウスは手を止め、こちらへと振り返った。
「突然お邪魔してごめんね、ルシウス。
よかったら、私も実験に参加させてほしいんだけど……いいかな?」
エルナは少しだけ遠慮がちに言いながらも、その瞳にははっきりとした興味の色が宿っている。
「エルナか。別に構わないぞ。
お前の心視石なら、分かることも多いだろうしな」
「そっか、ありがとう」
了承されたことが嬉しかったのか、エルナは表情を明るくして頷いた。
「それより、朝食はもう済ませたのか?
まだなら、お前の分まで用意するが」
「いや、もう家で食べてきたから大丈夫だよ。お構いなく」
「そうか。では、飲み物だけでも用意しよう。
俺とセルフィは、今から朝食だからな」
しばらくして、三人で机を囲み、朝食を取り始めた。
メニューは、焼きたてのパンにベーコンとチーズ、野菜たっぷりのスープ、それに果物と柔山羊の乳。栄養のバランスが取れた充実した内容だ。
研究者には食事をおろそかにする者も多いと聞くが、その点、ルシウスは意外なほどきちんとしている。徹夜明けであっても、このあたりは一切妥協しないらしい。
「それで、謎の念話の正体は分かったのかい?」
エルナがこちらに視線を向けながら、何気ない調子で尋ねた。
「いや、まだ不明のままだ。だが、いくつか判明したことはある。
昨夜の実験で分かったのは――
“様々な場所に存在していること”
“魔力が局所的に凝集した存在であること”
そして、“魔力を引き寄せる力を有していること”だな」
「なるほど、結構いろいろ分かったんだね。
いろんな場所にいるっていうのは、なんとなく分かっていたけど……魔力の凝集体、ねぇ」
エルナは少し考え込むように視線を落とす。
「それって、生物じゃないってこと?
心視石に反応しているのに?」
「うむ。現状では、“生物”というより“現象”に近い存在だと考えている」
「なるほど。
じゃあ、魔力を引き寄せるっていうのは? 放っておいたら、どんどん集まって大きくなったりするのかい?」
「いや、どうやら吸引力はそれほど高くないようでな。
周囲の魔力より、少し濃い程度まで凝集すると安定するらしい。実際、魔晶石の高濃度魔力をぶつけてみたが、大部分はすぐに周囲へ散っていった」
ルシウスはスープに手を伸ばしながら、淡々と続ける。
「おそらく、魔力が拡散しないよう完全に密閉した空間にでも閉じ込めない限り、大きな変化は起きないだろう。
実験で確かめたいところだが……手持ちの道具では難しくてな。今のところは保留だ」
「他にも、魔力に反応する鉱物や植物を当ててみたけど……。
魔力そのものは普通みたいで、特におかしな点はなかったよ」
そこまで話して、ある程度納得したのか、エルナは小さく頷き、柔山羊の乳を一口飲んだ。
「ちなみに、ここまでの話を聞いて、何か思いつくことはあるか?
ある意味、この中でお前が一番“それ”を視てきただろうからな」
「そうだなぁ……」
エルナは腕を組み、低く唸りながら考え込む。しばらく視線を宙に彷徨わせていたが、やがて何かに気づいたように顔を上げた。
「そういえば……感情が高ぶっていた時は、いつもより念話の反応が強かった気がする」
「何?」
その一言に、思わずといった様子でルシウスの手が止まった。
次の瞬間には身を乗り出し、真剣な眼差しでエルナに詰め寄る。
「どういうことだ。詳しく聞かせろ」
「うん。
といっても、そんなに複雑な話じゃないけどね」
エルナの話によれば、普段の謎の念話は、意識を集中しなければ気づかないほど微弱な反応しか示さない。
だが、泣いている時や強く笑っている時――つまり、感情が大きく揺さぶられている時に限って、その反応がはっきりと強まるのだという。
「特に顕著だったのは、襲撃の日のことだね。
あの時は、あまりにうるさくて、他の人への念話もかなり使いづらかった」
それを聞いて、僕もルシウスもはっとした。
確かに、あの日は念話がうまく使えなかった。念話はそれなりに集中力を要するため、襲撃の混乱で集中できなかったのだろうと考えていたが――もしかすると、そこには別の要因があったのかもしれない。
「相手の感情に反応するって、何だか僕らの心視石みたいだね…。
あ、だから同調できるのか」
なぜ、ただの魔力の凝集体と同調が可能だったのか。
その理由が、心視石に近い特性を持っているからだと考えれば、確かに筋は通る。
自分の中で腑に落ちた感覚を覚え、僕は小さく息を吐いた。
その隣で、ルシウスは眉間に深い皺を刻み、難しい表情のまま思考の海へと沈み込んでいた。視線は宙を彷徨い、指先が無意識に顎をなぞっている。
「感情に反応する、となると……。
それは……いや……しかし……」
僕とエルナは、ルシウスの邪魔をしないよう、口を噤んで静かに待った。
しばらくして、ようやく結論に至ったのか、ルシウスはゆっくりと顔を上げ、こちらへ向き直った。
「……今の話を聞いて、ひとつ思いついたことがある」
あくまで仮説にすぎないが――そう前置きしてから、ルシウスは続ける。
「この“なにか”は、魔物の“進化前”の存在である可能性がある」




