13.真夜中の検証
「それで……わざわざ俺のところに来た、ということか?」
「…………まぁ、はい」
ルシウスの家に突撃してから、数分後。
僕は床の上で正座をし、もう心視石を使うまでもなくブチ切れていると分かるルシウスを前に縮こまっていた。
「それで? 昼間の資料の整理で疲れ果て、ようやく眠りにつけたところを叩き起こした理由を聞こうか。確保した貴重な睡眠時間を、これ以上無駄にしたくないのでな」
「……い、いや……その……」
喉が鳴る。
言葉にしようとした瞬間、さっきまでの感覚が脳裏によみがえった。
「……ゆ、幽霊が……」
「は?」
うん。すごく怒ってる。
そりゃあ、叩き起こされた理由が幽霊だもん。
でも、さっきの恐怖がまだ抜けきっていないせいか、心臓がバクバクと暴れていた。
「………………はああああああ」
次の瞬間、怒鳴られるかと思った。
だがルシウスは、呆れたように――それでいてどこか心配そうに、特大のため息を吐いた。
そして僕の隣にしゃがみ込むと、無言で背中をさすってくる。
キレながらも、相手が本気で怯えていたら慰めてくれるあたりが、さすがのフィリナ族クオリティだ。
「……落ち着いたか?」
「うん……ありがとう。
夜中に突然、本当にごめんね」
「かまわん。だが、理由はちゃんと説明しろ」
「実は……」
僕は、先ほど起きたことを一つ残らず話した。
あの感覚、移動する“なにか”、そして逃げ出したことまで。
腕を組んだまま聞いていたルシウスは、話が終わるとしばらく黙り込み、やがてこちらに向き直った。
「なるほどな……。
謎の念話に、そこにいる“なにか”、か」
「ルシウスは、何か心当たりない?
エルナが幼少期に同じような体験をしたって言ってたけど、その時に調べたりはしなかったの?」
ルシウスの性格からして、真っ先に調べていそうだと思ったのだ。
実際、今も目は完全に“興味を惹かれた研究者”のそれになっている。
「俺には特に相談されなかったな。
というか、エルナの幼少期だと、俺はまだヴェリタス族のもとで働いていた頃だ。
単純に、その頃はこの村にいなかったな」
「あ……そうか」
確かに、ルシウスがヴェリタス領からこの村に戻ってきたのは、襲撃の数年前だ。
僕自身も、本格的に関わり始めたのは村の再建で仕事を手伝うようになってからだった。
「それで、どうする?
俺は、興味を惹かれたから、このまま調査に入るつもりだが……きついようなら、先に寝ていてもいいぞ」
「……怖いけど、正体不明のままの方が嫌だから僕も手伝うよ」
「そうか。では、お前も手伝ってくれ」
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「まずは、例の“なにか”を確認するところからだが……」
ルシウスは顎に手を当て、少し考える素振りを見せた。
「ふむ。ならば、まずはこの場で同調と念話を試してみるか。
ここにもいるなら、わざわざセルフィの家まで移動する必要もない」
嫌な予感しかしなかったが、反論する暇もなかった。
そうして二人同時に、周囲へと意識を広げる。
≪……≫
「うわぁ……」
「ほう! 本当にいたな!」
この場にも“それ”がいることを確認した瞬間、ルシウスの声は一気に弾んだ。
まるで珍しい資料でも見つけたかのようだ。
一方で、僕の方はというと、思わず顔をしかめる。
隣にルシウスがいるお陰か、一人の時と違って恐怖が抑えられているのが幸いか。
「よし、まずは位置の特定からだな。
俺の感覚では……この辺りにいるが、セルフィはどうだ?」
そう言って、ルシウスは部屋の中央付近を指で示した。
「うん。僕の感覚でも、同じ場所にいる……って、待って!
部屋の隅にも、いない?」
「何?……おおっ、本当だ」
ルシウスは驚いた様子を見せつつも、すぐに楽しげな表情になる。
「ふむ……反応が二つ。
しかもどちらもかなり微弱だな。これでは意識しなければ気づかん」
「じゃあ……」
嫌な予感が、ゆっくりと言葉になる。
「これまで気づかなかっただけで、
最初からそこら中に、いたってことか」
背筋がじわりと冷えた。
「気の滅入る話だね……」
「そうか?俺はワクワクしているぞ」
対照的に、ルシウスは目を輝かせていた。
「よし、次はこれを試してみよう」
ルシウスが取り出したのは、二つの眼鏡だった。
一つをこちらに差し出し、自身がかけていた眼鏡と交換する。
僕もそれにならって受け取り、そっとかけてみた。
「ッ!!」
視界が、瞬時に塗り替えられる。
眼鏡越しの景色は、先程まで見ていたものとはまるで別物だった。
世界全体が、薄い赤色の膜に包まれたように染まっている。
だがその赤は一様ではない。
濃くなったり、淡くなったりを繰り返しながら、ゆっくりと、まるで呼吸するように揺らいでいた。
「これは……何?」
「“魔力観測眼鏡”だ。
その名の通り、魔力を視覚的に観測するための道具だな」
「これが……魔力……」
言われてみれば、周囲の空間だけではない。
僕自身や、向かいに立つルシウスの身体も、わずかに赤みを帯びて見えていた。
――なるほど。
こうして視てみると、フィリナ族の魔力量がどれほど少ないのかが、否応なく理解できてしまう。
僕たちの身体を包む赤は、周囲の空間よりほんの少し濃い程度だ。
その一方で、机の上に置かれた魔晶石は異様だった。
赤が濃すぎて、もはや黒く塗り潰されたように見える。
同じ魔力でも、量の差はここまで明確なのか。
「ふむ……」
魔力観測眼鏡越しに“それ”を見つめながら、ルシウスが低く唸った。
「この“なにか”、周囲の魔力に比べて、明らかに魔力が濃いな」
「たしかに。僕らの魔力よりも濃いね」
視界に映るそれは、空間に滲む赤の中でも、ひときわはっきりとした濃淡を持っていた。
形らしい形はない。ただ、そこに“溜まっている”としか言いようのない違和感がある。
「しかし、濃いとは言っても、あくまで周囲に比べたら、だ。
心視石の反応がなければ、ただの魔力の濃淡として見過ごしていただろうな」
ため息を吐きながらも、ルシウスは視線を逸らさず考察を続ける。
「こうして見る限り、“これ”の正体は魔力そのもの……ということか?
実体はなく、ただ魔力が偏在しているだけ。だが、それが心視石に反応する理由が分からん」
そう言って、ルシウスはおもむろに“それ”へと手を伸ばした。
だが、指先は何の抵抗も感じることなく、空を切る。
「やはり、触れることはできんか」
わずかに眉を寄せ、納得したように頷く。
「まぁ、魔力が少し濃く揺蕩っているだけなんだ、当然だな」
「次は、魔晶石を近づけてみるか。
自身よりも高濃度の魔力が近くにあれば何か変化があるかもしれん」
机に置いてあった魔晶石とは別に、ルシウスは小さく加工された魔晶石を一つ手に取ると、“なにか”へと近づいていった。
彼の手にある魔晶石には、ルシウス自身の魔力が込められている。
魔晶石というものは、莫大な魔力量を蓄えておける反面、充填には相応の時間を要する。特にフィリナ族の魔力量では、満タンにするまでに十年以上かかるのが当たり前だ。
さらに、魔晶石は魔力を小出しに取り出すことができない。
一度使えば、蓄えた魔力をまとめて放出する――それが魔晶石の性質だ。
実際、主な用途は大規模な魔法を一発放つための切り札であり、日常的な使用にはまったく向いていない。
そのため、こういった実験で魔力が必要な場合には、魔晶石をあらかじめ小さく加工する。そうすることで、魔力を溜め込む時間と、取り出せる量を調整できるのだ。
本来であれば、希少な魔晶石をわざわざ加工せず、実験には魔石を使うのが一般的だ。
だがこの村では、魔晶石と魔石の希少さが逆転しているため、結果としてこうした運用になっている。
僕やエルナは、ルシウスの実験に付き合う機会は多い。
だから、この部屋には、僕らの魔力が込められた魔晶石もいくつか存在している。
「よっ…と」
ルシウスは手に持った小型の魔晶石から、あえて魔法に変換せず、純粋な魔力だけを“なにか”に向けて放出した。
すると――
「ほう!」
「これは…」
魔晶石から放出された高濃度の魔力は、“なにか”を包み込むように、その周囲に留まった。
「これは面白い結果になったな!
こいつには、魔力を引き寄せる効果があるようだ」
「そうみたいだね。どこまで濃度は上がるんだろう?」
「うむ。ぜひ確かめたいな。
もういくつかの魔晶石を使って……む?」
「あれ?薄くなってるね」
一瞬は高濃度の魔力を纏った“なにか”だったが、やがて周囲に溶け込むように薄れ、元の濃さへと戻ってしまった。
「ふーむ。
高濃度を維持するには工夫が要りそうだな」
そうして、夜が明けるまで二人で実験と考察を続けることとなった。




