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守護獣の誕生秘話  作者: 海名津たくや
守護獣誕生編
11/37

11.幽霊の囁き?

 鋼牙猪の襲撃をかわし、僕らはどうにか無事に村へと帰還した。

 張り詰めていた緊張が解け、胸の奥に溜まっていた息をようやく吐き出す。


 迅脚鳥の首を軽く撫でて労い、小屋へと戻したあと、採取した薬草や肉の一部をヨル爺に手渡して別れた。

 次の目的地へ向かって村の小道を歩いていると、向こうから見覚えのある姿が近づいてくる。


「おや、セルフィ。

 戻ってきてたんだね。怪我はしてないかい?」


 明るい声に顔を上げると、そこにはエルナが立っていた。


「うん。大丈夫だよ。

 エルナはどうしてここに?」


「巫女様のところへ掃除の手伝いでもしようと思ってね。

 セルフィの方こそ、どこに行くんだい?」


「カイトとサリナのところ。赤ん坊が生まれたばかりで色々と大変そうだからね。お肉の差し入れをしようと思って」


「ああ、それは良いね。

 よかったら私も一緒に行ってもいいかな?」


「もちろん。でも巫女様は良いの?」


「そんなに長居はしないだろう?少しの寄り道くらい問題ないさ」


「わかった。なら一緒に向かおうか」


 こうしてエルナと二人並んで、カイトとサリナの家へと歩いていった。


 フィリナ族は長命種であり、その代償として出生率が非常に低い。

 カイトとサリナも結婚してから数十年が経つが、第一子が生まれたのはほんの数ヶ月前のことだった。


 村にとって子供は宝だ。

 とりわけ襲撃を受けて人口が激減して以降、その価値は誰の目にも明らかになっていた。子育ての経験がある者たちは皆、自分のことを後回しにしてでも、二人を全力で支えている。


 僕もエルナも赤ん坊の世話をしたことがなく、下手に手を出して何かあってはと、これまでは距離を置いていた。

 けれど最近になってようやく落ち着いてきたと聞き、この機会に一度、顔を見せてもらいたいと思っていたのだ。


 目的地に着くと、さっそく扉を叩いた。


 少しして扉が開き、ややくたびれた様子のカイトが顔を出す。目の下には薄く隈が浮かび、髪もどこか寝癖がついたままだ。


「やぁ、セルフィにエルナじゃないか。

 二人そろってどうしたんだい?」


「こんにちは、カイト。

 今日の狩りで獲れた獲物をお裾分けしようと思ってね。それと、赤ん坊が見たくて。今は大丈夫かな?」


「え、本当かい?ありがとう、とても助かるよ!

 息子のことも大丈夫だ。ぜひ会っていってくれ」


「ありがとう。

 それにしても、随分とくたびれているね。やっぱり赤ん坊の世話は大変なのかな?」


「あはは、まぁね。でも、それ以上に幸せだよ」


 そう言って笑うカイトの表情は、疲れを隠そうともせず、それでいてどこまでも穏やかだった。

 心視石で確かめるまでもなく、その言葉が偽りのない本心であることは一目で分かった。


「さぁ、上がってくれ。ちょうど息子も起きているから」


「「おじゃまします」」


 二人そろって声をかけ、家の中へと足を踏み入れた。


 室内にはどこか温かく、穏やかな空気が満ちており、そこには赤ん坊を抱いたサリナがいた。


「あら、セルフィにエルナじゃない。

 二人とも、来てくれたのね」


「やぁ、サリナ。

 さっきカイトに、狩りで獲れた獲物を渡しておいたから、しっかり食べて赤ん坊のお世話も頑張ってね」


「まぁ、ありがとう!とても助かるわ!

 ほら、あなたも感謝しなくちゃね」


 そう言って、サリナは腕の中の赤ん坊をこちらに向けた。


 くりくりとした瞳に、柔らかなほっぺた。

 小さな手足をわずかに動かしながら、今にも泣き出しそうで、それでいて確かな生命力を感じさせる姿に、思わず感動を覚える。


 そんな赤ん坊を見つめ、エルナの瞳もきらきらと輝いていた。


「……これは、なかなかに可愛いな」


「たしかに……。手とか、すごく小さいね」


 赤ん坊は小さく指を動かし、くぐもった声を漏らしたかと思うと、次の瞬間にはむずがるように顔をしかめる。


「うーん。でも心視石で読み取れる感情が、なんというか落ち着かないね。喜んでいると思ったら、急に不機嫌になったりしてる」


「ああ、この頃の赤ん坊は自我がまだ発達していないからね。

 外部からの刺激に対して、反射的に感情が動いているんだと思うよ」


「へぇ、そうなんだ」


「うん。以前ルシウスが言ってたからね。

 幼児というのは、感情的な行動から経験を積み、やがて安定した自我を獲得するって」


「なるほど。なら本当に、この子がどうなるかは、これからの経験次第なんだね。

 楽しみだね、サリナ」


「ええ、本当に」


 サリナはエルナの言葉に頷くと、赤ん坊を抱く腕に、そっと力を込めた。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 長居して負担にならないよう、二人に改めてお祝いの言葉を告げて家を後にした。


「いやぁ、可愛かったね!」


「そうだね。あんなに小さいのに、思った以上に活発で驚いたよ。これからどんな子に育つのか、楽しみだね」


 家を出て村の小道を歩きながら、僕たちはさきほど見た赤ん坊の話題で盛り上がった。

 笑いかけてくれただの、小さな手が意外と強かっただのと、興奮気味に感想を言い合う。


 そんなやり取りを続けるうちに、今日の狩りで体験した、あの奇妙な念話のことが、ふと頭をよぎった。

 心視石の能力が高いエルナなら、何か知っているかもしれない――そう思い、声をかける。


「エルナ、ちょっと話が変わるんだけどさ」


「ん?どうしたんだい?」


「実は――」


 体験した内容を伝えると、エルナは足を止め、腕を組んで考え込むように息を漏らした。


「なるほど……正体不明の念話、か。

 周りには誰もいなかったんだよね?」


「そうだね。正確にはヨル爺と迅脚鳥たちがいたけど、念話の相手じゃないことは、ちゃんと確かめている」


「そうか……なるほどね」


 エルナはそう言って視線を遠くへやり、しばらく黙り込んだ。

 やがて何かを思い出したのか、小さく一つ頷き、こちらを向く。


「実は、私も何度か、同じような体験をしたことがあるんだ」


「え!そうなの?」


「うん、知っているだろう?

 幼い頃の私は、心視石の能力をうまく制御できなくてね」


 確かにエルナは、生まれつき心視石の力が強く、そのせいで周囲の感情を常に読み取ってしまっていた。

 慣れるまでに相当な苦労していたので、当時のことはよく覚えている。


「その時はよく分かっていなかったんだけど……。

 ある程度制御できるようになってから、誰のものとも違う念話を拾うことがあった」


「周りに相談はしなかったの?」


「もちろん相談はしたさ。

 でも結局、誰にも分からなくてね。感じる反応もごく小さかったし、何か特別なことが起こるわけでもなかった。

 だから最終的には、深く考えないことにしたよ」


「したよって……そんな適当な……」


「だって、害意みたいなものは感じなかったからね」


 そう言って、エルナは笑いながら肩をすくめる。その軽い口調に、思わずため息がこぼれた。

 そういえば――彼女には昔から、こういう大雑把な一面があったのだった。


 すると、こちらをちらりと見たエルナが、悪戯っぽく笑う。

 そして、からかうような口調で言ってきた。


「ちなみに……私はこの現象を、“幽霊の囁き”と呼んでいるよ」


「ゆ、幽霊? なにを馬鹿な……」


「そうかな? セルフィだって体験したんでしょ?

 そこにいるはずがないのに、確かに“そこにいる”と確信してしまう――あの感覚を」


 にやにやと笑いながら好き勝手なことを言う彼女をひとまず無視し、僕は脳をフル回転させた。


 この世界において、幽霊という存在は、誰も本気で信じていないおとぎ話の類だ。

 不死族と呼ばれる生物は確かに存在するが、それはあくまで「死ににくい」という性質からそう名付けられただけで、れっきとした生物であることは周知の事実である。

 実際、ゾンビやスケルトン、レイスといった存在はこの世界でも実在しない。


 もちろん僕は幽霊なんて信じていないし、怖がってなんていない。

 ただ、ちょっとだけ……ほんの少しだけ、苦手な部類に入る可能性がある、というだけだ。


 魔物に追い詰められるような、目に見える物理的な脅威なら、命の危機であろうと冷静に対処できる自信がある。


 けれど、精神を直接握りしめられるような感覚がする、ああいう得体の知れないものは駄目だ。どう対処すればいいのか分からないし、感情の制御も利かなくなる。本当にものすごく怖い。


 ……あ、認めちゃった。


「教えてくれてありがとう。

 まぁ、一部はまったく参考にならなかったけど」


「ふふ。役に立てたなら良かったよ」


 楽しそうに笑うエルナの顔を見ていると、張りつめていた気持ちが少しずつ緩んでいくのが分かった。

 心視石があるおかげで、こういう悪戯も、相手が本気で嫌になる前に引いてくれる。


 ……だからこそ、文句も言えないんだよな。


 そう思いながら、僕はもう一度、小さくため息をついた。


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