大好物だったのに
因みに天丼プレートはローゼンマリアが記憶を取り戻してから、食べたくなってつい作ってしまった日本の料理だ。名前を聞かれて天丼とだけ伝えたはずなのにプレートにのせて出したため、父からは天丼プレートと呼ばれていた。直すの面倒なので今はそのまま天丼プレートとよばせていた。
父である公爵はそれをいたく気に入っていた。
いやいや、今はそんなことはどうでもいい。
「……そ、そんな。それじゃあ、困るのに。というか、ヒロイン追放しちゃだめよ」
それに、追放されるのは私の役目だ。ヒロインに取られてはたまったものではない。
「な、なんで。なんで私が国母で、あんな小娘が平民落ちなのよ……」
部屋を出た父の方向を未だ青ざめた顔でローゼンマリアは見つめながら頭を抱えてしまった。
おかしい。おかしすぎる。
多少のやりすぎ感があるくらいローゼンマリアは慎重にヒロインを苛めぬいた。見事にゲームの悪役令嬢を演じきったのだ。
そして念願の王子からの愛のない失望したなまなざしを手に入れたのだ。王子のローゼンマリアを見る目は濁りきっていた。だから間違いなく好感度は見えないけれどちゃんと下がっていたはずだ。
実際にローゼンマリアが悪役に徹すれば徹するほど王子とローゼンマリアの物理的な距離も開いていたはずだ。最近なんてまったくと言っていいほど王子の婚約者として顔を合わせる機会などもなかったはずなのに。
それなのになぜ?
「残念ですね、お嬢様。おめでとうございます王太子妃様。さあ、新しい最先端のドレスを発注しましょう!それからエステに、メイクに。今まで以上に貴族らしく行きましょうね」
頭を抱えるローゼンマリアの横にいつから居たのか、真顔の侍女であるダアルがポツリと呟いた。
「ダアル!ぜんっぜん!!おめでたくないわ!!それに、ドレスなんて華美なものはいらないわ!やめて!メイクもエステもいらないから!!」
ええ、ええ、全く。
これっぽっちもおめでたくなんてない。そしてそんなに物もいらない。むしろ邪魔だし、無駄遣いだ。
その大切なお金は領民の血税だ。
働いてもいない、自分の平民生活のためだけに一人の人間を苛めぬいた人間が袖を通すものを買うためではない。もし、勝手に買っていたら後で買ったものとお金のやりくりをしたものを探して罰を与えねば。もし与えるとするならば強制フルコース三昧だ。
貴族らしいコッテリとして贅沢なお肉お肉お肉からのあまーいお菓子お菓子お菓子のフルコンボ責めだ。
(あれは、ガツンと体重が増えてその後のダイエットが辛いのよ。やっぱりご飯は健康のためにも質素が一番よ)
そうね、今夜は水でにたパンがゆだけにしましょうと質素な夕飯を思い描きローゼンマリアはほくそ笑む。最近はやたらに豪華な肉やスープや果物やらで正直ここ最近胃が休まらず、常に胃もたれ気味だったのだ。
「いやいや、今はそんなことより!」
ローゼンマリアは現実逃避しかけていた思考回路を元に戻す。
「なんで!?なんであの娘が全てを手にいれてしまうのよ!あの娘なんて何にもしないで私にただ虐められてるだけじゃない!なんでマトモにヒロインの役割1つや2つこなせないのよ!あの子の方が国母むきでしょ!優しいし、穏やかだし。かわいいし、頭ピンクだし。何より派手になれていたし、貴族らしい素晴らしい女性だわ!」
それなのにヒロインのクセに王子の婚約者の役目を放置するなんて。なんてずるい!
もはや理不尽ともいえる思いが沸々と沸き上がる。
ローゼンマリアは追放されるために、平民目指してせっせと努力して毎日毎日悪役令嬢を全うしていた。
それなのに、どうしてか全くローゼンマリアの思いどおりに事はすすまない。むしろ真逆になっているようだ。
「だいたい、王子も王子よ!とっとと性悪令嬢なんて切り離してヒロインとくっ付けばいいものを!」
「誰と誰がくっつくの?」
突然混じった自分じゃない低い声にローゼンマリアはピタリと固まる。
「ねぇ、何を切り離して……誰と誰がくっつくの?」
突然聞こえた声に身体からブワリと汗がでる。
気のせいだろうか?
部屋の温度がキンキンに冷えてきた気がする。
それに、部屋の明るさは多分半減したのではないだろうか?
それに、それに……身体が金縛りのように動かなくなったのはなぜだろう?
ローゼンマリアの部屋に、コツン、コツンとこちらに近づくブーツの音だけがゆっくりと鈍く響き渡った。
本当はこの声は嫌と言うほど知っている。だって、ゲームでもよく聞いていたのだし。むしろ、声だけじゃなく性格だって誰よりもしっている。
何が好きで、何が嫌いか。
どんな事をのぞんでいて、どんなタイミングで声をかけたりすれば心を揺さぶるのか、そして嫌って離れていくのかまで知っている。
――いや、実際は知っていたと思い込んでいただけだった。蓋を開けてみれば実は何一つとしてわかっていなかったと思いしらされた。
だって彼は……。
ローゼンマリアは壊れたぜんまいのように身体をギチギチさせながら恐る恐る振り向く。その先には満面の笑みで佇む美丈夫で有らせられるこの国の王太子が立っていたのだ。
「ねぇ、マリア。僕が誰をどうしてどうなればいいって?」
よく聞こえなかったんだけど、と首をコテンとされればローゼンマリアは目眩する。
仕草がイチイチイケメンで、周りの空気がキラキラ過ぎる。あざとい、あざとすぎる。
ゲームではこんなやつではなかった。むしろ、推しだった。
ベタなイケメンスパダリなヒーローとベタな純情無垢で天真爛漫な美人のヒロイン。
そして王道溺愛ストーリー。
大好物でした。
それなのに、目の前の人物も尽くシナリオどおりには動いてくれなかった。むしろ、いつもいつも軽くシナリオを超えてくる。挙げ句執着にも似た瞳で見つめ、したたかにローゼンマリアが気づいた頃には身動き出来ないように囲ってくる。
その様子はまさに腹黒野郎と呼ぶには相応しいものだった。
(出たわね!この腹黒野郎!)
彼の姿を見た途端にローゼンマリアは自分の運命が詰まれたような気がして思わず身震いしてしまった。
そしてカタカタと小さく怯える身体をなんとか押さえ込み、ローゼンマリアは勇気を振り絞って目の前の美丈夫を出来るだけ強く睨み付けた。
いや。まだだ。
まだ詰むわけには行かない。ここで、ここで何とかやり込めてシナリオを元に戻せば。ローゼンマリアに未来は有るかもしれない。
今ならローゼンマリアがヒロインをはめて王太子を騙していた設定で民衆の反感が買え、望み通りの婚約破棄に追放が手に入るはずだ。
―――多分だけど。
次話は本日夜か、明日UP予定です。
ブクマ、評価よろしくお願いいたします。




