知らないだろうけどね
「どこに向かってるんですか?」
スモークが貼ってある装甲車から見える景色は、やがて地下へ潜り無機質なコンクリートへ変わる。
教えてくれなくても構わない。先程から三十分くらい走っていて、そろそろ暇になってきたのだ。
リステムと話していてもいいけど、ずっと銃に指をかけている彼らの前で談笑できるほど神経は太くない。
「軍の研究所だ。表向きには存在しないことになってる。
リステムはここで『組み立てた』」
「え?」
くわえ煙草で守部さんは答える。私の真向かいに座る彼は、足を組んで続けた。
「リステムを『組み立てた』のはここだけどな。だが発見したのはイギリスの王立研究所だ」
「イギリス…王立研究所…」
聞き覚えがある。
そういえば最初にリステムが提案してくれたのが、そこだったはず。
『なっちゃん、煙草吸い始めたんだ。
もしかして愛ちゃんの真似してんのかな?』
「愛ちゃんて誰よ」
こっちの緊迫した空気を無視して、リステムはのんびり呟く。
私は思わず呆れた。それに守部さんのこと『なっちゃん』だなんて、ずいぶんかわいく呼ぶな。
「…悪いな、リステム。
まだお前の周波数に合わせてないから聞き取れない。
だからこのお嬢さんに余計なことを伝えるなよ」
『はぁい』
周波数?
よく、分からない。
分からないまま、いつのまにか無機質で古びた建物に着いていた。
入り口から一番奥の大きな扉の前で、守部さんは止まる。
私の周囲を固めていた、銃を持った男たちに向き合い、もういい、と伝えた。
「ここから先はカメラで監視しろ」
「しかし…」
「うるせぇな、下がれ」
冷たく言い放ち、私たちだけが部屋に入った。
部屋というより、機械室のよう。
パイプ椅子が三つ置いてある以外は、ほとんど資料や何かの機械が無造作に置かれてあった。
大きなものから、小さなものまで。
電気は消されているが、パソコンのディスプレイだけが稼働していて、うっすら辺りを照らしている。
守部さんが壁にあるスイッチを何個か付けると、前の方だけ明かりがついた。
「さて、ちょっと待てよ…」
そのまま奥の機械と資料の山から、扇風機に似た機械を持ってきた。
そしてパイプ椅子に置き、ダイアルをぐりぐりと回して、スイッチを押した。
「これでよし。リステム、いいぞ」
なにが?
私の後ろに立っていたリステムが、意地悪そうに笑う。
「久しぶりー、なっちゃん」
「下の名前で呼ぶんじゃねぇ」
何をしたんだろう。
私は相変わらず分からないことだらけで、眉間にシワを寄せるだけだった。
まぁ座れ、と守部さんは煙草に火を点ける。
「リステムは風だから、周波数を合わせないと声が聞こえないんだよ。
お嬢さんは『志那都玉』の使い手だから聞こえるがね」
それは、キーワード。
リステムを操ることができるもので、多くの国がそれを手に入れようとしているもの…それが、私?
どういう、ことだろう?
「なっちゃん、カノンには何も伝えてない。
出雲の矢田が少し話したけど、それだけだ。
そーゆーわけで、後はよしなに」
リステムはパイプ椅子に腰かけて、頭の後ろで腕を組む。なにもしない気、満々だ。
その態度にむくれた私に、守部さんは煙を吐きながら、仕方ないさとたしなめる。
「こいつはこの世界に影響を与えたくないのさ。
自分の知っている話が、時に国の歴史を覆すとなるかもしれないからな。
…まぁ、何も知らないからこそ、私利私欲でリステムを使おうとする輩もいるから、この姿勢が良いことだとは言わないがね」
———この人は、知っている。
「さて、どこから話そうか…とりあえず現在までで分かっている事を話そう。
今はあんたが、この力の使い主だからな。
知った上で、どうするか決めるべきだ」
「はい」
———それは、遠い遠い昔話のようだった。
「リステムというのは、イギリスの研究者が偶然見つけた『力』の名前。
もともと日本の博物館が所有する石器の一部を英国が調査をしていたところ、石器の中から見つけた小さな玉から…まぁ不思議な反応があった。
そして何度も実験や調査が重ねられて、最後には研究所ごと消し飛ぶことになる。
英国の王立研究所は穏やかな海の孤島にあったが、
力の発動で、島は起こるはずのない巨大な津波に囲まれて沈んだ。
…それは、夢のように途方もない力の証拠になった」
リステムという、名前の由来はここから作られたのだという。
<RE:system>…世界を再生するに匹敵する力。
守部さんは色々と細かいことを削って分かりやすく伝えているので、どうしてそんな途方もない力だと分かったのかは謎だけど。
『しなつたま』が漢字なのに、どうしてリステムが片仮名なのか合点がいった。
「その玉は日本に移されて、力の制御を求められた。
英国はその力がほしかったのだろうが、力によってこれ以上自国が失われては怖いからな。
そしてその玉は日本に持ち込まれ、調査が重ねられた。
俺の曾祖父はその研究に関わっていたんだ」
「なっちゃんの小さい頃は愛ちゃんそっくりだったよー。
みっくんとも似てるけどね」
リステムは、やっぱり人間じゃなかった。
守部さんとリステムが話している内容からすると、リステムの外見と守部さんの外見にはかなりの差があるように見える。
同じ年の重ね方とは思えない口ぶりだ。
おそらく愛ちゃんという守部さんの曾祖父も、リステムは赤子の頃から知っているのかもしれない。
「リステムを人の形に落として、声を聞くまでにかなりの時間をかけた。
その間に、この力や玉のことも研究された。
そしてやがて類似した文献が…日本だけでなく、世界各地からあがってきた」
…風の神話は、いつの時代もどこの国でも必ずある。
でも、それがどうして昔話と結び付くのだろう。
「俺だって研究者だ。非現実的な伝記モノを全部信じている訳じゃない。
ただ、過去の文献は全くの捏造ではない。どこかしらにひっかかりはある。
それに噂を聞き付けたバチカンやらどこぞの国の秘密軍隊やらが、こぞって玉を狙っている。
信じた訳じゃないが、現状の危険は回避しとくべきだろう」
下らない妄想で済まされる規模ではない、ということね。守部さんは私と同じリアリストだ。
怖いイメージがあったけど、真面目なだけなのかも。
「それで、『しなつたま』っていうのとリステムはどう関係してるんですか?」
『しなつたま』の使い手は私という意味が分からない。
生まれたときから不思議な力などないし、矢田さんはそんなこと言ってなかった。
「志那都玉は、リステムの力を自由に具現化させる力を持っている。
ピストルのトリガーと一緒だ。
志那都玉は二つからなる相似の宝玉…だが、一つは失われてしまっている。英国で起きた事件でね」
穏やかだったはずの海に沈んだ孤島に…
「ああ。英国は何度も潜って血眼になって何世紀も極秘に調査してるが、見つかってない。
だから片割れの志那都玉自身が、使い手を選ぶんだ」
リステムは志那都玉に意思を持たせた部分。
リステムを自由に使うことができる片割れが無くなってしまったので、志那都玉自身に選ばせる。
色々細かいことを飛ばしているので、ちゃんと理解できているかは分からない。ただ理屈としては分かるけど、私自身ピンとこなかった。
そもそも、どうして私が選ばれたの?
昔の古代文献も知らないし、興味もない。なんにもリステムと接点などない。
「なぜお嬢さんなのかは、俺だって分からない。
そもそもリステムだって、本当に志那都玉の意思なのかも分からない。
ただ、事実…力はこうして使えるし、各国から狙われている。
リステム自体は玉の起こす…くるくる回るわずかな竜巻みたいなもんだ。
だから…周波数を合わせないとお嬢さん以外には声が聞こえないんだよ」
この扇風機みたいな機械で、周波数を合わせているのか。
…よく、わかった。
どれもまだ仮説の域を出ない証明。でも、それによっていくつか式が成り立ってしまっている。
ということであれば、それは正解なのだろう。
それにしても、どうして私が選ばれたのか、というところに疑問が生じる。
まぁ、それはリステムのみぞ知ると言うことなのかな。
「それで、リステムの力をコントロールしてほしいんだけども…
その場所は、日本を選んでほしい」
守部さんの目がぐっと本気になった。
そりゃそうだろう…研究所の奥深くの監視カメラのある部屋に連れてきておいて、話が終わったので帰ってどうぞなんて言うわけない。
「………」
たぶん言ってくるだろうとは、私も覚悟していた。
それに、リステムの力を知っているなら、研究所ごと危険にさらすことにもなる。
だから守部さんは軍隊の方たちをわざと遠ざけたのだろう。もしなにかあっても、被害が少なくてすむように。
『どーすんの、カノン』
リステムは口を開かないまま聞いてきた。
周波数とかいう原理で、私にしか聞こえないように会話を投げかけたのだろう。
『なっちゃんの言うことを聞くってことは、この国のために他国の抑止力になるってことだね。
なっちゃんも下っぱだから、上の奴らの言葉に従うことになると思うよ』
そう…だろう、確かに。
もし守部さんが私から離されたときは、私の扱いも軽くなることだってありうる。
だからこそ、ちゃんと考えないとなんだ…
このリステムの力を使うべき場所はどこなのかと。
「…そんなの、私が決めていいのかな」




