表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/10

ボクの名前は

「ちょいちょい、島根なら飛行機の方がいいんじゃない?

新幹線だと半日かかるじゃん!」


翌日の朝、授業の合間に、友人の華に相談したら呆れられた。

 

「え、島根県って飛行機レベルなの?」


いつもの朝とは言い難く、昨日ガラスを全て割ってしまったので、とても寒い目覚めだった。

とはいえ、大屋さんに言い訳もできないので、とにかく頑張るしかない。

ベクトルレポート(華の呼び方)を片手に、額を押さえる演技をする華。今日の授業主旨はレポート提出なので、周りの皆もお喋りに夢中。


それにしても華の言葉に驚いた。どうも私は地理に疎い。文系じゃないので分からないのは仕方ないけど。


「いやいや、カノンってば…。それは基礎知識。文系とか関係ないよ!

ちなみにちなみに、なんでまた出雲大社に?

その子、神社好きなの?」


「いや、出雲としか聞いてないし、よく分からないのよね」


昨日あった出来事は伏せてある。

急にいとこが遊びに来て(もちろんリステムのこと)、出雲に行きたいって騒ぎだしたから今度の空き時間に行こうかと思っていると伝えただけ。

…まさか事実そのまま伝えるわけにはいかない。迷惑をかけたくないし、私に何かあって華が関係者と言われてしまってはまずい。


「でもでもっ、出雲と言えば出雲大社じゃん!

むしろその他の神社なんて知らないし?」


「んー、でもそんな遠かったんだ…。

結構がっつり旅行だよね…」


それは困る。土日かけて行かなければならないし、飛行機代なんて高い。計算外だ。


「それよりそれよりっ、カノンは聞いた?

ホラ、豊先輩の話!

前からなんか噂になってたけど、前よりヤバくなってるらしいよー」


豊先輩か…とちょっと身構える。

私が彼から受けていた印象とは違い、昨日は別人のようだった。まるで狂信者。

華は私のわずかな反応に気づかなかったのか、いつものテンションのまま続けた。


「女神さまは現れた!とか叫んでて、うちのゼミの他の先輩とか他のゼミからも人を募ってるみたい。

先生たちも前から目をつけてたけど、そろそろ本腰入れるらしいよ?

ヤバくなーい?」


女神とやらは昨日の一件かも…と眉を寄せた。

華は豊先輩のことをあまり快く思ってないみたいだから、今回の豹変ぶりには気づかなかったみたい。

まぁ、豊先輩はちょっと変人ぽいとこあるからなぁ。


噂をすれば影。先生がきて授業が始まり、いつもの日常へ。数式に埋もれていく、心地のいい時間。

高校の暗記とは違って、本質に入っていく感じが好き。

隣にいる華はすやすや寝てるけど。


ちなみにリステムはというと、実は教室の一番後ろに座っている。

八坂先生の授業は声が小さい上に、細かい数式を課題に出す。私は細かい数式は好きなのだが、そうではない学生の方が多いらしい。

それでも八坂先生の単位は他に比べると取りやすいらしく、わりと真面目に受講する。なので、声が聞きやすいようにとみんな前に座る。

空いている後ろの席に座れば、誰も気にしないだろう…という賭け。

どーしても家で待つのは譲らなかったので、大学内で話しかけない、近寄らないという約束…命令のもと、この措置になった。


確かに、昨日遭った出来事を考えれば、私の身を心配してくれてるのだろうと思うので、嬉しい。

でもリステムの格好は目立つ。なかなか袴で歩いている学生はいないし、また鮮やかな赤い髪。

今のところ騒がれていないが時間の問題だ。


「それでは、ここまで。みなさん、ここに課題を提出して下さい」


その小さな言葉を待っていたかのように、華は起きた。

これでもちゃんと課題をやってくるのだから、偉い。


「ではではっ、あたしサークル寄ってくからー。

また午後ねー!」


華とはここまで。午後の授業でまた会うかもしれない。

いつもなら、学食で軽くご飯を済ませて図書館で時間を潰すところだけど…今日はやめよう。

リステムの気配を感じながら、ゆっくりと人気のない渡り廊下を進み、誰もいない討論室へ。

ここなら使用中の札を下げておけば、誰も入ってこない。

朝にコンビニで買ったご飯を出して、適当に席に座る。

…と、いつの間に入ってきたのか、私の隣に座るリステム。


『あー、やっと声出せるー。

ねー、今日話してた奴は、あんたの友達?』


彼はゆっくりと伸びをしている。眠いのではなく、じっとしているのが退屈だったのだろうか。


「うん、そうよ。華っていうの。

ね、お腹すいてるなら唐揚げ食べる?」


私の言葉に、いらない、と呟き、机に突っ伏す。


『あんたたちは友達も大切にするんだよね?』


「…それって誰からか教えてもらったの?」


なんだか道徳の授業みたい。

今時は友達ですら大切にできない世の中だけど、私の中で華は大切にしたい人だ。

彼が暗記した法則を確認するかのように聞いてきたので、気になった。

そういえば、リステムは何度も誰かと契約をかわしてきたみたいだけど…その中の誰かなのか?


『別に、誰でもない。——それより、』


はぐらかされた。

距離を近づけたり、遠ざけたり。いまいちリステムとの接し方が分からない。


『それよりさ、出雲のことなんだけど』


あ、私が遠いって呟いていたのが聞こえたのかな。

私も彼に切り出したかった。飛行機は遠いので、もう少し近い所に手がかりはないものかと。


『あっちから来てくれたみたい』


使用中という札があれば、誰も開けないはずの扉が開かれた。

入ってきたのは、黒のスーツで黒のネクタイ。喪服のような漆黒。ピリッとした緊張感を感じさせる雰囲気の男性だった。切り揃えられた前髪が、少し長くてちょっと違和感。


「あの…」


入ってきて、私とリステムの真向かいに座る。その自然な動きに、声を出すのをためらった。


「お初にお目にかかります、矢田(やた)と申します。本日は我が主の使いにて此方に馳せ参じた次第でございます」


代わりに、矢田さんという名前らしい男の人が話し出した。ずいぶん丁寧な言い回し。社会人ってみんなこうなんだろうか。


「貴女が連れている『物』が、我が主の元に近づくのを望まぬ声が多い故——お含みおき下さい」


物、と言った時、彼はリステムをじろりと見た。

でもリステムは慣れているように、気にもしていない様子。…何かやったのだろうか、リステムが。


「わ、私はカノン。矢田さんは出雲のどこかの偉い人の使い…ということですか?

あの、リステムを知っているんですか?」


リステムは全然説明してくれない。だから、私が色々聞くしかない。

たぶんリステムは矢田さんのことを知っているのかもしれないけれど…どうしてこの人、こんなに嫌そうなんだろう。

面倒な仕事をこなしているかのように、感情を抑え込んでいる。

矢田さんは細い目を閉じて、少し黙った。そして言葉を選ぶように、ゆっくり話し始めた。


「我が主はこの國を統べる御方でございます。あの御方にとって、この國の地位など些末な問題。

さて、貴女の疑問に応えよとの言葉に従い、此処でこの矢田がお聞きします」


『気を付けなよ、カノン』


急にリステムが口を開く。今の今まで全然興味がなかったかのように余所見をしていたのに。

口元はあのにやにやした笑み。リステムは戦う前に必ず笑う。彼は楽しくて笑う人じゃない。


『こいつらは、自分達に都合の良いように歴史を紡ぐからな。

ボクはどっちでもいいけど、鵜呑みにはしないほうがいーよ』


威嚇しているのだ、矢田さんのことを。

ぴりつく雰囲気。でも、矢田さんはさして気にしてないように続けた。


「かつて昔、我が主に勝負を挑んだ愚かな者がおりまして、これはそれに使われていた物です。

昔は三つありましたが、勝負に負けて、我が主への誓いの証として二つを献上しました。

今は使い主がおらぬ故、この國にいらぬ波紋を残しているのです。

…この矢田には我が主の優しいお心が過ぎるように感じますが」


淡々と、まるで昔ばなしみたいに語る矢田さん。

勝負ねぇ…まるで子供みたいだけど。

でもそれがなんで色んな人から狙われるようになるのだろう。

…というか、全然現実的じゃなくて理解できない。

こんな昔ばなしの説明なら、『あれはマッドサイエンティストが研究で造った人造人間です』というオカルトな話の方がまだ納得できる。


「他には宜しいですか?

無ければ此処で失礼致しますが」


なんと、早くも帰ろうとしている矢田さん。

もし出雲までわざわざ行って、こんな情報しかもらえなかったら叫ぶところだった。

慌てて、私は口を開く。


「あの、リステムは何の力を持ってるんですか?

そもそも、兵器って何故呼ぶんですか?」


「この國の大気を操る『兵器』だからですよ。

わざわざ人間でも使えるように、あの愚かな者たちが『シナツタマ』を渡したのです。

その力を見て、國中の欲深い者たちが奪い合いを始めていきました。愚かなことです」


矢田さんは真顔で即答する。


「シナツタマって…それはどこにあるんですか?」


「さて。愚かな人間たちの言う戯れ言の中にでも行方を示すものがあるのでは?」


いよいよファンタジーな世界に例えてきた。

さっきよりは、理解できるけど…今度は何の比喩だろう。

リステムが特別な力を持っていて、人間がリステムを使うためにシナツタマとかいう物を奪い合っている。

………うーん、神話かな、これ。


「人間、人間って…じゃあ貴方が言うあの御方やリステムは、神様か宇宙人とかなんですか?」


呆れて言った言葉に、矢田さんは素早く反応した。

——私の首もとに、不自然に長い爪を走らせてきた。

あと数ミリで、私の首は斬れていたかもしれない。

それを防いでくれたのは、私の横に座るリステムが彼の手首を掴んで止めていたから。


『ちょっとは丸くなったこと思ったけど、

相変わらず口より手が出る癖は治ってないんだねぇ』


にやり、と笑うリステム。


「………」


駄目だ、お互い臨戦態勢になってる。彼らの塞がっていない腕がゆっくりと動く。

このままリステムを放っておいたら…


また、誰かが傷つく。


「ごめんなさい!」


空気を、変えなきゃ。


「私は、貴方の大切な物を汚しました!

この通り、深く謝罪しますので、どうか争いは止めてください!」


「………」


懇願した。

私の気持ちが通じたのか、まず矢田さんから手を引っ込めた。それを見て、リステムは黙って私の後ろに下がる。


「貴女に免じて、此所は引きましょう。

私の役目はここまで。それでは、失礼致します」


席を立ち、足早に扉を開ける。

リステムの脇を通り過ぎる時、何か囁いていたがよく聞こえなかった。


「矢田さん、何か言ってたの?」


『別に。

それより、なんで謝ったんだよ。ボクが負けたみたいじゃないか』


ふてくされたのか、眉間にシワを寄せている。

リステムは時々子供っぽい仕草をする。たぶん年齢は私より上だとは思うのだけれど。


「矢田さんは自分の事で怒る人じゃないと思う。

私が矢田さんが仕えている『あの御方』って人の事を、貶めるような事を言ってしまったのよ。

なんでかはよく分からないけど、失礼に当たったならきちんと謝罪すべきでしょう」


『………』


私の意見に納得したのか、リステムは黙った。

問題はどこが彼の琴線に触れたかなのだけど。

まぁ、今の情報量では判然としない。


「シナツタマ、ねぇ…

どうせ貴方は教えてくれないでしょう?」


聞こえないフリか、窓の外の景色を見て黙りこむリステム。…絶対聞こえてるくせに。


「もーうっ、いいわ!

次はシナツタマとやらを探すわ!

ここまで来たら、真相掴むまでやってやるわよ!」


教えてくれないなら、自分で情報を取りに行くしかない。話の中心にある私が、何も分からないなんて気持ち悪い。

まったく情報のない数式を前にしているみたい。

そんな例えをしたら、なんだか燃えてきた。




『教えたら、……あんたは使うのかな』


そんなリステムの呟きが、聞こえないくらいに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ