会えて嬉しいよ
「…なんなの?」
さすがに、声が震えてきた。
彼の力は人間離れしてる。外国人とかそういう問題じゃない。
リステムは足元の私を見ながら、首を傾げる。
『兵器だよ。今更その反応?』
「だってさっきの人達…腕が…!」
すごい力を持っている彼が…どうして私の傍にいるの?
震える私に、膝をつくリステムは優しく…でも激しく求めるように耳元で囁く。
『そんなに怖かったの? ボクの力。
…ね、でも考えてみなよ。この力は全部あんたが使えるんだ。
だから、さぁ…』
「嫌っ!」
怖かった。頬に伸ばされた手を思わず避けるように、駆け出す。訳もわからず、玄関から飛び出した。
リステムがなにか叫んでるけど、聞こえない。
——目の前で。
「はっ、はぁっ、はっ」
——手首が足元に転がる光景。
「きゃっ!」
うまく走り切れず、ころんだ。
手が、足が、震えていた。
目の前で血が飛び散るのが、頭から離れない。
頭を抱えて、耳鳴りを止めるようにうずくまる。
「大丈夫…大丈夫よ…」
次第に落ち着く呼吸。音がようやく耳に届いて、景色を脳に見せていく。
顔をあげて、辺りを見渡した。ここは、大学…の校舎裏。大学の敷地内に寮があるので、ちょっと走ればすぐに校舎。
もちろん、敷地が広いからできることだが。
「そういえば、シャーレがあった備品室に、リステムがいたのよね」
教授か助教授…院生の先輩たち。なにか手がかりを知っているかも。
リステムに錯乱した所を見られた手前、すぐに戻るのはいささか抵抗が…。
恥ずかしいというより、怖さもあった。
「もう夕方すぎだけど、誰かいるかな」
誰でもいい。話したかった。本当なら華か豊先輩に会えればだけど、この時間じゃいないだろうし。
さっき帰るって連絡もしたので、待ってるわけもない。
でも人恋しくて、ゼミ室のドアを開けた。
「…それこそが、私たちの最後の槍なのだ」
人まばらのはずの部屋に、声が響く。声に驚いて、そっと覗くと、豊先輩が演台で発表していた。
引き付けられるような良い声なので、誰だかすぐに分かる。
「歪んだこの世界を、救う力を持つ…彼女を私たちは女神と呼ぼう!」
おお、と男女入り交じる声。少なくとも十人以上。
なんだ? これはゼミ発表じゃない。
「箱崎くんだろう。こちらにおいで」
「あ、はい…」
名前を呼ばれると隠れづらい。仕方なく豊先輩の近くへ歩み寄る。見たことのない学生の男女が、私に祈るような仕草を見せた。
「さぁ、彼らにあの兵器の力を見せてやってくれないか」
「え?」
「隠さなくていい。君があの兵器の力を手に入れたことは、皆が知っていることだよ。
彼らはあの力を世界再生唯一の力だと信じている。
もちろん、私もね」
何を…豊先輩は何を言っている?
「兵器の力って…リステムのこと?」
「名前などどうでもいいよ。君も見ただろ、あの力。
私たちはずっと待っていたんだよ、あの兵器を。
まだ解放前とは言え、圧倒的だ。
あれさえあれば、あの方々が言うように世界を滅ぼし、あるべき姿へ変えることだってできる!」
手を離す。
豊先輩は、ゼミのホープで、院だって簡単に入れるって噂だった。
明るくて、頼りがいがあって、かっこよかった。
……目の前にいる男は、誰だ?
「さぁ、女神の力を見せてくれ!」
「女神さまのご慈悲を!」「女神さま!」
怖い。この人たち、なんなの。
手を伸ばして私の腕や足首を掴み、手を合わせて懇願している。
異常な光景で、現実とはとても思えない。
でも掴む力が強くなり、群がる人が多くなっていく。
「…や、やめて!」
『———だとさ』
風が頬を通りすぎていく。誰かの気配。
赤い髪、袴…目をつむるより先に、思わず叫ぶ。
「リステム!傷つけちゃダメ!」
ぴたり、と音でも鳴るようにリステムの動きが止まった。
周りに群がっていた人たちは部屋の壁に背中を打ち付けたのか、呻いている。動かない人はいないようなので、命は無事なようだ。
『命令通り、骨折手前までだからね』
不服そうなリステムだが、私はその言葉に少しほっとした。
急に現れたリステムを見つけると、揃ってみんな祈るように手を合わせていく。
「おお、女神さま…」「本当にあんな力が存在するのね…」
狂った信仰心が、恐怖心を裏返している。
豊先輩までも、一心に手を合わせていた。
「素晴らしい…っ。箱崎くん、是非我々を導いてくださった方々の元へ行こう!
この歪んだ世界を解放し、あるべき姿へ戻すんだ!」
もしこれが何かの物語だったら、導かれるままに世界を救う戦士にでもなっていたかもしれない。
リステムの力を使って世界を再生させていたのかも。
…でも、私は嫌だ。そんなことは、させたくない。
「この力は、誰かを傷つけたり、滅ぼしたりする力なのか、私には分かりません」
怖い、けど。
「壊すだけなら、別にリステムじゃなくていいじゃないですか」
巨大な力を滅びに使うのは良いことなのか。私個人が再生を決めて良いのか。
そんな大きな力なら、何か意味があるのではないだろうか。
「だから、もう少し考えたいんです」
リステムの手を握る。そして部屋を出た。
「…ねぇ、リステム」
手を繋ぎながら、彼を見ると何やら呟きながら頷いていた。
『あんたって、賢くはないんだね。体験タイプなわけだ』
「なにそれ、悪口?
ねぇ、…貴方のこと教えて」
リステムのことをちゃんと知らなければならない。
さっきの不気味な宗教は、リステムの力に酔いしれた連中が触れ回って先輩方を取り込んだのだろうか。
どうして、そんなことを?
最初に被害にあった人たちも、なにか大きな存在が動いたのかもしれない。
それはリステムを手に入れるためなのか、彼の主となった私を手に入れるためか。
…なんにせよ、私が持つ知識と常識以上の出来事が起こっている。
憶測ではなく確たる情報がなければ、動けないし決められない。
「貴方がなんなのか、どういう力を持つのか…
自分のことなのになにか知ってることはないの?」
それとも隠しているのだろうか。その方が楽しいから、とか?
私の考えをよそに、彼はなにか考え込むように
うなってから、呟く。
『んー、ここでどういう事になってるのかもよく覚えてないしなー。
それにあんたは、直接聞いた方がいいんじゃないか?
ちょっくらイギリスの王立研究所に行こう』
「イギリスって、無茶苦茶遠いわよ!
それに私は英文科じゃないし!」
大学三年以上なら遠出はできるだろうけど、今は大学入学して半年。お金もまだまだ貯められてないし、単位だって落としたくない。
リステムが道を詳しく知っているはずもないから、見知らぬ異国で迷う様が目に浮かぶ。
『しょうがないなぁ。そんじゃあ…出雲の国とかは?
そこならちょっと面倒だけど、関わりはあるよ』
「出雲…?
うん。それくらいなら、なんとか…なるかな」
出雲のある島根なら、新幹線で行ける。
日本語圏だし、ガイドマップもあるからなんとかなりそう。
でも出雲って何でだろう。
『それで、今からどうやって行くの?』
リステムが素知らぬ顔で聞いてくる。
私はつい手を離しそうになったが、思いとどまる。
彼は何も知らないのだろう、本当に。
日本人でもなければ、外国人でもない…ならばなんだろう、宇宙人?
それならこの星の常識が通じないのも分かる。
理系の人間が、そんなSFを信じていいとは思えないけれど。
「明日は授業が午前だけだから、夕方から行こうか。
どこかのビジネスホテルか旅館とか探して予約してみるかな。たぶん平日だから大丈夫だと思うけど、予約がとれなければその次の日で行きましょ。
……ねぇ、貴方、今夜どこで寝るの?」
もしかして、宇宙人だとしたら?
そう仮定すると当然ながら、湧いてくる疑問。
『ボクはあんたたちみたいに休息を必要としない。
だからずっと、あんたの傍にいるよ?』
安心させてほしくて聞いた訳じゃないんだけど、リステムの当然な顔に拒絶出来なかった。
「あ、そう……お風呂の時は入ってこないでね」
「………ふーん、これだけ」
ため息をつき、明らかに不服そうな女の声。
彼女よりも歳上の男たちは、背筋を伸ばして返事をした。その額にはわずかに汗が見える。
「そう。ねぇ、分析能力とかじゃなくて、写真の腕でも磨いた方が良いんじゃない?」
口元は笑ってはいるが、目が食い入るように男たちから視線を離さない。
辛うじて代表の男が申し訳ありませんと頭を下げた。
「仕方ないわね、あたしも行くわ」
写真を放り投げる。深く座り込んでいたソファから、気だるそうに腰を上げた。
その言葉に、場の空気が凍りつく。
「しかし!」
長い髪をくしゃり、とかき上げる。イライラした時のいつもの癖…それを分かっているので、男はすぐさま口を閉じた。
「またピンぼけばかりの写真ばかり撮られても、時間のムダ。
お偉方のジジイ達は待っちゃくれないわ。すぐ結果が出ないなら、あたしが直に動いているのをあっちにアピールしておいた方がいい…それくらい分からない?」
至極正論だった。彼女の前ではキャリアの高官ですら、愚鈍に見えてしまう。
やれやれ、とでも感じる二回目のため息。
足元に残った写真を再び手に取り、含むように笑った。
「こいつをジジイ達が血眼になって探してるなんて信じらんないわー…。
お祈りなしで『視れる』なんて、ありがたみも薄そうね」




