かよう
◆ 一 ◆
ガラッと玄関の戸の開く音がかすかにします。
「ぎーいーっちゃーん」
たきの声です。
ぎいちは、あわててカバンをもちました。
「おはよう!」
玄関へ行くと、たきが笑顔で立っています。
「じいちゃーん、いってきまーす」
おくに向かって大声を出しました。
走る足音がドタドタドタと近づいて来ます。
「たき、おはよう。二匹とも気をつけて行くんだよ。いってらっしゃい」
「ぎきちのおじいちゃん、いってきます」
「きをつけていってくるー。じゃあねー!」
ぎいちは戸を閉めました。
二匹は顔を見合わせ、手をつなぎます。
どちらともなく歩き出しました。
二匹は毎朝こうしていっしょに学校へ通います。
「きょうのあさごはんは、タケノコごはんと、タマネギとタマゴのサラダだったー!」
「うちもタケノコごはんに、タケノコのおみそしるだった。ぎきちのおじいちゃんのおかげだね。ありがとう」
「それはじいちゃんにいってくれる? ボクはかんけいないからね」
「タケノコ、いっしょにとりに行ったんじゃないの?」
「いってないー。あのね、タマゴやさんのばしょをおぼえたから、ボクだけでおつかいにいってた」
「そうなんだね。それじゃあかえりに、ぎきちのおじいちゃんにおれいを言うよ」
「うん、そうして」
二匹は顔を見合わせると、笑顔になりました。
「おーい!」
歩いていると、後ろから声がします。
二匹は後ろにふりかえると、キツネのくろうが走って近づいていました。
「くろうくん! おはよう!」
「おはよう」
ぎいちにつづき、たきもあいさつをします。
「おう、おはよう!」
くろうがおいついて、二匹にならびました。
「にいちゃんたちは?」
「ろくろう兄ちゃんと、しちろう兄ちゃんはもう行った。はちろう兄ちゃんはまだ家だ」
聞いてきたぎいちに、笑顔でこたええます。
くろうは兄弟が多く、上から九番目がくろうになります。
「たきもようやく一年生だな。おめでとう」
「ありがとう」
たきは本当ならば去年に入学するはずでしたが、体が弱くて学校へ通う体力がなかったのです。
「ボクとおなじがくねんだよ。ねーっ」
「うん、同じがくねんだね」
仲の良い二匹を見たくろうは、自然と笑顔になりました。
ぎいちが、ふとくろうを見ます。
「たきくん、くろうくんとてをつなげば?」
「ええ? オレはいいよ」
「てをつないであるくと、たのしいよ?」
「ぎいちは走る方がいいんじゃないのか」
そう言われて空を見て考えます。
「あーっ、はしるのはすき。だいすきだけど、てをつないであるくのもすきだよ」
ニコッとほほ笑み、くろうに顔を向けました。
「それじゃあくろうくん、こっちへきて、ボクとてをつなぐ?」
「ちがう、たきがイヤなんじゃないぞ。手をつなぐのがイヤなんだ」
手をふってひていしているくろうを見て、ぎいちはふしぎに思います。
「ふうん。そうなの」
「手つなぎは一年生でそつぎょうだ」
「そつぎょう?」
「一年生でおわりってことだよ」
「ふうん。じいちゃんはつないでくれるよ?」
「ぎいちが一年生だからだよ」
「にねんせいになっても、つないでもらうもーん!」
ぎいちがムキになって言うと、たきが笑いました。
「あはは。ぼく、ほんとうなら二年生の年だけど、手をつないでるよ?」
「年はそうでも一年生だからいいんだよ」
くろうは苦笑いをしながら言います。
ぎいちは良く分からなくなりました。
◆ 二 ◆
学校につくと、くろうとは学年がちがっていて別れました。
ぎいちはたきと二匹で教室へ向かいます。
ドアを開けると、教室にはだれもいません。
「いちばんのりー!」
ぎいちがうれしそうに席へ走ります。
「ぼくも一番のりー!」
「いっしょにいちばんのりだね!」
二匹ははしゃいでいました。
一匹、また一匹と教室へ入って来て、五匹がそろいました。
そして、ぎいちの苦手なきぬも来ました。
「おはようございます」
「おはようございます!」
あいさつをしたのは、ぎいちだけでした。
きぬはそれでも笑顔です。
「宇木くんは元気だね。あいさつをしてくれて、先生はとってもうれしいよ。毎日つづけてね」
ぎいちは、やはりやさしいきぬが信じられません。
けれども、前にいるきぬは笑顔です。
――きぬちゃんがやさしい……。あめがふる?
思わず首をかしげました。
四匹は気まずいふんいきで、うつむいています。
「宇木くんいがいの子たちも、これからはきちんとあいさつをしてね」
「はーい!」
ぎいちがへんじをすると、きぬがクスっと笑います。
今回は声が小さくても、たきもへんじをしていました。
たきは一歩前しんです。
「では出席をとります。名前をよばれたら、はいっとへんじをしてね」
「はーい!」
今回はたきも大きな声でへんじをしました。
きぬがうれしそうに笑顔になります。
「宇木くん」
「はーい!」
「木田くん」
「はーい!」
「小松くん」
「……はい」
「多田くん」
「はい」
「縫本くん」
「はい」
「はーい、ぜんいんいましたね。それでは朝の会をはじめまーす」
そう言うとノートを手にして開きます。
「今日の一時間目は、学校の中をあんないをするね。どこに、どの教室があるか、きちんとおぼえて行こうねー!」
「はーい!」
ぎいちとたきが、いっしょにへんじをしました。
三匹はやはり気まずいままです。
とくにネコの小松くんは、みけんにシワをよせていました。
一時間目は校内を歩き回り、どこにどの教室があるかを見て行きました。
ぎいちは楽しくてしかたがありません。
くろうのいる教室の前も通ります。
しかし、ぎいちはくろうに気づきませんでした。
理科室、音楽室、家庭科室、図画工作室、図書室があり、図書室にはそのまま入って行き、たくさんある本を見て回りました。
ぎいちは、分かるかん字もありますが、きほん的にひらがなしか読めません。
たきはやさしいかん字なら読めます。
ぎいちはたきに本をわたし、小声で読んでもらいました。
「これいじょうはムリだよ。むずかしい字がいっぱいあるからね」
「そう。ありがとう。たのしかった」
うれしそうに言い、たきから本をわたされると、元のばしょへもどします。
たのしい一時をすごし、一年生の教室へもどりました。
◆ 三 ◆
休み時間になり、きぬが教室を出て行くと、ネコの小松くんとブタの多田くんがぎいちの方へ向かいます。
たきがそれを見て、首をかしげました。
――まどがわへ行ってるのかな?
たきの考えは外れていて、二匹はぎいちの前で止まり、それを見てとてもいやな気もちになりました。
ぎいちはキョトンとした顔で二匹を交互に見ます。
「なに? なにかようがあるの?」
「おい、おまえ」
先に口を開いたのは小松くんでした。
「ちょうしにのってんじゃねえぞ!」
「ちょうし? ちょうしってなに? それにどうやってのるの?」
話の通じなさに、小松くんはおどろきます。
イヌの縫本くんまで来て、ぎいちは三匹に囲まれてしまいました。
「おまえんち、じいちゃんしかいないのか?」
多田くんが質問をします。
「そうだよ。じいちゃんがいるよ」
笑顔で答えるぎいちは多田くんを見ています。
「ハッ、だからそんなにマヌケなのか」
小松くんが言いましたが、その言葉にぎいちがだまります。
――きぬちゃんがいわなくなったマヌケ……。いわれた……。
「じぶんだけ良い子になってるんじゃないぞ」
縫本くんまでぎいちをせめはじめました。
たきは両手で口をおおって、どうして良いのか分からずに見ています。
「おまえのかあちゃん、でべそだろ!」
わる口を言ったのは小松くんでした。
ぎいちは小松くんを見ます。
「かあちゃん? ボクのかあちゃんはね、いしなんだよ。あのね、じいちゃんとあいにいくんだけど、いくといつもみずをかけて、キレイキレイにするんだよ」
そう笑顔で話すぎいちを見た三匹はギョッと驚きました。
母親が石ということが、どういうことかが分かったからです。
三匹はそれぞれの顔を見て、ぎいちに顔を向けました。
「ごめん。あの……がんばろう」
縫本くんがまっ先に言い、席へもどります。
「ふ、ふん。ぼくには母ちゃんがいてわるかったな」
しゃざいにならないしゃざいをして多田くんも席へもどります。
「かっ、かあちゃんがいないくらいでいい気になるなよっ」
小松くんはそう言って席へもどりました。
たきはそれを見て、いかりがこみ上げて来てしまい、つくえに手をついて立ち上がりました。
ガタッといすが音を立てます。
「あやまれないなんて、サイテーだよ!」
立ち止まった小松くんは、歯をかみしめます。
「……わるかったよ!」
ぎいちは自分に言われているとは思わず、もう聞いていませんでした。
それを見たたきは苦笑いをします。
――ぎいっちゃんらしいと言えば、らしいんだけど……ね。
三匹は暗い顔になってしまいましたが、ぎいちはまどの外を見てほほ笑んでいました。
ぎいちはもう、三匹の言ったことを気にしていません。
それよりも、青い空がきれいで、それがとてもうれしかったのです。
そこには白い雲がいくつかうかんでいて、少しずつ、少しずつ、形をかえていました。
ながれて行く雲が形をかえて、うすくなって、きえて行くそのようすを、ただただぼんやりとながめていました。
◆ 四 ◆
一年生には、まだ給食がありません。
お昼前におわり、家へ帰ります。
「せんせい、さようなら」
五匹が声をそろえて、きぬにあいさつをしました。
「気をつけて帰るんだよー? より道はしないようにねー!」
きぬは笑顔で手をふって、五匹を見おくります。
さいごまで手をふっていたのは、ぎいちでした。
「ぎいっちゃん、きちんとまえを見ないと、またころんじゃうよ?」
「はーい」
笑顔でへんじをすると、たきと手をつなぎます。
「えへへ」
二匹は笑顔で見合いました。
色目があざやかな道を、楽しく話しながら歩いていますが、たきの足どりがだんだんとおそくなって行きます。
ぎいちもゆっくりと歩きました。
「たきくん、くたびれたの?」
「うん、少し……」
「それじゃあ、ボクがおぶうね」
「いいの?」
「うん! そのかわり、ボクのカバンももってくれる?」
「うん。いいよ。ごめんね?」
「きにしないでだいじょうぶ!」
ぎいちはカバンをたきにわたし、それからたきを背負います。
「よーし! いくよぉー!」
「おねがいします」
たきは心ぱいそうにしていますが、ぎいちは笑顔で歩き出しました。
ぐんぐんとすすんで行きます。
ぎいちは、たきと歩いている時、こうして背負うことがありました。
それで、こうしたことにはなれているのです。
たきは、それでも心ぱいです。
いつも心ぱいしています。
うれしい気もちと、わるいと思う気もちと、ごちゃまぜになっていました。
まだお日さまが真上に来ていませんが、ジリジリとお日さまがてって、たきにねつをあたえます。
まだ四月なのに、お天気が良くて、あたたかいを通りこして、あつくなりはじめました。
「あついけど、ぎいっちゃんはだいじょうぶ?」
たきが心ぱいをして、ぎいちに声をかけます。
「ボク? だいじょうぶー! もうすこしはやくあるく?」
「ううん、これくらいでいい。ありがとう」
「わかったー」
二人は話をしないで、しずかな時間がながれて行きます。
たきは、おだやかな風がふいているとかんじました。
しかし、それはぎいちが歩いていてかんじるものでした。
そして、背負われていて、体が上下にゆれます。
それに合わせて、見ている世界もゆれました。
たきはこのかんかくが大すきです。
今日はぎいちが背負っていて、長い長い耳がその世界をさえぎっています。
その長い長い耳が左右にゆれて、楽しそうにおどって見えます。
たきはぎいちがやはり心ぱいでしたが、楽しさの方が強くなって来ました。
ゆらり、ゆらりとゆれる耳。
ふわり、ふわりとゆれるけしき。
ゆっさ、ゆっさとゆれる体。
心地良くなって来たたきは、いつの間にか、ねむっていました。
ぎいちは歩くことに必死で、たきがねむっていることに気がつきません。
――なんか、きゅうにたきくんがおもくなった。なんで?
力がぬけたたきは、とてもとても重くかんじました。
それでもぎいちは弱音をはきません。
いっしょけんめいに、たきを背負ったまま歩きます。
◆ 五 ◆
ぎいちはたきを背負ったまま、家へもどりました。
「たきくん、いえ、ついたよ」
ぎいちはつかれているようです。
それはそうでしょう。
一匹でここまで帰ったのですから。
たきはねむっていて、はんのうがありません。
ぎいちはえんがわへ回り、たきをそこへおろします。
「たきくん、死んだ?」
心配になって、はなの前へ手をもって行きます。
にくきゅうに、たきの息があたりました。
「いきてる」
ホッと安心して、たきのうでからにもつをとり、よこへおきます。
あわててぎきちをさがし、つれて来ました。
「おやおや、たきはねむってしまったのかい」
ぎきちは先に布団をしいて、たきをそこへねませます。
二匹はグッスリねむっているたきを見て、ニッコリとほほ笑み合いました。
「ぐっすりだよ?」
「体力がもたなかったんだねぇ。つかれているんだよ」
「たきくん、ガッコへかよえない?」
「そのうちに、少しずつ体力がついてくるよ」
「ほんとう?」
「ああ、本当だとも」
二匹はへやをうつって、たきをしずかにねむらせます。
ぎいちは、今日あったことをぎきちに話しました。
三匹に囲まれたことも話しました。
「それでね、おかあさんがいしってはなしたら、みんなおどろいてた」
「そうかい、そうかい。それじゃあお母さんに、その話をしに行こうか。次の日よう日に行ってみるかい? どうだい?」
「いくー! ひさしぶりにあう」
「おにぎりを作って、玉子やきを作って、水とうをもって、お出かけしようね」
「はーい!」
元気の良いぎいちを見て、ぎきちはうれしそうに笑いました。
起きたたきと三匹でお昼ごはんを食べます。
今日のお昼ごはんは、ぎきちの畑でとれたばかりのキャベツのいためもの、それからとてもしんせんなキュウリとトマトのサラダでした。
シャクシャク、ポリポリ、三匹で楽しい音を立てながら食べます。
それからお茶を飲むと、ぎいちはたきをおくって行きました。
たきとしては、毎日学校へ通うには、不安なはじまりとなりました。
きっとぎいちがそばにいれば、たきのつよいみかたになってくれて、助けてくれるでしょう。
そして、通っているうちに体力がついて来て、一匹で歩けるようになるでしょう。
そうなる日まで、たきはぎいちにめいわくをかけるかも知れません。
それでもぎいちは、きっとあの明るさで、たきを助けて行くにちがいありません。
なんと言っても、ぎいちとたきは仲良しですから、おたがいに助け合うことが大切なことだと、知っているのです。
二匹が仲良しの間は、きっとだいじょうぶでしょう。
ぎいちは、たきにたよられて、とてもうれしく思っていました。
家へ帰って来たとたん、居間でざぶとんをマクラにしてねむってしまいます。
はっていた気がゆるんだのでしょう。
ぎきちはそれを見てタオルケットをもって来くると、ぎいちにかけました。
よほどつかれていたようで、すやすやとねいきを立てて良くねむっています。
ぎきちはそのままねかせておいて、一匹でまた畑しごとをしに外へ出て行きました。
戸がすかされていて、おだやかな風が入ってきます。
その風は、ぎいちの毛をやさしくなでて行きました。




