つなぐ
◆ 一 ◆
ぎいちは今年、七才になります。
七才になる年の四月から学校へ通いはじめるのが、いっぱんてきとなっています。
「たきくんはまだガッコへいってないよね?」
「ぼくは体がよわいからね。ことしから行くよ」
「それじゃあボクといっしょのいちねんせいだね。むかえにきてね」
「うん」
小さいころから走っていたぎいちは、とてもけんこうで元気いっぱいでした。
けれど、タヌキのたきは体が弱く、学校までの道のりを歩くには体力が足りませんでした。
そのせいで一年おくれていたのです。
たきは、ぎいちの家の近くにすんでいます。
年はたきが一つ上。
年が近いこともあって、とても仲良しです。
年が近いと言えば、キツネのくろうもそうです。
くろうはたきの一つ上で、三匹で良くあそんでしました。
そのくろうの家も近くにあります。
ちなみに、くろうは十二匹兄弟。
上からじゅんに、いちろう、じろう、さぶろう、しろう、ごろう、ろくろう、しちろう、はちろう、くろう、じゅうろうた、じゅういちた、ひふみ、という名前で、末っ子だけが女の子という大家ぞくです。
さて、ぎいちは方向オンチです。
前は、たきの家を自分の家だと思いこみ、たきの家へ帰ってしまうこともありました。
くろうの家へあそびに行く時は、かならずいちろうか、じろうか、さぶろうか、しろうが、くろうといっしょにぎいちの家までむかえに行きます。
それほどの方向オンチなのです。
学校へは、カンカン山の西がわを通って行きます。
カンカン山のわき道があるけれど、その西がわには原っぱがあって、そちらがわにも一本の道があります。
ぎいちが登下校する時に通る道は原っぱの方の道になります。
なれていない道を通ることもあり、方向オンチのぎいちにとって、たきといっしょに通えることは、とてもありがたいことでした。
◆ 二 ◆
四月十日、ぎいちはぎきちといっしょに学校へ向かっていました。
道中は、ぎきちに手をつないでもらって歩いています。
「ぎいち、道はおぼえないといけないよ?」
「たきくんがおぼえるから、だいじょうぶ!」
能天気に言い、ぎきちはほとほと困りました。
「一人で行ったり、帰ったりする時は、どうするつもりだい?」
「いっぽんみちだから、なんとかなる!」
ぎきちは、ガックリとうなだれてしまいました。
「ぎいち……、目じるしになるようなものをおぼえて行こう」
「めじるし?」
「そう、目じるし。目立つなにかだよ。たとえば、一本杉とか、三本松とか、そういうものをおぼえるんだよ」
「ふうん? いっぽんかさんぼんか、どっちなのかわからなくなるよ? あと、スギとマツもわからない。えへへっ」
ぎいちは笑ってごまかしましたが、ぎきちはそれを見て、またガックリとうなだれてしまいます。
ぎきちは、ぎいちの先行きが不安でしかたがありません。
ぎきちの不安をよそに、ぎいちは明るいきぼうをむねに、ニコニコと笑っていました。
果たして、ぎいちはもち前の明るさで、乗りきれるのでしょうか。
四月はわかばが青々としていて、とてもまぶしい季節です。
ぎいちはそれをたのしそうに見ながら歩いていました。
山々は色目があざやかで、花をさかせている木々も多くあります。
それに、道ばたにはざっ草が小さな花をさかせています。
ぎいちはそういうところも見ていました。
そういう様子を見ると、たまらなく心がワクワクして来て、あちらこちらへ走りたくなってしまいます。
「じいちゃん! はるっていいね!」
「そうだね。春は色々な花がいっぱいさいて、見ていて楽しくなって来るからね」
ぎいちはコックリと大きくうなずきました。
そして、指を差します。
「みて! あっちにも、あかいはながさいてるよ!」
「あれはツツジだね。じきとしては、少し早いようだね」
「ふうん。そうなの?」
「ツツジはもう少しあとにさくよ。四月の中ごろから五月にさく花だね」
「へぇ! そうなんだね!」
二匹は道中をたのしみながら学校へ向かいました。
草花も笑っているようです。
◆ 三 ◆
ようやく学校へつきました。
たてものは木で出来ていて二階だて、広い広い校庭があります。
一学年に一クラスしかなく、ぎいちはたきと同じクラスでした。
そして、たきはすでに教室にいて、席についています。
ぎいちはぎきちに席へつれて行ってもらい、たきにニッコリとほほ笑みかけました。
「おはよう、たきくん」
「ぎいっちゃん、おはよう」
ぐうぜんにもとなりの席です。
「きょうから一年生だね」
「うん!」
一年生はぜんいんで五匹。
教室の、校庭が見えるまどがわから、ぎいち、たき、ネコ、ブタ、イヌ、と並んでいます。
ぎいちはたき以外のどうぶつを知りません。
むしろ、どうでも良いと思っています。
教室には、担任の先生がドアを開けて入ってきました。
ぎいちはアゴがはずれそうになります。
「きっ、きっ、きっ、きっ」
「ぎいっちゃん、しずかにね」
たきが小声で言いました。
ぎいちは思わずたきを見ます。
「しってたの?」
「うん」
笑顔のたきはうなずき、それを見たぎいちはまゆをよせました。
「ヒソヒソばなしはそこまでにしてね」
先生が言うと、ぎいちは両手で口をおさえます。
「おはようございます。担任の木田きぬと言います。一年間よろしくおねがいします」
担任の先生は、なんと、きぬでした。
ぎいちは体に力が入りません。
――マヌケっていわれる……。マヌケってぜったいいわれる……。
まどの外に顔を向けて、校庭をぼんやりとながめはじめました。
「宇木くんから、自己しょうかいをしてもらうね」
名前をよばれた気がしたぎいちは、きぬに顔を向けました。
「うん?」
「自己しょうかいね」
「じこしょうかいってなに?」
「名前と、なにがすきかとか、これからしたいこととか、すきなことを話してごらん?」
「うぎぎいちです。もうすぐななつになります。はしるのがすきです」
言いおわると、きぬにニッコリとほほ笑みかけました。
きぬも笑顔になってうなずきます。
「はい。どうもありがとう。宇木くんは走ることがすきなんだね。きっと足もはやいんだね」
ぎいちは笑顔でなんどもうなずきました。
きぬはおかしくなりましたが、笑わないようにがまんをします。
「それでは次に木田くん、おねがいします」
「はい」
たきは立ち上がりました。
「木田たきです。今年八つになります。体がよわいので、休む日もあるかもなので、よろしくです」
言いおえるとイスに座ります。
「木田くんは私の弟で、体が少し弱いですが、仲良くしてあげてくださいね。それでは次、小松くん、おねがいします」
「はい。小松ねねすけです。ジャンプがとくいです。よろしくおねがいします」
――ネコくんはじゃんぷがとくいかぁ。……じゃんぷってなに? あとでたきくんにおしえてもらおうっと。
ぎいちはクセでにくきゅうを甘がみしはじめます。
「小松くんはとびはねるのが好きなんだね。あたまをぶつけないように気をつけてね。それでは多田くん、おねがいします」
「はいっ。多田のぶです。ぼくも八才です。いえがとおくて、ガッコにかよえるようにがんばってきたえました。ヨロシク」
――ブタくんは、ただくんっていうのかぁ。
ぎいちはなっとくしたように、なんどもうなずきました。
「多田くんは、うたき村より遠い、たぶち村から来ています」
――うたきむらって、うちだよ? あれよりとおいって、たきくんちよりとおいの?
ぎいちはおどろいて、目を丸くします。
そして、たきを見ましたが、たきは多田くんの方を向いていました。
「朝は早おきしないといけないけど、がんばろうね。それではさいごに、縫本くん、おねがいします」
「はい。縫本いちたです。縫本のぬいはむずかしいかん字なので、がんばっておぼえてください。六ねんかん、よろしくおねがいします」
――ぬいもとくんのじ、むずかしいんだ。ふうん……。
ぎいちは、自分のみょう字もかん字でかけません。
「縫本くんの縫というかん字は、布をハリと糸をつかってくっつける時にひょうげんする、縫うという言葉の字をつかうんだよ。むずかしいけど、いつかはおぼえようね」
「はーい」
ぎいちだけがへんじをしました。
「はい」
たきもおくれてへんじをしましたが、ほかの三匹は無言でした。
「はーい、それでは五匹全員に自己しょうかいをしてもらったから、入学式が行われる会場へ行きましょう」
「はーい」
ぎいちだけがまたへんじをしましたが、こんどはたきも無言です。
きぬはにわがらいをしました。
◆ 四 ◆
たいいくかんへ行き、入場すると入学式がはじまり、校長先生の話があったり、六年生の代表があいさつをしたり、在校生の全員がうたったりして、式がおわりました。
そのあとは校庭で写真さつえいをしました。
ぎいちははじめてのことだらけですが、とても楽しんでいます。
さつえいがおわると、ぜんいんで教室へ向かいました。
教室にもどるとぎきちがいて、ぎいちは笑顔になります。
席について少しまちます。
そうすると、きぬが教室へ入ってきました。
「それではこれから、じゅぎょうにひつようなものをくばりまーす。おうちに帰ったら、お父さんか、お母さんか、お祖父さんに、じぶんの名前をかいてもらってね。それでは取って来るから少しまっていてください」
そう言って、きぬは教室の外へ出て行きました。
これからつかうきょうかしょを二ふくろに分けて入れています。
もどって来たきぬがそれをつくえにおいてくれました。
「それでは明日から、平日は毎日、学校へ来る時は、ひつようなきょうかしょをもって来てねー。じかんわりは、家ぞくといっしょにたしかめてねー」
ぎいちは、きぬがマヌケと言わないことを、ふしぎに思いながら見ていました。
きぬをジーッと見ていたぎいちは、きぬととつぜんバチッと目が合います。
思わず背すじがピンとのびました。
けれども、きぬはマヌケとは言わずにニッコリとほほ笑みました。
――きょうはいわれないひ……なの?
ぎいちはギョッとおどろきます。
会うとかならず言われているわけではありませんでしたが、やはり言われると思い、身がまえてしまうぎいちは、とてもふくざつな気もちでした。
きぬのしせんは後ろへ向きます。
「それでは、保ご者の方達は、大人団体についてのお話があります。うちのクラスから一匹で良いので出てほしいのですが……」
だれもなにも言わずに、しずかな時間がながれます。
「宇木さん、どうですか?」
「うーん、畑の手入れがあるからね……。わし一匹でしてるからむずかしいと思うんだよねぇ。わしがするとなると、畑を手伝ってくれるどうぶつを探さないといけなくなるよ」
「まぁ! それならわたしが畑を手伝いますよ! はたらき先を探していたんです」
「ええっ」
ぎきちはおどろきました。
ブタくんの母親が笑顔でぎきちを見ています。
話は思わぬ方向へ行きましたが、ぎきちが一年の代表として大人団体に参加することが決まりました。
きぬはまわりを見回して、せいと一匹一匹を笑顔で見ます。
「はーい、それでは、今日はおわりますよー。また明日、近くにすんでいるお友達といっしょに来るようにねー。決して一匹でこないようにしてねー」
「はーい」
やはりへんじをするのは、ぎいちだけでした。
きぬは思わず苦笑いをします。
「はい、それでは席を立って、せーので、先生、さようならと言ってねー」
ぎいちは一番に立ち上がりました。
それぞれのイスのあしがゆかをこすり、ギギィと音を立てました。
全員が立ち上がると、きぬが小さくうなずきます。
「それではー、せーのっ」
「せんせい、さようなら」
五匹がそろって言いました。
今日はこれでおわりです。
ぎきちがぎいちのそばへ行きます。
「どれ、じいちゃんが荷もつをもとうか」
「ボクももつ」
ぎきちはぎいちを見ると、ぎいちが顔を上げてニッコリとほほ笑みます。
「それは助かるね」
ぎきちは二ふくろのうち、一ふくろの方にきょうかしょを少しうつしました。
少ない方をぎいちにわたし、多い方をぎきちがもちます。
「それじゃあ帰ろうか」
「うん!」
二匹は手をつないで学校を後にしました。
◆ 五 ◆
帰り道はたきと、たきの母親のたえといっしょです。
ぎいちはたきと並び、手をつないで歩いています。
「きぬちゃん、さっきはマヌケっていわなかったよ。どうしてなの?」
「先生だからだよ。先生が、せいとにそういうことを言ったらダメなんだろうね」
「ふうん……。せんせいってたいへんだね」
「ぼくも、おねえちゃんが先生で、ちょっとイヤなんだよね……」
「わかる! ボクもきぬちゃんがせんせいで、すっごくイヤだもん!」
ぎいちの声が大きくなりました。
たきは思わず笑ってしまいます。
「あはは。ぎいっちゃんは、おねえちゃんによくマヌケって言われるもんね。ぼくはなにも言われないけど」
「いわれないの、いいなぁ。ボクはいっつもマヌケっていわれてる……」
「先生になったから、きっともう言わないよ」
「……ほんとう?」
ぎいちはたきの言うことが信じられませんでした。
たきはぎいちに、うたがいのまなざしを向けられて自信がなくなります。
「た……、たぶんね……」
「えーっ、たぶんはダメよ。ぜったいっていってくれないとぉ」
「ぜったいは言えない。たぶんね、たぶん」
「ぜったいにしてよぉ」
二匹にはゆずれないものがありました。
二匹が仲良く話しているようすを、ぎきちとたえが後ろから見ています。
たきはぎいちより小さいのですが、ぎきちはそれよりも気になることがありました。
「たきは元気になって良かったねぇ。小さいころは、良くねつを出していたのにねぇ……」
しみじみとぎきちが言いました。
「もう一年かかるかと思いましたが、通えるだけの体力が出来て本当に良かったです」
たえもうれしそうに言いました。
「うちのぎいちの体力を半分あげたいよ。元気すぎてかなわないからね。わはは」
「それはぜひとももらいたいですね。あはは」
二匹は笑い合いました。
笑っている二匹が気になったぎいちは、後ろを少しふりかえります。
「じいちゃんたち、たのしそう」
「そうだね。わらってる」
たきはぎいちと目が合うとニッコリとほほ笑みました。
ぎいちもニッコリとほほ笑みます。
「おなじクラスの子がぜんいんで五ひきでしょ。いがいとおおいね」
「たきくんでしょ。ボクでしょ。ブタくんと、イヌくんと、ネコくん。みーんなおとこのこだったね」
「あっ! ほんとうだね。……おんなのこがいないね!」
たきは、ぎいちに言われるまで気づいていませんでした。
おどろいて目を丸くしていると、ぎいちがそれを見て笑います。
「あはは。たきくん、おどろきすぎ」
子供達も大人達も、楽しそうに話しながら帰ります。
ぎいちは明日から、たきと二匹で通学します。
カンカンでりの晴れの日も、うすぐらいくもり空の日も、ザーザーぶりの雨の日も、世界が白くそまる雪の日も、休みの日以外はこの道を通ります。
今日見た道ばたにさいていた花は、明日になると、どのような顔を見せてくれるのでしょうか。
ぎいちは毎日、道中にあるそれらを見るのでしょうか。
きっとそれらを毎日見るようにすると、その道を通る楽しみが出来て、そして、草花もまた、大いによろこぶことでしょう。




