はしる
◆ 一 ◆
ウサギのぎいちは六才で、祖父のぎきちといっしょにくらしています。
家のまわりには畑があって、毎日ぎきちが世話をしています。
ある日の朝、ぎいちはぎきちの声で目をさましました。
「うーん……、うーん……」
どうやら、うなされているようです。
「じ……じいちゃん?」
しんぱいする気もちよりも、こわいという気もちの方が大きくなりました。
ぎいちのむねがドキドキとしています。
「うーん……、うーん……」
やはりうなされています。
ふとんから出て、ひたいに手を当てると、それはそれはあつくて、ギョッとおどろいてしまいました。
「ねつがある!」
思わず声が出て、口を両手でおさえます。
しずかに、しずかに。
ふすまを開け、一人でろうかへ出ます。
そして、そっと閉めました。
しばらくはかなしい気もちが大きくなって、うごけなくなりました。
ぎいちは肉きゅうを甘がみするクセがあります。
今もかみながら、ドキドキしているむねを、そして気もちをおちつかせています。
うつむいていましたけれども、ぎいちは顔を上げました。
――あさはかおをあらうんだ。そうだ。あらおう。
することを考えたぎいちは、まずせんめんじょへ向かいます。
わきに台があり、それをうごかして上がって、顔をあらいました。
つめたい水が毛をつたっておちて行きます。
――あ、おけに水を入れて、タオルをぬらしてじいちゃんのおでこにあてよう。
ひらめいたぎいちは水を止め、おけをもって来ると水をはっりました。
少し入れすぎておもくなりましたが、ぷるぷるとふるえながらひっしにはこびます。
おじいさんのひたいに、ぬれたタオルをおきました。
今はうなされていません。
少しあんしんしたぎいちは、それでも肉きゅうをかみました。
しばらくすると、ふとある考えを思いつきます。
――うちにクスリはないから、かいにいかないといけないね。
首をかしげて、もう少しかんがえます。
――そういえば、あれがクスリだって、じいちゃんがいってた。
それをもとめて外へ出ようとしました。
その前に……、台どころへよります。
――おなかすいたから、たべながらいく。ボク、あたまイイ!
台どころにある、食べものが入っているハコの中からキュウリを出しました。
それをあらって、食べずにもったままで外へ出ます。
◆ 二 ◆
ポリポリと音を立ててキュウリをかじります。
そしてゆっくりと歩き、知っている道をすすみます。
一本道が、二本道に分かれていて、その分かれ目で立ち止まりました。
――えーっと、じいちゃんがクスリっていってたヤツは『いっぽんスギ』の近くのおみせだった。
ぎいちは、右と左に分かれている二本の道をこうごに見ます。
――『さんぼんスギ』だったっけ?
そして、首をかしげました。
――あれ? 『いっぽんスギ』と『さんぼんスギ』、どっちだった?
まよいましたが、森の中を行く左の道をえらびます。
――いけば『いっぽんスギ』か『さんぼんスギ』のどっちかわかるね。
キュウリを最後までかじってしまい、笑顔ですすんで行きました。
左がわは、カンカン山になっていて木が多くはえています。
右がわは、ぽつぽつ木が生えていましたが、それもふえて来ています。
木がしげって来て、こずえが日をさえぎって、道がどんどん暗くなり、ぎいちは、だんだんとこわくなって来て、むねがドキドキしはじめました。
――みちなりにいけば、だいじょうぶっておもってたけど、くらいとこわい……。
ぎいちは暗くなるとともに、心細くなってきました。
「よう、ぎいち!」
とつぜん声をかけられて、ぎいちはドキッとます。
けれどもそれは、聞きおぼえのある声でした。
ふりかえると、キツネのくろうがいます。
「くろうくん!」
「ぎいちもヨモギをとりにいってるのか?」
ヨモギという言葉を聞いて、ぎいちはうれしくなります。
ぎいちのこうぶつがヨモギだからです。
「ヨモギ!」
ぎいちのひょうじょうが明るくなりました。
「お、とりにいってるのか。オレもヨモギをとりにいってるんだよ」
「え、あ、ボクはちがうんだけどね」
「ちがうのか。ヨモギをとりに、いっしょにいくか?」
ぎいちは甘いゆうわくで、あたまがいっぱいになってきます。
――ヨモギ……。ヨモギ! ヨモギたべたぁい!
けれども、ふと思い出します。
――でも……、じいちゃんのクスリ……。
あたまの中で、いっしょけんめい考えます。
けっしんしたぎいちはまじめな顔をすると、くろうを見ました。
「くろうくん」
「ん? ヨモギをとりにいくきになったか?」
「ボク、いきたいところがあるんだ。だから、そっちへいくね!」
「そうか。どこへいくんだ?」
「さんぼんスギ」
「ああ、いっぽんスギな。それからもうすこしさきにわきみちがあって、そこからいけるぜ?」
「えっ!? ほんとう!?」
ぎいちは自分の声が思ったいじょうに大きく、思わず口をおさえました。
おどろいたのは、くろうも同じです。
「おわっ。おどろくだろ。おおきなこえをだすなよ」
「えへへっ。ごめんね」
笑ってごまかしますが、すぐに真顔になります。
「ボク、『いっぽんスギ』へいくよ。おしえてくれて、どうもありがとう」
「へ?」
くろうがまぬけな声を出すと、ぎいちは手をかるくあげました。
「それじゃあね!」
そして、走りさってしまいました。
あっけにとられたくろうは、しばらく見ていましたが、ぎいちが小さくなると声を上げます。
「おーい! わるかった! そっちからいけるけど、いくなよー! とおまわりだぞー!」
だれもいない道に向かってさけんでも、だれかに聞こえるわけもなく、くろうはかがみこんで、あたまをかかえてしまいました。
「あーっ、あんなことをいうんじゃなかった!」
こうかいしても、もうておくれ。
ぎいちのすがたは見えくなっていました。
◆ 三 ◆
ぎいちは、走ることが大すきです。
走ると風の音が大きくなって行きます。
ビュービューと音がして、はやく走れば走るほどにその音が大きくなります。
けしきがながれて、前しか見えないのです。
それは、ぎいちだけの小さな世界でした。
そして、ぎいちは走りに走ってわき道へたどりつきます。
――ここだ!
わき道へ入り、カンカン山へ向かってのぼりはじめましたが、さいしょはゆるやかだったさか道も、だんだんと、だんだんときつくなります。
「ゼェ、ゼェ。ハァ、ハァ」
息を切らしながら歩きました。
とちゅうにある水がたまっているばしょがあり、そこでのどをうるおします。
そして、またさか道をのぼって行きます。
「フゥ、フゥ。ハァ、ハァ」
こずえの間から、お日さまの光がさしこんでくてまぶしくなりました。
その光が体にあたると、ねつをもち、あつさが体にこもって、さらにあつくなって行きます。
とうとうカンカン山のちょうじょうへたどりつきました。
そこには、道しるべがいくつかあります。
――えーっと? ……それよりさきに、きゅうけいしよう。イスがあるから、そこにすわってきゅうけいしよう。
お日さまがじりじりとてっていて、とてもあつかったのです。
木かげにベンチがあり、ぎいちはそれを見つけるとそこへすわりました。
ねつをもった体をさまそうと、木かげですずむことにします。
青い空、白いくも、はずれの音がして、さわやかな風がふいて行きました。
土のにおい、木々のにおい、草花のにおい、色々なにおいが風にのり、はなさきをすぎて行きます。
ぎいちは、じかんをわすれて、ここちよさにひたります。
気がつくと、太陽があたまの上から、少しかたむいたところにうごいていました。
「わあ! きゅうけいしすぎたっ!」
ぎいちは、あわてて一本スギを目ざし、道しるべを見ます。
「こっちじゃない」
べつの方へ行きました。
「あっ、これだ!」
かん字で『一本杉』とかかれていますが、それはよめます。
のぼりはたいへんでしたが、くだりはいきおいよく走りました。
走りに走ってくだって行きます。
けれども、のぼりにあった水場が、くだりには一つもありませんでした。
――みず……、ない……。どこ……?
へろへろになりながら、水をさがしましたがありませんでした。
――おなかがすいた……。
そんなとき、グーッとおなかがなってしまいます。
ぎいちは、もううごけなくなりました。
木のねもとにねころがります。
そこは木かげですずしいのです。
それが心地良くて、とてもうれしくなりました。
けれども、おなかが空いて、とてもかなしいのです。
ふと、ぎきちを思い出しました。
――じいちゃんも、おひるごはんはたべてない……。
そう思うと、いてもたってもいられなくなります。
立ちあがり、また歩きはじめました。
「おやぁ? あれは、ぎきちさんのところの、ぎいちじゃないのか?」
きりかぶにすわっていっぷくをしていたイタチのたいちが、それを見ています。
「そういえばぎきちさんが、ぎいちは方向オンチで道によくまようと言っていたなぁ……」
くわえているパイプを手にとりました。
「おーい! ぎいち! こっちへおいで!」
大声を出して、ぎいちをよびます。
ぎいちは声のする方へ顔を向けました。
ダラーッとだらしないかっこうで歩いていましたが、たいちを見つけたとたんにピンとせすじがのびます。
「あっ、あっ、あっ、こここ、こんにちはっ」
あいさつをすると、たいちが右手をあげました。
「よう!」
ぎいちはたいちのそばへ行き、はなしをはじめます。
「あっ、あの、みずばがないんです」
「水場? ああ、あるぞ」
そのとき、ぎいちのおなかがグーッとなりました。
「なんだ、はらがへってるのか? 水場の近くにキイチゴがなってるぞ」
ぎいちはそれを聞いて、笑顔になりました。
「行こうか」
「はいっ!」
元気良くへんじをして、たいちの後ろをついて行きます。
◆ 四 ◆
つれて行ってもらった水場には、キイチゴがたくさんなっていて、それをあらいながらたべました。
ぎいちは、だいまんぞく。
おなかもいっぱいになり、たいちがぎきちへのおみやげとして、たくさんとってくれていました。
それをタオルでくるんでくれます。
ぎいちはおれいを言い、一本スギまでの道じゅんを聞いて、そこをめざします。
道ばたには、たくさんの花がさいていました。
それを通りすぎ、おなかがこなれて来ると走り出します。
――はしれる。よしよし。じいちゃん、まっててね。おひるごはん、もってかえるからね。
「太い道を走って、わき道へは行かないように」
たいちにそう言いふくめられていたぎいちは、それを守って太い道を走ります。
ブドウ畑を通りすぎ、イモ畑を通りすぎ、トウモロコシ畑を通りすぎて行きます。
一本スギが見えはじめます。
「ああっ、いっぽんスギだ! いっぽんだ! さんぼんじゃなかった!」
息がきれることなく、けいかいに走って来たぎいちは、よろこびの声を上げました。
けれども、そのスギの近くに、茶色のぶったいが見えました。
――うん? あのマメみたいなものはなに?
ぎいちがそれを、じっくりと見ています。
「ぎいーち! はやくきなさーい!」
その声のぬしを、ぎいちはよく知っていました。
――きっ、きっ、きっ、きぬちゃんだ!
ぎいちはおそれました。
きぬちゃん。
それは、きんじょにすむタヌキのたきのお姉さんで、十八才。
ぎいちより十二才も上になります。
ことあるごとに、ぎいちに「マヌケ」と言います。
なにもないところでころび、ひざをすりむいたときも「マヌケ」と言われました。
道にまよったときも「マヌケ」と言われました。
おさないころ、家についたと思ったら、それがたきの家で「マヌケ」と言われました。
それを思い出したぎいちは、肉きゅうを甘がみします。
いつもより少しつよくかみます。
「ぎいーち! 止まってないで来なさーい!」
「あっ、あっ、はいっ。はいっ!」
あせって、思いっきり走りました。
ぎいちは、一本スギのそばにいたきぬのそばで止まります。
「あっ、ねつがじいちゃんでて、あっ、ヨモ……あっ、くすっ、くっくっ」
きぬはかがみ、ニッコリとほほ笑みました。
「あせらなくていいのよ。分かってる。ぎきちじいちゃんがねつを出したんでしょう? もうおクスリのんでるからね」
ぎいちは固まりました。
「さあ、帰りましょうか。くろうがうちに来て、遠回りの道をおしえたって言っていたの」
笑顔のきぬが言うと、ぎいちがもっているにもつを手をもち、ぎいちの手をとります。
「ほら、帰ろう」
立ちあがって、ぎいちを引っぱりました。
◆ 五 ◆
ぎいちは、きぬに手を引っぱられながら歩きます。
「ほら、自分で歩きな?」
きぬのとなりへ行き、自分の足でしっかりと歩きはじめました。
一本スギをすぎ、たてものが見えます。
「あっ、あそこによってクスリをかう」
「ぎいち、ぎきちじいちゃんはおクスリをもうのんでいるのよ。それに、あのみせはタマゴやさんよ」
「たっ……、タマゴ?」
「タマゴはえいようがあるから、あるいみおクスリになるわね。でもおクスリではないわ」
ぎいちは大いにショックを受けました。
「じいちゃん、クスリっていってのんでた」
「たまご酒かしら? あるいみおクスリだけど、それもおクスリではないわね」
「そ、そうなの……。クスリじゃなかったの……」
ぎいちはまた一つかしこくなりました。
けれども、それをおぼえていられるかどうかは、またべつのお話になります。
ガックリとかたをおとしたぎいちは、それでもぎきちがクスリをのんでいることで、安心しました。
それに、きぬがやさしくしてくれて、気がゆるんでしまいます。
「まぁでもあれよ、道にまよわず、一本杉までこられたんだから大したしんぽよ」
ぎいちは耳をうたがいました。
――マヌケっていわれるとおもったのに、なんていったの? ききまちがい?
思わずねかせていた耳を立て、きぬの方に向けけました。
「これからは、こういうことがあったら、まよわずうちに来なさい? クスリはうちにあるからね。分かった?」
いつもはマヌケといってバカにするきぬのやさしい言葉に、ぎいちはおどろきましたが、マヌケと言っていないことはたしかでした。
その言葉にぎいちははながツーンとして痛くなってしまいます。
「聞いてるの?」
きぬがふりかえり、ぎいちの顔を見ると、すぐに正面を向きました。
――ふふっ。ぎいちのあの顔、ひさしぶりに見たわ。
きぬがうれしそうに笑います。
すると、ぎいちが立ち止まります。
ぎいちははながキュウウとなって痛くなり、がまんが出来ませんでした。
顔をしわくちゃにして、きぬにしがみついて、なきはじめます。
「うわあーん……。あーんあーん……。うわあーん……」
きぬはなくぎいちのあたまをなで、なきやむのをまちます。
ぎいちがなきやむと、そのままねむってしまいました。
きぬはぎいちをだっこして、ゆっくりと歩きます。
ぎいちのうでや足が、まるで走っているようにぷるぷるとうごいています。
「まぁ。ふふっ。ゆめの中で走ってるのね」
たのしそうにつぶやきました。
青い空に黄色くそまった雲がうかんでいます。
黄色くそまった雲の中に、長い耳をしたウサギの雲が、空を走っていました。
それは丸で、ぎいちが走っているようでした。




