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ウサギのぎいち  作者: すげのはち


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1/5

はしる

◆ (いち) ◆


 ウサギのぎいちは六才(ろくさい)で、祖父(そふ)のぎきちといっしょにくらしています。

 (いえ)のまわりには(はたけ)があって、毎日(まいにち)ぎきちが世話(せわ)をしています。


 ある()(あさ)、ぎいちはぎきちの(こえ)()をさましました。

「うーん……、うーん……」

 どうやら、うなされているようです。

「じ……じいちゃん?」

 しんぱいする()もちよりも、こわいという気もちの方が(おお)きくなりました。

 ぎいちのむねがドキドキとしています。

「うーん……、うーん……」

 やはりうなされています。

 ふとんから()て、ひたいに()()てると、それはそれはあつくて、ギョッとおどろいてしまいました。

「ねつがある!」

 (おも)わず(こえ)が出て、(くち)両手(りょうて)でおさえます。

 しずかに、しずかに。

 ふすまを()け、一人(ひとり)でろうかへ出ます。

 そして、そっと()めました。

 しばらくはかなしい気もちが大きくなって、うごけなくなりました。

 ぎいちは(にく)きゅうを(あま)がみするクセがあります。

 今もかみながら、ドキドキしているむねを、そして気もちをおちつかせています。


 うつむいていましたけれども、ぎいちは(かお)()げました。

 ――あさはかおをあらうんだ。そうだ。あらおう。

 することを(かんが)えたぎいちは、まずせんめんじょへ()かいます。

 わきに(だい)があり、それをうごかして上がって、顔をあらいました。

 つめたい(みず)()をつたっておちて()きます。

 ――あ、おけに水を()れて、タオルをぬらしてじいちゃんのおでこにあてよう。

 ひらめいたぎいちは水を()め、おけをもって()ると水をはっりました。

 (すこ)し入れすぎておもくなりましたが、ぷるぷるとふるえながらひっしにはこびます。


 おじいさんのひたいに、ぬれたタオルをおきました。

 今はうなされていません。

 少しあんしんしたぎいちは、それでも肉きゅうをかみました。

 しばらくすると、ふとある考えを思いつきます。

 ――うちにクスリはないから、かいにいかないといけないね。

 首をかしげて、もう少しかんがえます。

 ――そういえば、あれがクスリだって、じいちゃんがいってた。

 それをもとめて(そと)へ出ようとしました。


 その(まえ)に……、台どころへよります。

 ――おなかすいたから、たべながらいく。ボク、あたまイイ!

 台どころにある、()べものが(はい)っているハコの(なか)からキュウリを出しました。

 それをあらって、食べずにもったままで外へ出ます。



◆ () ◆


 ポリポリと(おと)()ててキュウリをかじります。

 そしてゆっくりと(ある)き、()っている(みち)をすすみます。

 一本(いっぽん)道が、二本(にほん)道に()かれていて、その分かれ()で立ち()まりました。

 ――えーっと、じいちゃんがクスリっていってたヤツは『いっぽんスギ』の(ちか)くのおみせだった。

 ぎいちは、(みぎ)(ひだり)に分かれている二本の道をこうごに()ます。

 ――『さんぼんスギ』だったっけ?

 そして、(くび)をかしげました。

 ――あれ? 『いっぽんスギ』と『さんぼんスギ』、どっちだった?

 まよいましたが、(もり)の中を行く左の道をえらびます。

 ――いけば『いっぽんスギ』か『さんぼんスギ』のどっちかわかるね。

 キュウリを最後までかじってしまい、笑顔(えがお)ですすんで行きました。


 左がわは、カンカン(やま)になっていて()(おお)くはえています。

 右がわは、ぽつぽつ木が生えていましたが、それもふえて()ています。

 木がしげって来て、こずえが日をさえぎって、道がどんどん(くら)くなり、ぎいちは、だんだんとこわくなって来て、むねがドキドキしはじめました。

 ――みちなりにいけば、だいじょうぶっておもってたけど、くらいとこわい……。

 ぎいちは暗くなるとともに、(こころ)(ぼそ)くなってきました。


「よう、ぎいち!」

 とつぜん声をかけられて、ぎいちはドキッとます。

 けれどもそれは、()きおぼえのある声でした。

 ふりかえると、キツネのくろうがいます。

「くろうくん!」

「ぎいちもヨモギをとりにいってるのか?」

 ヨモギという言葉(ことば)を聞いて、ぎいちはうれしくなります。

 ぎいちのこうぶつがヨモギだからです。

「ヨモギ!」

 ぎいちのひょうじょうが(あか)るくなりました。

「お、とりにいってるのか。オレもヨモギをとりにいってるんだよ」

「え、あ、ボクはちがうんだけどね」

「ちがうのか。ヨモギをとりに、いっしょにいくか?」 

 ぎいちは甘いゆうわくで、あたまがいっぱいになってきます。

 ――ヨモギ……。ヨモギ! ヨモギたべたぁい!

 けれども、ふと思い出します。

 ――でも……、じいちゃんのクスリ……。

 あたまの中で、いっしょけんめい考えます。


 けっしんしたぎいちはまじめな顔をすると、くろうを見ました。

「くろうくん」

「ん? ヨモギをとりにいくきになったか?」

「ボク、いきたいところがあるんだ。だから、そっちへいくね!」

「そうか。どこへいくんだ?」

「さんぼんスギ」

「ああ、いっぽんスギな。それからもうすこしさきにわきみちがあって、そこからいけるぜ?」

「えっ!? ほんとう!?」

 ぎいちは自分(じぶん)の声が思ったいじょうに大きく、思わず口をおさえました。

 おどろいたのは、くろうも(おな)じです。

「おわっ。おどろくだろ。おおきなこえをだすなよ」

「えへへっ。ごめんね」

 (わら)ってごまかしますが、すぐに真顔(まがお)になります。

「ボク、『いっぽんスギ』へいくよ。おしえてくれて、どうもありがとう」

「へ?」

 くろうがまぬけな声を出すと、ぎいちは手をかるくあげました。

「それじゃあね!」

 そして、(はし)りさってしまいました。

 あっけにとられたくろうは、しばらく見ていましたが、ぎいちが小さくなると声を上げます。

「おーい! わるかった! そっちからいけるけど、いくなよー! とおまわりだぞー!」

 だれもいない道に向かってさけんでも、だれかに聞こえるわけもなく、くろうはかがみこんで、あたまをかかえてしまいました。

「あーっ、あんなことをいうんじゃなかった!」

 こうかいしても、もうておくれ。

 ぎいちのすがたは見えくなっていました。



◆ (さん) ◆


 ぎいちは、走ることが(だい)すきです。

 走ると(かぜ)の音が大きくなって行きます。

 ビュービューと音がして、はやく走れば走るほどにその音が大きくなります。

 けしきがながれて、(まえ)しか見えないのです。

 それは、ぎいちだけの(ちい)さな世界(せかい)でした。


 そして、ぎいちは走りに走ってわき道へたどりつきます。

 ――ここだ!

 わき道へ入り、カンカン山へ向かってのぼりはじめましたが、さいしょはゆるやかだったさか道も、だんだんと、だんだんときつくなります。

「ゼェ、ゼェ。ハァ、ハァ」

 (いき)()らしながら歩きました。

 とちゅうにある水がたまっているばしょがあり、そこでのどをうるおします。

 そして、またさか道をのぼって行きます。

「フゥ、フゥ。ハァ、ハァ」

 こずえの(あいだ)から、お日さまの(ひかり)がさしこんでくてまぶしくなりました。

 その光が体にあたると、ねつをもち、あつさが体にこもって、さらにあつくなって行きます。


 とうとうカンカン山のちょうじょうへたどりつきました。

 そこには、道しるべがいくつかあります。

 ――えーっと? ……それよりさきに、きゅうけいしよう。イスがあるから、そこにすわってきゅうけいしよう。

 お日さまがじりじりとてっていて、とてもあつかったのです。

 ()かげにベンチがあり、ぎいちはそれを見つけるとそこへすわりました。

 ねつをもった体をさまそうと、木かげですずむことにします。

 (あお)(そら)(しろ)いくも、はずれの音がして、さわやかな風がふいて行きました。

 (つち)のにおい、木々(きぎ)のにおい、草花(くさばな)のにおい、色々(いろいろ)なにおいが風にのり、はなさきをすぎて行きます。


 ぎいちは、じかんをわすれて、ここちよさにひたります。


 気がつくと、太陽(たいよう)があたまの上から、少しかたむいたところにうごいていました。

「わあ! きゅうけいしすぎたっ!」

 ぎいちは、あわてて一本スギを目ざし、道しるべを見ます。

「こっちじゃない」

 べつの方へ行きました。

「あっ、これだ!」

 かん()で『一本(すぎ)』とかかれていますが、それはよめます。

 のぼりはたいへんでしたが、くだりはいきおいよく走りました。


 走りに走ってくだって行きます。

 けれども、のぼりにあった水場(みずば)が、くだりには一つもありませんでした。

 ――みず……、ない……。どこ……?

 へろへろになりながら、水をさがしましたがありませんでした。

 ――おなかがすいた……。

 そんなとき、グーッとおなかがなってしまいます。

 ぎいちは、もううごけなくなりました。

 木のねもとにねころがります。

 そこは木かげですずしいのです。

 それが心地(ここち)()くて、とてもうれしくなりました。

 けれども、おなかが()いて、とてもかなしいのです。


 ふと、ぎきちを思い出しました。

 ――じいちゃんも、おひるごはんはたべてない……。

 そう思うと、いてもたってもいられなくなります。

 立ちあがり、また歩きはじめました。


「おやぁ? あれは、ぎきちさんのところの、ぎいちじゃないのか?」

 きりかぶにすわっていっぷくをしていたイタチのたいちが、それを見ています。

「そういえばぎきちさんが、ぎいちは方向(ほうこう)オンチで道によくまようと()っていたなぁ……」

 くわえているパイプを手にとりました。

「おーい! ぎいち! こっちへおいで!」

 大声(おおごえ)を出して、ぎいちをよびます。

 ぎいちは声のする方へ顔を向けました。

 ダラーッとだらしないかっこうで歩いていましたが、たいちを見つけたとたんにピンとせすじがのびます。

「あっ、あっ、あっ、こここ、こんにちはっ」

 あいさつをすると、たいちが右手をあげました。

「よう!」

 ぎいちはたいちのそばへ行き、はなしをはじめます。

「あっ、あの、みずばがないんです」

「水場? ああ、あるぞ」

 そのとき、ぎいちのおなかがグーッとなりました。

「なんだ、はらがへってるのか? 水場の近くにキイチゴがなってるぞ」

 ぎいちはそれを聞いて、笑顔になりました。

「行こうか」

「はいっ!」

 元気(げんき)良くへんじをして、たいちの(うし)ろをついて行きます。



◆ () ◆


 つれて行ってもらった水場には、キイチゴがたくさんなっていて、それをあらいながらたべました。

 ぎいちは、だいまんぞく。

 おなかもいっぱいになり、たいちがぎきちへのおみやげとして、たくさんとってくれていました。

 それをタオルでくるんでくれます。

 ぎいちはおれいを言い、一本スギまでの道じゅんを聞いて、そこをめざします。


 道ばたには、たくさんの花がさいていました。

 それを(とお)りすぎ、おなかがこなれて来ると走り出します。

 ――はしれる。よしよし。じいちゃん、まっててね。おひるごはん、もってかえるからね。

(ふと)い道を走って、わき道へは行かないように」

 たいちにそう言いふくめられていたぎいちは、それを守って太い道を走ります。

 ブドウ畑を通りすぎ、イモ畑を通りすぎ、トウモロコシ畑を通りすぎて行きます。


 一本スギが見えはじめます。

「ああっ、いっぽんスギだ! いっぽんだ! さんぼんじゃなかった!」

 息がきれることなく、けいかいに走って来たぎいちは、よろこびの声を()げました。

 けれども、そのスギの(ちか)くに、茶色(ちゃいろ)のぶったいが見えました。

 ――うん? あのマメみたいなものはなに?

 ぎいちがそれを、じっくりと見ています。

「ぎいーち! はやくきなさーい!」

 その声のぬしを、ぎいちはよく知っていました。

 ――きっ、きっ、きっ、きぬちゃんだ!

 ぎいちはおそれました。


 きぬちゃん。

 それは、きんじょにすむタヌキのたきのお(ねえ)さんで、十八才(じゅうはっさい)

 ぎいちより十二才(じゅうにさい)(うえ)になります。

 ことあるごとに、ぎいちに「マヌケ」と言います。

 なにもないところでころび、ひざをすりむいたときも「マヌケ」と言われました。

 道にまよったときも「マヌケ」と言われました。

 おさないころ、家についたと思ったら、それがたきの家で「マヌケ」と言われました。

 それを思い出したぎいちは、肉きゅうを甘がみします。

 いつもより少しつよくかみます。

「ぎいーち! 止まってないで来なさーい!」

「あっ、あっ、はいっ。はいっ!」

 あせって、思いっきり走りました。


 ぎいちは、一本スギのそばにいたきぬのそばで止まります。

「あっ、ねつがじいちゃんでて、あっ、ヨモ……あっ、くすっ、くっくっ」

 きぬはかがみ、ニッコリとほほ()みました。

「あせらなくていいのよ。分かってる。ぎきちじいちゃんがねつを出したんでしょう? もうおクスリのんでるからね」

 ぎいちは(かた)まりました。

「さあ、(かえ)りましょうか。くろうがうちに来て、(とお)(まわ)りの道をおしえたって言っていたの」

 笑顔のきぬが言うと、ぎいちがもっているにもつを手をもち、ぎいちの手をとります。

「ほら、帰ろう」

 立ちあがって、ぎいちを()っぱりました。



◆ () ◆


 ぎいちは、きぬに手を引っぱられながら歩きます。

「ほら、自分で歩きな?」

 きぬのとなりへ行き、自分の(あし)でしっかりと歩きはじめました。

 一本スギをすぎ、たてものが見えます。

「あっ、あそこによってクスリをかう」

「ぎいち、ぎきちじいちゃんはおクスリをもうのんでいるのよ。それに、あのみせはタマゴやさんよ」

「たっ……、タマゴ?」

「タマゴはえいようがあるから、あるいみおクスリになるわね。でもおクスリではないわ」

 ぎいちは大いにショックを()けました。

「じいちゃん、クスリっていってのんでた」

「たまご(ざけ)かしら? あるいみおクスリだけど、それもおクスリではないわね」

「そ、そうなの……。クスリじゃなかったの……」

 ぎいちはまた(ひと)つかしこくなりました。

 けれども、それをおぼえていられるかどうかは、またべつのお(はなし)になります。


 ガックリとかたをおとしたぎいちは、それでもぎきちがクスリをのんでいることで、安心(あんしん)しました。

 それに、きぬがやさしくしてくれて、気がゆるんでしまいます。

「まぁでもあれよ、道にまよわず、一本杉までこられたんだから(たい)したしんぽよ」

 ぎいちは(みみ)をうたがいました。

 ――マヌケっていわれるとおもったのに、なんていったの? ききまちがい?

 思わずねかせていた耳を立て、きぬの方に向けけました。

「これからは、こういうことがあったら、まよわずうちに()なさい? クスリはうちにあるからね。分かった?」

 いつもはマヌケといってバカにするきぬのやさしい言葉(ことば)に、ぎいちはおどろきましたが、マヌケと言っていないことはたしかでした。

 その言葉にぎいちははながツーンとして(いた)くなってしまいます。

「聞いてるの?」

 きぬがふりかえり、ぎいちの顔を見ると、すぐに正面(しょうめん)を向きました。

 ――ふふっ。ぎいちのあの顔、ひさしぶりに見たわ。

 きぬがうれしそうに笑います。

 すると、ぎいちが立ち()まります。

 ぎいちははながキュウウとなって痛くなり、がまんが出来ませんでした。

 顔をしわくちゃにして、きぬにしがみついて、なきはじめます。

「うわあーん……。あーんあーん……。うわあーん……」

 きぬはなくぎいちのあたまをなで、なきやむのをまちます。


 ぎいちがなきやむと、そのままねむってしまいました。

 きぬはぎいちをだっこして、ゆっくりと歩きます。

 ぎいちのうでや足が、まるで走っているようにぷるぷるとうごいています。

「まぁ。ふふっ。ゆめの(なか)で走ってるのね」

 たのしそうにつぶやきました。

 青い空に黄色(きいろ)くそまった(くも)がうかんでいます。

 黄色くそまった雲の中に、(なが)い耳をしたウサギの雲が、空を走っていました。

 それは(まる)で、ぎいちが走っているようでした。

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