表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/8

第6話 ペトラウカ

古びた扉を開くと、朝焼けに輝く礼拝堂が姿を見せる。

背を向け静かに並ぶ据付の長椅子たち。ステンドグラスから差し込む陽光は線状の輝きを帯び、教会の神聖な雰囲気をより一層際立たせている。

「ごめんください」

控えめの声量で尋ねる。

今日は朝の礼拝はないと聞いている。

のんびりと時間の流れる日を選んだつもりだ。

「……あれ?」

だが、誰もいないようだ。

施錠もされていないところを見ると、誰かはいるはずなんだが。

もう一度ごめんくださいと、今度は先ほどより気持ち大きな声で挨拶をしてみる。

これで返事がなければ帰ろう。

「出直すか……」

神聖な雰囲気につられて、いつの間にか中腹くらいまで進んでいた。

ハッとし、背を向け帰ろうと思ったその時。

「はーい!」

あくび混じりながら、元気いっぱいの少女の声が背中から飛んでくる。

「気付くの遅れちゃった!」

ぼさぼさの髪はまさしく寝起き。

修道女の服を纏いながら、着崩されてその威厳は消失燦然。

「ごめんね!」

崩れた修道服を適当に整えながらこちらに歩いてくる彼女。その見た目、明らかに年下。年齢にしておよそ一七歳くらいか。陽光を目一杯に吸い込んで柔らかく膨らみを帯びる髪。一度聞いたら脳に張り付いて離れない、砂糖菓子のような声。青と緑の混ざる不思議な色を湛える瞳。

「私はペトラウカ・ステラ!」

まだ微睡(まどろみ)に落ちる目を擦り、にこりと微笑む。

ステンドグラスから差し込む朝陽に照らされる彼女。

忘れていたトキメキが蘇るような気さえする。

そんな少女。

「おじ――お兄さんはどんな悩みを持ってきたの?」

すっかり心奪われそうになっているところ、おじさんと言われかけて我を取り戻す。

三〇代半ばはおじさんか? 少々手厳しい評価じゃないか? 

……いや。でもこれくらいの年齢の少女から見れば、まあ、そうか……。

俺はもうおじさんか。

「私はスタンリー・バーネットと申します」

相対できる机と椅子を用意され、二人はそこに着席する。咳払いの後、自己紹介。

本当に先ほどまで眠っていたのだろう彼女はあくびを噛み殺しながら笑顔の対応。

というか、ここで寝泊まりしていたのか……?

教会関係者ではない俺が知るところではないが、たぶんそれはバレたら注意を受けるやつだ。

「本日は悩みを聞いてもらいたくて参りました」

「そんなに固くならなくていいよ」

下げていた頭を上げると、ニコニコの彼女がお出迎え。

思わずホッとしてしまう。

「もっと気持ちを緩めてお話ししよう? 丁寧な言葉遣いもなくていいから! 私もほら、こんな感じ!」

「そちらがそれでもいいのなら……」

ホッとするを通り越して、肩透かしの気持ちも湧いてくる。

でもその無邪気な笑顔は悩み事を話してもいいかなと思わせる何かがある。

そんな気がする。

「私のことはペトラウカって呼んで! おじ……兄さんのことはなんて呼べばいい?」

「おじ兄さん……」

「おじ兄さんでいいの?」

「いやっ! スタンリーで頼む!」

おじ兄さん。街中で呼ばれたら浸透してしまいそうな、妙に小気味の良い語感。

これは呼ばれたくない。

「スタンリーはどんな悩みがあるの? 私に解決できるかなぁ?」

あははと少し困った仕草を加えて笑う。だが嫌味な様子は微塵も感じない。笑顔のよく似合う人、という印象だ。なるほど安心感を与える人柄だなというのはすぐに理解できる。

「ちょっと複雑なものなんだが……」

「ええー!」

ペトラウカは困った顔をする。

感情の表現が多彩で、何というか見ていて飽きない。

「司祭長に任せた方がいいかなぁ……」

「いや、ペトラウカがいいな。話しやすそうだし!」

俺の笑顔に呼応して、彼女の困り顔もふにゃっと解けてゆく。

「そっか!」

元気な返事の後、続けて話は本題へと踏み入ってゆく。

「それで、どんな悩みがあるの?」

「ええと……」

ここで相談するのは、問題の突破口を探るものではない。

抱えている問題との向き合い方だ。

「人から打ち明けられた秘密があるんだ。それを誰にも話さないのは当然だということは分かっている。でもその秘密を開示することで、そいつが抱えている解決のいとぐちになる可能性がある」

「ふん」

「俺はどうすればいいんだろうか?」

「うーん」

「抽象的な相談になってしまって申し訳ない」

ペトラウカは仕草を加えて考え込む。暫しの沈黙。

朝の光に目を覚ました鳥たちの(さえず)る声が薄く教会内に響いてくる。

ペトラウカは目を瞑って考えているようだが、動かない。

全然動かない。

……もしかして、寝ている?

そんな疑念がよぎり、そろそろ声をかけようかと思った時、ペトラウカは目を開く。

そしてしっかりと視線を合わせて

「心が正しいと思う判断をすればいいと思うよ」

笑顔でそう答えてくれた。

「心が正しい……?」

「うん!」

朝陽にも負けない笑顔の中に、確かな信念を感じる。

一生懸命に考えた結果の答えなのだろう。見れば分かる。

だから俺も一生懸命にその意味するところを咀嚼する。

「きっと、その秘密を打ち明けてくれた人はスタンリーのことをすごく信頼しているんだよ。だから、その思いをよく知っているスタンリーが選んだ道はきっと正しい」

「俺の心かぁ」

難しい回答だが、一理はある。

シフィエトラナの信頼を一身に受けるといってもいいこの状況だ。

俺の判断が契約履行完遂において最重要となる。

心が正しい判断。

理屈ではなく、彼女からの信頼を勝ち取ったまま情報を開示する方法。

……。

「なんとなく、本当になんとなくだが、ちょっとだけ分かったような気がする」

「めっちゃちょっとじゃん~」

ペトラウカは年相応に笑う。なんとなく心が解れていくような気持ち。

親しい友人と話しているような感覚に近いかな。

なるほど、彼女は立派な修道女だ。

俺があの日たくさん悩み事を聞いてもらった時から、人は違えど中身は同じ。心の負担を預ける場所がないと、人は潰れてしまう。俺が潰れたら誰がシフィエトラナの契約を果たすのだ。

「あまり自分を追い込みすぎないように頑張ってみるよ」

「それがいいね!」

彼女の表情に向日葵が咲いたのを見届け、礼と共に俺は席を立とうとした。

「あのさ、スタンリーは魔砕風の時に色々街を回ってなかった?」

「うん?」

「私、見たことある気がするんだよね。スタンリーのこと」

「あぁ」

それは合点のいくことだ。何故なら、彼女の証言通りだから。

災害発生時の迎撃部隊は、市民の安全確認も担当している。

どこかで姿を見られていても何ら不自然はない。

「たぶんそれは正解だろうな。俺本人だと思う」

「魔砕風の時、外で活動していた人?」

「俺は超自然対策本部の迎撃部隊の人間だから、救助活動をしていたところを見たのかもしれないな」

「やっぱり! すごいね!」

同じ笑顔ながら種類が違う。

なんか、キラキラした感じだ。

「すごいといえば、この教会もすごいよな」

「何が?」

「魔砕風は何度も直撃しているだろうに、建て替えたという話は聞かない。丈夫な造りなんだなって思ったんだよ」

「ちがうちがう!」

ペトラウカは即刻否定する。

「全然丈夫じゃないよぉ~。ほら、外壁も剥がれてるし、扉の建て付けも悪いし、普通の風で軋む時もあるし」

「でも事実、倒壊はしていないだろう?」

そう。この建物はすごいのだ。

歴史的な建築物ながら、特に魔砕風に代表される魔力の絡んだ災害に滅法強い。

文献においても修繕は幾度もあるが、建て直しの記録はない。

頑丈頑健の申し子みたいな建物、それがステラ教会。

「魔砕風の直撃を受けても破壊されないなんて、本当に大した建物だよ。みんなの願いがこもっているからか?」

「そんなんじゃなくて」

【そんなん】が指すものは【みんなの気持ち】。

ペトラウカの上席がいれば確実に叱られていたことだろう。

「この教会は数百年前に建てられたんだけど、その時に魔力を込めてもらったの。教会の初代教皇が魔術を使える人でさ」

「……歴史の授業でやったな」

「でしょ?」

人類で唯一魔術を使えた人は誰か? という問題。

答えはこの教会の初代教皇。たまに試験で出題されることがある。

「それで守られているのか」

「うん」

――その後、俺は顎が外れるほどの事実を知ることになる。

「でも放っておいたら魔力が自然に抜けちゃうから」

魔力は手入れなしだと薄れて消えてゆく。

「私たちの精霊術で、流出しないように留めておくの」

「へぇ……」

さぁ、内容を理解しろ。スタンリー。

魔力は放っておくと消えてゆく。それを防ぐ手段がある。

その手段とは、【精霊術】。

聖霊術を使える人物は、今――俺の目の前でご機嫌な様子。

脳天に落雷が落ちたような衝撃。心拍数が上がっていくのを肌で感じる。

少し震える手は、興奮を隠せていない証。

だが、いい。

それくらいの反応をしてもいいくらいの、最高の情報だ。

「精霊術って……何だろう? 詳しく教えてほしい!!」

「!?」

立ち上がった俺は、もう一度勢いよく着席する。

ペトラウカはびっくりした表情だ。

「ええとぉ、ステラ教所属の聖職者はみんな精霊術っていうのを学ばなきゃいけなくて」

びっくりした表情が継続されている。俺は自分がどれだけ前のめりになっているかにやっと気付き、意識的に心を落ち着かせて深く椅子に座り直す。

「でも習得は難しいから、知識だけ持ってる感じ。私はステラ教の教皇の子孫だから、精霊術が使えるんだけどね」

さあ、ピースは出揃った。

「…………そうなのか」

脱力感。しかし緩む口元。固く結べない。

「精霊術があれば、魔力の流出は防げる。それは間違いなく正解なんだな?」

「うん」

ペトラウカはきょとんとした様子で頷く。

「なぁ、ペトラウカ」

「?」

しっかりと発話しろ。ちゃんと彼女の耳に届くように。

震えた声でもいいから、俺の願いを乗せた気持ちを届けろ。

「ドラゴンに――。シフィエトラナに、会いたくないか?」

「会えるの!?」

ペトラウカの瞳に星が輝いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ