第7話 陽キャは苦手
「精霊術ぅ~??」
シフィエトラナの懐疑的で手応えのない反応。
これは遡ること三日前の話。
彼女の畳の部屋に疑念と気怠そうな声が染み込む。観ていたアニメをわざわざ中断させたということも相まって、機嫌はやや斜め。しかしながら新たな解決策の提示に少しは乗り気になってくれるかと思ったら、やっぱり前途は多難の様相だ。
「そう、精霊術」
取り繕って、笑顔も忘れずに。
「私、そういうのあんまり微妙だな」
両手を背後に回して畳に着き、そこに体重を預ける形でこちらを見る。
視線は湿っている。
「でもこれが役に立つという証拠はある」
「何」
疑問系なのに語尾が上がらないのは乗り気でない証。
シフィエトラナの心はアニメの視聴再開にしか向いていない。
「教会が魔力に纏わる災害の猛威に耐えているのは、精霊術のおかげだと聞いた!」
「ふうん」
口を尖らせる。
「まあ、それはイイんだけど」
「?」
内容は納得済みであるようだが、心情が向かない感じだろうか?
……もしや、精霊術と彼女の過去に何か因縁めいたものがある?
まさか対立していた歴史があるとか……。
「精霊術って、ステラ教でしょ?」
「知っていたのか」
「知ってるよ、そりゃ」
それならハナシは早い。
「上手く使えば、体内から魔力が流出するのを防げるかもしれないと考えているんだ。建物とドラゴンじゃ素材が違うから、きっとまた何か障壁があるかもしれない。でもそこは工夫していけば……」
論理の筋は通っているはずなのに、シフィエトラナの浮かない表情は変わらない。
なぜ?
「……」
口を結び、わざとらしく視線を外している。
こんな彼女は初めて見る。
これは、どういう感情の発露なんだ?
「何か引っかかるものがある……のか?」
「いや」
「まさかもう試した後で、効果はなかった――とか?」
「いやぁ」
煮え切らない返事だが、シフィエトラナが精霊術を流用したことはないという事実は掴んだ。ならより一層、試す価値アリだ。
なのに、そんな顔をするのはおかしい。
何が彼女をそうさせる?
「……何かあるのか?」
真剣な眼差しを突き刺す。
こっちを向くまで突き刺し続ける。
シフィエトラナの真一文字に結んだ口が少し歪む。
唇を噛み、長めのため息のちに語り出したのは
「だってステラ教のやつらって、陽キャだろ?」
ヨーキャ。
ステラ教の関係者たちは、ヨーキャ。
シフィエトラナ曰く、そうらしい。
「ペトラウカ」
「うん?」
シフィエトラナとペトラウカが初顔合わせを果たす本日。
深い山中にある彼女宅に向かう道中、ついに俺はペトラウカにこの謎の言葉の本意を聞いてみることにした。ステラ教の修道女、しかも教皇の血を継ぐ彼女はシフィエトラナからすると正真正銘のヨーキャであるはずだ。
彼女に聞かずして誰に聞こうか。
「ペトラウカはヨーキャなのか?」
「何それ? たぶん違うよ?」
小首を傾げて迷いなき即否定。
「違うのか……」
悩みながら歩みを進めて行くと、既に目の前にはシフィエトラナの小屋兼ワープの入り口が姿を現している。
「家って街からすごく近いんだね!」
「いや、強制ワープが発動しただけだ」
「?」
ペトラウカは分かっていない。それは当然のこと。
「理解できないのが普通。俺も未だに良く分かっていない」
中身を話せば長くなるので、とりあえず割愛。
早速彼女宅に進入を試みる。
「着いたぞ」
こんこんとノックをし、いつも通りの無視は「勝手に入って来い」の合図。
扉を開ける。
「うわっ!? ちょっと待って! 心の準備が!」
戸惑うペトラウカ。
扉を半開きで止め、そんなに気負いしなくても大丈夫だと告げておく。
「何してんだよ。早く入ってこい!」
ぐだぐだとやっている外野に痺れを切らし、シフィエトラナから直々に登場。
そして同時にペトラウカと初邂逅を果たす。
「わー!」
「うわ」
バタンと扉を閉められてしまう。
ペトラウカのキラキラに満ちた歓声は、シフィエトラナという人智を遥か上の領域で凌駕する存在に対する反応ではない。
「済まない、ここで少し待ってて」
対するシフィエトラナは俺の予想を地で行く反応だ。しかし即拒絶というのは……、想定していた候補の中でも重症に分類されるものかもしれない。このまま会わせたら破滅的なことになる可能性があるので、まず俺がしっかりと緩衝材になりにいこう。
「どうしたんだよ」
ボロアパートに入ると、シフィエトラナが既に疲れた顔をしている。
何か活力を吸われたような表情。
「言った通りだ」
少し恨みがましい声。
「何が?」
「スタンリーが連れてきたやつ!」
答えの分かっている質問をしてみたが、やっぱりその通りだった。
「完全な陽キャだ」
「それ、一体何なんだ?」
「陽気なキャラクター。略して陽キャ。私が最も苦手とする人種だよ」
なるほど?
「ええと、陽気で明るい人は苦手ということか?」
「そう。スタンリーみたいなやつの方が私はやり易いんだ」
「そうですか……」
褒められているのは確か。しかし、複雑だ。
陽気で明るい人間が苦手で、その対極の例として挙げられたのが俺。このドラゴンの中では、俺はそういうジメジメして今にもキノコが生えそうな存在なのだ。
「絶対週末とかバーベキューやってるタイプだ」
「バーベキューって何だ?」
「音楽と肉で魂を呼び出す祭式」
想像する。猟奇的だ。
「なんか怖いな」
でもペトラウカがそんなことをするか?
「絶対やってる。三千万円賭けてもいい」
「全額賭けるなよ」
シフィエトラナ、魂の全額ベット。
なんか分からんが、誇張が効いているものと認識しておこう。
当たらずとも遠からずであろう想像をすると、要するに宴みたいなものかな。
「それは知らないけど、ペトラウカは契約における鍵を握っていることは確かなんだ! だから苦手とかそういうワガママは横に置いといてだな――」
「ワガママじゃないし!」
反論に中身がない。単語に対する否定はただの不満の発露だ。シフィエトラナらしくない筋道のない否定は、裏を返すなら心からの叫びというやつ。
つまり、理屈抜きで無理な人種というやつなのだ。
「私は陽キャが苦手なんだ! 周りの迷惑を考えずに大声で喚いているし、突然踊り出すし!」
「ペトラウカはそんなことしなさそうだけど……。なんだよ、突然踊り出すって」
「人を見た目で判断するな!」
「その言葉、使い方間違ってないか?」
でも、なんとなく分かった。
シフィエトラナにはペトラウカがそういう人種であるかもしれないことに警戒しているのだ。俺が接見した時、そのような印象を抱くことはなかった。距離感は近くともそれでいて自然体でいられる、人の安心感を引き出せる魅力のある少女。
それがペトラウカ・ステラの全容であると理解している。
「ヨーキャってのが苦手なのは分かった。でもペトラウカはそれとは違う。ちゃんと会って、話せば分かるから」
「話せば分かるってセリフを吐いたやつは、だいたい次のシーンで殺される」
「えっ!?」
「アニメの鉄則だ」
不機嫌の中に一筋の光明。アニメを絡めた話だと、シフィエトラナは少しだけ機嫌が戻る。どれだけ機嫌が悪くとも猫じゃらしに反応せざるを得ない猫と同じ。
「とにかく、もう一度ペトラウカを連れてくるから。勝手な想像で印象を落とされるって、イヤだろう? ペトラウカのことをちゃんと見て、しっかり理解していくことから始めような!」
「む……」
久しぶりに議論に勝利したようだ。
反論なく、分かったよと降参の言葉を引き出すことに成功した。




