第4話 ドラゴンは金がない
毎日22時くらいに更新予定ですが、今日は20時更新です
昨日持ってきた素材は未来の建築物への登用を期待されている画期的なもの。軽くて丈夫、高温にも耐えられるし錆にも強い。何より粘性のある硬さが持ち味だ。硬いとはすなわち脆いとも言える。粘性が加われば耐久度も跳ね上がる。今までとは違う一品だ!
……と、意気込んでシフィエトラナに説明をしたのだが
「……ふうん」
それだけだった。
一瞥後、さっと視線だけ移動させアニメ視聴に戻ってしまった。
「期待してないだろ。今に見てろよ! これには期待できると科学技術部も息巻いていたんだから、俺も期待している」
「たぶんいつもと一緒だろ~」
覇気のない声だ。
そう言わずにシフィエトラナも期待してほしいと士気高めに宣言しようとした、その時。既に音もなく分断されているそいつの亡骸。俺の視界は意図もせず、そいつが力なく二つに分かれて転がっている姿を捉えてしまう。
「……」
「どうした?」
「いや、何もない」
「言った通りだろ?」
返す言葉もなかった。
無念の敗北を喫して帰宅。
味気のない食事の後にさっさと寝床に着く。
「俺は何か、……根本的な間違いをしているのか?」
暗い室内で右手を翳してみる。
もう数百、いやそろそろ数千にも上る素材を試してみた。鉄はもちろん、水や氷、木などの植物、動物の骨、ガラス、建材、思いつくもの全てだ。理論の通用しないゲート問題なのだから、こちらも理屈抜きの挑戦者として色々試してみた。しかしながら、どれも効果はない。
答えの出ぬまま朝を迎え、寝不足な眼をこすりながらシフィエトラナの棲家に向かう。道中は長いはずなのに、気付けばもう目の前。全く違和感を覚えさせないうちにワープさせられているのは毎度のこと。でも俺の接近をどのようにして知るのか、まずそこから理屈が分からない。
本当、人智を超越した存在だと思い知らされる毎日だ。
「今日は何を持ってきたの?」
朝霧の中。
シフィエトラナは俺の到着を見透かしたように、既に外で俺を待ち構えていた。
手は後ろに組み、背中を小屋に預けている。
「今日は何も持ってきていない」
「そっか。じゃあ今日は一緒にアニメ観る?」
結果の出ない人類を目の前に、特に怒るでもない反応。俺の仕事は彼女との契約を果たすこと。問題の突破口をひとつも見出せていない俺は、そろそろ考えを別の方向に向けるという案に手を出すべきだと判断した。
「そうしたいのはやまやまなんだけどな」
少し疲れた笑みになってしまっただろうか。
「新しい素材は科学技術部に依頼しているから、完成したらまた挑戦させてもらうよ」
「ふぅん」
ゲートが物質を切断する力はシフィエトラナにさえ越えられない。
そんな途轍もない障壁を、非力で科学力も未発達な人類が解決することができる――なんて、彼女は本気で考えているのか。
まず、俺はそこから疑念を持つべきだ。
じゃあ、そうだな。考え方を変えよう。
「なんで【そっちの世界でアニメを観る】のではダメなんだ?」
そうだ。
越えられない問題はひとまず別物として考えて、他の解決策に手を伸ばそう。
「何か致命的な問題があるのか?」
シフィエトラナがアニメを観られる環境の限定を外すことができるのであれば、それもまたひとつの解決策になり得るはずだ。
「……話したくない」
じろりと湿った視線が刺さる。
久しぶりの悪寒というやつ。
初対面時のあの感覚が背中に走る。
「話したくないのか、それは仕方ない。知られたくないことの一つや二つ、あるよなぁ」
すんなり引き下がる俺を見て、シフィエトラナは少しだけ、本当にほんの少しだけ口角が緩んだ気がした。
「じゃあ俺も暫くそっちの世界に滞在してみようと思う。この問題を解決する突破口とまではいかないが、いとぐちくらいは掴めるかもしれないしな!」
「はぁ!? やだ!!」
「ええっ!?」
猛烈な拒絶に悲しみ混じりの衝撃を食らってしまう。
「なんでだよ! こっちの世界で試せることは、おおよそやり尽くした。残すは地球で未開拓の選択肢を探すというのが、合理的な判断じゃないか?」
「そうだけど、そういうことじゃない」
シフィエトラナは眉間に皺を寄せて、一歩も譲ってやるもんかという姿勢を見せる。
頑なな性格だが、ここはどうにか突破したいところ。
「何がそんなにダメなんだよ?」
むず痒い顔。彼女のいろいろな一面を見てきたが、少し追い込まれたような表情は初めて見たかもしれない。新鮮だ。
「私、お金ない」
小さな声だがしっかりと聞き取れてしまった。
「お金……」
なるほど。
万能なドラゴンといえど、稼ぎ先がないならお金もないのは当然だ。
「スタンリーがこっちで活動するのなら、お金、いるでしょ。でもないから無理」
「無職だもんな」
「無職って言うな」
「でもドラゴンなら何かとすぐに金稼ぎをできそうな気もするんだが。力仕事なんて得意だろ?」
力仕事のない国なんて存在しない。
この地球という惑星もきっとそうであるはずだ。
「……」
「?」
何故か押し黙る。
シフィエトラナが何か発言をしたくない、いや、隠したいという気持ちが見え隠れ。
バレているので実際には隠れていない。
「それに、働かずともこっちの世界から黄金を持っていけば換金もできるだろう。手段はたくさんあると思うのだけどなぁ」
「…………はぁ」
長い沈黙の後、ため息をひとつ。
そして首を持ち上げた彼女は俺の眼をじっと見つめ、
「私が怠惰で何の策もなく金がないと嘆いているアホだと思われるのはイヤだから、言うよ」
続けて、
「誰にも言うなよ?」
と念を押される。
「この世界における私は、とんでもなく非力な存在なんだよ」
「……どういう意味だろうか?」
「そのままの意味」
シフィエトラナの表情は苦虫を噛み潰したかのよう。
言いたくない言葉を紡いでいるのは確かだろうと思う。
「何か感じないか?」
「?」
「この世界――地球という場所は、私たちの生まれ故郷と確実に異なるところがある。……確かに、魔力に縁のない人類には感じ取れなくても当然かもしれないな」
落ち着いた語調。秘密を淡々と話してはいるが、俺が今から知ろうとしていることは人類史上初めて得るドラゴンの情報になる。そう思うと思わず息を呑んでしまう。
「この世界には【魔素】がない」
「魔素……?」
「そう、魔素」
魔力が学問としてほとんど成り立っていない人類史において、その記述は確かに見たことがある。しかし分析のしようもなく、あるとされているだけ。彼女の言葉の通りなら、やはり俺たちの世界には魔力をどうこうする素になるものがあるということか。
「私は――いや、ドラゴンは魔素を外部から取り入れて循環させて使っている。その供給源がないだけならまだしも、ただただ流出するだけというのが致命的だ」
「どんなふうに致命的なんだ?」
「流出するだけってことは、制御するための魔力が枯渇するということ。私は本来ドラゴンの姿だけど、それを人間に変えているのは魔力あってのこと。つまり最悪、人間の姿を保てなくなってドラゴンの姿を晒してしまうことになる」




