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第3話 ドラゴンにできないこと

毎日22時くらいに更新予定です

議会の内容は惨憺たるものだった。

「シフィエトラナは、全ての国が平等に保有する権利を持つべきだ」

これはこの世界で最も資本を持ち、あらゆる権力をその資本力で支配してきた大国の長の発言。ひとつの対策本部が独占して持つべき大きさの戦力ではない……という主張だが、本音は大きな武力が自分たちの味方ではないことが恐ろしいのだろう。

「シフィエトラナが凶暴な生き物ではなく、弱い者の味方であることを全世界に発信するべきだ」

何というか、名は伏せるが世界的に有名な某支援団体の委員長の発言。実情は凶暴な生き物であり、彼女は己の利益のために動く。相手の強弱に関係なく、目的の障害物になると判断されれば木っ端微塵間違いなしだろう。シフィエトラナに自分たちの理想の押し付けは通用しない。

「貴重な研究対象だ。多くの情報を仕入れたいと思っている。実験を重ねて人類史の新たな一歩としたい」

世界的な科学研究機関の室長の発言。シフィエトラナが利益なしに協力してくれるとは思えない。ところで、その交渉役は誰にしてもらうつもりかな?

……答えは訊くまでもない。

「シフィエトラナの愛称を決めたい」

戦争を経験したことのない某国の首相の発言。そんなことを決めて何になるのか。シフィエトラナの逆鱗に触れたその日、かの国は初めて国家の危機というものを体験するハメになるだろう。

……などなど。

シフィエトラナの所有権を主張する者。

愛を説く者。

平和に溶けた脳みそを恥ずかしげもなく披露する者。

政治的に利用しようとする者。

人類は自己中心的で盲目で、実に欲の深い生き物であることをまざまざと見せつけられた議会であった。

そしてそこに集まる誰しもが、シフィエトラナと相対したいとは一言も言わない。「誰かがそういうふうに仕向けてくれたらいいな……」という願望だけが頭でっかちに鎮座しているだけ。

みんな結局、自分は安全なところから指図をしたいのだ。

「こんなの、シフィエトラナが参加していたら爆睡か無視、途中退席のどれかだな」

ひとり、彼女の待つワープゲートのある山奥まで向かい始める。

「ワープがないと遠いんだよなぁ。一時間くらいかかるぞ」

ため息が漏れそうになったその時、腕を岩に挟まれたかの如く強く引かれる感覚を覚える。何事だと振り向くと、そこには不在ながら主役の座を守り続けた彼女――。

シフィエトラナがいた。

「長かったな」

言葉とは裏腹に、別に機嫌は悪そうではない。

「長いわりにあまり中身のない会議だった」

「まあ、そうだな!」

白い歯を見せ、笑いを殺しながら笑う。

「そうだなって、聞いていたのか?」

「議会室の屋根で寝転んでたよ」

想像する。なんか猫みたいだ。

それにしても、彼女の聴力もやはり人の想像に及ぶところではない。そんな、屋根で寝転んでいるだけで盗聴できるなんて、俺の認知している常識というやつでは不可能なはずなのだが。

「人間ってホント、そういうの好きだよな。眠くなるだろ? 私だったら寝る」

先刻の三択問題。爆睡、無視、途中退席。答えは【爆睡】らしい。

続けて、

「そんで怒られたこともある」

「!?」

「何」

シフィエトラナが怒られる?

そんな命知らずなこと、誰がするんだ!?

「誰に?? なんで!?」

「急になんだよ。昔のハナシだって。ベーリング海のカニ漁に参加してた時、朝礼が早くて眠りながら聞いていたら怒られたんだよ」

「ベーリング……?」

「スタンリーは知らなくて当然だ。あっちの世界のことだから」

その【あっちの世界】は、既に俺の目の前にある。知らぬ間のワープ。毎度のことながら、全く違和感など覚えさせることなくワープさせられている。シフィエトラナの魔力制御の緻密さがどれほどであるか、俺はその一端すら理解できていないのだろう。

「そのベーリングってのは……何だろう?」

「この世界でイチバン荒れている海」

 ドラゴンがそんなところでカニ漁? なんだか想像ができない。

 そもそもシ、フィエトラナがどうしてそんなことをしているんだ?

 カニが好き……とか?

「……シフィエトラナを叱れる人っていうのは、よっぽど命知らずなんだな」

「船長だったんだけど、たぶんあいつは私より強い」

「はぁ!?」

「うるさいうるさい」

ハエでも払うかのような仕草。

「あの世界にはドラゴンより強い人間がいるのか!?」

「もういいの、そのハナシは!」

彼女はぼんやりと青紫色に揺れるワープゲートの前に立つ。

そしてその横に残置されていた丈夫そうな線を二、三本取って見せてくれた。

「こいつ。ケーブルっていうんだけど」

「ケーブル?」

「そう。詳しくは、HDMIケーブル」

「??」

「映像と音声の通り道になる線。アニメを見るのに必要な機材と思ってほしい」

「そうなのか」

触ると少ししっとりしているというか、ゴムのような手触り。

断面には綺麗な金色が覗いていて、驚いてしまう。

なんていうか、近未来的な機能美を感じる。

「でも綺麗に切断されてしまっているんだ。ほら、見て。本当は接続先にちゃんと嵌るようになってる」

ずいと胸元に押し当てられたかたちで手渡されたのは、そのケーブルのもう半分。先端には金属で加工された凸型のものがくっついている。これがさっきのものとうまいこと篏合するのか?

「この世界でアニメを観ることができない理由は、ここにある。スタンリー、このワープゲート、危ないって言ったじゃん?」

「ああ。初めてシフィエトラナの部屋に行った時、ちょうどその境目で狼狽していたら半分に千切れると言われた」

「うん。それがワープゲートを通したケーブルに何度も発生しているんだ」

なるほど。

「スッパリ半分こだ」

断面が美しい。

でも裏を返せば、俺もこのケーブルと同じ目に遭うところだったということ。

悪寒と共に身震いをしてしまう。

「私がモニターだけをこっちに持ってきてアニメを観てると、だいたい一〇分くらいで切断されちゃうんだ」

少ししょぼくれた様子。

彼女のこんな一面は珍しい。

「ワープゲートの継ぎ目は鋭利なんだな……」

「異なる空間を無理やり繋いでるから、ちょっとでもズレると想定外のことは色々起こるよ。ワープゲートは普通、使ったら数秒で閉じるから。長い間維持するのは向いてないんだ」

なるほど……?

「ちなみにタブレットに動画データを入れてゲートを通ってみたこともあるんだけど、液晶がバキバキに粉砕した上に動画ファイルも壊れてしまっていた。新品じゃなくて中古で試して正解だったよ」

「そう……か」

 何が何やら分からんが、上手くいかなかったというのは理解できた。

 肯定的な相槌で終わらせておこう。

「ケーブルは、そのエイチケーブルじゃないとダメなのか?」

「PCのポートにもよるけど、私のはDP接続端子があるからそれも試してみた」

「?」

 墓穴を掘ったか?

 何故か懇切丁寧に説明してくれるが、意味不明だ。

分かる単語がひとつも出てこない。

「でも結果は同じでさぁ。そんで、そもそもどれなら切断されずに維持できるのかなと思ってたくさん試してみたんだけど」

そういうと、ゲートの前に散った挑戦者たちの残骸を部屋から持ち出してくる。

中々の量に思わず感嘆の声が出てしまう。

「すごい量だな……」

「ケーブルも安くなくて、出費が嵩んじゃうよ。どれも中古のジャンク品だけど」

ため息と共に紹介されたそれら。すべからく断面はどれもとても滑らかで、とてつもなく切り味の鋭いもので一撃裁断されているように見える。

 腕の良い調理師に裁かれた魚みたいだ。

「全部ダメだったわけだ」

「そう」

箱に入れられた大量のケーブル。ケーブル一本一本は大した幅を取らないのにこれだけ山盛りになるというのは相当試したということ。

「それにしてもケーブルってこんなに種類があるんだな」

「全部用途が違うんだよ」

機嫌が良さそうだ。明確に口角が上がるのは珍しい。彼女はいつも何か悪戯を画策している猫みたいな表情を見せる。しかしながら、今回は打って変わって無邪気さに溢れているよう。

例えばこれはね、とシフィエトラナは切断されたケーブルを一本手に取る。

「これはLANケーブル。インターネットを利用する時に使う一般的なケーブルだよ」

「インターネット?」

「VGAケーブル。非デジタル信号機器向けのケーブル。だんだん使用率が減ってきている絶滅危惧種のひとつだね」

「青いのが付いてるな」

「ステレオミニプラグ。音声専用のケーブル」

シフィエトラナの目は爛々とした輝きを宿している。

「SATAデータケーブル。ハードディスクの接続に使用するケーブルで、PCを開けて中身を見ない限り目にすることはないかな」

「……?」

「これはSCSIケーブル。ちなみにSCSI対応機器が現存している家庭はほぼ存在しないよ」

「……」

まだまだ紹介が続きそうなので、ついにおれは制止をかける。

「何がどう違うのか全然分からんが、とにかくたくさん試したわけだ」

「そーね」

シフィエトラナは物足りなさそうに、しかしながら握っていた次に紹介予定のケーブルを箱にしまい直す。

「まあこんな風に思いつく限りのケーブルをワープゲートに通して放置してみたけど、どれもスッパリだ」

「確かに……」

この切断面。明らかに物理的に鋭利なもので切断されている。

「じゃあ、純粋に硬いもので防御すればどうだろう?」

「うーん」

そういう問題じゃないだろうという言葉が顔に書いている。そんな表情。

翌日に早速、この世界において最高の硬度を誇るモイセナイトという鉱物を加工したものを用意した。

「これ! 見てくれ!」

「何これ」

「モイセナイトっていうこの世で最も硬い鉱物を筒状にしたものだ。この中にケーブルを通せばいい!」

「この世で最も硬いくせに、既に人間の加工力の前に屈しているのは何」

「……」

指摘は聞かなかったことにして、そいつを勇んでゲートに通す。

愕然とした現実を見せつけられたのは、その直後であった。

「筒の空洞部分にゲートの青紫が貫通している……!」

「やっぱり」

「なんで!?」

久しぶりに大きな声が出た。

妙案だと思ったのに一瞬で瓦解崩壊してしまい、残念と思う気持ちすらまだ追いつかない。

「境界線をどうこうしたところで、境界線であることに違いはないということ。トンネルのような作用を期待したんだと思うけど、それはたぶん無理だろうなぁ」

「なんだか難しいな……」

「国境だと考えて、地上だろうが地中だろうが空だろうが、そこに国境があるのは変わらないでしょ? そういうこと」

分かったような……分からないような。

いや、分からん。

「だからぁ~、どんなことがあっても線引きは存在し続けるということ」

「あぁ……」

これ以上分からない感じを出すとシフィエトラナの機嫌を損ねかねないので、一旦退く。

そしてこの後俺は、家に帰って寝る前にもう一度考えてやっと理解することとなる。

「あ、千切れた」

「うわ」

そんな会話をしているうちに、この世界で最も硬い鉱物もあえなく敗北を喫してしまった。

「物理的な勝利は期待できなさそうだな……」

肩を落とす。

俺の知識の範囲でどうにかできそうな問題ではないのか?

そもそもこの聡明なドラゴンがどの程度か知らないが考えて、そして自分の手に負えないと判断して人類に契約を持ちかけた案件だ……。【ドラゴンにできないことはない】と言われているのに、そんな万能な存在が【できない】と降参の旗を振った案件を俺がどうにかできるものなのか?

「おーい。固まってるぞ?」

「……このワープゲート、よく見たら向こうの景色が透かせないか?」

「無理っしょ」

否定しながらも目を顰めながらワープゲートをじっと見つめる。

どんな案でも実行してみようという姿勢が見える。

彼女も本当に理由が分からないのだ。

「あと見えたとしても音聴こえないし! それに私、画質にもこだわりがあるの! グラボもこだわって高価いやつにしてるんだから!」

「そうなのか?」

グラボとは何? 

……とは訊かないでおいた。

「そうなの! ただアニメが観られるだけじゃなくて、ちゃんとした画質で観たいの!」

「怒っている……!」

でも怒り方がそのまま見た目相応の女子という感じなので、本気の怒りではないのだろう。小さく不満を発露させたというところだな。

「分かった、分かった」

シフィエトラナは不満の払いきれない視線をそのまま俺に向ける。

「もう一度、上の者と掛け合ってみる。新しい作戦を考えて、またここで提案させてもらうよ」

「また会議すんのぉ~??」

うんざりとした顔だ。

だが、仕方ない。

「俺ひとりの考えには限界がある」

「あいつら何の足しにもなんないことばかり話すじゃん。あ……、でも資金面の相談はしなきゃ、か……」

数秒黙り、シフィエトラナは「早よ行ってこい」と俺を解放した。

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