第2話 ここは、地球だ
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無言で俺の腕を掴み獣道を進む。
俺は一体どこに連れて行かれるのだろう。
何度質問しても、「私の家」としか答えない。
ドラゴンの家……例えば龍穴などを想定するも、具体的にどんなものなのかは見たこともないのでその外観を想像できない。
「スタンリー」
「え?」
何の前触れもなく、シフィエトラナは唐突に俺の名を呼んだ。
「あの時、魔砕風に何をしようとしてたんだ?」
あの時……。
俺が魔砕風と対峙し、シフィエトラナと初めての邂逅を果たした時のことか。
「銃を持っていたよな」
「弾丸を撃ち込もうとしていた」
「風に弾丸? そんなもの、何の意味もなさないだろ」
「弾丸といっても、銀を加工して作った弾丸だ。魔砕風だけでなく、魔力由来で暴走する災害にはどうしてか銀が効く」
「ふぅん。理由は?」
「理由は分からない。だが、これまで多くの人の犠牲のうえに辿り着いた結論だ」
「……」
前を行くシフィエトラナは、ちらりとこちらを一瞥。
しかしながら、目が合うか合わないかというところで向き直ってしまう。
「絶対に不可能に思えてもさぁ、それを攻略したくてたまらないやつが出てくるのが人類ってもんなのかな」
「?」
「私なら諦めちゃうぜ」
シフィエトラナはひとりで小さく笑う。
「その弾丸、私に向けちゃダメだからね」
悪戯っぽい声色だ。彼女の発言の本意は掴めない。
風のざわめきに惑わされ、ふと辺りを見回す。
深い森はもはや前後左右全て同じ景色。彼女なしでは遭難確定。だが、まだ歩き出してそんなに時間は経っていない。振り返ると聳え立つ王城の頭の部分が、見えるはず……。
「あれ?」
王城など欠片も見えず、代わりに視界を阻むのは越えた覚えのない険しい山肌。
「ここはどこだ!?」
あまりに想定外のことであったので、場面も弁えず頓狂な声を出してしまった。
「まだ少ししか歩いていないはずなんだが……!? こんな山、超えた覚えはないぞ!?」
「なんか思ったより遠いな~って思ったからワープした。そういや私、そっちに行った時は飛んで行ったんだった」
シフィエトラナはこちらに目を遣ることもなく、うるさいと言わんばかりに俺の言葉に被せてそう告げた。
「ていうかさ、こんなことでいちいち驚いていたら身がもたないよ? 理不尽に思うのは分かるけど、そんな大袈裟な驚き方~。体力使うでしょ」
「ワープってなんだよ!?」
「紙を想像して」
「え?」
シフィエトラナは俺の感情なんてまるで無視して説明を続ける。
「想像した? じゃあ、その紙の端と端に点を打つ」
混乱で埋め尽くされ、もはや何もかも入る余地の無くなりそうな脳内。
しかしそれくらいなら想像できる。
「その点からもう一方の点へ行くための最短距離を考えるとすると、どうすればいい?」
「それは……こう、点と点を一直線に結ぶのが最短だろう」
「違う」
この答えが返ってくることを完全に予想したかのような、発言後間髪入れずの即否定。
「点同士が重なるように紙を折る。これが最短」
「……?」
理屈だけ分かるが、そんな答えは卑怯というか……。
いや、このような考えこそが頭の柔らかい情報処理能力というものなのか。きっとシフィエトラナというとんでもない魔法使いのドラゴンにおいては、このような思考を絶えず繰り返している瞬間こそが当たり前の日常なのだろう。
「でもさー。ある程度知っている場所なら概算してワープできるけど、ワープした先が空だったり、海の中とか地中だったら最悪じゃん? だから知ってる場所じゃないと、あんまりやりたくないんだよね」
……ワープの説明をされても原理が分からないので、とりあえず理解したフリをするしかない。あぁ、そうなのかと答えるも返事はなかった。
「この調子でその、アニメを見られる場所までワープするのか?」
「そうそう。もうすぐだから」
彼女の話は本当で、その言葉を言い終えると同時に傍で静かに佇む小屋を指差した。それはまるで木こりの休憩所。そのまま獣道を歩いているだけだと見落としてしまうくらいの、とても良い言い方をすれば……ものすごく自然に溶け込んだ趣き深い家屋だ。
「ここでアニメを観るんだな……」
「いや、うーん……まぁそうなんだけど、正確には違う。この扉を開けると私の家に繋がっている。そこで観せてあげるよ」
「?」
シフィエトラナの言っている言葉の意味は分かる。
が、表現が引っかかる。
家の扉を開けると自分の家に繋がっている? 確かにそれはそうなのだが。
俺がそんな疑問を抱いていることにも気を留めず、彼女は扉を開ける。
「……!?」
その先に広がっていた光景は、矛盾と不自然さに満ち溢れた異様な空間だった。
丁寧に草を編んで作られた床は一塊ごとにきれいに並べられ、柱は木製。年季の入りようが伺える。中央には小さな机がひとつあり、その他は俺の持ち得る知識をいくら駆使しても喩えようのないものばかり。説明するにも語彙の足りないものたちが、所狭しと鎮座していた。
いや、――というか。
明らかに小屋の外見と内装が違いすぎる。部屋の大きさも合っていない。何より、室内の窓から見える光景が山中を映していないのが最もおかしい。ネズミ色に舗装された道路に、見たこともない車が轟音を響かせ走っている。馬を引き連れ歩く人もいない。
「一体何がどうなっているんだ!? ここはどこだ!?」
魔砕風を前にしても、死を目の前に見据えた状況でも、努めてある程度の冷静さを失わずに行動できていた自負がある。そんな自分がここであっけなく崩れ去ってしまう。
「騒がないでよ。ここは東京都の目黒区の~~……ええと、駅から五分くらい歩いたとこにあるボロいアパート」
「何?? メグロク!?」
「そう」
彼女の返答は意味不明。
室内と外を何度も何度も見比べる。
しまいにはちょうど境界を跨ぎ、半身を異世界に進入させた状態で思考停止。
狼狽で頭が回らない。
「そこ、危ないよ」
「え?」
「ワープの繋ぎ目はヤバい。結構不安定だから。もし何かあってこのワープがズレたり千切れたら、スタンリーも真っ二つになるよ」
青褪め、飛び退く。
シフィエトラナは俺の驚嘆する姿に一言も触れず、淡々と己の為すべき行動をこなしていく。早く理解して早く事を為せというメッセージだろう。
俺の為すべきことは、アニメを観せること。
でも、……やっぱり、アニメって何なんだ?
この小部屋もそうだが、俺を取り巻くこの状況は明らかに異質。
見たことのない機材を何かしら触り、眼前の鉄板に明色が灯る。後はどう表現して良いのか分からないが、シフィエトラナの手際が良いことだけは何となく理解できた。
そうして寸刻も経たないうちに、少しだけ表情を緩ませ
「できた」
と独り言。
「じゃあ、アニメを観せる。何でそんな端に突っ立ってるの? そこに座って」
指差された場所は、光を灯す鉄板の真正面。
怖い。
アニメとは何なのだ。
先ほどほんの少しだけされた説明においては、ほとんど理解に適うものはなかった。
俺はアニメの何もかもを知らない。
「【グロック・ウィッチ】っていうアニメでね! 今期のイチオシなんだ」
シフィエトラナの顔が初めて明確に緩む。
「グロックウィッチ?」
「ただの魔法少女モノだと思ったらダメだからね! 銃で魔法を撃つんだけど、物理的に痛いし、内容も心をめっちゃえぐってくるから! ユナちゃんが最初は感情ゼロの兵器なのに、少しずつ【ひとりの女の子】に戻っていくの! その過程がもう……なんていうか、尊い……。しかも作画もヤバいし、音響もバキバキにキマってるし、銃声に魔力エフェクト混ざってる演出マジで鳥肌立つから!」
なんだ!?
何を言っているのか分からんが、すごく上機嫌なように見える。
そして何より早口!
聞き取るので精一杯だ。
「六話のミオちゃんとのやり取りで泣かない人いないんじゃないかな! ――おっと、ネタバレ……。今のは聞かなかったことにして」
「全部訳分からんかったので大丈夫です……」
シフィエトラナは唖然とする俺を尻目に、再生のボタンを押した。
青白い背景を灯していた鉄板――いや、シフィエトラナはモニターと呼んだか。これに単色ではない鮮やかな絵画が灯される。しかし俺の視線がそれらの全てを緻密に理解して読み込む時間を与えられることもなく、目まぐるしく場面が展開されてゆく。それはまさしく、絵で表現されたもうひとつの現実世界。
長い筒の銃を重そうに抱え、片膝をつきながら射撃を試みる少女。ついで大爆発とともに破壊される、目標物となった悲しき魔獣。ヘドロの塊のようなもの――それはおそらく彼女たちの敵。だがそいつらは銃撃にも耐える何かを持ち合わせており、少女たちは思わぬ反撃を受け――。
「あっ」
シフィエトラナが突然小さく声を発したとほぼ同時、鈴のような軽い音が部屋に響く。
「ママゾンだ」
謎の言葉を残し、彼女は立ち上がる。
トトトと玄関先に駆けて行き
「お届け物です」
「あ……、はい」
「ここに受け取りの……」
「はい、あ、どうも……」
あの傲岸不遜なシフィエトラナが、突然訪問してきた人間と対等に会話をしている!
しかもその口ぶりから察するに、なんだかラナを圧倒しているような気がする!
あの青年、何者だ……!?
ふとモニターに視線を戻すと、緊迫の場面で時間が止まっている。
さっきまであんなに生き生きと世界が動いていたのに、どうなっているんだ??
「置き配指定にし忘れていたか……。続きを観よう」
「あの人は……ドラゴンの世界において何か重要な人物なのか?」
「は? なんで??」
シフィエトラナは訝しげに小首を傾げる。彼女が隣に座ると世界は再び動き出す。
鋭い一撃が画面の少女に当たる、その瞬間。場面は全く違うところに飛んでゆく。彼女が苦労して成し遂げてきたこと。悲しかった思い出、強くなろうと決意した朝。初めて人の役に立てたあの日のこと。それが短い時間で動く絵として克明に脳裏に焼きついていく。
これは彼女が経験してきた過去。
――あぁ、そういえば俺もそうだったな。
決して出来た人間ではなかった。
体力も人並み、能力も人並み。災害で家を壊され、苦労して過ごした少年時代。自分のように困った人を助けたい。人のためになりたいと願うもその未来は己の能力不足で叶わないと知ったあの日、俺は【諦めるのではなく、それでも挑戦し続ける】という愚かしくも美しい道を選んだ。
何か抜きん出たものが欲しくて、唯一筋があると言われたことのある射撃の腕前を磨いた。とにかく磨いた。一心不乱に、時間も季節も忘れるほどに自身を研磨した。そうして最後に手に入れた地位が、今ここに咲いている。
魔力に関する災害を直接鎮圧する、危険極まりない部隊。
人々は死に急ぎの集団だというが、俺にはそうは思えない。
やっと手に入れた自分の生きるべき場所が、そんな言葉で片付けられる存在なわけがない。別の世界線に自分と同じ思いをしている誰かがいるとしたら、……そんなことは考えたことはないが、もしいるとしたら、それはこのモニターの中でもがき苦しむ彼女に相違ないのではないか。
「苦労したんだな……」
このモニターの中の少女のことは今初めて知った存在だというのに、なんというか、胸の奥底に訴えかけてくる何かを感じる。
幼い日の頃、母親に連れて行ってもらった演劇。目に焼きついて今の俺の心の奥底で感動の源、評価基準となって鎮座しているそれを激しく叩かれるような情動的な気持ち。
頑張れ。
声には出ないが、舌先までその言の葉を紡いでしまいそうな臨場感。まるでこの世界が俺の目の前で実際に繰り広げられているかのような、ひとりの人生の総記録を詳らかに、しかし感動的に描いて示してくれているような。
少女は敵の攻撃が当たる瞬間、激しい光に包まれ――。
「あっ」
声の主はシフィエトラナ。
場面にそぐわぬ水を差す言葉の後、バツンという無機質な音ともに部屋が真っ暗になってしまった。
「あ――っ!! しまった!?」
シフィエトラナの悲鳴。
おそらく人類においてそんな声を聞いた人間は俺が初めてだろう。
モニターも真っ暗。
先ほどまで激しい戦いを繰り広げられていた空間は暗黒に閉ざされている。
「……」
思いの外に嘆くシフィエトラナを傍目に、俺は冷静を保っていた。
敵襲か……?
シフィエトラナならどこでどんな恨みを買っているか分からない。
だがこんな規格外の暴力装置に喧嘩を売るとしたら、そいつもまた規格外で頭のネジが外れたような思想と力を持っているはず。人類がどう抗おうと無駄なバケモノを両側に置いて戦闘に陥りでもしたら、俺の命なんて一瞬で四散する。まずは己のいる空間を正しく認知し、全体がひと通り見渡せる箇所に移動――。
「電気止まっちゃった!!」
シフィエトラナの見せる痛恨にまみれた悔恨の表情。
この生き物がこんな顔を見せるなんて、別の意味で呆気に取られてしまう。
「振込、間に合ったと思ったんだけどな……。適当な人類を早く見つけられなかったせいだ~~! 厳選なんかしなきゃよかったぁ~~!」
肩を落として床にへばる。
部屋が暗くなったくらい、何がどうしたというのだろう。
「本部に戻れば蝋燭があるが、……いるか?」
「いらない」
視線すら合わせてもらえず、冷淡な対応を受けてしまう。
続けて、そういうことではないと言われる。
「パソコンの電源を引っこ抜くみたいな切り方、ホント良くないのに! 壊れちゃうじゃん! なんて残酷なことするんだよぉ……人類は容赦ないな!」
「?」
憤慨に若干の涙を滲ませる。
何が彼女をこうまでさせるのか、対応に困ってしまう。
何に対してどういう悲しみを背負い、そして怒りを覚えているのか俺には分からない。
「……まぁ、いいや。アニメってのはこんな感じ。絵が動いて喋ってたでしょ?」
「……」
「感想は?」
なんだろう、何と言えばいいのだろう。
「幼い頃に見た演劇を、夢の中にある星空の舞台で再現しているような……。そんな奇跡としか形容できない世界を見た気がする」
「なんだそれ。妙に文学的でキモいなぁ」
シフィエトラナはそんな大袈裟なものではないと言いた気な表情で俺を見る。
「絵を一枚一枚書いて重ねて、勢いよく捲ると動いて見えるよね」
「その原理は分かる」
「これを何万枚も描いて声と音を付け、映像作品に仕上げたものが【アニメ】だ」
不可能だ。何万枚も描く?
一体どれだけの年月をかけて、たったそれだけのことをする価値がある?
「魔法は介在しないと言ったな。ではこれを人力でやり遂げているというのか?」
「そう」
シフィエトラナは嘘をついていない。
窓から漏れる陽光に映える彼女。
からかいの色など一切感じられないその表情を見れば分かる。
「根気よくやってきたんだよ、この星の人類は」
「この星……。もう俺の頭では理解の範疇を大幅に超えた出来事しか起こっていないもんでなぁ。何だかよく分からないよ」
ため息を吐きそうになるが、堪える。
「整理すると、ここは既に俺たちの生まれ故郷ではないということだな?」
「そこからだいたい三〇〇光年離れた場所にある星」
ドラゴンにできないことはないと、古い文献にはそう書いてあった。学生当時の俺は、何を根拠にこんなことを断言して書くのだろうと、少し懐疑的であったが。
きっと文献を書いたその人も、俺と同じ目に遭ったのだろう。
「ここは、地球だ」
カクヨムにも投稿予定です




