第1話 アニメは魔法ではない
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「アニメとは一体何だろうか?」
栗色の短い髪がふわりと揺れるたび、彼女の輪郭が柔らかく映える。
大きな琥珀色の瞳は、無邪気な輝きとほんの少しの悪戯心を宿していて、視線が合うだけで心が跳ねるよう。そんな可憐な少女の姿を騙るシフィエトラナに投げつけられた質問は、まずはこれだった。
各国首脳が一堂に会する大きな議事堂。
シフィエトラナは見るからに頑丈な鉄製の檻に閉じ込められ、為政者たちは隣に屈強な武装兵を据え置いて人類の救世主を迎え入れていた。
俺はというと、彼女が放り込まれている鉄檻の真横。
ちょうど扇形に膨らむ議事堂の、最も視線が集中する箇所。
その位置に二人が孤立して配置されている。
――勝手に契約した責任を取れ。そのおかげで窮地を脱することができたのはさておいて、そう言われている気がして仕方ない。
「簡単に言うと、動く絵ってところかな。動く絵で物語を作る。絵の動きに合わせて言葉を付けて、音楽で盛り立てる。そうやって創意工夫を凝らして、ひとつの映像作品にまとめ上げたものが【アニメ】」
シフィエトラナは意外と淡々と受け答えを続けている。
ただ、表情は面倒だという色が全く隠せていない。
安全面から檻に入って欲しいと言われた時は機嫌を損ねて大暴れするかもしれない事態に備えて軍が配備されたが、彼女は二つ返事で了解した。
どこか人間の考えそうなことや社会の規範を知っているような、妙に話が早いというような。しかしながら、俺の人生において最も肝を冷やした場面を選ぶなら、この瞬間は上位入り確定だろう。
「シフィエトラナ様もご存知だろうが、我々人類は魔法が使えない。契約とはいえ、そのような芸当はできかねることは知ってほしい」
「アニメは魔法じゃないよ。人類の努力の産物だ」
シフィエトラナは続ける。
「それに、アニメを見せてほしいとは言ったけど、作ってほしいなんて一言も言っていない。映像技術の発展を待って、ウォルト・ディズニーとか手塚治虫のような才能が出てくるのを待って……なんて、どれくらいかかる?」
誰も知らない人間の名前を、さも知っていて当然かのように語る彼女。
分からない。
こんな内容をよく理解できないハナシが飛び出すたび、人類に緊張が走る。
真横にいる俺は、もはや生きている心地がしない。
どんな突拍子のないことをするのだろう?
次の行動を全く想像できない暴力装置なんて、そんなの怖くて当然だ。
「ではどのようなことをしろと申すのか!? あまり人類を嘗めないでもらいたい」
強めの語調の背後に恐怖を拭えない声色。
「できないと分かっていることをやれと? ふざけていないで要求の根幹を答えてほしいものだ!」
武装国家の頭領が勇んで質問を飛ばすが、シフィエトラナとバチっと視線が合ったのか勢いは尻すぼみ。視線を右下に逃がしつつ、おずおずと着席してしまう。
「こんな会議室で話しても私の契約は果たされない。さっきのお前、付いてこいよ。その世界に招待してやる。ハナシはそこからだ」
指差されたのは勇んでしまった先刻の頭領。
「無礼者ッッ!!」
彼は震え混じりの大きな声で怒鳴った。
同時、全ての傭兵の銃口が彼女に向けられる。
その光景を一瞥し、シフィエトラナは口元を緩めた。
「なぁ、見ろよスタンリー。これが今から契約を履行するやつらの態度か?」
その嘲りは冗談ではない。
そして再度、己に銃口を向けてくる飼い犬の主達に向き直る。
「私はどう言われても気にしない。何だっていい。無礼かどうかなんて興味はない。撃つなら脅す前に撃ってくれよ。死ぬのは流れ弾に被弾するだろうこいつだけだ」
確かに、魔砕風を粉砕する力を持つこのドラゴンだ。
銃弾なんて効かないのは目に見えて明らか。
「ただ、契約は守れ。守らないとお前らの運命はないと思え。私にとっておまえたちは道具だ」
声色ひとつ変えない。
至極落ち着いた彼女の言葉が全身に響く。
内臓が口から飛び出そうなほどの緊迫感と重圧。
これが隔絶すべき力量差を誇る絶対的強者の圧力なのか。
肌に滲む冷や汗が止まらない。
寿命がゴリゴリと目減りしていくのが良く分かる。
「最初から会議なんて意味ないんだよ。私と一緒に行きたいやつ、いる? どうせ立候補もいないんだったら、こいつを借りていくけど」
「!?」
紙でも翻すかのように鉄檻を片手でひっくり返し、シフィエトラナは自ら解放される。
質量を持った金属が地面と激しく衝突し、体の奥底まで響き渡る重低音がこだまする。
そしてそのまま俺の右手を取り強く引くシフィエトラナ。
彼女は無駄な時間を過ごしたとでも言いたげな顔で、
「会議好きだよな、人間って」
と呟いた。
「待て! どこへ行く気だ!?」
騒然とする会場を無視して、シフィエトラナは俺を引き連れ強引に突き進む。
「権力だけの無能より、強制だとしても責任をもって判断をするスタンリーの方が幾分かマシだよ。お前が契約を遂行しろ」
イヤだというのが本心。しかし、ここで断ったらきっと殺される。
何とか免れたとしても、世界は契約を勝手に結んだという名目で俺に責任を背負わせるだろう未来も必然。
だからつまるところ、俺の答えは
「……分かった」
これしかないのだ。
「だが、申し訳ないのだが、アニメはやはり分からない。なんとなくの想像はできるが、きっと俺の想像なんてそちらの思っているものとはまるで違うのだと思う。この差はどのようにして埋めれば……」
「理屈っぽいなぁ」
シフィエトラナはずんずんと進む。
「百聞は一見にしかずという言葉、知ってる?」
「……いや」
「観れば分かるってこと。今から観せる。それがイチバン早い」
辺りはいつの間にか陽光も届かぬ深い森の中。
もはや助けを呼んでも誰も来ないし、来たとしても相手はシフィエトラナなのでまず勝ち目はない。
あぁ、これから俺は一体どんな目に遭うのだろう
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