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プロローグ アニメを観せてくれ この世界で

毎日22時くらいに更新予定です。

1話から3話は今夜更新します。

「私の名前はシフィエトラナ」

暴風荒れ狂う平原にて。

人類存亡の危機に直面している真っ只中。

突然何の前触れもなく眼前に現れた少女が何者か分からぬまま、しかしながらこの世界に生きる者なら誰でも知っている名を口にする。

「なんでこんなところにいるんだ!? 早く避難所に戻りなさい!」

暴風にかき消されないよう、必死に声を張り上げて叫ぶ。

このままでは、この娘が死んでしまう。

――ここで俺は疑いを持つべきであった。

少女がひとりで装備もなくこの暴風雨の中を平然と出歩くことなどできるはずがない。

この台風は魔力をふんだんに吸い込んで悪魔的に成長した【魔砕風】と呼ばれるもの。

風に触れれば容赦なく肌を裂き、またたく間に命を刈り取られてしまうほど悪辣極まりない自然の猛威。

そんな中を無傷で、しかも最前線にて魔砕風に対抗している俺の元まで歩み寄れるなんて、……普通は不可能なのだ。

そう、普通であれば。

「大変だなぁ? 人類。めちゃくちゃ押されてんじゃん。危機的な状況ってやつ?」

子供のような悪戯な笑みを浮かべ、首を傾げて様子を伺うように俺を見上げる。

自分の声すらまともに聞き取れない雨風の中で、どうしてか彼女の声だけは耳元で囁かれているかのようにはっきりと聞き取れてしまう。

そして同時――。

蛇が背中を伝うような、どこか生物的な不気味さに片足を突っ込んだ恐怖とでも形容しようか――……。

そんな錯覚すら覚えてしまうのはどうしてだろうか。

「早く戻りなさい!! クソっ! 誰かこの娘を避難所まで――」

「おまえ」

俺の必死の呼びかけを遮るように、彼女は少し冷たい声で俺に問う。

「この中でイチバン偉いだろう?」

「――……?」

「そうだよな?」

この中、というと。

超自然対策本部迎撃部隊。

魔力の絡むあらゆる自然災害に身を挺して鎮圧に向かう国家組織。

確かに俺はそこで、前線部隊の陣頭指揮を司る人間だ。

部内では有名かもしれないが、しかしながら民間においてそれを知る人は少ない。

いや、皆無のはずだ。

猛烈な雨と風の中、少しの不敵な笑みを携えてじっと俺を見つめる少女。

頭まで響く心音。猛烈な風雨に体温は奪われているというのに、じわりと滲むイヤな汗。

戸惑いと、そろそろ気付かないといけない畏怖が体中を這いずり始める。

「何者なんだ……?」

「シフィエトラナ。冒頭に言っただろう。二回目だぞ、スタンリー」

背筋が凍る。

今度は名前まで。

……さて。

人類を滅ぼすやもしれぬ魔砕風に匹敵、いや上回ってしまうかもしれない脅威が訪れた。

あぁ、どうして気付かなかったのだろう。

彼女から放たれる、まるで大自然の雄大さを目の前にしたかのような感覚。人間の形をしているだけでその中身が根源的に異なるという、本能的な忌避を駆り立てる焦燥感。そして何より、彼女のその足元から背後に向かって伸びる影。分厚い雲まで悠に届いて人外を描くその壮観な光景に、何故今まで気が付かなかったのだろう?

「まさか……ッ!」

声が震える。

「本当にシフィエトラナ……!」

 視界が揺れる。

「ドラゴン……なのか……!?」

「だからそうだって。初めから言ってるだろう?」

呆れの混じる訝しげな表情を作り、まぁいいと言った態度で構わず話を続ける。

「この魔砕風、私が消してあげるよ」

「!?」

「ただし、これは契約としようか。魔砕風を消す代わりに、人類も私の希望をひとつ叶える。条件は同じ。悪くないだろう?」

何を言い出そうというのだ、このドラゴンは?

「どうする? 人類」

頭を冷静に戻せ。

「ここで私の助けを借りなきゃ、人類はどんな運命を辿るかな」

そう。そうなのだ。

このまま同じ行動を続けているのでは、俺たちの命運は尽き果て、崩壊は時間の問題ということになる。

特に今回の魔砕風は観測史上最悪と悪名高い。

街どころか国ひとつ吹き飛ばしても余りあるほどの破壊力を持つ悪魔だ。

この危機を脱する方法は現状、このドラゴンの力に頼るしかないのだろう。

「……なるほど、だから俺がイチバン偉いか確かめたのか」

「指揮権を持っているやつと交渉するのが効率良いからな。その辺の雑兵に聞いても仕方ない。時間がかかる上に判断もしない」

返事はひとつしかない。

ここで断れば、一体どれだけの人間が死ぬことになるのだろう。

それを想像すれば、俺の判断に誤りはないと信じるしかないじゃないか。

「分かった」

「いいね」

邪気のない笑顔。

「英断だと思うよ。契約成立だ。じゃあ履行してくる」

そう告げると、背を向けるシフィエトラナ。

「……待て!」

「あぁ?」

気怠そうに振り向く。

「そちらが人類に提示する契約の内容が何か、先に教えてもらえることはできないか?」

唇を噛む。

この判断は正しいのだ。

数万人の命が救われる未来は正しいのだ。

しかし、もし! ……もし、だ。

――シフィエトラナが人間の尊厳を踏み躙るような契約を提示してきたら……?

今後の人類史を暗黒で染め上げるような契約を強いてきたら……?

もしそうなった場合、俺の決断は人類史を耐え難い屈辱の歴史に変えた愚かな所業であるということになる。

それだけは防ぎたいが、しかしこの状況を打破するには――……。

「アニメを見せてくれ。この世界で」

そう一言残して、彼女は姿を変えた。

少女からドラゴンに姿を変えたのは確かであるが、その瞬間を目で捉えることはできなかった。まばたきの前後で既にドラゴンの姿と成していた彼女は、左右に大きく翼を張る。

白銀の肢体に光を纏う美しい双翼。流線型の瞳は赤く、目が合うだけで勝てないと相手に理解させる迫力が滲み出ている。

あぁ、シフィエトラナ。

これが本物の、シフィエトラナ。

抜けそうになる腰に力を入れ、一歩後退するだけでどうにか持ち堪える。

文献でしか出会えなかった存在が、今さっきまで俺の前にいた。感動と恐怖が同時に押し寄せ、俺を包み込む。居ても立ってもいられない不思議な衝動に駆られながら、先ほど告げられた内容が遅れて脳内でこだまする。

「……アニメって何だ…………??」

カクヨムにも投稿予定です。

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