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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第9章 リオンの夏休み

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第90話 西の森の奥

「大変だーっ!」


 切羽詰まった声が、拠点の奥から響いた。


 周囲の空気が一瞬で変わる。

 冒険者たちが一斉にそちらを振り向き、荷運びの男たちが動きを止める。

 俺とノルも反射的に駆け出していた。


 木材置き場の脇を抜けた先で、二人の冒険者が仲間を担いで戻ってきていた。

 一人は肩を貸し、もう一人は半ば引きずるようにしている。

 支えられている男の右脚は血で濡れ、もう一人の腕にも深い裂傷が走っていた。


「下がれ! 道を空けろ!」


 ノルの声が飛ぶ。

 拠点の人間たちが慌てて左右へ退いた。


「何があった?」


 ノルが問うと、肩で息をしている冒険者が叫ぶように答えた。


「群れだ! 奥の方で魔物の群れに当たった! いつもの数じゃねぇ、いきなり押し寄せてきやがった!」


 担がれていた男が苦しそうに呻く。

 右脚の傷は牙か爪によるものらしいが、かなり深い。放っておけばまずい。


「ノル、手当てを」


「ええ」


 俺たちはすぐその場に膝をついた。


 まず出血のひどい脚を見る。

 傷口の位置を確認し、すぐ近くにあった水桶で手を湿らせる。


「この近くで止血草と冷却葉は取れるよね?」


「少し手前の斜面にあります」


 近くの採集人が答えた。


「持ってきてください。急いで」


 返事と同時に数人が走る。


 その間に俺は自分の荷から布を取り出し、傷の上を強く圧迫した。

 担がれていた男が歯を食いしばる。


「少し我慢してください。死ぬ傷じゃない」


「っ、は……!」


 ノルはもう一人の裂傷に布を巻きながら、周囲へ短く指示を飛ばしていた。


「湯を用意しろ。清潔な布もだ。あと、馬車を一台寄せておけ」


 動きに無駄がない。

 さすが騎士団長だ。


 ほどなくして、採集人たちが葉を抱えて戻ってきた。

 俺は止血草を手早く擦り潰し、冷却葉の汁と混ぜる。

 前世の薬ではない。だが、この世界の薬草は使い方を間違えなければかなり優秀だ。


「傷口を焼きすぎず、腫れを抑えたい。布を」


 渡された布へ薬草を塗り込み、そのまま脚へ当てる。

 男の呼吸が少しだけ落ち着いた。


「応急処置はこれで十分だ。拠点で休ませてください。動けるようにするんじゃなく、悪化を止めるだけです」


 周囲の者たちが頷く。


 もう一人にも同様に手当てをしながら、俺は短く聞いた。


「群れって、何だ?」


 腕に傷を負った冒険者が荒い息のまま答える。


「灰牙狼だ。何匹いたかもわからねぇ。普段なら散ってるはずの奴らが、まとめて……しかも、逃げるように奥から出てきやがった」


「逃げる?」


 その言い方が引っかかった。


「お前たちはどこまで入った?」


「いつもの採集路を少し越えた辺りだ。そしたら、奥の方で変な音がして……その直後に一気に来た」


 ノルが低く問う。


「変な音とは?」


「岩を叩くみたいな……いや、違うな。何かを掘るみてぇな音だ。あと、灯りも見えた気がする」


 俺とノルの視線が一瞬だけ合う。


 森の奥で、掘る音。

 灯り。

 そして押し出されるように出てきた魔物の群れ。


 ただの魔物騒ぎじゃない。


「リオン様」


 ノルが短く言う。


「行こう」


「うん」


 俺は立ち上がった。


「拠点の防備を固めてください。負傷者は絶対に動かさないで。追加の冒険者は出さない方がいい。状況が見えないうちは、数をばらけさせるだけになる」


 ギルドの職員らしい男が頷く。


「わ、わかった!」


「道を教えて」


 腕に傷を負った冒険者が、歯を食いしばりながら森の奥を指差した。


「この先の採集路をまっすぐだ。倒木を越えて、小川を渡った先……そこから先で急に空気が変わった」


 ノルが腰の剣へ手をやる。


「私が前に出ます」


「いや、最初は並んで行こう。群れなら横から来るかもしれない」


「承知しました」


 俺たちはそのまま森へ入った。


 西の森の手前は、すでにかなり人の手が入っている。

 木々の間には踏み固められた道があり、ところどころに切り株も見える。

 だが、少し奥へ進むだけで空気はすぐ変わった。


 湿り気。

 土と草の匂い。

 そして、人の気配の薄さ。


 さっきまでの前線拠点の熱気が、嘘みたいに遠い。


 倒木を越え、小川を渡る。

 そこを過ぎたあたりで、空気がぴりついた。


 獣臭い。


「来ます」


 ノルが言った、その直後だった。


 低い唸り声と共に、左の茂みが揺れる。

 飛び出してきたのは、灰色の毛並みを持つ狼型の魔物だった。


 灰牙狼。


 一匹じゃない。

 その後ろから、二匹、三匹と続いて飛び出してくる。


「多いな……!」


 思わず呟く。


 通常の群れの動きとは違う。

 統率されているというより、落ち着きをなくしたまま一方向へ流れてきている感じだった。


 最初の一匹が飛びかかる。


 ノルが一歩前へ出た。

 剣閃が走る。

 無駄のない一太刀で、狼の喉元を深く裂く。


 同時に、右からもう一匹。


 俺は指先に火を集め、そこへ風を薄く重ねた。

 細く鋭い熱線が走り、狼の前脚を貫く。

 体勢を崩したところへ、もう一本。


 地面へ転がる。


「後ろ!」


 ノルの声。

 振り向きざま、別の一匹が木の陰から飛び出してくる。


 短く風を放ち、軌道をずらす。

 その一瞬で距離を取り、今度は火球を小さく圧縮して叩き込んだ。

 爆ぜるような音と共に、魔物の身体が吹き飛ぶ。


 だが、それで終わらない。


 茂みがあちこちで揺れる。

 まるで森の奥から押し出されるみたいに、群れが次々に現れる。


「数がおかしい!」


 俺が言うと、ノルも低く返した。


「ええ。しかも、こちらを狩りに来ている動きではない。落ち着きを失っています」


 同感だった。

 こいつらは獲物としてこちらを狙っているというより、何かから逃げる途中で進路上のものに噛みついているように見える。


 押し出されている。


 熱線を連続で走らせる。

 一本、二本、三本。

 脚を抜き、喉を裂き、進路を断つ。


 ノルの剣はもっと直接的だった。

 前へ出て、斬る。

 受けて、返す。

 ただそれだけで、群れの先頭が崩れていく。


 強い。

 やっぱり、この人は実戦の人間だ。


 数分にも満たないはずなのに、体感ではもっと長く感じた。

 最後の一匹が深い唸り声を残して倒れた時、ようやく森に少しだけ静けさが戻る。


 俺は息を整えながら、周囲を見る。


 魔物の死体。

 荒れた下草。

 だが、それ以上に気になるのは奥だ。


 森のさらに深い方。

 そこからまだ、何か妙な圧が流れてくる気がする。


「……やっぱり、ただの群れじゃない」


 俺が言うと、ノルは血を払って剣を収めた。


「ええ。こちらへ向かってきたのではなく、奥から追われて出てきたように見えました」


「僕もそう思う」


 ちょうどその時だった。


 少し後ろから、荒い息をしながら誰かが追いついてきた。

 さっき拠点で手当てを受けた冒険者ではなく、その仲間らしい男だった。

 別の道から様子を見に来たのだろう。


「だ、大丈夫か……!?」


「こっちは片づいた」


 ノルが言う。


 男は倒れた魔物の数を見て、一瞬絶句した。


「……やっぱり、あんたら普通じゃねぇな」


「それより、奥で何を見た?」


 俺が問うと、男は真顔に戻った。


「洞窟だ」


「洞窟?」


「ああ。前にはなかったはずだ。いや、穴自体は昔からあったのかもしれねぇが、あんなふうに人が出入りできる形じゃなかった」


 心臓が少しだけ跳ねる。


「人がいたのか」


「見た。少なくとも何人もいた。灯りもあったし、道具の音もした。俺たちが近づいた時、そいつらの方までは見えなかったが……その直後に、奥から魔物が一気に流れてきた」


 ノルが低く聞く。


「住処を追われた、と」


「かもしれねぇ」


 男は唾を飲んだ。


「断定はできねぇ。でも、あんなふうに魔物がまとまって出てくるなんておかしい。もし洞窟に人が入って、奥を荒らしてたなら……住処を奪われた奴らが、外へあふれてきたってこともある」


 森の奥。

 洞窟。

 人の集団。

 掘るような音。


 盗賊団と関係があるのかは、まだわからない。

 だが、少なくともこの森の奥で、誰かが勝手に何かを始めているのは確かだった。


 俺は奥を見た。


 木々の間は暗い。

 昼なのに、そこだけ夕方みたいに陰って見える。


「ノル」


「ええ。行く価値はあります」


 短く頷く騎士団長の横顔は、もう完全に戦う時のものだった。


 俺も小さく息を吐く。


 俺たちは倒れた魔物の群れを背にして、さらに森の奥へ視線を向ける。


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