第86話 街道の異変
本日8話目です。
明日も8話分、更新したいと思います。
ハル領へ続く街道も、あと少しというところまで来ていた。
王都から離れるにつれて、道は少しずつ素朴になる。
石が敷かれた区間はとうに終わり、今は踏み固められた土の道が、ゆるやかに先へ伸びているだけだ。
両脇には草地が広がり、その先には低い林が続いている。
馬車の窓から外を見ながら、俺はぼんやり考えていた。
この道が、もっと滑らかで、雨に強く、荷車の車輪を取られにくいものになればどうなるだろう。
流通はもっと速くなる。
荷痛みも減る。
往来が増えれば、ハル領に入る商人の数も増える。
領地は確実に今より栄えるはずだ。
いわゆる前世で言うアスファルト舗装みたいなものができれば理想なんだが――。
材料はどうする。
油分か、樹脂か、あるいは別の何かで代用できるか。
下地を締める技術もいる。
排水を考えなければ、すぐに駄目になるだろう。
そもそもこの世界の気候と地質で、何をどこまで持たせられる――
そこまで考えたところで、馬車の前方に妙な動きが見えた。
「……止めてください」
俺が声をかけると、御者がすぐに馬を緩める。
前方の街道脇。
荷馬車が一台、斜めに寄せられている。
その周囲で、人影が激しく動いていた。
怒鳴り声。
金属のぶつかる音。
馬の怯えた鳴き声。
盗賊か。
俺は窓から身を乗り出さず、視線だけで数を追った。
盗賊は三人。
荷馬車のそばに集中している。
遠巻きに伏兵がいる様子はない。
少なくとも、この場で目につくのはそれだけだ。
荷馬車側は、御者が一人。
それに護衛らしい冒険者が三人。
数だけなら同じだが、荷を守りながら戦っている分、やや劣勢に見える。
「どうされますか」
馬車の外から、同行している護衛の一人が低く問う。
俺は短く答えた。
「俺が行きます。皆さんはここで待機してください。伏兵がいないかだけ見ていてください」
「ですが――」
「少人数です。目立って増援と思われるより、先に止めた方が早い」
相手は三人。
こちらが堂々と出れば、散る可能性がある。
だが逃がしたくない。
俺は馬車を降りると、道の脇の草むらを使って静かに前へ出た。
盗賊たちはまだこちらに気づいていない。
「荷を寄越せ!」
「馬鹿言うな、誰が渡すか!」
「このままじゃこっちが押し切られるぞ!」
冒険者側の声も荒い。
御者は荷馬車の陰で馬をなだめながら、必死に距離を取っていた。
盗賊三人。
一人は前に出て斬り結び、二人は左右から崩そうとしている。
位置は悪くない。
俺は指先に火を集め、そこへ風を薄く重ねた。
熱を細く、鋭く、真っ直ぐに絞る。
殺す必要はない。
脚を潰せば十分だ。
狙いを定める。
一人目。
踏み込みの瞬間、太腿の外側。
二人目。
逃げに転じた時に膝下を抜ける位置。
三人目。
反応して振り向く、その一拍後。
呼吸を整える。
次の瞬間、俺は指先をわずかに動かした。
風を裂くように、熱の線が走る。
「ぎゃっ!?」
一人目の盗賊が、踏み込んだ瞬間に脚を撃ち抜かれて崩れ落ちた。
「なっ――」
残る二人が反応する。
だが遅い。
二本目の熱線が、逃げようとした男の膝裏を貫いた。
悲鳴と一緒に、その身体が地面へ転がる。
三人目はようやくこちらを見た。
剣を持ち直し、何かを叫ぼうとした瞬間、三本目がその脛を撃ち抜く。
「いっ、てぇぇっ!!」
三人とも、その場で倒れ込んだ。
唐突に戦場の勢いが切れ、荷馬車の周囲に静寂が落ちる。
冒険者たちが目を見開いてこちらを見る。
俺は草むらから姿を出し、そのまま荷馬車の前まで歩み寄った。
「リオン・ハルです。助太刀します」
今さら助太刀も何もない気はしたが、名前くらいは名乗っておくべきだろう。
冒険者の一人が、まだ剣を構えたまま俺を見た。
二十代後半くらいだろうか。汗まみれの顔に、安堵と警戒が半々で浮かんでいる。
「……助かった。いや、本当に危ないところだった」
御者も荷台の陰から顔を出す。
青ざめていたが、怪我はなさそうだった。
「ありがとうございます……! 本当に、ありがとうございます!」
地面では、盗賊たちが転げながら呻いていた。
「くそっ、このままだと俺たち、殺されちまう!」
「このまま逃げても親分に何されるかわからねぇぞ!」
「ふざけんな、脚が、脚が――!」
親分?
俺はそこで足を止めた。
単独犯じゃないのか。
それなら話は変わる。
ただの食い詰めたならず者が、たまたまこの街道で荷馬車を襲ったわけではない可能性が出てくる。
俺はしゃがみ込み、倒れた盗賊の一人を見下ろした。
「親分、って誰だ」
「う、うるせぇ……!」
「言わないなら、このままハル領まで引きずっていくだけだ」
淡々と言うと、男は顔を引きつらせた。
だが、すぐに答えるほどの胆力もなさそうだ。
今は無理に吐かせなくてもいい。
領に戻ってから衛兵に渡せば、いくらでも聞ける。
冒険者の一人が剣を下ろしながら言った。
「最近、この辺りでこういうのが増えてるんです」
「増えてる?」
「ええ。荷馬車狙いの連中です。もっとも、護衛がついてる荷はそう簡単には取られてませんが……今までこんなこと、ほとんどなかった」
別の冒険者が地面の盗賊を睨みながら吐き捨てる。
「数が増えてるんですよ。しかも、妙に街道沿いばかりで」
俺は荷馬車の車輪と、踏み荒らされた地面を見た。
偶発的な盗賊の増加か。
それとも、誰かが意図してこの街道を荒らしているのか。
食い詰めた者が流れてきた可能性はある。
だが、“親分”という言葉が引っかかる。
指示系統があるなら、話はただの治安悪化で済まない。
単純に金目当てか。
それとも、ハル領の交易を鈍らせたい誰かが裏で動いているのか。
いずれにせよ、父上にはすぐ報告だな。
そして、この三人はそのまま連れて帰る必要がある。
俺は立ち上がって、同行してきた護衛へ手を振った。
少し離れた場所で待機していた彼らが、こちらへ駆け寄ってくる。
「この三人を拘束してください。ハル領まで連行します」
「はっ」
短い返事とともに、手早く縄が回されていく。
盗賊たちはまだ痛みに呻いていたが、もう抵抗できる状態じゃない。
脚を正確に抜いた以上、しばらく立つことも無理だろう。
冒険者の一人が、改めて深く頭を下げた。
「危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました。もしあなたが通りかからなければ、どうなっていたか……」
「気にしないでください」
そう返しながら、俺は街道の先を見る。
ついさっきまで考えていたのは、道をどう整えるかだった。
舗装すれば、流通はもっと速くなる。
人も物も増える。
領は栄える。
でも、それだけじゃ足りない。
道は整えるだけでは意味がない。
守れなければ、使われ続けない。
領を栄えさせるっていうのは、結局そういうことなんだろう。
舗装。
流通。
治安。
どれも繋がっている。
俺は盗賊たちに縄がかけられていくのを見ながら、小さく息を吐いた。
どうやら、ハル領に戻って早々、やることが一つ増えたらしい。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
続きが気になったら、ブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!




