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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第9章 リオンの夏休み

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第87話 帰郷

 盗賊三人の応急処置を終えた頃には、さすがに少し疲れていた。


 熱線で脚を撃ち抜いた以上、そのまま放っておけば失血と熱傷で動けなくなるだけでは済まない。

 死なせるつもりはないし、こいつらには領に着いてから話を聞く必要がある。


 だから最低限の止血と冷却だけはしておく。


 盗賊たちは苦痛で顔を歪めながらも、処置を受けている間は妙に大人しかった。

 暴れようにも脚が使えないし、何より目の前にいるのが自分たちを一瞬で無力化した相手だとわかっているのだろう。


「両手足も縛ります」


 同行していた護衛の一人がそう言って、縄を引き絞る。


「お願いします。脚は使えないと思いますが、念のため」


「はっ」


 三人の盗賊はきつく縛られ、そのままこちらの馬車へ押し込まれていった。


 その様子を見ながら、俺は心の中で小さく息を吐く。


 ……久しぶりの里帰りで、盗賊たちと相席か。


 少し前まで街道の舗装だの流通だのを考えていたのに、現実は盗賊三人を縛って領地へ連れ帰るところから始まるらしい。


 領地経営って、やっぱり綺麗な話ばかりじゃない。


 助けた荷馬車の御者と冒険者たちも、改めて礼を言ってから別れた。

 彼らはヴァレスト公爵領方面へ行くということで、ハル領を目指す俺たちとは反対方向へ進んでいった。


 そして数刻後。


 ようやく、ハル領の外壁が見えてきた。


 石と土で築かれた防壁。

 その手前に立つ詰め所。

 見慣れたはずの景色なのに、少し久しぶりに見るとやっぱり違って見える。


 街道の先にそれが現れた瞬間、胸の奥が少しだけ軽くなった。


「止めてください」


 馬車が門の前で止まる。

 衛兵が二人、すぐにこちらへやって来た。


「お帰りなさいませ、リオン様」


「ただいま戻りました」


 挨拶を返してから、俺は馬車の後ろへ視線を向けた。


「それと、盗賊を三人捕らえて連れてきました。道中で荷馬車を襲っていた者たちです」


 衛兵の顔が一気に引き締まる。


「盗賊、ですか」


「最近この街道で増えているらしいです。“親分”がいるような口ぶりもありました。話は後で父上にもしますが、まずは引き取って事情を聞いてください」


「承知しました」


 衛兵たちはすぐに動いた。


 馬車から盗賊たちを引きずり出し、そのまま詰め所の奥へと連れていく。

 盗賊たちは観念したように呻くだけで、もう抵抗はしない。


 俺はその様子を見届けてから、ようやく馬車を邸の方へ向けさせた。


 ◇


 子爵邸が近づいてくる。


 見慣れた門。

 白い壁。

 庭木の並び。

 学院や王都の屋敷とはまた違う、少し柔らかい空気。


 そして実家の門の前に、小さな人影が立っていた。


 背筋を伸ばして立っている。


 ミアだ。


 馬車が見えた瞬間、その顔がぱっと明るくなる。


「リオン様!」


 馬車が止まる。

 降りると同時に、ミアが駆け寄ってきた。


「おかえりなさいませ……!」


 声が少し震えていた。

 泣きそうなのを我慢しているのがすぐにわかった。


「ただいま、ミア」


 そう言うと、ミアは本当に嬉しそうに笑った。


 その少し後ろで、父上と母上が立っている。


「おかえり」


 父上が落ち着いた声で言い、母上は優しく微笑んだ。


「おかえりなさい、リオン」


 その声を聞いた瞬間、ようやく本当に帰ってきた気がした。


 母上が一歩近づき、俺の顔を見て、それから少し驚いたように言う。


「あら……あなた、また少し背が伸びたんじゃない?」


「え、そう?」


「ええ。前より顔の位置が高い気がするわ」


 言われてみれば、最近学院でも体つきが少し変わった気はしていた。

 実技の訓練も増えたし、食事量も前より多い。


 父上が軽く笑う。


「立ち話もなんだから、中で話そう」


「はい」


 そのまま邸の中へ入る。


 邸内の空気は、王都の屋敷とは違ってどこか落ち着く。

 豪奢さがないわけじゃない。

 でも、こっちはちゃんと“家”という感じがした。


 応接室へ通されると、ほどなくしてミアがお茶を運んできた。

 手つきは丁寧で、少し緊張しているのに、こぼす気配はまったくない。


 俺の前にカップを置く時だけ、少しだけ顔がほころぶ。


「どうぞ、リオン様」


「ありがとう」


 ミアは嬉しそうに一礼すると、父上たちの少し後ろへ控えた。


 父上が最初に口を開く。


「学校はどうだ?」


 いつものような、短い問い方だった。


「おかげさまで順調だよ」


「そうか」


「今は、飛び級も考えているんだ」


 その一言で、母上が目を見開いた。


「飛び級?」


「うん」


「まあ……あの王立学院で?」


 母上は驚きと、どこか納得したようなものが混じった顔になる。


「やはりあなたは特別なのね」


 父上は、そこで少しだけ眉を動かした。


「飛び級を考えるということは、成績はかなり良かったのか?」


「はい。Sクラスで一位でした」


 静かな間が落ちた。


 父上も母上も、すぐには言葉が出なかったらしい。


 俺は鞄から成績表を取り出し、机の上へ置く。

 父上がそれを手に取り、母上も横から覗き込む。


「……なんということだ」


 父上が低く言った。


「ヴァレスト公爵家の娘さんや、エドガー殿下を差し置いて一位とは」


 母上も驚いたまま、成績表と俺の顔を見比べている。


「本当に、すごいわ……」


 父上はしばらく紙を見ていたが、やがて小さく息を吐いた。


「ヴァレスト公爵から灯具の話も進めていると聞いていたから、正直、勉強そっちのけで何をやっているんだと言おうと思っていたが…」


「Sクラス一位とはな」


 父上は成績表を置いた。


「お前は、私の想像をはるかに越えている」


 その言葉は、思っていたより重かった。


 褒められるのは嬉しい。

 でも父上にそう言われると、嬉しさより先に、変な緊張が来る。


「……ありがとう」


 少しだけ視線を落としてそう返す。


 ただ、そこでこの話だけを続ける気にはならなかった。

 むしろ、帰り道で起きたことの方が先だ。


「それで、父上」


「うん?」


「道中で盗賊に遭遇したんだ」


 父上の目が変わる。


「盗賊?」


「うん。街道脇で荷馬車が襲われていたんだ。で、盗賊三人とも捕らえて、外壁の詰め所に引き渡しておいたよ」


 母上がわずかに息を呑み、ミアも心配そうに俺を見た。


「あなた、怪我は?」


「大丈夫だよ。俺はどこも怪我してない」


「そう……」


 母上は少しだけ安堵したようだった。


 父上はすでに、別のことを考える顔になっている。


「最近、盗賊が増えていること自体は把握していた」


「やっぱりそうか」


「北村の青葉草、南村の豆や芋、青輝石のヴァレスト公爵領への輸出……そこへ最近は、西の森の開拓で出た木材も少しずつ外へ流れ始めている。以前より交易が増えてきた以上、狙われる可能性は考えていた」


 だからこそ護衛に冒険者をつけていたのだろう。


 父上は言う。


「護衛つきの荷を正面から狙うのは、あまりにも割に合わん」


「俺もそう思う」


 俺は頷いた。


「しかも、盗賊の一人が“親分”と言っていた」


「親分?」


「うん。だから単独犯じゃないと思うよ」


 父上はそこで腕を組んだ。


「単なる食い詰めた者の盗賊化ならまだいい。だが、誰かが裏で動かしているなら面倒だな」


「ハル領の交易を鈍らせたい相手、かな」


「可能性としてはある」


 部屋の空気が少しだけ重くなる。


 父上はしばらく考えてから言った。


「いずれにせよ、盗賊問題は何とかせねばならん。街道が荒れれば、せっかく回り始めた流れが止まる」


 その通りだ。


 道があるだけじゃ足りない。

 物が流れるだけでも足りない。

 治安が崩れれば、全部止まる。


「詰め所には、事情を聞くよう伝えてるよ」


「よくやった」


 父上は短く頷いた。


「こちらでもすぐ動く。三人から何が出るか次第だが、場合によっては街道沿いの見回りも増やす必要があるだろう」


「はい」


 応接室の中に、少しだけ静かな熱が残る。


 帰ってきたばかりなのに、もう話しているのは領地の問題だ。

 でも、嫌じゃない。

 むしろ、自分がちゃんとここへ戻ってきた感じがする。


 ミアが小さな声で言った。


「リオン様、帰ってきて早々たいへんですね……」


 その一言で、少しだけ空気がやわらいだ。


「そうだな」


 思わず笑う。


「でも、たぶんこれがうちなんだろう」


 父上も小さく笑った。


「違いない」


 母上はまだ少し心配そうだったが、それでも柔らかく言う。


「まずは無事に帰ってきてくれてよかったわ」


「はい」


 それは、本当にそうだ。


 王都で試験を受けて。

 公爵家へ行って。

 帰り道で盗賊を捕まえて。

 ようやく、家へ戻ってきた。


 でも、どうやらこの夏も静かには終わらなそうだ。


 応接室の窓の外では、ハル領の夏の光が穏やかに庭を照らしていた。



最後まで読んでいただきありがとうございます!

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