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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第8章 王立学院一年 一学期末テスト

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第85話 卓上灯、携帯灯のその後

 夏休み初日の朝、俺は王都のヴァレスト公爵家へ来ていた。


 学院の門を出た時点で夏休みは始まっていたが、のんびりした気分はあまりない。

 むしろ、一学期が終わったことでようやく動けることの方が多かった。


 公爵家の門をくぐり、広い前庭を横切る。

 案内されて応接室へ入ると、ほどなくしてセレナと、その父であるヴァレスト公爵が姿を見せた。


「久しぶりだね、リオン君」


「ご無沙汰しております」


 立ち上がって頭を下げると、公爵は穏やかに笑った。


「娘から聞いているよ。主席入学に続いて、期末試験でも総合トップだったそうだね」


「……なんとか、でした」


「なんとか、で済ませる点数ではあるまい」


 そう言って、公爵は向かいの席へ腰を下ろした。


「例年であれば、セレナが首位でも何の不思議もなかっただろう。父としては少し複雑だがね」


「お父様」


 セレナが少しだけ眉をひそめる。


 だが、公爵はどこか楽しそうだった。

 それが本気の不満ではなく、むしろ娘への高い評価を含んだ言葉だとわかる。


「事実だろう? お前も相当な成績だった」


「……それはそうですけれど」


 セレナは少しだけ口を尖らせた。

 それを見て、公爵はまた小さく笑う。


「それにしても、どうやら君は飛び級を考えているようだね」


 そこで、俺は少しだけ目を上げた。


「聞いておられたんですね」


「学院長からではない。娘からだよ」


 横を見ると、セレナは涼しい顔をしていた。


「隠していたわけでもないでしょう」


「まあ、そうだけど」


「私もそうだったが、夏休みと二学期の進み方は大事だぞ」


 公爵はそう言って、指を組んだ。


「飛び級は、単に今の学年で上位を取ればいいというものではない。次の学年へ上がってもやっていけると示せなければ意味がない。夏の使い方で、その先の伸び方はかなり変わる」


「公爵も飛び級されたんですか?」


「二回ほどね」


 さらりと言われて、思わず黙った。


 二回。

 つまり、通常五年かかる王立学院を三年で卒業したということだ。


 俺が言葉を失っていると、セレナが少しだけ肩をすくめた。


「ただ、お父様の場合は比べる相手がいなかっただけだと思うわ」


「おい」


「だって、当時は競える相手がほとんどいなかったのでしょう? 本気で勉強していたかは怪しいものです」


「娘の前で威厳が保てなくなるな」


「威厳はあるので問題ありません」


 親子のやり取りなのに、妙に完成されている。


 公爵は苦笑しつつも、すぐに話を戻した。


「ともあれ、結果を出したのは事実だ。総合トップは立派だよ。だが、その先を考えるなら、夏に何を積むかが大事になる。二学期は一学期の延長ではないからね」


「はい」


 その言葉には、学院を最短で駆け抜けた人間の実感があった。


 単なる励ましじゃない。

 だからこそ重い。


 少し間が空いて、俺は本題へ移った。


「それで、公爵にお聞きしたいことがありまして」


「灯具の件だろう?」


「はい」


 公爵は頷いた。


「君の望んだ通りになっているよ」


 その言葉に、思わず背筋が伸びる。


「私たちはもう間もなく販売を開始する予定だ。まずは携帯灯から始める。卓上灯はその後だ」


「携帯灯から、ですか」


「ああ。用途がわかりやすいし、初期の流通にも乗せやすい。卓上灯は台の方の調整が少し要るからね。順番としてはこちらの方が自然だ」


 なるほど、と思う。


 たしかに携帯灯の方が市場へ出しやすい。

 使い方も明快だし、最初の需要も見込みやすい。


「青輝石は、君の父上――ハル子爵の指揮のもと、順調に供給していただいている」


「そうですか」


「ええ。今のところ大きな問題は出ていない。ローデン商会とも協力して、まずはヴァレスト領、ハル領、そして王都で販売を始めるつもりだ」


 そこで公爵は少しだけ口元を上げた。


「9月以降は、学院の寮でも使う生徒が出てくるかもしれないな」


「もう、そこまで話が進んでいるんですか」


「進めたからね」


 平然と言う。


 いや、そうだろうけど。

 でも、改めて聞くとすごい。


 俺の中では、あくまで構想だった。

 筋は通せると思っていたが、販売まで落とし込むにはまだ相当な時間がかかるつもりでいた。


 それを、この短い期間でここまで持ってきている。


 原料供給。

 製造。

 協力商会。

 販売先の順番。

 市場への出し方。


 それを全部、すでに回る形にし始めている。


 やっぱり、この人はすごい。


「……驚いているね」


 公爵が言う。


「はい。正直、自分の中ではもっと時間がかかると思っていました」


「君の案は筋が良かった。なら、あとは現実へ落とすだけだ」


 それを“だけ”で済ませるのが、この人の剛腕なんだろう。


 セレナが横から言う。


「お父様はそういうところだけは本当に早いのよ」


「“だけ”は余計だな」


「でも事実でしょう?」


 公爵は苦笑したが、否定はしなかった。


 少しして、公爵が改めてこちらを見る。


「それで、君はハル領へ戻って何をするつもりだね?」


 その問いには、すぐ答えられた。


「まず、青輝石の供給が本当に問題なく進んでいるかを自分の目で確認したいです」


「ふむ」


「それと、領内西部の森の開拓がどこまで進んでいるかも見たいと思っています」


 公爵の目が、少しだけ細くなる。


「西部か」


「はい。前から気になっていたので」


 西の森。

 未開の土地。

 魔の森に近い、まだ十分に手が入っていない領域。


 あそこには、灯具や青輝石とは別に、まだ何か掘れるものがある気がしている。

 少なくとも、ただ放っておくには惜しい。


「それだけじゃありません」


 俺は続けた。


「飛び級を考えるなら、先の予習も必要です。あとは、戦う力をもっと上げたい。別に軍人を目指しているわけではありませんが、実技は今回かなり課題がはっきりしたので、改善するつもりです」


「なるほど」


 公爵はゆっくり頷いた。


「領地を見て、先を学び、武も磨く、か。ずいぶん忙しい夏休みになりそうだ」


「たぶん、のんびりはできないと思います」


「君らしいな」


 その言い方に、少しだけ笑った。


 すると公爵は椅子へ深く座り直し、どこか楽しそうに言った。


「では、君がハル領に戻ってまた何かとんでもないことをした、という報が来るのを楽しみにしておくことにしよう」


「期待が重いですね」


「期待ではないよ」


 公爵は静かに笑う。


「確信に近い」


 その言い方が妙に自然で、逆に返す言葉に困る。


 セレナが小さく息を吐いた。


「お父様、煽りすぎです」


「事実を言っただけだ」


「そうやってまた変な方向へ走らせるんだから」


「変な方向かどうかは、結果を見てから判断しよう」


 親子で言い合っているようで、妙に息は合っていた。


 応接室の窓からは、夏の強い光が庭へ落ちている。

 一学期は終わった。

 でも、夏休みはただの休みじゃない。


 むしろ、ここから先をどう使うかで、また差がつく。


 学院の総合一位も。

 応用課題の満点も。

 公爵の販売計画も。


 全部、止まるための理由にはならなかった。


 それどころか、もっと先へ行けと言われている気がする。


 俺は一度だけ、深く息を吸った。


「では、明日にはハル領へ戻ります」


「うん。父上にもよろしく伝えてくれ」


「はい」


「それと」


 公爵は最後に、少しだけ真面目な顔になった。


「君はもう、学院の中だけで完結する人間ではない。だが、だからこそ学院で何を積むかが重要になる。そこは忘れないように」


「……はい」


 その言葉は、試験の結果より重かった。


 応接室を出る頃には、日差しはまだ高かった。

 夏休み初日。

 でも、休みが始まった感じはあまりしない。


 明日はハル領だ。

 見たいものがある。

 確認したいことがある。

 やることも、考えることも、まだ山ほどある。


 だからたぶん、この夏も退屈はしない。


最後まで読んでいただきありがとうございます!

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