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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第8章 王立学院一年 一学期末テスト

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第84話 成績発表

 試験から数日後。


 今日は、夏休み前最後の登校日だった。


 学院の空気は、試験前とはまた違う意味で落ち着かない。

 廊下を歩く足はどこか速く、朝からざわつきが消えない。


 理由は簡単だ。


 一学期末試験の結果発表。


 それが、今日だった。


 校舎へ入る前から、本棟一階の掲示板前には何人もの生徒が集まっていた。

 俺も自然とそちらへ足が向く。


「やっぱりすごい人だな」


 横からヴィクトルが言う。


「見に来ないわけないでしょう」


 少し先でセレナが当然のように返した。


 ガイルは腕を組んだまま、あまり機嫌の良くない顔だ。

 たぶん筆記のことを思い出しているんだろう。

 ナディアは静かに周囲を見ていて、エドガーは相変わらず落ち着いていた。


 掲示板の前は、もう人垣ができていた。


「ちょっとどいてくれ!」

「え、待て、上位おかしくないか?」

「260点台って何だよ……」


 そんな声が飛び交う。


 貼り出されているのは総合得点順の一覧だった。

 俺は人の隙間から、上の方へ目をやった。


 そして、一番上で視線が止まる。


 1位 リオン・ハル 286

 2位 エドガー・アルスレイン 285

 3位 セレナ・ヴァレスト 280

 4位 ナディア・セルヴァン 276

 5位 ガイル・ベイルン 269

 6位 ヴィクトル・ローデン 262


 周囲のざわめきが、逆に少し遠く聞こえた。


 ……1位か。


 驚きがないわけじゃない。

 でも、変に浮かれる感じでもなかった。


 むしろ、すぐ下にエドガーの285がある方が印象に残る。

 1点差。

 本当にぎりぎりだ。


「ははっ」


 ヴィクトルが先に笑った。


「何だこの上位陣。おかしいだろ」


「同感だ」


 珍しくガイルも素直に言う。


 前の方で、二年らしい生徒が信じられない顔をしていた。


「286って何だよ……」

「例年なら80取れたらかなり上だぞ」

「しかも六人まとめてこの辺りって、どうなってんだ」


 その反応は、たぶん正しい。


 王立学院の試験は甘くない。

 平均点が各試験50点前後になることも珍しくないし、飛び抜けて優秀な生徒でも80に届くかどうか。

 それなのに、今年は掲示板の一番上に異様な数字が並んでいた。


「本当に、今年はおかしいわね」


 セレナが小さく言った。


「お前もその“おかしい側”だけどな」


 ガイルが言うと、セレナは少しだけ眉を上げた。


「あなたに言われたくないわ」


 その横で、ナディアが静かに順位表を見ている。


「綺麗に並びましたね」


「綺麗か?」


 ヴィクトルが笑う。


「俺は6位なんだが」


「でも、あなたはあなたらしい順位です」


「慰めになってないな、それ」


 エドガーは掲示板を見たまま、短く言った。


「1点差か」


「悔しい?」


 俺が聞くと、エドガーは少しだけ目を細めた。


「悔しくないと言えば嘘になる」


「そうか」


「だが、納得もしている」


 それだけ言って、また前を向く。

 いかにもあいつらしい。


 教師の声が飛んだ。


「いつまでも掲示板の前を塞ぐな! 各自、教室へ戻れ!」


 その一言で人垣が少しずつ崩れ始める。


 俺たちも顔を見合わせて、そのまま教室へ戻った。


 ◇


 教室へ入っても、空気はまだ少し浮いていた。


 誰もが結果を見てきたばかりだ。

 しかも上位の点数があまりにも異常で、平然としていられないのも無理はない。


 しばらくして担任のローヴェンが入ってくる。


 いつも通りの足取り。

 いつも通りの顔。


 だが、教壇に立った瞬間、教室の空気はぴたりと静まった。


「もう見た者も多いだろうが、一学期末試験の総合順位は掲示の通りだ」


 そこで一度、教室全体を見渡す。


「例年の基準で言えば、かなり異常な点数が出ている。特に上位はそうだ」


 その一言で、少しだけ教室がざわついた。

 ローヴェンがそこまではっきり言うのだから、やはり相当なのだろう。


「今から個別の採点表を返す。そこに筆記、応用課題、実技の内訳と所見がある」


 紙の束を持ち上げる。


「呼ばれた者から取りに来い」


 名前が順に呼ばれていく。


 俺は自分の番まで静かに待った。


「リオン・ハル」


 立ち上がり、教壇へ向かう。


 ローヴェンは採点表を差し出しながら、いつものぶっきらぼうな調子で言った。


「応用課題は文句なしだ」


 紙を受け取る。


「設問の条件の綻びを見つけた上で、理想論へ逃げず、現実的な答案に戻した。あれは高く評価できる」


「ありがとうございます」


「ただし、実技はまだ荒い。工夫と判断は光るが、剣技の積み上げ不足は残る」


「……はい」


「総合1位で浮かれるな。お前の課題は、点数表の中でも一番はっきりしている」


 それだけ言って、次の名前を呼んだ。


 席へ戻りながら、紙を見る。


 筆記 97

 応用課題 100

 実技 89

 総合 286


 数字として見せられると、少しだけ実感が湧く。

 でも同時に、やっぱり実技だなとも思う。


「どうだった?」


 ヴィクトルが小声で聞いてきた。


「応用満点」


「だろうな」


 まるで驚いていない顔だった。


 次に呼ばれたのはエドガーだった。

 戻ってきた時、紙を伏せたまま席についたが、横顔で十分わかる。

 結果に納得しつつ、ちゃんと悔しがっている顔だ。


 その後、セレナ、ナディア、ガイル、ヴィクトルと順に返却されていく。


 ヴィクトルは紙を見た瞬間に苦笑した。


「やっぱり実技か」


 セレナがちらりと見る。


「でしょうね」


「言い方が容赦ないな」


「でも筆記と応用は高いんでしょう?」


「まあ、それなりには」


「そういうところがあなたらしいのよ」


 ガイルは紙を見ながら唸っていた。


「筆記84か……」


「思ったより高いじゃない」


 セレナが言う。


「それ、褒めてるのか?」


「褒めてるわよ。少なくとも前よりちゃんと積んだ結果でしょう」


 するとガイルは、少しだけ横目でナディアを見た。


「……まあ、少しは教わったしな」


 ナディアはそれに対して、いつもの小さな微笑みを返すだけだった。


 ナディア自身は、自分の紙を見たまま静かに言う。


「全部90台に乗せたかったですね」


 その独り言みたいな一言に、少しだけ驚く。

 ナディアは本当に静かに高いところを見ている。


 エドガーは紙を置いて、短く言った。


「1点差か」


「まだ言ってるのか」


 ヴィクトルが笑う。


「1点は1点だ」


 エドガーはそう返した。


 でも、その声音には変な棘はない。

 悔しさも、納得も、たぶん両方あるのだろう。


 ローヴェンはそこで、教室全体へ言った。


「例年、平均点は各試験おおむね50点前後だ。飛び抜けて優秀でも80点に届くかどうか。それを踏まえれば、今年の上位陣の点数がいかに異常かはわかるだろう」


 その言い方に、何人かが思わず息を呑む。


「だが、勘違いするな。今回は試験が易しかったわけではない。むしろ逆だ。今年の上位が異常だっただけだ」


 その一言で、教室の空気がぴんと引き締まった。


 上位の連中を見て、周りの視線が少し変わるのがわかる。

 驚き。

 悔しさ。

 納得。

 いろいろ混じっている。


 ローヴェンはそこで話を切り替えた。


「明日から長期休暇に入る」


 教室の空気が、少しだけ緩む。


「宿題はない」


 その一言で、今度は別のざわめきが起きた。

 思わず顔を上げる者もいる。


 ローヴェンは気にした様子もなく続けた。


「Sクラスの者なら、自分に何が足りないか、自分に何が必要かくらい見えているはずだ」


 教壇の前で腕を組む。


「だったら、それをやれ。自分のやりたいこと、自分に必要だと思うことを見つけて、一生懸命やる。それだけだ」


 それは、いかにもこの学院らしい言い方だった。


 与えられる課題はない。

 自分で見つけろ。

 自分で積め。


 簡単そうに聞こえるが、たぶんそっちの方がずっと厄介だ。


「以上だ。一学期終了」


 そう言ってローヴェンは書類をまとめる。


 教室の空気が、一気にほどけた。


 夏休み前最後の日。

 やっと終わったという顔もあるし、これからどうするか考え始めた顔もある。


 俺たち六人の周りには、自然と少しだけ空間ができていた。


「宿題なし、か」


 ヴィクトルが言う。


「優しいようで全然優しくないな」


「むしろ一番面倒でしょう」


 セレナが返す。


「自分で考えろ、ってことだもの」


「で、お前らはどうするんだ?」


 ガイルが聞く。


 そう言われて、皆の視線が少しだけ集まる。


 最初に口を開いたのは俺だった。


「夏休み初日に王都のセレナとお父さんのところへ行く。その翌日にハル領へ戻る」


「卓上灯と携帯灯の話をするのよね」


 セレナが言う。


「ああ。話したいことがいくつかあるんだよ」


「相変わらずね」


 そう言いながらも、セレナは少しだけ納得した顔をしていた。


「私はそのまま王都に残るわ。お父様もまだ王都にいるし」


「そっか」


 エドガーは短く言った。


「俺は公務が入っている」


「休みなのにか」


 ヴィクトルが笑う。


「王子に休みなんてないってことだろ」


「完全にないわけではない」


 エドガーは淡々と返した。


「だが、今回はいくつか予定がある」


 それだけで十分だった。

 あいつはそういう立場だ。


 ナディアが静かに続ける。


「私は一度、国へ戻ります」


「母国か」


「はい」


 そこへガイルが言った。


「俺も自領に戻る。途中まで同じ方向だな」


 ナディアがそちらを見る。


「そうですね」


「じゃあ、途中までは一緒か」


「ええ。楽しみね」


 二人ともさらりと言ったが、不思議と自然だった。

 この二人は、今の距離感がちょうどいいのかもしれない。


 ヴィクトルは肩をすくめる。


「俺は実家だな。帰って親父の顔見るの、ちょっと面倒だけど」


「試験の結果を見せるのが?」


「それもある。あと、どうせ商会の話を聞かされる」


「似合ってるわよ」


 セレナが言うと、ヴィクトルは苦笑した。


「嬉しくない褒め方だな」


 ガイルが木剣もないのに肩を回すみたいな動きをして言う。


「結局、全員ちゃんとやることあるんだな」


「Sクラスだもの」


 セレナが言った。


「何もない夏休みの方が不自然でしょう」


「それもそうか」


 ヴィクトルが笑う。


 俺は窓の外を見る。

 夏の手前の強い光が、中庭の石畳に落ちていた。


 一学期は終わる。

 でも、たぶん俺たちは誰も終わった気ではいない。


 総合1位。

 応用課題満点。

 でも、実技は89。


 勝った。

 でも、足りていない。


 その感覚は、むしろ夏休みへ入るにはちょうどよかった。


 止まる理由がない。


「じゃあ、しばらくはそれぞれだな」


 俺がそう言うと、エドガーが短く頷いた。


「二学期にまた会おう」


「その頃には、もう少し強くなってるからな」


 ガイルが言う。


「それ、こっちの台詞だよ」


「言うじゃねえか」


 ナディアが小さく笑い、ヴィクトルは「夏休み明けも面倒そうだな」と肩をすくめた。

 セレナはそんな俺たちを見て、少しだけ呆れたように息を吐く。


 でも、その表情は悪くなかった。


 今日で一学期は終わる。


 それでも俺たちの中では、まだ何も終わっていなかった。


 むしろ、ここから先をどう使うかで、また差がつく。


 教室の窓から差し込む光は、もうすっかり夏の色に近づいていた。



最後まで読んでいただきありがとうございます!

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