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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第8章 王立学院一年 一学期末テスト

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第83話 リオン対ガイル

「両者、構え」


 試験官の声が、静かに実技試験場へ落ちる。


 白線を挟んで向かいに立つガイルは、すでに楽しそうだった。


 木剣を肩のあたりで軽く回し、ぐっと踏みしめるように足を置く。

 無駄のない構え、というより、そこからいつでも前へ出られる獣みたいな立ち方だ。


 東の武門ベイルン家の嫡男。

 Sクラスでも武の最上位。

 そして、クラス一の剛腕。


 相手としては、これ以上ないくらいわかりやすい強敵だった。


「始め」


 その一言で、ガイルが最初に動いた。


 速い。


 いや、速いだけじゃない。

 重い。


 正面から来る。

 なのに雑じゃない。


 木剣が振り下ろされる軌道は単純に見えるのに、真正面から受ける気にはまったくならなかった。

 半歩ずらし、角度を変えて受け流す。


 鈍い衝撃が腕へ抜けた。


 ……重っ。


 木剣同士だというのに、まともに受けたらそのまま押し込まれそうな圧がある。

 ガイルはすでに二撃目へ入っていた。


 横薙ぎ。

 そこへ短く風を流して軌道をずらし、さらに間合いを切る。

 だが、切ったはずの間合いへ平然と踏み込んでくる。


「逃がさねえぞ」


「そっちこそ」


 短く返しながら、俺は木剣を下から跳ね上げた。


 受ける。

 返す。

 ずらす。

 前へ出る。


 その一つ一つでは、今の自分もかなり動けている実感があった。

 以前よりずっといい。

 剣と魔法の繋ぎも自然だ。

 強い火力に頼らず、間合いと崩しで戦えるところまでは来ている。


 でも――。


 やっぱり、ガイルは強い。


 単純な腕力だけなら話は早い。

 厄介なのは、その剛腕がちゃんと判断と一緒に来ることだ。


 前へ出る。

 圧をかける。

 それでも突っ込みすぎない。

 こちらがずらした先まで見て、次の一手を置いてくる。


 脳筋じゃない。

 あれは、前へ出るのが上手いやつの戦い方だ。


 俺は一度、左へ大きく引いた。

 そこへガイルが深く踏み込む。


 来る。


 右からの斬り下ろしを見せて、途中で斜めに変える。

 木剣で受けると押し切られる。

 だから受けず、火と風を薄く重ねて熱の線を作った。


 細く、鋭く、真っ直ぐ。


 殺傷力を持たせるほどではない。

 だが、まともに浴びれば反射で動かざるを得ない熱量だ。


 空気を裂くように走る熱線。


 だがガイルは、そこで人間離れした反応を見せた。


 熱線が届くより先に身体を沈める。

 前へ出ていた勢いを殺さず、横へ滑るように避けた。


「はっ……!」


 風だけが空を焼いた。


 試験場の外で、小さなどよめきが起きる。

 でもガイルはそれどころじゃない。

 避けた直後には、もう次の踏み込みに入っていた。


「今の、えげつねえな!」


「避ける方がえげつないだろ!」


 返しながら、息が少し上がる。


 やっぱり、普通の相手じゃない。

 あれを初見で躱すかよ。


 ガイルは笑っていた。

 しかも、その笑い方がまずい。


 乗ってきてる。


 次の瞬間、空気が変わった。


 ガイルの身体に、ほんのわずかに魔力が走る。

 皮膚の上じゃない。

 筋肉の奥へ直接押し込むような流れ。


 身体強化魔法。


 踏み込みが一段深くなる。

 腕の振りが、さらに重くなる。


「おいおい……」


 冗談じゃない。


 受けるたびに、こっちの足元が削られる。

 単純な技量だけじゃない。

 身体能力そのものが底上げされて、ただでさえ強い動きがさらに厄介になっていた。


 俺は左手に火を集め、右手の木剣とずらして使う。

 牽制。

 視線誘導。

 短い風圧。

 斬撃の角度を隠すような熱の揺らぎ。


 できることは全部やっている。

 でも、押し返される。


 ガイルは力で押すだけじゃなく、こちらが嫌がる位置をよく知っていた。

 踏み込まれたくない場所へ、ちゃんと踏み込んでくる。

 逃がしたくない角度で、ちゃんと木剣を振ってくる。


 その一つ一つが重い。


 ――綻びを見ろ。


 そう思った瞬間、視界の端に、文字が浮かぶ。


 《脅威:高》


 《属性:武・強化》


 《綻び:左脇腹下部》


 《外皮:高強度》


 《警告:正面突破非推奨》


 出た!

 左脇腹下部!

 そこが今、一番崩せる!


 俺はすぐに踏み込んだ。


 正面からじゃない。

 一度右へ流れて、次の瞬間に逆へ切る。

 木剣の軌道を囮にして、狙いは低く、鋭く。


 入る――と思った。


 だが、ガイルはそこで無理やり身体を捻った。


 完全には避けきれていない。

 でも、浅い。


「ちっ」


「今の、嫌らしいな!」


 嫌らしいのはそっちだ。


 綻びを突いても、押し切れない。


 それはつまり、見えていてもなお地力が上だということだ。


 ガイルの木剣が真っ向から叩きつけられる。

 受ける。

 軋む。

 押される。

 風で逃がす。

 それでも、次が来る。


 距離を取りたい。

 だが取らせてもらえない。


 剛腕。

 強化魔法。

 そして、前へ出る判断の速さ。


 試験場の空気がどんどん熱を帯びていくのがわかった。


 たぶん周りもわかっている。

 今、俺が押されていることを。


 それでも、まだ終わっていない。


 ガイルの踏み込みが深い。

 だからこそ、一瞬だけでも軸が前へ寄る。

 そこへ綻びを合わせて、今度は火ではなく風を先に入れる。

 重心を崩して、そこへ木剣を――


「甘い!」


 低い声と同時に、俺の木剣へ真正面から衝撃が来た。


 次の瞬間、嫌な音が響いた。


 ぱきん、と。


 俺の木剣が、途中から折れていた。


 試験場が一瞬で静まる。


 誰もが思ったはずだ。

 ここまでだ、と。


 ガイルも、確信したように前へ出る。

 木剣の残った部分を押し込み、終わらせに来る。


 ――まだだ。


 負けられない。


 折れた木剣を捨てる。

 両手を開く。

 火と水を同時に走らせる。


 熱と水分がぶつかり、白い蒸気が一気に膨れた。


「っ!?」


 ガイルの視界が曇る。


 煙のように広がる水蒸気。

 殺傷力はない。

 でも、視界を切るには十分だ。


 その隙に一気に距離を取る。


 肺が焼けるみたいに苦しい。

 でも、今しかない。


 左手へ水を集める。

 右手へ風を重ねる。


 得意分野じゃない。

 精密制御もきつい。

 でも、空気中の水分と残った蒸気をまとめれば、一発くらいなら形になる。


 水を、絞る。

 風で、押す。


 次の瞬間、圧力を持った水の塊が一直線に走った。


 超高圧の水弾。


 水鉄砲なんて可愛いものじゃない。

 風圧で無理やり押し出した、水の杭だ。


 ガイルは蒸気の向こうから、なお反応した。


「お、おおっ!」


 木剣を前へ出し、正面から受ける。


 普通なら防げるはずがない。

 だが、あいつは反応した。

 それだけでもおかしい。


 水圧が木剣へぶつかる。

 押し返す。

 耐える。

 だが、耐えきれない。


 今度はガイルの木剣が、中央から折れた。


 乾いた音が、試験場へ響く。


 ――取った。


 そう思った瞬間、膝から力が抜けた。


 魔力が空だった。

 呼吸も限界だ。

 視界が少し揺れる。


 俺はその場に、片膝をついた。


 静寂。


 さっきまでの熱が嘘みたいに、試験場が静まり返る。


 教師の一人が前へ出る。

 折れた木剣。

 立っているガイル。

 膝をついた俺。

 その全部を一瞬で見て、宣告した。


「勝負あり」


 短い間。


「継戦能力、試合運び、有効打の総合評価により――勝者、ガイル・ベイルン」


 その一言で、止まっていた空気が一気に弾けた。


 どよめき。

 歓声。

 ざわめき。


 試験場が、今までで一番大きく揺れた気がした。


 負けた。


 でも、不思議と納得していた。


 最後の一手は通した。

 ガイルの剣も折った。

 それでも、そこまでの主導権と押し込み、継戦能力を見れば、勝ちはあいつだ。


 悔しい。

 でも、悔しいだけじゃない。


「おい」


 顔を上げると、ガイルがすぐ目の前に立っていた。


 折れた木剣を脇へ放り、手を差し出してくる。


「立てるか」


「……何とか」


 その手を取る。

 思った以上に力強くて、そのまま一気に引っ張り上げられた。


 立ち上がった俺に、ガイルは半分呆れたような、半分笑ったような顔で言う。


「お前の魔法、どうなってんだよ」


「それを言うなら、お前の身体能力こそどうなってるんだよ」


「いや、最後のあれ何だよ。水まで飛んできたぞ」


「そっちは熱線まで避けただろ」


「避けなきゃ焼けると思ったからだ」


「避けられる時点でおかしいんだよ」


 そのやり取りに、周囲から少し笑いが漏れる。


 ガイルは口元を歪めた。


「でも、面白かったな」


「……同感」


 正直、それは否定できなかった。


 全力だった。

 出し切った。

 その上で負けた。


 だから、変な悔しさじゃない。


 そこへ試験官の教師が来て、短く言った。


「両者ともよくやった。特にリオン・ハル、最後の判断は高く評価できる。

 だが、試験は勝負だけではない。忘れるな」


「はい」


「はい」


 ガイルと同時に返事をすると、教師はわずかに口元を緩めて去っていった。


 試験はまだ続く。


 その後も実技試験は進んだ。


 セレナは危なげなく勝った。

 綺麗で、無駄がなくて、見ていて少し腹が立つくらい完成されていた。


 エドガーは言うまでもない。

 あいつはあいつで、お手本みたいな試合運びで相手を崩していった。


 ナディアも勝った。

 静かなのに、相手に何もさせない種類の強さだった。


 ヴィクトルだけは負けた。

 だが一方的じゃない。

 勝ちにこだわりすぎず、評価を取りにいく戦い方をしていて、教師陣の顔もそこまで悪くなかった。


 全部が終わる頃には、さすがに体も頭も疲れ切っていた。


 でも、胸の奥だけは妙に熱い。


 負けた。

 けど、足りないものも、通じるものも、どっちも見えた。


 飛び級を取るには、まだ届かない部分がある。

 でも、届かないとわかったからこそ、次にやることも見える。


 試験場を出る前、ガイルがまた肩をぶつけてきた。


「次は負けねえ」


「それ、こっちの台詞だよ」


「言うじゃねえか」


「今日負けたからな」


 ガイルはそれを聞いて、楽しそうに笑った。


 六月の終わりの光はまだ強かった。


 でも、その光の中で少しだけ思う。


 悪くない。


 悔しいけど、悪くない。


 たぶん俺は今、ちゃんと上を見ている。


最後まで読んでいただきありがとうございます!

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