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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第8章 王立学院一年 一学期末テスト

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第81話 一学期末試験

 試験を直前に控え廊下の私語は減り、食堂でもノートを開いたまま食事をしている生徒が珍しくなくなる。

 放課後の自習室は早い時間から埋まり、教師たちの足取りまで、どこか少しだけ硬い。


 一学期末試験。


 ただの区切りではない。

 この試験の結果は翌年のクラス見直しに繋がり、Sクラスから落ちる者もいれば、逆に上がってくる者もいる。

 そして、ごく稀に飛び級まである。


 王立学院にいる以上、この時期が特別なのは当然だった。


 それでも、今年は少し事情が違う。


 少なくともSクラスの上位にいる面々は、ただ残るためだけにこの試験を受けるつもりではない。

 そのことを、俺自身もはっきり自覚していた。


 ◇


 試験前日、教室の空気は妙に静かだった。


 いつも通り席につき、いつも通り授業を受ける。

 だが、全員の意識は半分以上もう明日に向いている。


 それでも、張りつめすぎているわけではない。

 ここまで来たら、もう新しく何かを積むというより、持っているものを崩さない方が大事だ。


 俺もノートを閉じ、机の上を軽く整えた。


「今日はもうそれで終わり?」


 横からセレナが聞いてくる。


「一応な。寮で少し見直すくらい」


「そう」


 それだけ言って、彼女はまた自分の本へ視線を落とした。


 短い。

 でも、余計な言葉がない分、それで十分だった。


 少し離れたところで、ヴィクトルがだるそうに椅子へもたれながら言う。


「筆記そのものより、設問の問いが面倒そうなんだよな」


「今さらね」


 セレナが本から目を上げずに返す。


「学院が素直に問題を出すわけないだろ」


「それもそうか」


 そんな短いやり取りが、逆にいつも通りで少しだけ楽だった。


 教室を出る前、窓の外を見る。

 空はまだ明るい。

 でも、六月の終わりの光には、どこかもう春とは違う重さがある。


 ここまでやることはやった。


 王宮での勉強会も、自主勉強も、授業の時間も、全部ちゃんと積み上がっている。

 あとは明日、答案用紙の上で取りこぼさないだけだ。


 そう思いながら寮へ戻った。


 ◇


 部屋に入ってからも、一応本は開いた。


 魔法理論。

 王国史。

 法制基礎。

 地理。

 数学。


 だが、目は追っていても、今さら頭に新しいものをねじ込む感じではない。


 確認する。

 整理する。

 余計な迷いを消す。


 それだけだ。


 むしろ、考えているのは明日の先だった。


 筆記は、おそらく取れる。

 応用課題も、形式次第だが大きく崩す気はしない。


 問題は、その先だ。


 エドガーとの模擬戦で、実技と対人判断にはまだ差があることがはっきりした。

 見えていないわけじゃない。

 ただ、見えた答えを身体が当然のようにやるところまでは届いていない。


 飛び級を本気で狙うなら、そこから目を逸らせない。


 でも、それは明日考えることじゃない。


 明日はまず、筆記で取るべきものを取る。

 そう決めて、本を閉じた。


「……よし」


 小さく呟いて、自分で作った卓上灯の灯りを消す。


 前世の大学の試験前も、少しだけこんな感じだった気がする。

 義務で受けるというより、自分の目的の為の試験。

 だからこそ、嫌な緊張じゃない。


 ただ、少しだけ頭が冴えていた。


 すぐには眠れなかったが、それでも無理に考え続けるのはやめた。

 目を閉じる。


 明日、ちゃんと読む。

 ちゃんと切る。

 それでいい。


 そう思っているうちに、いつの間にか意識は落ちていた。


 ◇


 試験当日の朝、学院はやけに静かだった。


 鐘の音。

 石畳を踏む足音。

 短い挨拶。

 それぞれの手に抱えられた本やノート。


 いつもと同じように見えて、やっぱり違う。


 教室へ入ると、ほとんどの生徒がもう席についていた。

 無駄な声はない。

 皆、自分の前だけを見ている。


 俺も席につき、一度だけ大きく息を吸う。

 緊張は、少しある。

 でも嫌じゃない。


 しばらくして、試験監督の教師が入ってきた。

 担任のローヴェンではない。

 そのことが、逆に少しだけ本番らしかった。


「これより、一学期末筆記試験を始める」


 淡々とした声が教室へ落ちる。


 答案用紙が配られていく。

 紙の擦れる音が妙に大きく聞こえた。


「始め」


 その一言で、全員が一斉に答案へ視線を落とす。


 俺も問題を開いた。


 最初の感想は、すぐに出る。


 ……嫌らしいな。


 難問奇問ではない。

 だが、雑には取らせない。


 基礎知識そのものは範囲内に収まっている。

 けれど、聞き方が少しずつずれている。

 用語を知っているだけでは足りない。

 条件を読み違えると、もっともらしい誤答に吸われる。


 王国史の設問一つ取っても、事件名を書かせるだけでは終わらない。

 その政策がなぜ地方流通へ影響したかまで繋げさせてくる。


 法制基礎も同じだ。

 条文を覚えているかではなく、誰がどこまで裁量を持つかを具体例で問う。

 地理は地図を読ませるだけではなく、地形と街道と町の機能を絡めてくる。

 数学も計算そのものより、前提条件の整理が甘いと途中で崩れる。


 ……なるほど。


 この試験は誰がどこまで理解しているか。

 どこで引っかかるか。

 その差を見るための作りになっている。


 焦る必要はない。

 問われているのは知識量ではなく、知識をどう使うかだ。


 設問を一つずつ追っていく。


 法制と地理が絡んだ問題で、一度だけペン先が止まった。

 一見すると、どの答えにも筋が通りそうに見える。

 だが、学院が欲しいのはたぶんその中の一つだ。


 条件を読み返す。


 予算。

 権限。

 臨時措置か、恒常運用か。

 現場判断で済む範囲か、それとも上の承認が必要か。


 そこまで切り分けて、ようやく答えが定まった。


 ……そういうことか。


 正解かどうかはわからない。

 でも、本筋をとらえた解答だと思う。


 別の問題へ進む。

 魔法理論でも、前提条件を一段ずらしてきた設問があった。

 だが、そこも読み切れる。


 問題を解くというより、出題者の意図を読む感じに近かった。


 時間は思っていたより速く過ぎる。


 最後の見直しに入った時には、感触は悪くなかった。

 満点かどうかはわからない。

 でも、今の自分にできることは全部できたと思う。


「そこまで」


 教師の声で、教室の空気が少しだけ動く。


 ペンを置く。

 答案が回収されていく。


 終わった、という感じはまだない。

 ただ、前半が一つ終わっただけだ。


 ◇


 廊下へ出ると、ようやく少しだけ息が戻った。


 窓の外から差し込む光は強い。

 中庭の石畳が白く反射している。


 少しして、ヴィクトルが隣に並ぶ。


「嫌がらせみたいな設問が多かったな」


「嫌がらせというより、性格が悪いのよ」


 セレナがすぐに返した。


「基礎を見てるふりをして、応用力まで試しに来てる」


「でも、良い問題だったと思う」


「だから余計に腹が立つの」

 その返しに、少しだけ笑う。


 ガイルは露骨に眉をしかめていた。


「最後の法制の問題、あれ何だよ。全然わからなかったぞ」


 ナディアがやわらかく言う。


「でも、最後まで逃げなかったでしょう?」


「まあな」


「それで十分です」


 ガイルはその言葉に、少しだけ肩の力を抜いた。


 エドガーは短く言った。


「少なくとも、単なる暗記勝負ではなかった。意図ははっきりしていた」


「Sクラスに残れるか、それとも飛び級できるかを振り分ける意図、でしょ?」


 セレナが言う。


「そうだ」


 それだけで会話は切れた。


 今日は、いつもみたいに長く話す日じゃない。

 まだ途中なのだから当然だ。


 俺は廊下の窓から空を見た。

 青い。

 やけに高く見える。


 筆記は始まった。

 たぶん、届く。


 でも、これで終わりじゃない。

 応用課題がある。

 その先には実技もある。


 答案用紙の上では、上を狙えると思う。

 問題は、その先だ。


「……まだ前半だな」


 思ったまま口にすると、ヴィクトルがにやりと笑った。


「いい顔してるな、リオン」


「そっちもな」


試験はまだ続く。


最後まで読んでいただきありがとうございます!

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