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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第8章 王立学院一年 一学期末テスト

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第80話 対人判断(一対一の模擬戦)

 王宮での勉強会から数日。


 六月末が近づくにつれて、学院の空気はさらに張ってきていた。


 廊下では試験の話が増え、食堂でも範囲表を見ながら食べている生徒がいる。

 訓練場では、普段より静かに基礎を繰り返す姿が目につくようになった。


 Sクラスも例外じゃない。


 王宮での一日で、六人とも一気に試験の輪郭を掴んだのだと思う。

 あれ以来、教室の空気にも少しだけ変化があった。


 その中でも、少し意外だったのはナディアとガイルだ。


 昼休み。

 空いている教室の隅で、ナディアがガイルに法制基礎のノートを見せていた。


「ここは“誰が決めるか”と“誰が実行するか”を分けて考えた方が整理しやすいです」


「うーん……」


 ガイルは珍しく真面目な顔で紙を見ている。


「巡回は町で回せる。けど、人を増やすのは上の許可が要る、ってやつか」


「はい。そこを混ぜると、答えが雑になります」


「……お前の説明、わかりやすいな」


 ぼそっとそう言うと、ナディアはほんの少しだけ微笑んだ。


「それはよかったです」


 そのやり取りを少し離れた席から見ながら、俺は内心で思う。


 この二人、思っていたより相性がいいな、と。


 ガイルは理屈そのものが嫌いなわけじゃない。

 ただ、前に出る発想が速すぎて、積み上げを飛ばしがちなだけだ。

 ナディアはそこを感情抜きで静かに整えてやれる。


 たぶん、噛み合っている。


 そして、その日の放課後。

 俺たちは学院の訓練場に集まっていた。


 ◇


 王宮の静かな書庫も悪くなかった。


 でも、土の匂いと木剣の音が混ざるこの場所に立つと、やっぱりこっちの方が自分たちらしいと思う。


 学院の訓練場。

 白線の引かれた土の区画。

 壁際に立てかけられた訓練用武器。

 遠くでは別の学年がまだ基礎訓練をしていて、時々掛け声が飛ぶ。


「今日は対人判断の練習、でいいのよね?」


 セレナが木剣を軽く持ち上げながら言った。


「そうだな」


 エドガーが頷く。


「座学で見えた差は、結局動きに落とせるかどうかだ。試験もそこを見る」


「教師なしの自主練で、ずいぶん真面目なこと言うな」


 ヴィクトルが笑う。


「真面目なことをやるために集まったんだろう」


「まあ、それはそうだ」


 ガイルはすでに木剣を肩に担いでいた。


「勝ち負けだけじゃなくて、どう動くかを見るんだよな?」


「ええ」


 セレナが答える。


「正面から押し切るだけじゃ評価されない。間合い、判断、魔法の使い方、崩れ方。全部見られる」


「面倒だなあ」


「面倒だからSクラスの試験なのよ」


 ナディアがやわらかく言う。


「なら、組み合わせを変えながら見ていくのがよさそうですね。一人が戦って、残りが見る形で」


「それでいいだろうな」


 エドガーが視線を巡らせた。


「見る側も、気づいたことはその都度言う。勝敗だけで終わらせない」


 そういう意味では、今日は教師はいらないのかもしれない。

 この六人だけでも、十分にうるさい。


 最初に軽く何組か動いた。


 ガイルとヴィクトル。

 ヴィクトルは真正面から打ち合わず、わざと間合いをずらしながら時間を使う。

 ガイルは押し切りきれずに苛立ち、セレナに「そういう雑さが減点されるのよ」と即座に刺されていた。


 セレナとナディア。

 派手さはないが、間合いの探り合いが綺麗すぎて逆に怖い。

 ナディアは受けが上手く、セレナはそれを理屈で崩そうとする。

 見ていて「静かなのに全然優しくないな」と思った。


 何本か見たあと、ヴィクトルが木剣の先で俺とエドガーを順に指した。


「で、結局一番見たいのはそこだろ」


 セレナがすぐに乗る。


「そうね」


「何が?」


 俺が聞くと、ヴィクトルは楽しそうに笑った。


「首席候補同士」


「勝手に決めるな」


「でも見たいのは本音だろ?」


 ガイルもあっさり頷く。


「見たいな」


 ナディアも否定しなかった。


 エドガーは静かに木剣を取る。


「異論がないなら、やるか」


 その言い方はいつも通りだった。

 だが、目は最初から少しだけ真剣だった。


「いいよ」


 俺も前へ出る。


 木剣の重さを手の中で確かめる。

 訓練用魔法の制限は、口に出して確認するまでもない。

 殺傷力の高いものは使わない。

 試験で見られるのは、壊す力じゃなくて制御と判断だ。


 むしろ、そこを避けた上でどこまでやれるかが今の自分の課題でもある。


 白線の内側。

 向かいに立つエドガーは、やはり綺麗だった。


 肩の力が入っていない。

 木剣の切っ先もぶれない。

 構えが派手じゃないのに、そこから崩せる感じがしない。


「始めるか」


「ああ」


 風が少しだけ横を抜けた。


 次の瞬間、俺たちは同時に動いていた。


 ◇


 最初の数合で、もうわかる。


 強い。


 それも、ガイルみたいな圧の強さとは違う。

 エドガーはとにかく綺麗だ。


 正しい位置に立ち、正しい間合いを取り、正しい角度で受け、正しいところへ返してくる。


 教本通り、と言ってしまえば簡単だ。

 でも、教本通りに強いというのは、こういうことなのだろう。


 無理がない。

 隙がない。

 そして、こちらの選択肢を一つずつ削ってくる。


 俺は木剣を受け流しながら、左手にごく薄い火を集めた。

 殺傷力は要らない。

 熱量を抑えた、目くらましにもならない程度の揺らぎ。

 そこへ風を重ねて、視線だけをわずかに散らす。


 エドガーはそれでも崩れない。


 木剣の軌道はそのまま。

 半歩だけ下がり、俺の踏み込み先を殺す。


「……っ」


 やっぱり、読みが速い。


 いや、速いだけじゃない。

 整っている。


 こっちの動きに対して、最適解みたいな位置を当たり前のように取ってくる。

 たぶん、これが積み上げの差だ。


 でも、以前より動けているのもわかった。


 踏み込みは前より鋭い。

 剣と魔法の切り替えも自然になっている。

 強い魔法に頼らなくても、牽制と崩しの形は作れる。


 問題は、その先だ。


 見えているのに、間に合わない。

 答えは浮かんでいるのに、身体がその最適手に乗るまでにほんの半拍遅れる。


 そこをエドガーは拾う。


 右からの打ち込みを見せて、途中で斜め下へ切り替える。

 エドガーは受けながら、すでに次の返しの位置にいる。

 そこへ短い風圧を差し込んで間合いを濁すが、それでも立て直される。


「いいな」


 不意に、エドガーが小さく言った。


 その声に、逆に少しだけ腹が立つ。


 余裕あるな、おい。


 なら、もう少し崩す。


 俺は一度、わざと大きめに左へ重心を流した。

 魔法を撃つように見せて、しかし撃たない。

 足も半歩だけ甘く置く。


 悪手に見えるはずの形。


 エドガーの目が、ほんのわずかにそこを拾う。


 次に来るのは、たぶん正しい受けからの正しい返しだ。


 だから、その瞬間だけに賭ける。


 踏み込みを止めると見せて、逆に体を沈める。

 木剣ではなく、風の圧だけを先に滑らせる。

 視線は上。

 でも、狙いは下から斜めへ。


 エドガーの木剣が、ほんの一瞬だけ予定された軌道を通った。


 綺麗すぎる動き。

 だからこそ、その“綺麗に来る場所”が読めた。


 次の瞬間、俺の木剣の先がエドガーの袖をかすめた。


「……!」


 ガイルの声が上がる。

 ヴィクトルが「おっ」と笑う。

 セレナが目を細め、ナディアもわずかに目を見開いた。


 入った。


 浅い。

 でも、今のは確かに取った。


 エドガーの目が初めて少しだけ変わる。


 ただし、それで終わってはくれない。


 次の一手で、もう立て直される。


 俺が前へ寄りすぎた分だけ、エドガーは逆に最短距離を取り返した。

 木剣の打点は正確。

 無理がない。

 こちらが受けても、その受けた先に次の形が待っている。


 押し返された。


 最後は、喉元へ寸止めで木剣が止まる。


 完全に負けだ。


 でも、ただ押し切られた感じでもなかった。


「そこまで」


 自分たちしかいない訓練場に、セレナの声がよく響いた。


 俺は息を吐きながら木剣を下ろす。

 汗が一筋、首の横を落ちた。


「……悔しいな」


 素直にそう思った。


 ◇


 ガイルが最初に近づいてきた。


「今のはよかった」


「どこが?」


「一回、ちゃんと崩しただろ」


 そう言って木剣の軌道を手でなぞる。


「ただ、そのあとだ。取れたと思って前に寄った」


「……やっぱりそう見えるか」


「見える。あそこでもう半拍だけ冷静なら、もう少し粘れた」


 ガイルの言い方は雑だが、本質は外していない。


 セレナもすぐに続いた。


「あなた、答えを見つけるのは速いのよ」


「褒めてる?」


「半分はね」


 そのまま、容赦なく続ける。


「でも、その答えを身体にやらせるのが少し遅い。頭では見えてるのに、動きに落ちるまでに一瞬ある」


「……さっきもそんな感じだった」


「でしょうね。しかも、取れたと思うとすぐ次を欲しがる。そこが少し雑になる」


 言い方はきついが、よくわかる。


 たしかに、あの一手が入った瞬間、少しだけ気持ちが前に出た。

 その分、エドガーの立て直しに置いていかれた。


 ヴィクトルは楽しそうに笑っている。


「でも、試験官目線なら今の一手はちゃんと評価されるぞ」


「勝ってないけどな」


「勝ってない。でも、“ただ綺麗に負けた”わけじゃない。ああいう崩しは点になる」


 ナディアが静かに補った。


「ええ。あの一瞬で、相手を自分の読みへ引き込んでいました。綺麗に負けなかったのは大きいと思います」


 その言い方が、いかにもナディアだった。

 やさしいようで、妙に本質的だ。


 最後にエドガーが来た。


 木剣を下ろしたまま、まっすぐこちらを見る。


「以前よりずっと良くなっている」


「そう見えた?」


「見えた」


 即答だった。


「特に、強い魔法に頼らなくなったのがいい。前は魔法の威力で押し切る発想が先に見えたが、今は剣と魔力を繋いで考えている」


「……まあ、試験であれやるわけにもいかないしな」


「それだけじゃないだろう」


 エドガーは小さく言う。


「抑えた状態でどこまでやれるか、自分でも試しているはずだ」


 図星だった。


 俺が黙ると、エドガーは続ける。


「ただ、まだ判断と身体が完全には繋がっていない。頭で見つけた正解を、次の瞬間に身体が当然のようにやるところまでは行っていない」


「そこを、さっき取られたってわけか」


「そうだ」


 あっさり認める。


「だが、あの一手は良かった」


 そこで、ほんの少しだけ口元が緩んだ。


「正直、少し驚いた」


「へえ」


 ヴィクトルが横から笑う。


「王子様にそう言わせたなら大したもんだ」


「茶化すな」


「いや、今のは褒めてる」


 エドガーは気にした様子もなく、俺だけを見て言った。


「お手本通りに受ければ安全だと思った。そこを突かれた」


「綺麗すぎたんだよ、お前」


 思ったまま言うと、エドガーは一瞬だけ目を瞬かせる。


「綺麗すぎる?」


「型通りに強い。でも、だからこそ“そこに来る”って読めた」


 すると、ガイルが横で頷いた。


「わかる」


「お前もか」


「お前、強いけど真っ直ぐなんだよ」


 セレナが小さく息を吐いた。


「二人とも、よく本人に言えるわね」


「事実だからだろ」


「でも、悪いことじゃないです」


 ナディアがやわらかく言う。


「形が整っているからこそ、崩しの起点が見えることもあります。互いにそこが見えたのなら、今日の練習は意味がありました」


 その言葉で、少しだけ空気が落ち着く。


 たしかにそうだ。


 負けた。

 でも、見えたものもあった。


 机の上なら、たぶん上まで狙える。

 筆記も応用も、届くと思う。


 だが、それだけで飛び級を取れるほど学院は甘くない。


 実技。

 対人判断。

 積み上げの差。


 そこから目を逸らしたら、たぶん上へは行けない。


「……やること、増えたな」


 俺が呟くと、ヴィクトルが笑う。


「今さらだろ」


「それもそうか」


 ガイルが木剣を肩に担ぐ。


「じゃあ次はもっと数こなすぞ。考えてる暇がないくらいやれば、身体も追いつくだろ」


「雑ね」


 セレナが言う。


「でも、間違ってはいないわ。座学も実技も、両方落とさないで詰めるしかない」


「休ませる気ないなあ」


 ヴィクトルが肩をすくめる。


「飛び級を狙うんでしょう?」


 ナディアが静かに言った。


「なら、きっとそれくらいでちょうどいいのだと思います」


 エドガーが頷く。


「次は組み合わせを変えよう。相手が変われば、また別の穴が見える」


「賛成」


 俺は素直にそう言った。


 悔しさはある。

 でも、不思議と嫌な気分じゃない。


 足りないものが、はっきり見えたからだ。


 ◇


 訓練場を出る頃には、夕方の光がだいぶ傾いていた。


 土の匂いが少し冷えて、風も昼より涼しい。


 セレナは最後まで腕を組んだまま何か考えていたし、ヴィクトルは「次の模擬問題も考えておくか」と一人で面白がっていた。

 ガイルはすでに「次は負けねえ」みたいな顔をしている。

 ナディアはそんなガイルを見て、小さく笑っていた。

 エドガーはいつも通り静かだったが、今日は前より少しだけ距離が近い気がした。


最後まで読んでいただきありがとうございます!

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